いつの間にかホワイトボードや椅子は各自で片付けられ、撤収の空気になっていた。俺も 自分が座っていた、いや…ほとんどずっと寝てたわけだけど、その椅子を片付けようとしたら、すでに片付けられていた。多分、グミかユアが気を利かせてやっ てくれたのだろうが、やることがなくなった俺はただ突っ立ってるだけになってしまい、逆になんだか取り残されたような気分になってしまった。
 どうやら俺がグミに気絶させられているうちに会議は終わったらしい。意識はまだちょっと朦朧としているけど、そのうち直るだろう。できれば、大きなこぶ もさっさとグミに治療してもらいたいが、痛いから直してなんてのはかっこ悪いから後でも問題ない。
 でも、うーん。なんというか、なんだろうこの疎外感は。会議なんて最初から寝るつもりだったが、結局のところ会議の内容も敵の名前すらもわからなかっ た。これでいいのか俺と自分を問い詰めたくなる。あぁ、でも待てよ……。冷静に考えてみると、さっきの寝ぼけ半分の発言が功を奏しているのかもしれない。 そして、グミはそれが照れくさくて俺に寄ろうとしないのかも。
 そう思うと若干安心した。やっぱり発想の転換ってやつは偉大だなと改めて思う。最近はなんだかんだ下出に出てしまうことが多いから、今度からはちょっと 強気でいこう。
「シュウー! ボサッと突っ立ってないで、さっさとこっち来なさいー!」
「ほいほい」
 何をやってるのかは知らないが、二つ返事でOKする。向かう場所は更にひとつ奥の部屋だが、リビングだろうか。まぁ、行ってみればわかるだろう。あんま り気乗りはしなかったが待たせてグミを怒らせないうちに、早足で会議室を後にする。
 力仕事か、それとも掃除か後片付けか。男手を必要としているからには力を必要としている掃除という合わせ技かもしれない。なんにしても、こきつかわれる のは確かだろうなと覚悟して奥の間に足を踏み込むと、そこは想像していたものは一切なく、既に綺麗に整頓された部屋があった。ベッドのシンクやなんかもす ごく上質なものだし、掃除の必要なんてどう見てもない。むしろ俺なんかが掃除したら余計汚くする自信がある。
 安堵した俺がなんだとほっと一息つく前に、アッシュが口を開いた。
「今日は突然のことで疲れたろう。時間にはまだ早いが、出発は明日の明朝にするとして、今日はゆっくり体を休めてほしい」
 思わず身構えてしまったが、そうだよ。俺たちは一応客なんだ。アッシュにとってはボディーガードでも使用人でもメイドでもないんだ。接待してくれるわけ じゃないだろうけど、必要最低限の身の回りの世話くらいはしてくれるかもしれない。
 気が楽になった俺は、特に意識することなくベッドに腰掛ける。ふかふかとしていて、手触りもすごくいいベッドだ。そのまま、上体を倒して寝そべると一瞬 にして眠気が襲ってくる。よし、このまま一眠り……しようとしたところでグミに引っ張られ、硬い床に落下する。
「な、なにするんだよ!」
 まだ治療してもらってない頭のしかも同じところを酷く打ちつけた俺は、すぐさまグミに抗議する。別に土足で踏み荒らしたわけじゃないんだから、いくらな んでもそこまでしなくたっていいじゃないか。しかし、グミはいつも通り反撃してくるわけでもなくうつむいて黙っていた。
「…………」
 一瞬だけ沈黙が訪れる。俺がいったい何をしたっていうんだよ。どこか、グミの様子がおかしいが、何の心当たりもない。無意識のうちにグミを黙らせるよう なことをやってしまったのだろうか。
「シュウさん、そ……そのベッド」
 沈黙に耐えかねたのか、ユアが助け舟を出す。そのベッドってのはまず間違いなく、今寝そべってたベッドだと思うが、それがどうかしたのだろうか。ベッド ならほかにいくらでも……。
「あれ……?」
 間抜けにも思わず声が出ていた。寝室か客間とばかり思っていたこの部屋には、ほかにベッドはなかったのだ。やけに大きいとは思っていたが、まさかこの ベッド…。
「ここ、夫婦の寝室なんだって……」
 特に強調していたわけでもないのに夫婦のという部分だけはよく聞こえた。なるほど、だから枕が二つ……二つ!? ここがダブルベッドだということに気づいたその瞬間に、グミがただうつむいていたわけではなく、耳まで真っ赤になった顔を見せないために、そうしていたこ とがわかった。そして、それと同時にあらゆる脳内麻薬が、今までにない勢いで分泌されているのがわかった。こ、これは…今までにないチャンス!!?
