似ている二人。一枚の薄い膜で遮られているものの、ほとんど違いはない。
 得意なものも、秘めたもの、何もかもが似かよっていて。生まれる場所が違ったならば親友になれたかもしれない二人。
 でも、何が二人をここまで決定的に別のものにしてしまったのだろう。何が二人を対立させたのだろう。
 外見が違うから?
 習慣が違うから?
 それともそうなることが初めから決められていたの?
 ……違う。きっとこれは運命のいたずら。
 ほんのさじ加減、神様のルーレットの目がほんの少しわたしに味方してくれただけだ。
 もし、わたしが目の前の怪物の姿をしていたら、みんなはわたしを仲間として迎えてくれただろうか?
 考えたくもなかった。答えはわかりきっているから。
 ならば、せめてわたしが終わらせよう。多くの犠牲を伴った一人舞台を。
 守るために壊すんだ。鏡の中で吼える幻想を。
 殺すことしか能がないのなら、それだけでも必死にやろう。それがわたしに出来る唯一のことだから。
 でも、一つだけ願いが叶うなら……来世では憎み合う事のない世界で。
*
 手にした剣すらも全て身体の一部であるかのように知覚していた。
 空気の流れも、凍てつく気配も、立ち込める血臭の流れでさえ、手に取るようにわかった。
 浅くないはずの傷も痛まない。意識だけが遠くなり、自分の身体をまるで他人の身体であるかのように感じてる。
 それくらい集中していた。研ぎ澄まされた知覚は鉄すらも貫く無数の槍となり、ドレイクを覆っているように感じられる。殺気と言う名の鋭利な矛先がドレイ クに触れた瞬間、わたしはドレイクの動いた方向から死角になるように回り込んでいた。そして綺麗に手入れされた地面を蹴り、打ち出された矢のごとくドレイ クに直進する。
 ドレイクは状態を低くし、迎撃の構えをとる。力比べならわたしが遠く及ばないとわかっているからだ。しかもそれに加え、先ほどのブレスの残りを使い、無 数の氷のつぶてを散弾のように飛ばしてくる。一転から全てを食らい尽くすドレイクの口のように範囲を広げていく氷の弾幕は、わたしの進路に向けて完璧な角 度で打ち込まれていた。
 左右上下逃げ道はない。ならば、襲い来る弾幕の正面から、どうにかして活路を見出すしかなかった。
 戦いの思考の中で一瞬が永遠に引き伸ばされる。眼前に迫る無数の刃をいかにして回避するか。
 最速で最善の選択をしなければならなかった。まず、避けることは不可能。さっきのブレスを見た感じでは受けきることはおろか、一発でも被弾すれば危な い。しかも、さっきの巨大な塊と比べ、こちらは小型で鋭利。破壊力から言えば前者だが、貫通力、殺傷力から考えると圧倒的に後者なのだった。そして、目視 した密度からして人一人が通り抜ける隙間どころか、ネズミ一匹掻い潜ることは出来そうもない。
 逃げ道は無かった。でも、元より逃げるつもりなんて無かった。逃げることが出来ないとわかっているのであれば、答えは簡単だった。わたしもそれに匹敵す る攻撃を繰り出して、相殺すればいいのだ。
 これほど難しい計算をいくつも行ったというのに、実際に経過した時間は一秒を更に分割した程度でしかない。しかし、問題はわたしの持つ攻撃に空間ごとな ぎ払うような範囲攻撃がないことだった。
 ならば、賭けてみるしかなかった。離れ離れになったアッシュさんから受け取った刃。その潜在能力に。形見なんていうつもりは無い。ただ、今はわたしの武 器として、全ての想いを乗せるッ!
「グランバーストっ!!」
 スキルを発動した瞬間。しゃきんという軽やかな音がして、ちょうど自分の身体だけを避ける程度の細さの空間を切り取る。自分でも何が起こったのかわから ないほどの神速……いや、振り下ろした感覚はあったけれど、途中からその感覚そのものが追いつかなくなっていた。
 今のわたしの上体はすいか割りでもするかのように前のめりになっており、手にした剣は真っ直ぐに振り下ろされて地面すれすれで止まっていた。わたしに突 き刺さるはずだった無数の刃は全て地面に突き刺さっていた。
 詳しいことはわからないけれど、腕の感じからするとすごく重たいものを持ったような力が腕にかかっていた。まるで、剣そのものが信じられないほどの重さ になって、自重によって落ち、地面に深々と突き刺さる直前で元に戻ったような不思議な感覚。もしかすると、その通りなのかもしれない。
 大きすぎて振ることすら難しい断首刀。その潜在能力も同じく、どんな首をも切断すること。まさに名に恥じない動きだった。そして、この技があれば鉄の高 度を持つアイスドレイクの氷鱗ですらも、やすやすと切断できる。それも、その昔処刑に使われたというギロチンのように、苦痛を与えることなくだ。
 アッシュさんは、このことを予見していたのかもしれない。そのために一瞬で頭と胴体を切り離して、死の苦しみを味わわせることなく葬り去ることの出来る 技を与えてくれたのかもしれない。
「ありがとう。どうかご無事で……!」
 わたしは再び本来の重さに戻った剣を胸の前に構え、駆け出す。氷の障壁を取り除いたすぐ先には、ドレイクの首。一瞬で息の根を止める!
