進むべき道は険しくて遠い。その先にあるものは何かわからないけれども、進むしかな い。怖くても、逃げ出したくても、後戻りなんてできない。過去は変えられないから、せめて未来だけでも勝ち取りたいから。
「おい、グミ。ぼーっとしてる暇はないぞ」
 シュウの声が聞こえて、我に返る。今、まさに敵陣のど真ん中に乗り込まなきゃいけないのに、昔のことを思い出してしまっていた。気持ちが暗くなると、い つもそんなことばかり思い出してしまう。
 得意そうにシュウが話してくれた作戦。危険は多いし、確実性もないけれど……やってみる価値は十分あると思った。もう一度だけ、シュウの言葉を胸の中で 反芻してみる。
「俺たちの目的は偵察のはずだったが、今はそれも無理そうになってきた。逃げ道はない、だがいつまでもここにいる余裕もない。いわゆる袋小路にいる」
 私たちが潜んでいる茂みも、瞬時にはわかりにくいものの中を調べられたら隠れるところなんてない。元はあった逃げ道も今では完全にふさがれて閉まってい る。私とユアさんは無言を同意として、そのままシュウの話を聞いていた。
「そこで、俺なりに打開策を考えた。逃げ道がなくなった以上、今俺たちを狙ってる元凶を倒すほかない。ええっと……それは」
「呪いの人形……のオリジナルですね」
 言葉に詰まるシュウを助ける形で、ユアさんが助言をする。さっき見た気持ちの悪い人形はオリジナルのコピーで、この大量にいるゾンビルーパンとなにか関 係あるらしい。一匹一匹が持ってることから、もしかすると魔法使いがゾンビをあやつるための道具として使ってるのかもしれない。
 気を取り直したシュウは、頭をかいてから話を続ける。
「そう、そのオリジナルを俺たちがどうにかすれば、少なくともこのサルどもの統制は狂うんじゃないかと考えたんだ。そして、いかにも怪しいあの樹。おぞま しいほどのゾンビルーパンの群れ……あそこには必ず何かある」
 ほんのわずかだけ目をそらして、邪悪な気配を放つ樹と、それを護衛するかのように取り囲むゾンビルーパンを確認する。きっと、あの障害の先には樹の中に 潜入するための入り口か何かが隠されているのだろう。それを確信させるほどの絶対防御壁、まさに砦と呼べるものだった。
「だが、このまま俺たちが生身で突撃したらどうなるだろう。俺だってそう簡単にやられるつもりなんてないが、一対一の力が勝る、もしくは均衡していたとし ても、あの数じゃ絶対にもたない。勝敗は一瞬でつくだろう……つまりは俺たちの戦死って形になる」
 わざわざ戦死って言葉を使ったのは、シュウなりの覚悟の表れなのかもしれない。だって、この場合突っ込んでいってもそれは戦死なんかじゃなくて、ただの 無駄死になんだから。
「もちろんそんな終わり方はいやだ。誰一人失わずに行きたい。でも、この状況じゃ全滅だってそう難しくないんだ。だから、逆に考えてみた。俺がサルたちの 参謀だったら、どんなことをされると嫌か、困るかをだ」
 シュウが考えたとは思えない、理にかなった考え方だった。いつも、馬鹿なことや変なことばかり言ってたシュウなのに、どこで何かが変わってしまったんだ ろう。それとも、馬鹿に見えるように振舞ってただけなんだろうか。なぜ、どうしてといった疑念が浮かんでは消えていく。その間もシュウはとめどなく話し続 けていた。
「俺は今、この大軍を制している。今ならちょっとした戦争も起こせるほどだ。だが、俺はこの樹を守らなければならない。しかし、もしも敵が正面から攻めて きたとしても、返り討ちにしてやろう。不死身の大軍なら勝ちはあっても、負けはない。だが……俺の前に、みんなの意見も聞いとこうか。グミ、どうだ?」
「えっ?」