 俺の体内で起こっている、化学反応には気づいていないのか、何事もなかったかのようにアッシュがすまなそうに詫びた。
「本当はきちんとした客間に招待したかったのだが、しばらくつかってないうちに物置になってしまってな……申し訳ないが、この部屋を使ってほしい」
「よ、よろこんで!」
 俺は自分が無様な体勢で床に転がってることなど忘れ、すさまじいスピードで感謝する。なんていうかその、愛って万国共通の感情だよな? さすがのアッ シュも俺の返事があまりにもはやいことに引いていた気もしたが、もう気にしない。それ以上にアッシュの心遣いに感謝することを忘れなかった。
「では、ごゆっくり」
 アッシュは軽く会釈し、パタンと扉を閉める。かくして、男一人、女二人と一個の密室が出来上がった。そう、これはきわめて合法的に……フフフフフフフ フ、ハハハハハハハハ!!
 グミたちが一歩引くのがわかる。だが問題ない、いずれにしてもこの部屋で今夜を過ごすことは決定済みなのだ! もしかすると、二人がかりで俺のことをリンチして、気絶させてくる可能性も無きにしも非ずだが、今の俺ならどんな化け物にだって素手で勝てる気がする。
「なに、気持ち悪い笑い方してるのよッ!」
 明らかに引いているグミは、果てしなく広がる妄想に終止符を打つべくレフェルを俺に投擲してくる。いつもなら、このまま頭部に強打を受け、卒倒。そして 気づけば朝というパターンが定着しつつあって悲しいが、今日の俺は一味も二味も違う。俺は無理な体勢のまま、右腕を突き出し、高速で縦回転しながら飛んで くるレフェルを掴みとる。
「くっくっく…遅い、止まって見えるぜ。投擲速度、回転速度、投げてくる角度からタイミングまで完全に熟知した俺にはな!」
 伊達に今まで食らってないぜと付け加えるのを忘れたが、そんなことはどうでもいい。とにかく、今はなんだかイイ。最高にハイってやつだ。
「な、なんかシュウが変……」
「グミさん、わたしの後ろに!」
 すっと、グミがユアの後ろに下がる。あのユアすらも今の状況を危険と判断したようだ。だが、それでも俺の余裕は崩れない。不敵に起き上がった俺は、部屋 の隅に逃げ惑っている二人が良く見えるようにベッドに腰掛ける。右手ではさっき投げてよこしたレフェルをくるくると回して遊ぶ。完璧だ…完璧すぎる。いま だかつて、俺がこんなにも日の目を見たことはあっただろうか。
「シュウ、あまり調子に乗らないほうがいいと思うぞ」
 うるさい鈍器だ。しかし、こいつは唯一の俺側の存在だし、こちらに置いておいてやろう。さっきのボケとは裏腹に、今の冴えまくってる頭で今後の展開を考 える。ユアが考えそうなことと、それに対する条件。グミの存在も忘れてはならない。あらゆるケースに対応しなければな。
「そこを降りてください!」
 率直な命令。ユアはいつにもなく釣り上がった目で俺のことをにらんでいる。俺の態度に怒っているのか、グミを恐がらせたことに怒っているのか……いや、 そんなことはどうでもいい。問題はこれからどう対応するかだ。
「どうしてだ? 俺はただ座ってるだけだ。それ以上のことはしてない」
 あまりに冷静な俺の言動にひるむかと思いきや、気丈にも反撃してきた。
「この部屋にベッドはひとつしかないんです。だから降りてください!」
 なるほど、ベッドがひとつしかないから、俺は床に寝ろというのか。いくらなんでも酷すぎるだろそれは。反論の余地はいくらでもある。
「俺だって、たまにはベッドで寝たい。それに、誰も一人占めするなんていってないじゃないか」
 うっ、とユアが一歩ひるむ。普段、戦闘以外においては、ほぼ回転してない頭だったが、今は戦闘中……いや、それ以上の回転率を見せているぞ。しかし、ユ アも負けてはいない。
「そ、それはそうですけど、グミさんもわたしも女の子ですよ! こういうときは素直にベッドを譲るべきです!」
「そうよ、そうよ! 普通、こういうときはレディーファーストでしょ!?」
 レディーファースト? 女の子には優しくしろ? そうか、その言葉にいつも俺は踊らされていたんだな。いつもなら、ここで降参するしかない俺だが、今回は妥協しない!
