レフェルだ。諸事情により我が今回の担当になったが、特に意味はない。意味があるとす れば、そうだな。省略、これに尽きる。
 要はグミたちはギャーギャー騒ぎながらも、なんとか一段ずつエリニアの段差を越えていったわけで。ちなみにグミが高所恐怖症を克服したというわけではな い。梯子や木のツルを降りるたびに、ユアにおんぶしてもらったのだ。そして、シュウはユアの後から降りてくる。ユアは別にシュウの後でもいいといったのだ が、グミがにやけるシュウを見て一蹴したのだった。
 かくして、今に至るわけだが、この間結構な時間がかかったの言うまでもない。「ミスティックドア」のスキルを使えば一瞬だったのかもしれないが、最後ま で我一人を除いて誰一人として気づかなかった。
 なぜ教えなかったかだと? 聞かれなかったからだ。あとは面白かったからだ。
「あれ、カード……どこだっけ。レフェルー、知らない?」
「ポケットの中だ。さっきしまっていただろう」
「あったあった」
 さも自分の手柄であるかのように振舞うグミを見て、聞こえないようにため息をつく。聞かれたことには正直に答えるだろう? 聞かれもしないのに答えるのはお節介というやつだ。
 グミは手にしたカードを目の前にいる異国風の男、ゴールドマンに手渡す。男は慣れた手つきでカードを受け取り、それを特殊なリーダーに通した。どういう 原理かはわからないが、中に浮いた画面に特に驚くこともなく、文字盤を叩いていた。
 ゴールドマンはその様子をじっと眺めている我らを半ば無視して、作業に没頭している。文字盤を叩く軽快な音はしばらく続き、独特のリズムを奏でるのをや めた途端、丸メガネを直しながら言った。
「お預かりの金額は1M、お預かりの品は一点となります。ご用件は?」
 メガネの奥にある細い切れ長の目が鋭く光る。無駄なことは何一つ言わないプロの目だった。しかし、それに気づいたのは恐らく我だけでグミたち三人の感想 はというと……。
「い……1M!?」
「グミ、お前そんな金持ちだったのか!?」
「いちえむって……どのくらいのお金なんでしょうか……?」
 全員が全員、金。すなわちこの世界の通貨であるメルのことだけに気がいっていた。まぁ、無理もない。1Mメル=1000Kメル=1000000メルなの だから、それは相当な額なのである。これだけあれば、何もしなくても一年くらいは生活できるのではないかというほどだ。
「ご用件は?」
 再度ゴールドマンが促す。しかし、グミを含む三人の耳には入っていないようだった。グミはほとんど放心状態だし、シュウはグミの肩をぶんぶん振っている し、ユアは頭の上にいくつもハテナを浮かべて貨幣価値を計っていた。
 見るに見かねた我がそっとグミに耳打ちする。さっきはお節介といったが、我もそのひとつのようだ。
「とりあえず冷静になれ。メルのことは後で考えるとして、預けられているもの見てみてはどうだ?」
 我の一言で、ふっと抜けかけていたグミの魂が舞い戻る。一体なにを考えていたのかはわからないが、過ぎた力や度を超えた金があるとろくなことは起こらな い。必要のない金はそのままにしておくのが一番なのだ。
「ありがと、レフェル。みんな聞いて」
今までにないようなリーダーシップを発揮したグミに、二人の視線が集まる。グミは大きく深呼吸してから言った。
「こんなにお金があるなんて私も知らなかったんだけど……このお金はそのままにしておこう? どうしても必要なときになるまではこのまま預けとけばいいと思うの」
 珍しくも言いたいことの半分くらいは言ってくれた。少しは成長しているのかもしれない。シュウは少し不満そうな顔をしたが、しぶしぶ納得した。ユアはも とよりよくわかっていなかったので、問題なく了承する。
「なんか宝の持ち腐れみたいな気もするけどな。でも、せっかくここまで来たのにどうするんだ?」