 突然の振りに、とっさには答えられずに変な声を出してしまう。急にそんなこと言われても、シュウのことを考えてたなんて死んでもいえないし……。
「えっと、私だったら……ものすごく強い人や、怪物が攻めてきたら困るかな」
 自分で言ってから、どんな人でもこれほどの大軍相手にいつまでも戦ってられないことに気づく。それにモンスターはモンスターのとこに攻め込んだりしな い。するとしたら、嫌いな人間たちのところにだ……私のいた村みたいに。
 あきれられるかと思った私の答えだったけど、シュウはうんうんと頷いて褒めてくれた。
「一騎当千の化け物みたいなやつがきたら、さすがに俺でも多少はあせるな。だが、俺たちの中にそれほどの力は、多分……ない。ユアはどうだろう?」
 ユアさんはいつものおっとりモードではなく、真剣なまなざしでシュウのことを見つめていた。きっと頭の中ではさまざまな作戦が練られているに違いない。 そのまま、奏でるようにしてユアさんの考えが言葉として紡がれていく。
「わたしだったら、あの魔物たちの弱点をつかれたら、困ります。悪しき者を浄化する力、聖なる力です」
 びくと背中に嫌な感覚が走る。私のことを責めているのではないとわかっていても、やはりどこか罪悪感があった。私さえしっかりしていて、攻撃魔法やヒー ルを魔物にかけられたらどんなに助かるのだろう。一騎当千とまではいえなくても、かなり助かるのは間違いなかった。
 でも、いくら使おうと思っても、癒しの力で苦しみ、細かい砂になっていく魔物たちを思い出すととても使えそうもなかった。目に焼きついて離れない光景 が、全身の毛穴を開かせて嫌な汗を出させていた。
 私の異変にいち早く気づいたユアさんは、ごめんなさいと細い声で謝って、私のことをやさしく包むように抱きしめてくれた。不安で押しつぶされそうだった 胸がすくわれる反面、役立たずであるという自覚とその情けなさで自分が嫌になる。
「確かに有効だが……最悪の場合にだけ頼ろう。それ以外はなしの方向で考える。最後にレフェルだが……」
 私とユアさんに挟まれた状態だったレフェルが話そうと口を動かすが、もごもご言っていてわからないので、シュウのほうに放り出す。地面に投げ捨てられた レフェルは少し不機嫌そうに話し始めた。
「我ならば攻めてくるか攻めてこないのかわからない膠着状態を嫌う。そちらに兵を割くことも必要だし、こちらから攻めて行くことはないのだからな」
 まるで一国の軍師みたいだ。地面に転がっていなければ、きっとすごくかっこいいのにとユアさんの腕の中で思う。シュウもそれには同感だったようで、苦笑 しながら言った。
「さすがレフェル、まさにその通りだな。じゃあ、最後に俺だが……俺が最も嫌うのは、一度に複数の箇所から別々の部隊が攻め込んでくることだ。それぞれに 軍の一部を割かなくてはならないし、どうしてもひとつひとつの注意に気が回らなくなりがちだからな。だが、俺たちはそこを突くのはどうかと思った」
 しかし、ユアさんが一足先にシュウの作戦の矛盾を見つけ、それが不可能であることを告げる。
「でも、シュウさん……私たちは3人しかいません。複数の部隊どころか、一人ずつでも3つだけです」
 アッシュさんがいても4人だったのだけど、それでもアッシュさんには策があったのか、それともまず情報を得て、大人数で攻めるつもりだったのかもしれな い。しかし、今アッシュさんの姿はここにはないのだった。
 しかし、シュウは動じることなく言った。
「大丈夫、これは戦争の話だからな。俺たちのひとまずの目標は、あの樹に潜入すること。サルどもを根絶やしにしなくても潜り込む事だけなら話は別だ。そし て、その作戦にはこいつを使う」
 シュウは背にした鋼鉄のバズーカを地面へと突き立てる。まさか、これで攻撃するつもりじゃ?