 わたしは跳躍しつつ、剣と大地でドレイクを挟み込むよう水平に構える。黒く光る刃はギロチン、断頭台のような構図でわたしはスキルを詠唱する。
「グラン……くぅっ!」
 予期せぬ一撃。素早く突き出されたドレイクの爪が、わたしわき胸元に向かって伸びていた。間一髪剣の腹でそれを受け流し、着地後一歩下がって体勢を立て 直す。
「はぁ……はぁ……」
 冷たい汗が頬を伝って零れ落ちる。冷たいのはドレイクのせいではない。そのまま発動していれば鎧ごと貫通されてわたしも死んでしまっていただろう。この ドレイクはさっきのスキル発動と続くわたしの考えを読んだ上で、相打ちを選んだのだった。
 荒くなった呼吸を整えつつ、次の作戦を練る。同じ手は二度と通用しないだろう。他に相手の裏をかく行動をとらなければ、相打ちどころかわたしが一方的に 殺されてしまう。
 しかし、ドレイクの攻撃は鋭く、そして執拗だった。考える間もなく、攻めから一転して守りに回ってしまった。両腕、両足、尾、牙、そしてあらゆるところ から発生する氷は見る見るうちにわたしを追い詰めていく。
 おおかみを……一瞬、そう考えるものの発動する方法が無かった。ヨロイさんの血を使うことも考えたけれど、ヨロイさんはもう間違いなく冷たい死体。生き 血ではない。せめてほんのわずかでも相手の動きを止めることができれば……!
 髪を数本、ドレイクの爪に持っていかれる。そして、その後すぐ挟み込むようにして強靭な脚がわたしの行動を制限し、掴んだ得物に齧り付くかのように頭が 降りてきた。冷え切った口内と並んだ鋭い牙。所々凍りついて止血しているものの、強烈な錆の臭いがした。
「グゥオオオオオオオ!!」
 わたしの頭が食いちぎられる直前に、赤熱した銃弾と太く短いボルトが一斉にドレイクの口の中に飛び込んでいく。ドレイクはすぐさま氷の壁を口内に構築 し、攻撃を防いだものの、一瞬の隙が生じ、に辛くもわたしは窮地を脱出できた。
 けれど、状況はまるで好転していない。依然として大ピンチのまま、ドレイクの猛攻に少しずつ後退させられていた。攻撃を受け流す度、寸前で爪を回避する 度、全身の疲労がたまっていく。致命傷を受けるのも時間の問題だった。
「くっ!」
 更に後方へと跳ね、なんとか攻撃をやり過ごす。そのとき足元に硬い感触と、続いてどこかで聞いた金属音が聞こえた。馴らされたはずの地面に金属が落ちて いるとしたら、それはきっとヨロイさんの着ていた武者鎧だと推測できた。それに気づいた刹那、閉まっていた何かが飛び跳ねるように鼓動する。
「本……?」
 導かれるようにそれに手を伸ばすと、本全体が淡く光っていた。そして、表紙を開いてもいないのに、新しく書き込まれた内容が頭に入ってくる。それは今の 状況にぴったりで、冷徹な心で行わなければならないものだった。
 ドレイクも長くは待ってくれない。わたしはわずかに目を閉じ、シュウさんたちのために犠牲になったヨロイさんに黙祷をささげる。自然と涙が零れ、足元の 血だまりに落ちた。
 断続的な地響きと共に前傾姿勢のドレイクが、全速力でわたしへの距離を詰めてきていた。そして、加速しながら頭だけを大きく顔をのけぞらせる。足元の鎧 にとらわれることなどない。ドレイクにとってはその程度の金属片は、例え踏みつけたとしても、たいした脅威にはならず、ただ既に葬り去った”モノ”でしか なかった。
 ドレイクの牙が目前に迫り、まさにわたしの頭ごと食いちぎろうとしたそのとき。わたしはほんのわずかなためらいを捨て去り、スキルを発動した。
「クリスタル……!」
 スキルの発動は一瞬……ドレイクとわたしの間に赤黒い幕のようなものが突如として出現した。しかし、ドレイクはたいした壁ではないと判断し、そのまま紅 いカーテンに突っ込んでくる。ほんの数ミリもない幕だ。ドレイクの力なら、幕どころか鋼鉄の扉だってへし曲げてしまうかもしれない。
 けれど、衝突の瞬間。ドレイクの身には信じられないことが起こっていた。
「ゴ、ググァ……?」
 あれほどのスピードとパワーを有していたドレイクの身体が、冗談のようにぴたりと止まっていた。そして、その直後にさっきまでわたしとドレイクの境界に あった幕に亀裂が入り、ドレイクの顔中に細かい欠片が飛び散っていた。わたしの顔にも数滴血の飛沫が飛んでくる。
 詳しいことはわからないけど、この薄い壁がグミさんのシールドのようにわたしの前に立ちはだかり、自ら砕けることによって衝撃を吸収してくれたらしい。 以前ヨロイさんを構成していた血液が、死してなお、もう一度わたしの盾となってくれた。