 シュウからこんなことわざが聞けるとは夢にも思わなかったが、言っていることは的を得ているので特に追求はしない。グミは一瞬考えた後に言った。
「お金はそのままにするけど、もうひとつ預かってるものがあるって言ってたでしょ。ゴールドマンさん、預けてある品物をお願いします」
「承りました」
 ゴールドマンはそれだけいい、ごちゃごちゃと積み上げられた箱のひとつの錠前をはずし、ゴソゴソとさらに小さな箱を取り出してくる。それにしても、この 箱全ての位置を把握しているのであろうか。それとも一つ一つは何らかの技術で別次元に……そんな非現実なことあるはずないか。
 グミはゴールドマンから箱を受け取り、礼を言う。それに対するゴールドマンの返事は、
「手数料100メルいただきます」
という事務的なものだった。まぁ、無愛想だとかそういう前に商売なのだから仕方ないか……。
 グミは財布から100メル硬貨を取り出し、ゴールドマンに手渡す。
「他にご用件は?」
「あとは、えーと……ないです。多分……」
「カードのお返しになります」
 これまた無愛想にカードを手渡される。グミはコレに対しても小さくお辞儀をするが、ゴールドマンは既に取引を終えたつもりらしく、それ以上なにも言わな かった。こんな様子で商売が成立するのかと疑いたくもなるが、その仕事の正確さや預けたものを管理する能力にかけては右に出るものがいないのだろう。卓越 した能力はときに感情を凌駕するというのか。
「これ、なにが入ってるんだろう……」
 我がこの男を詮索しているうちに、一同はグミを中心に固まっていた。目的は箱の中身だろう。ゼフがわざわざ手渡さずにカードとして渡した理由、それは我 も純粋に気になった。そして、ゼフはポーラの知り合いでもある。なにか我の知らないとてつもない物が入っているのかもしれない。
「早くあけて見せてくれよ」
 中身が気になるのだろう。シュウはわかっているのかいないのか、グミを急かす。気になってるのはユアも同じで大きな瞳をらんらんと輝かせて楽しみにして いた。
 グミの手が箱の蓋にかかり、慎重に取り外す。中身は我の位置からでは良く見えない。
「これって……なに?」
戸惑ったグミの声。どうやら、箱の中にある状態ではなんなのかわからないようだ。なら、早く取り出せばいいのにと思う。
「なんだか、黒っぽいですね」
「あれじゃないか? ほら、なんていったっけ。あのゴソゴソ出てくる……」
 グミの顔かさーっと血の気が引いていく。シュウの言葉で何を連想したのか、キャーっと叫んで箱をシュウの顔面へと投げつけた。その拍子に中身が飛び出 る。その中身は黒くてバサバサしたもの……しかし、シュウが言ったような害虫の類ではなく、なにか人によって作られたもののようだった。
 落ちそうになるシュウとその黒いなにか。だが、間一髪でユアが救出に成功していた。無論、シュウではなく黒いなにかのほうをだが……。
「うらぎりもの〜〜!!」
 別に何も裏切ってはいないが、シュウは叫びながら落下していった。図書館の位置からは大分下降したものの、人が死ぬには十分な高さである。まぁ、グミは シュウなど気にせずユアのほうに歩いていったわけだが。
「ゆ、ユアさん。ナイスキャッチ……」
 口ではそう言いながらも、なかなかユアのほうへと歩み寄らずおずおずとしているグミ。ユアもどうやら無意識のうちにキャッチしていたらしく、手にした何 かを見ないように目をつぶっていた。二人とも、まだシュウが示唆した物体Gかもしれないという可能性が頭に残っているのだろう。それほどまでに嫌われると はかわいそうなヤツだ。
「グミさん、これ……大丈夫ですよね? その、あ、あれじゃないですよね?」
 ここからではよくわからないが、ユアのいうあれではない気がする。しかし、かといって確証があるわけではない。
「わ、わかんない……。ユアさん、目開けてみて……?」