「シュウ、いくらなんでも結局力任せの正面突破ではないだろうな」
 同じことを思ったのかレフェルがシュウが行動を移す前に諌める。しかし、シュウは首を横に振って、口を開いた。
「俺が100人いればそれも可能だが、俺は一人しかいないんだぜ? こいつは、囮に使うんだ。まず、あそこのでかい樹、次に反対側の大樹、そして俺たちの後ろの樹と、それぞれ連続して榴弾を打ち込む」
 シュウが自ら作り出した爆弾を、四方へ向けて射出する様子が目に浮かぶ。私たちとは関係ない場所から次々と起こる爆発。それを見て敵は何を思うだろう か。答えは簡単、襲撃に備え迎撃、それがなければ追い討ちだった。敵だって、好き勝手やられて気が済むわけない。
 ユアさんは、シュウの名案に驚いたらしく、目をおっきくして言った。
「シュウさん、すごいです。でもそれで敵が手薄になったとしても、まだ少しは敵が残ってると思います。そこは正面突破ですか?」
 シュウは不敵に笑い、バズーカとは別にいつもの二丁拳銃を取り出す。そして、さもそれに意味があるかのように、くるくると回して見せた。
「正面突破はいくら手薄でも極力避けたい。俺たちは少人数だし、敵をなぎ倒して潜入できたとしても、侵入者の俺たちをすぐにでも探し出して始末しようとす るだろうからな。だから、出来るだけ見つからないことが好ましい」
 そんなことできっこないと思った私は、シュウの言葉を無理やり切って話に入り込む。
「でも、あいつらは地面いっぱいに並んでるよ? 倒さないで進むなんて、どうすれば……」
「俺が、俺があいつらの上を跳び越す翼になる。グミとユアは俺たちのことを視認されたと思った敵の口をふさいでくれ」
 自信たっぷりに言うシュウだけど、いつも通り冗談を言ってるようにしか聞こえなかった。翼になるなんてできっこない。
「翼になるってどういうことよ! そんなの信じられるわけ……」
 感情に任せて、不可能だと言い切ってしまおうと思った私だったけど、真剣そのものなシュウのまなざしを見て、言葉を詰まらせる。シュウは私の両肩に手を やって、囁いた。
「信じてくれ。確かにやったことはない、でも他に方法もないんだ。頼む」
 別になんとも思ってないはずなのに、いつもと違うシュウの様子にうっすら頬が赤く染まる。その温度で凝り固まっていた疑心が、すっと溶けていった気がし た。
 私はシュウに胸のうちを悟られないように、ほんの少し目をそらして信じた。
「わかった……でも、私たちはどうすればいいの?」
 私の質問と同時に、ユアさんもシュウのことを見る。私たち二人の視線の焦点で、いつになく真面目な表情でとんでもないことを口走った。
「えっと、グミはおんぶとだっこどっちがいい?」
 馬鹿にされた怒りと恥ずかしさからかぁと頬だけじゃなく、顔全体が赤熱する。こんなときになにを言ってるのやらと思いつつも、どちらかの行為をされてい る様子を思い浮かべてしまった自分にも腹が立った。どっちかというと……やっぱり、もう、バカっ。顔から火が出るってこのことね。
 私は、シュウの前頭部に一撃を加えるために、落ちていたレフェルを拾いに歩き出す。それを見たシュウは誤解だ誤解だ作戦のひとつなんだと喚いていたけ ど、それも耳に入らない。ほとんど自分に対する苛立ちが原因だったけど……そのまま大きく振りかぶって、殴りかかる前に別のことに気をとられて止めた。ユ アさんの言葉だった。
「あの、よかったらでいいんですけど……わたしはだっこがいいです……」
 頬をピンクに上気させるユアさんは、私がもって帰りたいくらい可愛かった。
続く
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