「なるほど、一理ある。でも、さっきから言ってるだろう? 二人一緒に寝ればいいって。なんなら三人でもいいぞ?」
 二人の顔が一瞬にして紅潮する。あえてさっきから口にしないようにしているのはバレバレだったから、あえてこっちから使ってやればこうなるというのは目 に見えていた。明らかに動揺している二人を尻目に、脳内で妄想をさらに拡大させる。眠りってのは限りなく無意識な行動なんだから、いろいろ事故があっても 不思議じゃないよな。
 一体俺がどんな表情をしていたのかはわからないが、とにかく愉快だった。今まで抑圧されていたものが一気に出ているのかもしれない。さっきと比べて全然 覇気のなくなったユアだったが、もじもじしながら細々とした声で言う。
「だって……、若い男女が一緒のベッドで寝るなんて、その……不謹慎です……」
 ほほう、やっぱり最初からそういうことを考えていたのだな。俺はただ一緒に寝るって言っただけなのに。やはり、この勝負…いただきだ!
「不謹慎? ユア君は何を想像していたのかなぁ?」
 途端にユアの顔が真っ赤に染まる。誰がどう見ても図星のようだった。これで、ユアはもう再起不能だろう。後はグミがどう出てくるかが問題だが……。
「うぅ、シュウのくせに……」
 ユアもやられてしまい、今にも泣き出しそうだ。よし、ここで泣かれる前に一枚カードを切ろう。助け舟に見せかけたトラップを出すのだ。俺は脚を組みなお し、言った。
「少しきつく言い過ぎたかな。でも、俺だってたまにはふかふかのベッドで寝たいさ。だから、グミ……少しゲームをしないか?」
「なによ、ゲームとか言ってまた変なこと考えてるんでしょ」
 グミは完全に警戒した面持ちで俺のことを見ている。ああ、考えているさ。そうに決まってるだろう?
しかし、もちろん口には出さない。そんなこといって、床に寝るとか言い出されたら困るのだからな。そう、俺の目的はふかふかベッドでの安眠ではないのだ!
「まさか。俺はやっぱりこういうのは平等でないといけないと思ったのさ。見たところ、このベッドは二人用だから、勝った二人はベッド。負けた一人は床で寝 るってのはどうだ?」
 勝った二人といったのはもちろん罠だ。この条件にすることで、グミかユアどちらかとは添い寝することができる。負けたとき? 勝率は2/3だ。今の俺なら1/100だって勝てる自信がある! グミたちは小声で相談しているが、たいした問題にはならないだろう。
 相談が終わったのか、今度はユアではなくグミが口を開く。
「わかったわ。でも、先にどんなゲームをするのか説明して」
 俺の術中にはまったことには気づかなかったようだな。俺はポケットの中から三本の紐を取り出し、ポケットの中で握った状態のまま二人に見せる。握られた 手の中からでは、どれが当りかはわからない。
「この三本の中に一本だけ少し短い紐が入ってる。そいつを引いたやつが負けだ」
  ごくっと息を呑む音が聞こえてくるようだ。ちなみにこれも罠だ。実は三本の紐の長さはバラバラで、先にグミとユアに引かせれば自動的にどちらかが敗者にな るという仕組みだ。このイカサマの問題はチェックされたら負けだというところにあるが、ちゃんとイカサマでない紐も持ち歩いている。そのときはうまくすり 替えて堂々と勝負してやるさ。
「ずるいことしてないでしょうね?」
 グミが一応確認してくる。俺は表情を悟られないように、肩をすくめて馬鹿にしたような態度を取った。
「そんなことしなくても勝つ自信があるよ。それとも、一緒に勝ちたいとか?」
「な……そんなわけないでしょ! ほら、やるわよ!」
 かかった。挑発に乗ったグミは、俺の手の中から紐を一本抜き取った。気持ち短い紐だけにグミの表情が曇る。実際のところ長さはあんまり関係ないんだけど な。さて、後はユアに引かせるだけだ。
「次はユア」
