プリーストといえば、そのPTでの補助全てをつかさどる補助魔法のエキスパートだ。し かも、前職のクレリックとは違い、強力な聖なる力で一度に複数の敵を攻撃したり、使い魔を召喚することすらできる。
もちろん、回復も以前よりも強化されており、瀕死の仲間を瞬時に癒すことも可能である。
それ故にPTの面々は優先的にプリーストを守る。自分の傷は治してもらえばいい、しかしプリーストがやられたとなるとPTは防戦一方となり、戦いはより いっそう厳しいものとなる。
プリーストはそのPTにとっての要のような存在なのだ。
「……っとぉ」
ふくれっ面のグミが我を見ている。さっきから我が一言も喋らないことを不満なのだろうか。
せっかく我が過去の経験をもとにプリーストについて説明してやってるというのに、シュウにでもかまってもらえばよいだろう。しかし、このままだと返事する まで整備された石畳を叩き続けそうなので、しかたなく返事をする。
「なにか用か」
我が答えて、コンマ一秒も経たない間にグミが早口にまくし立てる。
「なにか用じゃないわよ。せっかく転職したんだから、一緒に新しいスキルの使い方考えてよ」
「使い方も何も……」
そもそも我は新しくグミが覚えたスキルのことを知らない。グミはいつもの二人とアッシュには本を見せたが、しがないメイスには見せることを忘れているの だ。
我がそう説明するとグミはあっとようやく思い出したようで、ひとつの詫びも入れずに開いた本を見せてくれる。グミによると新しく増えていたスキルは三つ。 しょげた顔をして、また攻撃スキルはなかったと付け加えてくれる。我としては転職したてでいきなりスキルを覚えているだけでも相当な驚きではあるのだが、 本人はそのすごさに気づいていないようだ。
我はグミの機嫌を損ねないように、精一杯皮肉を抑えて尋ねる。
「ふむ。ところで、結局どんなスキルを覚えたのだ? 残念ながら我はページをめくれないのだが」
「こ、これから説明するわよ」
やっぱり怒ったか。でもそれくらいでは、グミもあきらめないらしく、我の願い通りにページを開いて説明してくれる。最初のページはなんだろうか。
「えっと、まずは『ホーリーシンボル』」
懐かしい響きだ。人間のできていない力だけの戦士が、プリーストの気も考えずに連呼していたのが印象深い。我の元主人はさすがにそんな恥知らずではなかっ たが。
しまった、説明を忘れていたな。ホーリーシンボルは名の通り聖なる象徴であり、プリーストによってその呪文をかけてもらった者は、戦闘において通常よりも 多くの経験を得られるようになる。まぁ、もちろん永続ではなく定期的にかけなおさなければならないのだが……そのせいで上のような輩が発生するわけだ。す ばらしいが故の苦悩というかなんというか。
うんうんと我は相槌を打ち、新しいスキルに対する更なる説明を請う。
「それは良いスキルを覚えたな。それで、どのくらいのレベルなんだ?」
スキルにだって段階はある。覚えたてのスキルは効力もそこまで高くなく、効果時間も少ないものだ。もちろんそれは術者の能力に比例して効果に幅はあるのだ が。
だが、グミは我の質問に対して、ただきょとんとしてるだけだった。なにを言ってるのかわからないなんてことはないと思うが……。
「あのね、レフェル。私はよくわからないんだけど、レベルとかそういうのは書いてないよ」
まさか。我はそんなことはないだろうと思いつつも、スキルの説明に目を通す。どれどれ……。
『ホーリーシンボル』
術者を中心に半径10メートル以内のPT全員の習得経験値を上昇させる。聖なる祝福を受けたものはあらゆる邪気から身を護られる。
効果は術者が意識を失うか、精神力が尽きるまで続く。
……。
ホーリーシンボルが術者を中心に展開するなんて聞いたこともない。しかもこれは、アクティブスキルではなくパッシブスキルではないか!
