会議というものは無意味なものになるか、充実したものになるかは、一重にその参加者に よる。斬新な意見が出れば参加者も刺激され、よりよい意見に発展していくこともあるだろう。逆に言えば参加者が悪ければ、意見どころかつまらない諍い、そ して最悪の場合「沈黙」という状態に陥る。ここから先、よいアイデアなどには期待できないどころか、仲間割れなんてこともありえなくはなくなってしまう。
 だからこそ、そんな事態を未然に防ぐために司会というものが必要になってくる。司会が優れていれば問題なく会議は進行し、最良の結果に誘導することも難 しくはないだろう。
 そして、今回その重要な役回りに位置するのは私である訳だが、今回はいささか自信がない……。もちろん手を抜いているわけでも、経験した不足でもない。 余談はあるが、エリニアの某魔術師ギルドで司会を務めたこともあり、その結果もよい方向に向かっていった。
 だが、今回は役者も議題も違う。議題も今までにはないほどの難題ではあるが、どちらかというと今心配しているのは参加者のほうだった。
 私は会議をまとめるためのホワイトボードを背にして、目の前の状況を再確認する。
「えー、これからのことを簡単におさらい……」
「ぐー……」
 ……紛れもないいびきだった。舟を漕いでいるとかそういったレベルではない。完全に熟睡している。多分揺り動かしても目を覚ますことはないと思えるほ ど、豪快な眠りっぷりだった。実際にグミ氏が何度か肩をゆすっている様子を目にしているが、むにゃむにゃとうわ言を口にするだけで、起きる素振りは微塵も 感じられなかった。
 夢の世界に旅立ってしまった少年は、この際だから気にしないことにして、他の二人を仰ぎ見る。真面目そうに私のほうを見つめている黒髪の少女は、どう見 ても学校の低学年にしか見えず、もう一人の女性は会議に参加しているというよりも授業参観に来た若い母親といった感じだった。特に両手をひざの上にのせて 微笑を浮かべているユア氏は別の意味で様になっている。目が合った瞬間にわずかに首を傾けて笑った様子は同性の私ですら美しいと思えた。
 私がユア氏に見入っているうちに、熟睡していたシュウ氏の方から鈍い打撃音が聞こえてくる。声もなくうなだれた後頭部には真っ赤に腫れあがったコブが痛 々しい。元々眠っていたシュウ氏だったが、今度は完全に意識を遮断されたようだ。
「ここまでしても起きないなんて、なんてやつ!」
 ああそうか、起こそうとした結果が気絶だったのだな。普通、後頭部をそんな得物で殴打されたら死んでもおかしくないのだが、グミ氏にとっては当然の結果 のようだ。ユア氏もおろおろしながら椅子に座ったまま気絶する少年を見ているが、すぐさま走って手当てをしたりなどはしない。にわかには信じがたいが、や はり常識なのだろう。
 私は驚きのあまりしばらくの間、無意識にでグミ氏を見つめていたのだが、それに気づいたグミ氏が両手を突き出しながら、慌てて今のことを否定する。
「あ、これはその違うんです。ほら、こいつは話し合いのときはいっつも寝てるし、私のことをからかったりして全然話も進まないから……えーっと、そう。こ んなのほっといて会議しましょう?」
「あ、ああ……」
 思わずそう口にするものの、どうも会議というよりも授業参観という感じがぬぐいきれない。どう見ても私が教師でグミ氏は生徒、ユア氏は母もしくは妹思い の姉なのだ。もう、話合うという気分でもないので教師と生徒の関係で説明だけでもすることにしよう。まずはまとめからだ。
 私は初めに大きく作戦名をホワイトボードに書き出す。
「『凶暴化した魔物の偵察及び可能な限り殲滅』。今回の作戦はこれだ。今からこの作戦について会議を行う。まずは敵の習性および、侵入経路の確保……」
 そこまで言って、言葉を切る。いや、二人の様子を見て自然と止まってしまったというべきか。何をしていたかというと、ユア氏がグミ氏になにか耳打ちして いたのだった。 
「ユア氏、質問があるなら答えるぞ?」
「あっ、あの……」
 ちょっと口調が厳しかっただろうか。ユア氏は頬を軽く染めながらボソボソと小さい声で何か言っているがよく聞こえない。そこで、グミ氏が席を立って今度 は私に耳打ちをする。
「ユアさん、単語が難しくてよくわかんないって……。実は私も難しい言葉とか苦手で……」
 そうか、把握した。私はクリーナーで作戦名を一度消し、『悪いまもののようすを見て、できるだけやっつける』と書き直す。多分、これでわかるだろう。
「それならわかります。アッシュさん、グミさん、わざわざごめんなさい……」
 私は硬い表情を崩し、首を振って気にしていないと表現する。恐らく、言葉を学ぶ機会に恵まれずに耳だけで覚えたのだろう。グミ氏も多分……そうなんだろ う。
 話が脱線してしまった。一度話を戻さなくては。
「ふむ、とりあえず作戦名は形式上の問題でしかないから気にしないことにしよう。まずは敵について説明しよう」
「あ、アッシュさん。これ役に立ちますか?」
