戦わなければ、勝たなければ、すべて終わる。そんな戦いの中、辛くも命を拾ってきたグ ミ。凶暴なモンスターたちはもちろんのこと、運命からも生き延びた。これらのことはもはや奇跡としかいいようがない。あったとしてもほんの一握りあるかな いかほどの確率だろう。
 しかし、グミは勝ってきた。確かに直接戦闘しなかった試練もある。だが、それは直接の問題にはならない。
 なぜなら、すべての生きとしいけるものにとっての敗北とは死だからだ。死ねば、過去も未来も永遠に閉ざされるだけ。可能性もなにもない忘れ去られるだけ の存在になってしまう。紛れもない真実だ。
 では、逆に勝利について考えてみよう。答えから言おう。死なないこと、つまり生き延びることだ。死ぬまで続く苦痛、快楽、その他数多の感情と共に命を存 続させていくことだ。
 地べたに這い蹲ろうとも、他者を殺めようとも。そう、どんな手を使っても。
「ノーモアベッド」
 何度聞いただろうか。ルーレットにおける決まり文句の一つだが、今この言葉が意味しているものは本来のものではない気がしてくる。これ以上賭けられない などではなく、頭に拳銃を押し当てられて、
「観念しろ。お前の負けだ」
と言われたような感じだ。ゲームに例えるなら将棋の王手、チェスのチェックというところだろう。お前に逃げ道はない、ゲームは終わりだというように。
 白球は我の思考など気にもかけず、盤面を駆ける。子気味のいい音を刻みながら、グルグル赤と黒の絨毯を走っていた。全速で渦を巻いていたボールは、次第 に息を切らし走りから歩みに、そしてしばしの停滞へと落ちる。グミは赤に賭けていた。
「黒20」
 ディーラーが無慈悲に運命の数字を読み上げ、専用の器具でグミのチップを回収していった。それを見てがっくり肩を落とすグミ。ここまで通算15勝負、0 勝、15敗。誰がどう見ても信じられないくらい負け越していた。ほぼ二分の一の確率を15回連続はずすなんて、ある意味神がかってる。
「はぁー……」
 一方グミの精神もかなり消耗しているようだった。最初は負けるたびに悔しがったり、怒ったりと百面相していたのだが、今ではため息をつくだけで精一杯の ようだ。チップを持つ指先も、勝負するというよりは機械的に赤か黒に賭けている。
 ……ここいらが潮時か。
「グミ、どうだ?」
 我がかけた言葉はごく短いものだが、すべてを圧縮した言葉だ。グミは一瞬呆けたようにテーブルに見入っていたが、わずかに遅れて我に泣きついてきた。
「レフェル、私……どうしよう。こんなんじゃ、みんなを助けるなんて無理だよ。私、なんて謝ったらいいか……」
 最後のほうは言葉にならない。いつの間にか目に大粒の涙を浮かべて、我のことを握り締めるグミ。
 一つ賭ける度、失う度に思いつめてしまったのだろう。とっくに限界だったにも関わらず、捕らわれた二人のために賭け続けたのだ。
「グミ。今までの勝負、すべて直感で賭けたんだな?」
 グミは答えず、ただ縦に首を振る。我を掴む指先が震えていた。
「感じるまま、これだと思う方に、迷うことなく賭けた。なかなか出来ることじゃない」
「でも、一回も当たらないの」
 うつむいたまま、言葉を返すグミ。自分の信じた色にことごとく裏切られたのだ。そして、グミはそれを自分の責任だと思い込んでいる。
 本来ならいたわりの言葉の一つもかけてやるべきなのかもしれない。しかし、それではいけない。ここが正念場なのだ。
「信じたものに裏切られるのと、信じてくれたものを裏切るのとではどちらがいいと思う?」
 グミはうなだれたまま黙っている。確かな答えなどない質問だ。どちらも誰かが不幸になり、どちらかが得をする。
 だが、我が欲しかったのは元より明確な答えなどではない。
「私は……信じたい。みんなのこと、もちろんレフェルのことも」
「そうだ。それでいい。ルーレットだってグミを勝たせてやりたいと思っている。けれど向こうはまだお前のことを信用できてない。真の信頼関係がなければ、 商売が成立しないように」
 グミは言葉の意味ではなく、そのニュアンスだけで我の言いたいことを察したようだ。
「どうしたら、ルーレットは私のこと信じてくれるの……?」
 長い長い前置きがあったが、ようやく我の言いたいことにたどり着けた。
「簡単なことだ。ルーレットはグミのことをよく知らない、グミもルーレットのことをよく知らない。だから、どちらかが一方的に裏切られる結果になる。な ら、グミもルーレットもよく知っている者が互いの保証人になればいい」
「それってひょっとして……」
