期待していたもの。欲しかったもの。それはお金でも、モノでもなくて……優しかったお じさんの"記憶"だったのかもしれない。
 私はゴールドマンさんがお金以外にも預かっているものがあると聞いたとき、胸が高鳴った。いや、本当はこのカード、ゼフおじさんから渡されていたカード が使えると知ってからずっと、心のどこかがわくわくしてた。
 おじさんはとっても優しくて、その手は暖かかった。私が泣いてるときは慰めてくれて、悪いことをしたときはきちんと叱ってくれてたんだ。本当は全然関係 ない子なのに、実の子供みたいに愛してくれた。 でも、私の聞いたことにはどんなことにだって、真剣に考えてくれた……お父さんの代わりになってくれたお じさんだったけど、ひとつだけ口を閉ざしてしまった質問がある。聞いた理由は些細なことだった。
「おじさんは大陸でどんな冒険をしたの!? 聞かせて!」
 きっかけは誰かに借りた冒険譚だったと思う。書かれていたのは胸踊るようなスリル、そして仲間たちとの協力、闘い。本当の話かどうかはわからない。でも 文字ばかりの本は苦手な私でも、一瞬にしてのめりこんでしまいそうなお話だった。
 本を読み終わっての感想は、私もそんな冒険をしたい……ではなく、もっといろんな話を聞きたいだった。そして、一番最初に聴いてみようと思ったのがゼフ おじさんだった。そう、そのときまで私はおじさんが大陸の冒険者で、弓の使い手だったということしか知らなかったのだ。
 だけど、私の質問におじさんは言葉を詰まらせた。そして、少し考えてから諭すように重い口を開いてくれた。
「グミ。楽しいことも、つらいこともたくさんあったよ。でもね、グミが望んでいるようなお話はしてあげられそうもないんだ……」
 その答えに対して、私は猛抗議した。おじさんがいじわるして答えてくれないと思ったんだ。でも、今になってわかる。あのときは何も考えてなかったんだ。 本当に何も。そこは引退者の村であって、全ての人が望んで引退したわけじゃないってことも。
 でも、結局おじさんはその話をしてくれなかった。お話をしない代わりに大好きなシチューを作ってくれたことは今でも覚えてる。その代わりにおいしいシ チューを食べた後は、ゼフおじさんの過去を聞き出そうとすることはすっかり忘れてしまったのだった。
 けれど、今ここにおじさんの過去とかかわりのあるかもしれない文書がある。覗くことの出来なかったもの。全てではなくても、その一片を知ることが出来る だけでも心がときめいた。帽子から飛び出してきた怪しげな紙だなんて気にしない。
 意を決して私はおじさんの記憶に目を通そうとするけど、一瞬にしてあることに気づく。これは、おじさんの筆跡じゃない。おじさんはカクカクと本にでもな りそうな整った字なのに、この古い紙に書かれていたのは流れるように、でも美しい文字だった。書かれていた内容はというと……。
「この帽子を受け取った方へ
 どうも初めまして。実際にあってお話が出来ないのが残念です。あのゼフが見込んだ方なのですから、さぞかしすばらしい方なのでしょうね。
 頭脳明晰な男の子かな、それとも活発な女の子かしら。できたら、女の子だといいなぁ。あぁ、こんなこと書いているときではありませんでした。この帽子に ついて説明するのでしたね。
 この帽子は昔私が使っていたものです。とても使い心地が良くて、見栄えも良かったのでほぼ毎日身につけていたのですが、長い間使ってもまったく傷ついた りほつれたりすることのなかった優れものです。まだ自分に合った帽子が見つかっていないのでしたら、ぜひこの帽子を使ってください。
 私にはもう、必要のないものですから……それでは旅のご無事を願っています。
 ゼフの最愛の人より」
 肝心のおじさんに関することはほとんど書かれていなかったけれど、それでもそれは私を十分に驚かせることがいくつか書いてあった。
 まず、これは女の人が書いた文章だとわかる。そして、その人はおじさんの恋人……もしかしたら、結婚してたのかもしれない。でも、どうしてそのことを教 えてくれなかったんだろう。今ここにおじさんはいないからわからない。
 次はこの帽子のことだ。見た目は黒くて上等な布を使っているようにも見えるんだけど、どうみてもそこら中がほころびてるし、くにゃくにゃと曲がってし まった三角は所々大きく裂けてしまっていて、しかもそれを色の合わないベージュの紐でジグザグに留めているのだからとても立派なものには見えなかった。ど ちらかというとハロウィンかなにかで使う、つぎはぎお化けみたいな印象がある。