 む、話をすぐに遮るとは……。グミ氏はゴソゴソとカバンに手を突っ込み、小さな手帳のようなものを私に差し出す。かなり年季の入った物のようで、表紙の 文字も掠れていた。辛うじてモンスター図鑑と読める。
 私は受け取った手帳を開いて、またも驚かされる。ページをめくるたび、美麗なイラストと共に魔物たちの習性と対策が細かに書き込まれているのだった。 ページは所々傷んでいるものの、私が説明しようとしていたゾンビルーパンと魔女、正式名称メロディのことも詳しく載っている。恐らくはビクトリア全域の魔 物について書かれているのかもしれない。
「素晴らしい資料だ。私の解釈も含めて引用させてもらおう」
 グミ氏は教師の質問にうまく答えられたかのように、やったと小さくガッツポーズする。もう、特に突っ込むのはよそう。まずはゾンビルーパンからだ。
「ゾンビルーパンについて説明しよう。その前にルーパンを知っているか?」
「ルーパンならいっぱいやっつけたことありますー」
 得意そうに手を上げるユア氏。ユア氏まで生徒に見えてきたが、知っているのなら話は早い。
「それはよかった。ゾンビルーパンはその名の通り、ルーパンがゾンビ化したもののことを指すのだが、生へ縛られることのなくなったやつらはルーパンの比で はない」
 ホワイトボードにゾンビルーパンと書き、ひとつずつ特長を書き加えていく。
「まず、ゾンビルーパンはもとのルーパンと違い、痛みを感じない。故に恐れもない。己の指が千切れようと、首がもげ欠けようと平然と襲ってくる」
 みるみるうちにグミ氏の顔が青ざめていく。誰だってそうだろうが、ジパングでの体験は壮絶なものだったろう。完全に頭を砕かなければ死なないだけでな く、グミ氏はヒールのもうひとつの効果で心に傷を負ってしまっているのだから。しかし、かと言ってそれを説明しないわけには行かない。
「次に、これはゾンビとしての特性でもあるが、体力が高い。己の危険を顧みないために力も強い。知性はほぼなく、本能のみで敵を攻撃する。そして、重要な のが聖なる力に弱い」
 もはや蒼白になったグミ氏の顔は見ていて痛々しいとさえ思える。ホワイトボードに記入された特徴すらも見たくないらしく、うつむいている。グミ氏の力は この仕事に適任だったのだが、あまり期待しないほうが本人のためかもしれない。
「まぁ、本来は大きな違いはそれといってなく、ただルーパンよりは強いというだけだ。それだけなら、我らエリニアにとっても特に問題なく対処できる。しか し、問題なのはやつらがなにものかによって知恵を得ているのかもしれないということだ」
 早口で言い切ってしまう。これ以上はグミ氏の精神上よくないと思ったからだ。しかし、これでゾンビルーパンの巣窟などに入っていけるのだろうか。それ以 前にたどり着けるのか心配になってきた。
「グミさん、大丈夫ですか!?」
 ユア氏が反応の薄いグミ氏をゆする。さっきは気絶するほど殴られたシュウ氏は見ているだけだったにもかかわらず、グミ氏はやはり心配なようだ。しばらく はなすがままに揺すられていたグミ氏だったが、なんとかユア氏に気づき、小さく大丈夫と言った。どう見てもつよがりにしか見えないが、グミ氏なりの気遣い なのかもしれない。
「で、要するに俺がその腐った猿どもをぶち殺せばいいわけだな?」
「え……?」
 いきなり誰もいないはずのところから上がった声に、全員が口をあけたままシュウ氏の席を見る。さっきはぐったりと倒れたままピクリとも動かなかったシュ ウ氏であったが、今は何事もなかったかのように颯爽と腕を組んで立っている。
「い、いつ目を覚ましたんだ?」
 らしくもなく一度かんでしまったが、なんとか言葉をひねり出す。シュウ氏はまるで当然といった様子で答えた。
「今に決まってるだろ。まったく、最近の若い者は手加減って物を知らなくて困る」
 いててといいながら頭をさするシュウ氏は嘘を言っているようには思えない。だが、目を覚ましての最初の一言がそれだとは……なんなんだこいつは。大体、 シュウ氏もどうみたって若い。だが、不思議なことに、その一言で不安に押しつぶされそうだったグミ氏の顔に生気が戻っていた。
「あんたが寝てるから悪いのよー」
 口調こそ怒ってはいるが、顔は全然怒っていない。むしろ、救われたような笑顔だった。シュウ氏は照れくさそうに頭をかきながら言った。
「寝てても、気絶しててもお前のピンチには気づけたけどな」
 ぽっとグミ氏の頬が桜色に染まる。心なしかユア氏の頬もうっすらと色づく。この会議も頃合なのかもしれない…むしろ、最初から必要なかったのかもしれな いな。
「会議は終了だ。後は歩きながら話そう」
 黒で汚されたホワイトボードをクリーナーで白に戻しながら言う。さしずめ、シュウ氏はクリーナーだったということか。妙に納得してしまったが、あながち 間違いではないのかもしれない。
 そして、そのときからあることを思い始めていた。この子達には計画などなくても、なにかを変える力があると。忍び寄る影にも屈しない光があると。
続く
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