「こ、こわいです。もし、これが……その、ゴ……だったら」
 ユアは更に固く目を閉じる。よほど苦手のようだ。だったら手を放せばいいと思うが、その考えはないようだった。仕方ないな……ここは我が。
「我が見てやろう。グミ、目をつぶったままでもいい。我をユアの元へ」
「わかった。えいっ」
 グミは我の声を聞くが否や、ユアめがけて我を山形に放り投げる。目をつぶっているユアに凶器である我をキャッチしろというのか。しかも合図もなしに。い くら、ユアの反射神経は並外れているにしても、このままでは間違いなくシュウと同じ末路だ。
 しかして、グミの投擲は度重なるシュウの襲撃(?)によって研ぎ澄まされていて、正確にユアへと投げられていた。我の本体である鉄球が吸い寄せられるよ うにユアへと迫っていく。
 衝突、落下の流れを覚悟した我は、ユアを傷つけないようできるだけ本体を軽く、柔らかに調整する。
準備は整った、あとは落下の衝撃に備えるだけ。だが、我の予想とは違った形で衝撃があった。
「ふにゃ…?」
 我を待っていたのは枝を砕き、地に落下していくという悲惨なコンボ攻撃ではなく……柔らかな感触。自分の置かれている状況、いや、着地してしまった場所 を理解するまでに時間がかかる。
 思い出せ。ユアは手にした黒いものを両手で持っていた。それも自分に近づけないよう、でも落とさないようにと微妙な距離。手にしたものが与える不安から 震える肩。そして、それを支えるように、引き締めていた脇、直角に曲がった腕。ぶつかったのが顔でないとすれば、そこは……。
「レフェル!! どこに乗ってるのよー!!」
 なんかうるさい声が聞こえてくる。だが、それで確信した。ここは……間違いなく、ユアの……。
「れ、れれ、レフェルさんっ! あの、わたしが持ってるもの、見てください。はやくっ」
 今までにないほど狼狽したというか恥ずかしがっているユアの声。白く透き通るような肌は見る影もなく、紅く上気していた。目をつぶって我慢している姿 は、もうなんというかひとつの芸術品として成立するのではないかというほどだった。ここにシュウがいなくて本当に良かったと思う。
 ずっとこのままでいたい、そういう未練はあったが、いつまでもこのままではユアがかわいそうだ。我は視覚をむずかゆそうなユアの表情から手にしたなにか に移す。黒くて不気味なその物体は、少なくとももっとも嫌われる虫のひとつではなかった。
「大丈夫、シュウが言ってたアレではない」
 我がユアにそう囁いてやると、へにゃへにゃと気が抜けたようにその場にへたり込むユア。ほっとした反面、恥ずかしさからか顔は真っ赤なままだった。グミ も慌てて駆け寄ってくる。
 おっと忘れていた。黒い物はなんだったのかというと、魔術師用の三角帽だった。黒い外観と所々修復されたあとが例のブツに見えてしまったわけだから、全 くお騒がせなものだ。だが、我はすごく感謝している。
「ユアさん、大丈夫!? レフェルに変なことされなかった!?」
「だ、大丈夫です……でも、その……取ってください」
 その一言とともに我は奇跡の感触から取り去られる。変なこととは……元はといえばグミのせいではないか。しかし、そんなことを言ったものなら我は地平の 果てにまで飛ばされる気がする。何も言わないのが最善だというのは言わずともわかった。
 グミはユアの手から帽子も預かり、ユアの身体は戦いつかれた戦士の如く、ぐったりとしてしまう。いろいろあって疲れてしまったのだろう。小さく寝息を立 てている。
「レフェル……あんた、あとで覚えておきなさいね」
「な……」
なぜ我がこんな目に……。その瞬間、帽子のなかから薄汚れた羊皮紙のようなものが落ちた。
続く
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