死地に赴く兵は何を思うのだろう。
残した家族のことか、自らの境遇への嘆きか、それとも逃亡か。いずれにせよ、プラスの思考は廻ってこないだろう。自分はどういう選択をしても、万に一つ
も助かる可能性はないのだから。
しかし、その状況を楽しむものがいるとすれば、嬉々として武具を装い、勇み出るものがいるとすればどうだろう。人々はいぶかしみ、噂するだろう。
「あれは歴戦の勇者だ。どんな敵だってあの方には敵うはずがない」
「いや、彼は死の恐怖にあてられて、頭が狂ってしまったのだ」
見ず知らずの人ならば、大方は後者を推すだろう。なんにせよ尋常ではない。気がふれている。正気じゃないと推し量るのが当然だ。どんな英雄でも帰ってこ
れないような地獄絵図だからこそ、死地という単語を使ってるのだから。
だが、ここに件の狂人が何人かいる。ほぼ絶対の死を目の当たりにしても、臆せず進むことだけを考えていて、その瞳には希望の光が輝いていた。そして彼ら
は……起死回生の作戦のまさに直前になって仲間割れをしていた。
「だだだ、だれがあんたにおんぶでだっこだっていうのよ!!」
「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ、説明するからその物騒な鈍器を……ギャアアアアアアア」
珍しい青髪に向かって、少しも無駄のない動作で我が体を振り下ろす少女。我が持ち主であるグミなのだが、少しばかり頭の足りなかったシュウに対して、容
赦のない折檻を繰り返しているところだった。
馬鹿にされたと感じたことに関する怒りと、少しでも動揺してしまった自分への悔しさからそのような行動に出てるのだと思うが、誰もおんぶにだっことまで
は言ってなかったぞ……。
「グミさん、シュウさんもきっと考えがあって……」
突然の凶行を見て、おろおろしながらもなんとかグミを鎮めようとするユアだったが、なかなかグミの怒りは収まらず、最終的には小さな体を羽交い絞めにし
て抑えなければならなかった。
一瞬にして血みどろになったシュウは、大きく肩で息をしながらも先ほどの失言を訂正する。
「はぁ、はぁ……助かった。死ぬかと思った。さっきのは別にグミのことをバカにしてるわけではなくて、俺が運び屋になるには背負うか抱きかかえるかしな
きゃダメってことで、便宜的にな……」
その言葉を聴いて、今の八つ当たりに少しは罪悪感を感じたのか、しぶしぶヒールをかけるグミ。しぶしぶといえどもその回復力は常軌を逸しており、今にも
失血死しそうだったシュウの肌に生気が戻る。
「誤解するようなこと言うから……」
「そうですよ、もう……」
グミはそっぽを向いて、ユアはうつむき加減でほんの少しだけ怒ったような素振りを見せる。まったく……四方を敵に囲まれ、八方塞がりとなったこの状態で
もケンカし始めるとは……すごいギル
ドだと感心してる場合ではない。
そのことはシュウも承知していたようで、自分が今さっきまで瀕死の重傷だったことなどけろっと忘れて立ち上がる。いたわりの言葉も謝罪もないが、こいつ
にとっては二人のしぐさだけで十分だったようだ。こいつは我と同じで痛みを感じないのかもしれない。
「まぁ、どっちにしても決めなきゃなんないだろ。で、どっちがだっこでどっちがおんぶなんだ?」
「う……」
二人の頬がわずかに紅潮し、お互いの顔を見合う。我にはよくわからない感情だが、どちらが前でどちらが後ろかというのは二人にとって重要な問題なのだろ
う。
わずかの沈黙。おそらく二人の頭の中ではさまざまな葛藤が繰り広げられているのだろう。ユアは先ほどだっこがいい宣言をしたものの、グミに対して多少の
遠慮もあったりするんだろう。グミにしても同様だ。
二人の心情をわかっているのかいないのか、シュウが二人の胸のうち以外の状況を把握しつつ、催促の言葉を投げかける。
「相手も相当焦れてきてる、千載一遇の好機だ。早くやらないと、次の好機には八つ裂きにされてるかもしれない。早く決めてくれ」
シュウの態度に多少イラつきつつも、それを無視するようにしてグミが口を開いた。
「ユアさんは、だっこがいいの……?」
思いがけぬさっきの発言に対する質問にユアはどぎまぎしつつも、今にも消えていきそうな細い声で言った。
「えっと、その……だっこが、いいです」
新雪のように白い肌がまたも薄いピンクに染まる。元が白いからほんのわずかでも動揺したり、照れたりするとわかってしまうのが逆に腹立たしかった。それ
にまったく気づかないシュウもだ。
グミのなかでもやはり相当な葛藤があったようだが、その微妙な変化、でも確かな変化を見てなにか少し気づいたようだった。
「じゃあユアさんに……」
今回は譲ってあげると言いかけたところで、いつも以上にあわてた様子でユアが割り込んできた。
「で、でも、や、やっぱり、グミさんがだっこのほうがいいですよね。ほら、私なんて、いろいろダメだし……」
今になって恥ずかしさの爆弾が弾けたというか、とにかく自分に向けられる視線に耐え切れなくなったようだった。ユアは自然にやっているであろう反応だっ
たが、我から見るとシュウの反応を確かめるための布石だったようにしか見えない。
「いや、私も………がいいけど、そのさっきもあんなことしちゃったし、やっぱりユアさんのほうが」
一部よく聞き取れなかったが、ユアと言いたいとことはほぼ同じと見ていいだろう。自分の本当の気持ちと遠慮、その微妙な比率が織り成す反応が、この譲り