 俺はベッドから降りて、何気なくユアに順番を譲る。さっきからずっと放心状態なユアは、言われるがままに一本の紐を選んで、抜いた。長さは測らずともユ アのほうが短いのは一目瞭然だった。脳内で曖昧だった俺の隣にいる女がグミに決定される。
「ユアのほうがグミよりも短かったから、ユアの負けだな。悪いけど、床で寝てもらうことになる」
「ということは……私の勝ち?」
 なぜか嬉しそうにグミがいう。ああ、勝ちだよ。でも、この勝負の勝者は最初から俺一人なんだ。君たちにとってはどちらかというと負けかもしれないけど。
「つまり俺とグミがベッドで寝ることになるな」
 ピクッと今まで勘違いしていたグミが反応する。最初にそう説明したはずだったが、勝ちという響きがどこか感覚を狂わせていたのだろう。嬉しそうだった表 情が、みるみるうちに変わっていく。おびえてるような、恥ずかしがってるような、なんというか形容しがたい顔だ。頭の中では凄まじい葛藤が繰り広げられて るに違いない。
「私が…シュウと?」
 顔を赤らめながら、上目遣いで俺のことを見つめてくるグミ。どことなく潤んだ瞳がたまらなく魅力的でめまいがする。プロの格闘家に脳天パンチを食らった ような強烈な心の揺れを感じた。実際に鼻血くらいは出てたかもしれない。
 俺は自分の理性を総動員して、今にも飛びつこうとする筋肉に規制をかける。落ち着け、ここは冷静にカッコよくいくんだ。さっきまでの俺を取り戻せ!
「や、やさしくしてやるから……な?」
「……」
 俺の一言で情事を思い浮かべてしまったのか、グミはますます顔を赤らめる。グミ、わざとでないのならこれ以上俺を刺激しないでくれ……もういろいろ、ギ リギリなんだから。
 明らか冷静さを欠いた脳に、耳から直接何かの言葉が入ってくる。この屋敷の主の声だ。
「風呂の準備ができたぞー」
 浴室から叫んでいるのか、独特のエコーがきいている。でも、なんて用意のいい人なんだろう。本当はその筋の人間なのではないかと思ってしまうほどに、こ ちらの意向を汲み取ってくれる。
 アッシュの完璧すぎるフォローに喜びを感じながらも、なんとか最後まで生き残ってくれた理性で言った。
「先に入ってきなよ。俺は夜風でも浴びてくる」
 コートを羽織ながら颯爽と部屋を飛び出していく。そして、戻ってシャワーを浴びた後にグミの待つ寝室へ。か、完璧だ…我ながらここまで完璧だと思ったこ とはない。すごい、すごいよ俺!
 興奮冷めやらぬまま部屋を後にした俺は、沸いた頭の中でなにか大事なことを見落としていることに気づかなかった。
*
 しばらくして俺は屋敷に戻り、風呂場へと急ぐ。グミたちが湯浴みをした後の風呂場で全身をきれいに洗い上げ、今は鏡の前で髪形を整えていた。湿気を含ん だ青い髪はつややかに光り、アンテナ部もギンギンに尖っている。服はまだ着てないが、やっぱいきなり裸ってのまずいかな。じゃあ、タオル一枚…ってのもな んかおかしいか。とりあえず、コートは着ずにラフな格好で行こう。
 俺は濡れた体にシャツがひっつくのを気にしながら、サンダルを引っ掛けて脱衣所から、踊り場へ抜けていく。途中アッシュの姿がちらりと見えたから、尊敬 と感謝の意をこめて頭を下げておいた。こんなおいしい状況を用意してくれるだなんて、いくら感謝しても足りないくらいだ。
 軽やかなステップで廊下を抜けていき、先ほどの会議室に着く。ここまで来れば、目的の場所はすぐそこだ。俺の到着を待っているのか、部屋のドアはわずか に開いたまま、うすぼんやりとした光をこぼしている。準備OK。早く来てというオーラが出まくりなのが、俺の足を次第に速める。ドアの前までは数秒かかっ たはずだが、その間どうやっていったのかは覚えてない。
「いよいよこのときが来たか…」
 しみじみと独り言をかみ締め、ドアノブに手をかける。そして、開けたと同時に言う!