「グミ、お前はやはり普通ではないのかもしれないな」
そこまで言ってから、飛級の時点で普通ではなかったことを思い出すが構わない。グミは得意そうに、アッシュさんにも褒められたと愉悦に浸っている。
グミは我の返答に満足したのか、上機嫌で次のスキルの説明に入る。
「それでえっとね、次が『ディスペル』」
グミはそこまで言ったところで、我を片手に魔力を集中する。そして、二日酔いでダウンしていたシュウに向かっていきなり呪文を唱えた。
「ディスペル!」
魔力を受けた我の本体がグミと呼応し、まるでグミから天使の羽が生えたかのようにディスペルが発動する。グミはどうやらシュウめがけてディスペルを使った らしく、うーうーうなってるシュウの目の前に無数の羽根が舞い散る。
「うおっ!?」
物理的なダメージはないものの、光と突然視界をふさがれたことに驚いたシュウは混乱して触れることのできない羽根を必死で払いのけようとする。……が、動 いたことによって二日酔いが悪化したらしく、そのままぐったりと倒れてしまった。
その様子をただじっと見ていたグミは、シュウが倒れたことよりも自分の呪文が逆効果だったことにがっかりしてため息をつく。
グミが我に見せてくれたページによると、
『ディスペル』
魔法によって受けた呪いや状態以上を解除する。ただし、魔法以外の状態異常には効果がない。
……。
だ、そうだ。なるほど、シュウの場合は状態異常ではあるが、あれは呪いでもなんでもなくただの飲みすぎが原因だからな。しかし、グミはやはりはわかってい てやったのだろうか。
「私を酔わせてどうにかしようなんて、やり方が汚いのよ」
予想通りか。実際シュウも悪かったので、なんともいえないが……どうにかしようとはしてなかった気がする。
「ふむ……。それで、三つ目のスキルはなんだ?」
グミはこれはいそいそとページをめくり、三つ目のスキルの説明をまず我に見せてくれる。
書かれていたスキル名は『ミスティックドア』。ホーリーシンボルに続く人気スキルではないだろうか。
「このスキルはまだ試してないの。アッシュさんはすごいすごいっていってたけど、その……今までのスキルってなんか実感なかったから」
確かにそうだな。どちらともシュウのスキルのように大爆発するわけでもなく、ブーストのように肉体強化がされるわけでもない。実感がないのももっともだろ う。だが、次のスキルは間違いなく実感が伴う。
「次のスキルは効果があるといいな」
「うん」
グミは一言だけ我に返して、魔力を集中する。
ミスティックドアは直訳の通り神秘の扉。いかなる場所からでも安全な場所へつながるドアを作り出すことができるという恐ろしく便利なスキルだ。条件として は魔法の石をひとつ消費することだが……。
しまった、グミは魔法の石など持っていない。アッシュほどの魔導師となれば石のひとつや二つ携帯しているかもしれない。
「グミ、ちょっと待て……」
我は制止を試みるが、声が届いたのは恐らく我が振られた後だろう。このままでは呪文は不発、がっかりしたグミの顔が目に浮かぶ。
「ミスティックドア!!」
しかし、現実は意外なものだった。グミの目の前には空間をゆがませて現れた一つのドアが現れており、グミは感動と興奮のあまり嬉しそうに飛び跳ねている。
なぜ石なしに呪文が成功したのかはわからないが、とにかくよしとしよう。
グミは我にひとしお喜びを伝えた後、現れたドアを見ながら感想を漏らす。
「ねぇ、このドアって引き戸? 押し戸?」
どちらにしても対して変わらないと思うが。
「開けてみたらわかるだろう」
我はそう答え、グミも早速ドアの前に立つ。大きさはグミよりもかなり大きく、大柄の戦士でも頭を引っ掛けることなく通り抜けられそうな作りだ。
我はなんとも思わなかったが、グミに対しては大きな問題だったのだろう。そわそわしながらドアノブを……!? グミが触るよりも先に、ドアノブが回って……扉が開く。
「あっ、グミさん」
開いたドアから出てきたのは化け物でもなんでもなく、びっくりして目をまん丸にしているユアだった。
もしかして異世界かなんかとつながってしまったかと怖がっていたグミも、出てきたのがモンスターではなく大事な仲間だったことにほっと胸をなでおろす。
「ふぅ……急にドアが開くから、驚いちゃった。ユアさんはどこから出てきたの?」