 グミのきょとんとした顔から目を逸らし、一息置いてから言った。
「準備は整った。我が全面的に力を貸そう。そして、ユ……二人を救い出す」
 それを聞いたグミは両目をゴシゴシやった後、いつものようには毒づいた。
「だったら最初から助けてくれたらよかったのに、性悪レフェル」
 性悪とは人聞きが悪い。グミがただ適当に賭けている間も我は情報収集に勤しんでいたというのに。
 我はお返しとばかりに、強烈な皮肉で答える。
「いろいろ下準備が必要なんだ。それと言い忘れたが、直感でルーレットに勝てるやつなどいない。あれはブラフだ。それでも、あそこまで勝てないのは確率論 的にありえないが」
 それを聞いたグミは、予想通り顔を真っ赤にして怒る。
「騙したのね!! 信じるとかいったくせに!」
 騙されていたことに対する怒りと、あっさり信じ込んでいた自分に対する恥ずかしさが入り混じって、耳まで赤い。しかし、我は悪びれる様子もなく言った。
「そんなことより、次の勝負に遅れるぞ」
 グミははっと気づき、手にした1のチップを文字通り直感で赤へとやる。その直前にノーモアベッドの声がかかった。グミは置きそびれたチップをぎゅっと握 り締め、我のことを睨みつける。
 腹いせならやめて欲しいところだ。グミの機嫌は盤上の白球のように気まぐれだ。しかし、あえて火に油を注ぐように言った。
「グミは赤に賭けようとしていたな。なら我は黒に賭ける」
「わ、私は赤よ。赤が勝つわ」
 反発して言ってるようだが、我が自信満々に言ったせいか、やはりどこか不安なようだった。
 失速したボールは赤に止まったかのように見せかけて、最後の余力を振り絞って小さくバウンドし、黒に落ちる。
「黒33」
 何度となく繰り返される無情なコール。またも勝利の女神はグミに微笑むことはなかったようだ。賭けてこそいなかったが見事なまでの16連敗。
「キィーッ! どうして勝てないのよ!!」
 グミは怒り来るって今にでも我でテーブルを粉砕しかねない様子だったので、早めにフォローに入ることにした。
「まぁ、待て。賭けてなかったんだからよかったじゃないか。ここで暴れちゃ手に入るものも手に入らないし、助けられるものも助けられないぞ」
 グミはようやく冷静になり、振り上げた我を大人しく引き下げる。もう、ここまで来るとグミと喋る鈍器の我は注目の的だった。中にはグミの不幸を利用し、 グミが賭けたほうとは逆に賭けるものも増えてきたようだ。いわゆる逆賭けである。これでかなり稼いだ者もいるのかもしれない。何しろ的中率100%なのだ から。
 しかし、これから地獄を見るのは今さっき得をした連中だ。グミはこれからバカ勝ちする。そう言い切る自信があった。そもそもグミはまだ負けていないの だ。現在の15敗も資金に換算するとわずか15k。3000kあるグミの資金プールのわずか1/200でしかない。
 普通、こういうカジノで勝負する場合、自分が賭けていい限界……つまり、全て消費したとしても日常生活に支障がないレベルの賭け額を自分で決めておく必 要がある。それをしなかった場合、資産や信頼、もしくはそのどちらもを失ってしまうことになるからだ。
 大体大雑把に言って、全財産の1/10を一つの単位にし、ミニバンクとする。そのうちの3つ。つまりグミの場合だと900k分までは費やせるということ だ。
 しかし、これは娯楽ではない。グミは全員分の資金を稼ぎ出すまでは、全額を限度いっぱいまで賭ける。賭けなくては助けられない。だから、我はゲームなど とは呼ばず勝負と呼んでいるのだ。
「グミ、覚悟はいいか」
 改めてグミの覚悟を問う。視線はまっすぐ、盤上に。さっきまでの泣き出しそうな顔とは大違いの勝負師の顔になってきていた。
「勝負よ」
 グミは慣れた動作でチップを取り出す。書かれた数字は1。我はグミに手を止めるよう指示する。
「賭けるチップが違う。10で勝負だ」
「えっ…?」
 さすがのグミもいきなりの賭け額10倍には驚いたようで、目を真ん丸にして我を見る。驚くのも無理はない。その賭け額では、二度負けただけで今までの負 け全てを上回ってしまうのだから。
 大きな負けを取り戻すために更なるリスクを投じる。馬鹿げたやり方に思えるかもしれない。
 でも、もし勝ったなら。二度勝つだけでさっきの連敗は黒字に変わる。いや家庭なんかで終わらせる気はない、絶対に変えてみせる。
「絶対に勝つ。それが我の覚悟だ」
 宣言と共に再び運命の車輪は回り出す。生き残るのは我らだ。
続く
第17章10 ぐみ9に戻る