「待たせたなっ!」
 シーンと静まり返る室内。あれ、これはどういうことなんだろうか。予測では指先まで真っ赤にしたグミがベッドで俺の帰りを待ってるはずじゃ……あ、もし かして俺空気読めなかったのかな。でも、グミは現にベッドの上にいる……。
 俺は両目を見開いて、ベッドの上を見る。そこには女性というには小さすぎるシルエットがシーツごしに浮かび上がっていた。間違いない、いるじゃないか。 しかし、それ以上目線をあげて凄まじく後悔する。
「……すー」
 すーって、はぁなるほど。かわいい寝顔だこと。って待てよ!? 寝顔!!?
「ちょっとグミ、まさか寝て……なっ!?」
 俺はグミが寝ている以上の事態に驚いて、言葉を失う。グミだけかと思いきや、もうひとつグミよりも大きな身体をした人間が隣にいるではないか! まさか、俺が数分留守にしたうちに変な間男が…くそ、そんなことあってたまるか!
 混乱した頭を静めようと、さらに混乱した命令を送る俺。正直何がなんだかわからなくなっていた。混乱してた。かっとなってやったみたいな感じだ。角度の 加減でちょうどグミの頭に隠れてしまって、顔が見えない。すぐさま近寄って、ことと次第によっちゃ顔面の形が変わるくらい殴ってやらなきゃならない。もし くは、目と目の間に穴をひとつ増やしてやらなければならない。
「この野郎…俺がいないうちになんてことを…!!」
 俺自身もあわよくばそういったことをしようと思ってたくせに、知らないやつがそういうことをすると思うと無性に腹が立つ。殺意にも似た嫉妬ってやつだっ た。純白のシーツを掴んで、ひっぺがす!
 するとそこにいたのは男ですらなく、見知った仲間の姿だった。
「ふぇ、シュウさん…?」
「ユ、ユア!?」
 そこにいたのはネグリジェ姿のユアだった。アッシュに借りたものなのかもしれないが、フリルとかちょい透けそうな黒っぽい生地が余計になまめかしい。目 の毒だ。
 ユアは眠い目をこすりながら、事態を説明してくれる。
「えーっと、グミさん、しばらくはシュウさんのこと待ってたんですけどー……疲れてたみたいですー。わたしはその、グミさんの寝顔見てたらなんだか眠く なって…ふぁーあ」
 絶対の好機を前になにやってたんだ俺は。追い討ちのつもりなのか目のふちにたまった涙をこぼしながら、大きなあくびをするユアに完全に毒気を抜かれてし まう。
 あんなに頭が使えたの初めてだったのに、ユアのことを忘れていた。今考えてみればグミと一緒に寝ることになっても、ユアもこの部屋で寝るんだった。じっ と見つめられ、むしろ監視されながらグミの隣に寝るなんて……生殺しじゃないか。ちょっと指先が触れただけで槍とか蹴りとかが飛んできてもおかしくない。 ああ、もう絶対勝ったと思ったのに、実は初っ端から反則負けだったんだな…。
「あ、シュウさんごめんなさい。今降りますね。床で寝る約束ですから…」
 俺は馬鹿正直に約束を守ろうとするユアを静止して、そのままシーツをかけてやる。完全に自信をなくした俺は自虐気味に言った。
「いや、ユアはそのままグミと寝てやってくれ。俺には床がお似合いだ…」
「あ、はい。おやすみなさ…すー」
 否定はしないのかよ…。こうして腑抜けの俺の夜は更けていく。
続く
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