自分でもわかってなかったのか……。
ユアは顔だけではなく、大きく扉を開いて体全体をこちらへと移動してくる。今まで考えたことはなかったが、ドアを通り抜けている最中を横から見た場合体が 分割されて見えるということではないのかと思う。ユアとアッシュは一緒にいたはずだから、まさにその光景を目の当たりにしてるはずだ。
しかし、ドアが開くと何事もなかったかのようにアッシュもこちらへと移動してくる。はじめてみる光景ではないということか。
「えっと、アッシュさんと一緒にお話をしてたんですけど、そしたら目の前に急にドアが出てきて……」
「一瞬で移動してきたというわけだ」
ユアの言葉をアッシュがしめる。扉はどうやら、十数メートル先の木付近につながってるらしく、ドアの向こうには涼しそうな木陰が見えた。
グミはすごいすごいと自分のスキルに驚きながらドアをくぐる。我も一緒に通ったのでわかるが、二箇所に存在しているように見える扉は全く同一のもので、ド アとの間数十メートルは存在しないかのように通り過ぎている。これぞ移動手段の最高峰といっても過言ではないだろう。
少しするとドアは消滅してしまったが、それでもユアは不思議そうに何もない空間を見つめていた。
我は先ほどから疑問に思っていた魔法の石の有無に対して質問する。
「グミ、魔法の石を持っていたのか?」
「なにそれ?」
質問を質問で返された。グミは魔法の石を持っているどころか、その存在すら知らないらしい。
そのやりとりを見ていたアッシュは、苦笑しながら我にグミの本をしっかり読むように薦める。
我が本に一通り目を通すと、そこには従来のドアとは異なることが多く書かれていた。
『ミスティックドア』
術者の見える範囲を指定して、空間を同士をつなぐドアを出現させる。術者が行ったことがない場所には出現させることができない。一度出現したドアが消える まで、次のドアを出現させることはできない。
……石に関する記述がない。しかも、ドアの出現させることができる範囲が安全な場所ではなく、術者……つまりはグミのことだが、グミの見える場所で、行っ たことがあればどこでも任意の場所に出すことができるというのか?
ほかの呪文と比べて制約も多いものの、これは使いようによっては化ける。アッシュも恐らくそのことを考えたんだろう。グミは不思議なドアくらいにしか思っ てないのが残念で仕方ないが。
「このスキルおもしろいね。今度はシュウの前に出して驚かしてあげよ」
グミはそう宣言すると、すぐさま呪文を唱えドアを出現させる。出口はここからではよくわからないが、シュウの前なんだろう。グミは勢いよくドアノブを掴 み、思いっきり押し開ける。
「えいっ」
今「えいっ」って言ったよな。開かれたドアの向こう側にいたシュウはしたたかドアに横顔を打ち据えられ、悲鳴もあげられないまま地面に突っ伏してしまう。 我に小指はないが、いつぞやの大魔導師が言っていたタンスの角に小指をぶつけたときの感覚と似てるのではないかと勝手に想像する。
「シュウ……大丈夫?」
さすがのグミもちょっとやりすぎたと反省したのか、シュウに近寄るものの返事はない。二日酔いとのコンボで完全にノックダウン状態のようだ。
グミは黙ってヒールをかけ、シュウを起こそうと肩を掴んで揺り起こす。三回くらい揺すったところで、ようやくシュウが目を覚まし、言った。
「グミ……頼む……揺らすな。頭が痛え……」
もう目が虚ろである。グミもやっとそのことを理解したらしく、揺らすのをやめる。
「ご、ごめん……」
グミの精一杯の謝罪だったが、多分シュウの耳には届いてない。シュウはぐったりとしたまま、まるで生気がなかった。そんな中、揺らすのをやめたグミの変わ りに、けたたましいアラーム音が鳴り響く。
ギルドライセンスが放つ呼び出し音かと思われたが、音の主はグミたちではなくアッシュだった。
アッシュは慣れた手つきで、懐からグミたちの白ではなく銀のカードを取り出し、書かれていたメッセージを読み、顔色が変わった。
「アッシュさん?」
ユアがアッシュのただならぬ様子を察知して、声をかける。アッシュは一瞬にして険しい表情に変わり、特に重要なことをふたつだけ全員に告げた。
「緊急事態だ。エリニアが魔物に襲われている」
続く
第14章最終話 ぐみ7に戻る