合いだった。そして、このまま見ているだけでは何も解決しないだろうから、誰かが助け舟を出す必要がある。三人の当事者以外には我しかいないのだがな……
慣れない役とはいえ、やるしかないだろう。
「シュウ、お前はどっちを抱きたいんだ?」
微妙に言葉のあやで意味合いが多少おかしくなってしまったが、たいした問題はないだろう。突然の第三者の介入に、グミとユアの視線が一気にシュウへと集
中する。
それに対するシュウの答えはというと……。
「そうだな……俺は、俺だったらグミのほうがいいな」
「………!!」
大きな目をさらに大きくして驚くグミ。戸惑いとそれに遅れて恥じらいがやってきたようで、出そうとした言葉も出せずにいた。それに対してユアはグミにや
さしい笑みを送っていた。曇りのない対のトパーズに大きな雫をたたえて。
しかし、明確な個人名の取捨選択。ここまで来ると怖いもの知らずを通り越して病気に見える。人ですらない鈍器からここまで言われるだなんて、まさに
「鈍」器の才能がある。
「な、なんで私なのよ……」
居た堪れないユアとの確執を感じながら、グミが問う。それに対するシュウの答えは簡素、というよりも無関心過ぎた。
「お前のほうが小さいからに決まってるだろ。この作戦、スピードが命なんだぜ?」
一瞬、ロリコン宣言かと思われたシュウの発言だったが、シュウが考えていたのは好き嫌いの問題でなく、ただの効率性だったようだった。非常に正しい判断
だったが、女性陣の評価は相当下がったと思われる。
「ということはどっちでもいいって訳ね。なんか私、バカみたい……」
「……じゃあ、わたし……おんぶでいいです」
ああ寒い、なんという冷たい言葉だろうか。しかし、そんなものをまったく受け付けないシュウはおそらく絶対零度の世界でも耐えられるに違いない。その前
に間違いなく、この二人のどちらかに葬られると思うが。
なにはともあれ、自分の発言でおんぶだっこ論争が終わったことにシュウは満足し、銀筒を地面に突き立てて言った。
「決まったようだな。なら、今から作戦開始だ。俺が今だって言ったら所定の場所に移動してくれ。行くぞ!!」
シュウが囮となる樹木へとバズーカを向けたことで、全員の表情が引き締まる。無言とアイコンタクトのみで行われたスタートの合図はそのままシュウの引き
金へと直結で連鎖した。わずかな金属音に続く、榴弾を飛ばすバズーカの吐息。反動を支えるシュウの骨肉がきしむ音。そして一瞬の滑走と共にどこまでも続く
空へと榴弾が吐き出された。
「次弾」
シュウは着弾も確認せずに、冷静に次の榴弾を再装填する。慣れた動作はすべての無駄な動作を除去し、流れるように行われる。そして、樹皮の悲鳴とほぼ同
時に第二射をまったく正反対の方向へと放った。
「ラストッ……当たってくれよ」
自らに願をかけて、シュウは最後の一発を装填、そしてほぼ真上……しかし、ほんのわずかな角度で背面に向けられたバズーカの口からはノールックながらも
正確無比な射撃が疾走し、大樹の枝葉をこれでもかと揺らした。
そして、木々のざわめきと一瞬の静寂。それに続くは狂騒と魔物たちの叫び声だった。もともと一瞬即発でちょっとした火花でも大爆発を起こしかねなかった
劇物に、三発も爆弾を落としたのだ。蜘蛛の子を散らすなんてものでは例えられないほどのパニックは三人の想像を軽く裏切るほどだった。我にはないはずの心
臓が早鐘を打ち、存在し得ない脳がこの作戦の成功を確信していた。
「ユア、バズーカを頼む! ぼーっとしてる暇はないぞ!」
我ほどの存在が平静を忘れるような状況であっても、シュウだけは作戦を忘れずに実行し続けていた。戦闘にかけては天賦の才を持っているというのも、もは
や冗談では通じない。
ユアはシュウに言われるままにバズーカを己の背に背負い、シュウからの返事を待つ。グミは突然の恐慌に呆然としていたが、シュウの激でなんとか我にかえ
ることができたようだった。
そのころシュウはと言うと、おなじみの二丁拳銃とは別に見たこともないような大口径の銃を、足首のホルスターから取り出しているところだった。計4丁の
銃が二丁ずつ強引に片手で握られていた。
「準備は整った。今だ! 掴まれッ!」
シュウの合図とほぼ同時に二人の体がシュウへと必死でへばりつく。それぞれの位置、すなわちグミは胸元、ユアは背面へと。シュウはちゃんと捕まったこと
を確認し、小さく一言つぶやいた。
「お、重い…」
掴まりながらというのに、強烈な肘鉄がダブルでシュウに直撃する。しかし、今回ばかりは痛がってる暇もなく、シュウが言う翼をを自らの腕に宿すべく、ス
キルを発動した。
「4発同時クレセント!!」
シュウが叫んだと同時に四つの銃口から一瞬のズレもなく、銀の月のようなものがまっすぐ黒の大樹へと喰らい付く。音はほとんどない、だがそれぞれ二つの
鋭い牙は離すことなく樹皮を噛み、しっかりと押さえつけてるように見えた。
「二人とも、俺から手を離すなよ」
二人とも無言で頷く。シュウは都合8つの牙が樹皮を噛んだことを確認すると、遠くに見える月へとなにものかを通じて精神を通わせた。銀の月と銃口に通じ
る一本線が青く染め上げられ、4本の青い糸は三人と樹木を繋ぎ合わせた。
「グラビティ……ゼロ!!」
シュウの口から未知の言葉が宣言されたとほぼ同時に、足元を失ったかのように三人の体が4つの月に引き寄せられるようにして、敵の遥か上を翔けていっ
た。
続く