 しかし、スキルの効果はそれだけではなかった。一時的に視界を奪われたドレイクは、それでも平静を取り戻し、もう一度わたしに襲い掛かろうとしたが、わ たしが攻撃されることはなかった。ドレイクが足を動かそうとするが、まるで両脚が地面とくっついてしまったかのように、いくら力を込めようとその足が持ち 上がることはなかった。
 視界が死んだその一瞬の隙を利用して、スキルの効果を広げていたのだ。ドレイクの脚が動かないのは、地面に足がくっついたのではなく、地面から足全体を 覆うように赤い水晶が生えてきていたのだ。
 そう、それこそが新しいスキル『クリスタル』の効果だった。その効果は単純明快。
『液状のものを凍らせ、操る』
単純で、非常に応用の利くものだった。現にわたしはこの一瞬だけで、防御、目くらまし、移動制限の三つを行っている。そして、最後のもう一つ。わたしはわ ずかに残った血液を凍らせ、小さなナイフを二本作り出す。本当はヨロイさんの持っていた刀を構成したかったのだけど、残った血液の量も、わたしの経験も足 りてなかった。
 でも、今はこれだけで十分。わたしは口元についた血を舐め、噛み締める。そしてそのまま精製した血のナイフをヨロイさんの無念とともに投擲する!
「ヨロイさんの仇よ」
 ナイフは血のしずくをこぼすことも無く、ドレイクの両目に突き刺さり、ドレイクの両目を真っ赤に染めた。たとえガードされていたとしても凍りついた血が 眼球全体を覆っていれば、完全に視力を失うだろう。ドレイクは身体の自由と視力の両方をいっぺんに失い、両手を振り回しながら、狂ったように咆哮してい た。さっきまでは恐ろしくて仕方なかったそれも、今となっては悲鳴にしか聞こえない。完全にパニックに陥ってるようだった。
「今、おしまいにするね」
 誰に言ったのか、それは自分自身に言ったのかもしれない。いつまでクリスタルがもつかわからない。そして制限時間も残り少ないに違いなかった。わたしは すぐさま刀を構え、跳躍する。
 復讐とも悲劇の決別ともとれる瞬間。全身全霊を込めた一撃を刀に乗せ、スキルを発動する。
「グラン……バーストぉおお!!」
 わたしは中空の最大到達点、ドレイクの首もとの真上に一瞬だけ停滞する。しかしさっきのように、刀が重くなったようには感じられない。その代わり、刀身 がビキ、ギシと軋みだし、植物が超高速で成長するかのように、刃の部分が枝分かれしながらドレイクを地面に縫い付けた。
「これは……」
 わたしはいつの間にか、地面から生えた刀にぶら下がっているような形になる。上から見る景色はよくわからない。なんとかわかるのはドレイクが地面に磔に され、動けないということだけ。まるでこれは……断頭台?
 気づいた瞬間の出来事だった。わたしを乗せた刃が滑らかに断頭台となった刀身をすり抜けながら、地面と平行に高速で落下する。
「ガ……!」
 ストンという音と共にあっさりと、ドレイクの首が滑らかな切断面を見せる。一方ドレイクの頭はというと、目を見開いたまま少しはなれたところに転がって いた。
 しばしの沈黙。隔離していた音が盛大な歓声と共に帰ってきた。
「勝者! 人間チームッ!!!! なんという豪快な大技でしょう! アレほどまでに猛威を振るったアイスドレイクを剣の断頭台にかけたルーキー、ユアッ!! もう一度盛大な拍手を!」
 盛大な拍手はなんだかとても酷い事のように思えて、素直に喜ぶことなんて出来そうもなかった。こんなに悲しいことなのに。痛く無かったかな……それだけ が心残りだった。
 気がつけば、断頭台はもとの剣の姿に戻り、無残なドレイクの死体だけが転がっていた。そして、それすらも少しずつ天に帰るように消失していく。溶ける氷 のようなゆっくりとした安らかな最期だった。
 だんだん霞になっていくドレイクに見入ってると、ふいに暖かい手がわたしの頭に乗せられる。
「ユア、泣くなよ」
「えっ……?」
 頬に触れると、温かい涙がこぼれていた。そして、そのまま堰を切ったように溢れ出す。何が悲しかったのだろう。いろんなことがいっぺんに起きて心がびっ くりしてしまったのかもしれない。
「わたし、その……なんか、なんか」
 言葉の代わりに熱い涙がいっぱい出てくる。わたしはそのまま力が抜けたみたいにその場でシュウさんの胸を借りてわんわん泣き、後でそのことを思い出すた びに恥ずかしい 想いをすることになった。
続く
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