 でも、もしかしたらこういうデザインなのかもしれないし、被ってみたら特別な効果のある帽子なのかもしれない。試しに被ってみよう。せっかくおじさ ん……の最愛の人が用意してくれたんだし。
「ん……っと」
 小さく声を漏らし、私には少し大きそうな帽子を頭に乗せてみる。すると、サイズが合わないと思ったのに、被ってみると私のために作ってくれたみたいに ぴったりだった。いつも、自分の年齢よりも2つ……いや3つかな、もしかしたら5つくらい下の子用のサイズしか合わないのに……。もしかすると、この帽子 の元の持ち主も私と同じくらい小さかったのかもしれない。
 帽子を被ったまま、くるっとその場で回ってみる。もちろん縦じゃなくて横にだよ。スカートの裾が遠心力でふわっと浮き上がるけれど、帽子は私の頭からず れることなく、まるでそこが定位置というように座り込んでいた。
「グミさん、その……かわいいです」
「ええっ?」
 急に声をかけられてびっくりしちゃったけど、帽子を被った私のことを可愛いと言ってくれたのはユアさんだった。完全に自分の世界に入っちゃっていたけ ど、その様子を一部始終ユアさんは見ていたのだった。文書を読んでるときに百面相してたかと思うと少し恥ずかしくなるけど、私を見てるユアさんのほっぺも 何かに当てられたみたいにほんのり染まっていたのでなんとか笑うことが出来た。
「かわいいかな……?」
 帽子のつばを両手で掴んで顔を伏せてみる。するとユアさんはにっこり笑って、
「ぎゅーっとしてあげたいくらい、にあってます」
と言ってくれた。あんなに美人なユアさんに、顔を赤くしながら可愛いと言われたなんて……嬉しくて、自然とニコニコ笑ってしまうのだった。最初はゴキ…… う、口に出したくない、かと思ったけど、一瞬にしてこの帽子を好きになってしまったのだった。
 それにほら……シュウだって褒めてくれるかも。かわいいって言ってくれるかもしれない。いっつも私のことを子ども扱いするあいつだって、見直してくれる かもしれない。そして、あんなことやこんなことも言ってくれるかもしれない。想像するだけで、頬の周りがかぁと熱くなった。
 もし、そんなことになったら、この帽子をくれた人にいっぱい感謝しなくちゃいけないなぁ……そう考えている合間に、下の方からう〜う〜と唸る声が聞こえ てくる。心当たりがあるのは一人だけだった。十中八九あいつだろうなと思ってるうちに、滑らないようにしっかりと体重を支える手、そして見覚えのある青の 順に太い枝から現れた。現れた手は、片手の力で全体重を支えているのはやっぱりつらいらしく、もう一方の手も角をはさんだ形で現れる。そして、両手はその まま両腕を引っ張るようにして、本人を連れてきた。
「くそっ、一体俺に何の恨みがあってこんな仕打ちを……死ぬかと思った瞬間に、こいつが落ちてくるんだからな!」
 傷だらけのシュウは背負ったバズーカの口から何か棒のようなものを取り出して、私に突きつける。そしてその棒は、さも当たり前のように喋った。
「シュウの頭にぶつかったのは偶然だが、なぜ我まで落としたのか理由がわからない」
 よく見るとシュウの頭にでっかいたんこぶが出来ていた。レフェルを落とした、というより投げたのはやらしいこと考えたからに決まってるじゃない。そんな こともわからないのといった目でレフェルをにらむ。そうすると、生意気な鈍器はしまいに黙り込むのだった。
 私はまだなにか言いたそうなシュウを見つめて、聞いてみる。
「ねぇ、この帽子かわいいかな?」
「今はそれどころじゃ…!」
 そこまで言って、シュウの口が固まる。怒りで見えなくなっていたものがようやく見えてきたのだろう。次の瞬間、シュウの口から出た言葉は意外なものだっ た。
「帽子は別にかわいくないけど、なんていうか……魔法使いらしくなったな」
 ああ、そっか……帽子がかわいいかじゃなくて、帽子を被った私がかわいいかって聞かなきゃいけなかったんだ。でも、照れ隠しで頭をかいているシュウを見 ると、なんとなくもうひとつの質問の答えもわかる気がした。
 私は私の元に勝手に返ってきたレフェルをもって、シュウに向けて呪文を詠唱する。
「ヒール!」
 ボロボロだったシュウの傷がみるみるうちに癒えていく。褒めてくれてありがとうの代わりのヒールだったけど、それでシュウは気づいてくれたかな……?
「サンキュ。魔法使いらしくなったついでに、その性格も何とかなってくれたら最高なんだけどな……あ!?」
口笛のような音を立てながら無常にも落ちていくシュウ。気づいたら落としていた。後悔はしてない。あれくらいの罰が必要なのよ!
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