人生は選択の連続でできている。今日何を食うか、何を着るか、誰と何をするか。どれ も、必ず自分の意思で選ぶ必要がある。
 強制された場合でも、それを本当に選ぶかどうかは結局自分の意思だ。そして、選択のときは自分が予期しないときにやってきて、必要な選択を迫る。選ばな ければならない、それがどんな選択肢でも。
 そして、今回も俺は迷うことなく選んだ。いつかは選ばなければならないなら、すぐに選んだほうがいいと思ったからだ。
 しかし、いつだって運命ってやつは理不尽だ。用意されていた選択は、どれが正しいのか、どれが間違ってるのかなんてわかりはしない。選んで、行動してみ て初めてわかる。全ての選択が間違っていることなんてのも当然ある。
 そして、今回もたまたま間違った選択だっただけだ。
「そんな、アッシュさん……」
 顔を伏せ、見えなくなってしまった仲間の名を呼ぶグミ。細いトンネルから見えた光景は、一瞬だったのにいやに鮮明に残っていて、最後に聞こえた俺たちへ の言葉は彼女なりの遺言にさえ聞こえた。
 あのとき、俺一人だけでも戻っていたら、どうなっていただろうか。迫り来る木の壁を赤ん坊レベルのハイハイをしかもバックで戻って間に合ったかどうかは 微妙なところだが、俺だって少しは役に立ったかもしれない。
 しかし、過ぎたことをどうこう言っても仕方ない。結局俺はアッシュの方向ではなく、グミたちの方を選んだんだ。もしなんて仮定は先のことにだけ使うべき なんだ。
「アッシュさんなら、きっと大丈夫です。わたしたちはわたしたちの出来ることをしましょう」
 ユアが、意外にもしっかりした口調でグミを慰めている。泣いていたのか、袖で顔をぬぐっている。確かにユアの言う通りだ。助けに行かなかった俺を責める わけでもなく、ただ自分のやるべきことを見据えている。危険な作戦を無理に通したのも俺なのに………。
 もう手の施しようがないにもかかわらず、後悔の念を捨てきれない俺の肩を誰かの手がそっと叩く。
「シュウさんも変な顔してないでください。アッシュさんならきっと大丈夫です……」
 ユアだった。胸のうちを読まれたのか、そこまで顔に出ていたのかはわからないがとにかく俺の心象を察してくれたようだ。そして、それと同時にユア自身も 相当不安だということがわかる。
「あ……ああ、そうだな。アッシュは俺たちなんかより、ずっと強いし平気さ」
 多少、強がって言ってみたものの、本当に強がりにしか見えない言い方だった。グミは顔を上げて、俺の顔を覗き込む。少し泣いたらしく、赤く晴らした目で 言った。
「シュウは、どうして戻らなかったの?」
 それはほんの短い言葉なのに、鋭い長槍のように俺を貫いた。どうしてか、これはそういう作戦だから? 間に合わないと思ったから? アッシュ一人でも平気だと思ったから? それとも、戻ったら俺も道連れだったからか?
 いくら考えてもいいわけ染みた答えしか浮かんでこない自分の頭にイライラする。多分、本当の理由は死にたくなかったから……アッシュを犠牲にしてでも助 かりたかったからだ。でも、俺は正直にそんなことを言えるはずもなく、しばらく考えて曖昧な答えを返す。
「急に襲われて、無我夢中だったんだ。とっさに戻るなんて、出来なかった」
 気が動転していた、なんて便利ないいわけだろう。確かに混乱してたってのは間違いじゃない。半ば本能でこっちを選んだんだから。
「グミ、責めるのはシュウじゃない。卑劣な魔女や猿共だ」
 頼んでもいないのに、鈍器が俺のフォローをする。それが逆に俺の本心を見透かされているようで怖かった。
 グミは右袖でもう一度だけ目のあたりをこすり、ずれてしまった帽子を直す。さっきよりは随分落ち着いたようだったが、それでもまだ無理をしているグミの 様子は痛々しい。そして、なにより俺と目をあわせようとしないのがつらかった。
「そうだね、ごめん…泣いたりして。アッシュさんはきっと今も頑張ってるし、悪いのはモンスターだもん」
 グミはさっきまでの泣きっぷりとはうってかわって、強い目で言った。口には出さないが、なにかグミの中で区切りがついたように感じる。
 今度はグミに代わって、レフェルが口を開いた。
「しかし、アッシュと連絡が取れなくなった今、綿密な作戦を立てる必要がある。何しろ、我らは敵地の情報をほぼなにも知らないのだからな」
 そうだ、会議のようなものがあったが、実際に細かいことはほとんど現地で実物を見て決める手立てになっていたはずだ。特に俺なんてほぼなにも聞いてない のだから困る。
 ユアが茂みを通して付近の様子を見ている。茂み以外からも、木陰やツルなどを利用し、まるでスパイの如く敵地を探っていた。一応ここは安地といわれてい るが、ここ以外の場所はほぼ全体が魔物の巣窟なのだ。
「どうだ……?」
 それとなく、聞いてみる。すると、ユアは首を横に振り言った。
「周り全体青紫色のモンスターがうろうろしてます。ここはまだばれてないみたいですけど、見つかっちゃうのも時間の問題かもしれないです……」
 多勢に無勢……こっちは腕利きの魔法使いアッシュも欠け、わずか三人。少しでも選択ミスをすれば、即命取りだ。元々は、ついさっきまでぽっかり口をあけ ていたトンネルから進入、脱出の経路が確保されていたのだと思うが、進入の段階で退路だけ断たれてしまっている。奥に行くにしても、逃げるにしてもモンス ターの目を掻い潜って行かないといけない。
 こういうときは一人で考えるよりも、他の仲間の意見も聞いたほうがいいな。三人寄ればもんじゃの知恵っていうし……。
「とりあえず、今置かれてる状況を再確認しよう。敵には囲まれているが、居場所までは見つかってない。しかし逃げ道はない。こちらは三人、力押しじゃまず 無理。さて、どうしようか」
「あんたが仕切ってるのが気に入らないけど、どうしよう?」
 なんで俺に噛み付いてくるのかわからないが、とにかく全員話し合うことには賛成のようだ。ユアなんかはうんうんと頷いているし、レフェルからもどことな く頷いている気がする。
 実際賛成だったらしく、次に口を開いたのはレフェルだった。
「とりあえず、まず話合うことはひとつだ。行くのか、逃げるのか」
 そうだ、一応まだ逃げるって選択肢もある。でも、この場合もリスクは同じだ。ただ、何もわからない敵地にずんずん侵攻するよりは、一度戻ってアッシュや 他の援軍も呼んだほうがいいかもしれない。でも、ここで逃げたら囮になってまで俺たちをこちらに通したアッシュはどうなる。
 また、選ばなきゃならない。今度は間違えないように。
「行くに決まってる!」
「行く!」
「行きます!」
 お互い確かめ合わずとも、思いはひとつだった。大した成果は上がらずとも、潜入して相手の戦力を探るくらいは出来る。なにもしないでただ逃げて帰るなん て自分の気持ちが許せなかった。
「全員一致だな。行く場所もよくわかってないのに流石ギルドというべきか」
 レフェルもその選択の無謀さをわかっていて、それに賛同している。そうか、正しいかどうかじゃなく、その選択に納得できるかどうかは結局また自分の意思 なんだ。
「あ、あの黒い樹の周りだけ、妙にいっぱい猿がいるよ」
 いつの間にかユアに肩車されているグミが言う。真正面からじゃいっぱいいるようにしか見えないモンスターたちだが、少し角度をつけてみるとその軍勢の層 の厚さがわかるようだ。グミが見ている先はちょうど真正面、ここからでも頂上が見えないほどの巨大な樹がそびえ立っていた。だが、エリニアにある普通の樹 と違うところは、その樹皮、枝葉までが黒く変色して、まるで邪悪を実体化したような形になっていることだ。
「いかにも怪しいな。とりあえず、当面そこを目標に潜入しようと思うが、どうだ?」
 レフェルの提案に異議など出るはずがない。元々行く先なんてわからないのだから、文句なんていう必要がなかった。
 だが、そこでユアが眉根を寄せて言った。
「でも、正面突破できるような数じゃないですよ…。援軍を呼ばれたら、わたしたちなんてまるで無力です」
 うーん、と全員がうなってしまう。俺もさっきからそれをどうにかする手段を考えているのだが、こういうときに回転の悪い頭に嫌気がさす。せめて、あの樹 から注意を引き離すことが出来れば……。
「私たちが敵の立場だったら楽なのに……」
 グミがぼそっとつぶやく。最初は現実逃避してるようにしか聞こえなかったが、俺の頭の上では電線が切れてるはずの電球が今までにないほどに輝いていた。 そうだ、発想の転換だ。俺たちが敵の立場で、一番されて困ることを考えるんだ。
 すぐに妙案がひらめく。そうか、よし……これで行こう。俺は腰を上げて、みんなの注目を集める。
「みんなちょっと聞いてくれ。こんな作戦はどうだ?」
 誰が盗み聞きしてるわけでもないのだが、一応自分を除く二人と一個だけに囁く。それを聞いた二人の顔が輝いた。
続く
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