まばゆい閃光が辺り一体をしめ、私たちの視界をふさいでいく。輝いているのは私の本。 だけど、ただの本じゃなくて、私のできる全ての魔法が書かれている本……スキルブックだった。
 これを見るのは二回目。前はこんなに派手じゃなかったけど。アッシュさんの認定印が本に押された瞬間に光があふれ、本に何が起こっているかは全く見えな い。
目のくらむような世界の中、アッシュさんの注意を胸の中で反芻する。
「これはあくまで可能性の話でしかない。現在確認されてるだけでも飛び級や、特異職はあわせて100人もいないだろう。その中の3人がひとつのパーティー として成り立っているなんてものは、今まで風のうわさにも聞いたこともない」
 三人っていうのはもちろん私、シュウ、ユアさんのことだ。私はこの世界のことも、ほかの職業に着いている人もほとんど知らないけれど、一次職がクレリッ クである私やエントラップメント、ベルセルクなどといった職業はほかに例をみないらしい。
「それだけ、例が少ないのだ。転職が成功するかどうかすらもわからない。転職が成功したとしても、普通のスキルを使えるかどうかも全てが未知なのだ。失敗 する可能性も大いにあるということを忘れないで欲しい」
 このことを説明しているとき、アッシュさんが嘘を言ってるようには見えなかった。絶対に失敗するわけではないけれど、失敗する可能性もある。その事実が 私を不安にさせる。
 思い起こすと私はいつも助けてもらってばかりだった。レフェルのスキルですごい力を出せることもあるけど、反動がすごくて結局足手まといになってしまう ことばかり。ユアさんは初めて会ったときからすごくかっこよかったし、シュウも二次転職のあとから修行までして、きっと強くなったんだと思う。
 だから、もし私だけが転職失敗なんていわれたらどうしよう……。今よりも、もっと強くなりたい。
「くうッ……!」
 まぶたの裏から刺し貫くような光が本から放たれ、あまりの強烈さに印を押さえつけていたアッシュさんが弾き飛ばされる。ゴロゴロと印が地面を転がる音が して、白い世界を作っていた光が冗談のように消えてしまった。
 朝の静寂が戻った世界で、私は恐る恐る目を開けてみる。両手にはさっきまで輝きを放っていた私の本。開かれていたページには複雑な文様、きっとアッシュ さんの家の家紋とか、呪文のルーンとかなんかがしっかりと印されていた。転職……成功? そう思った直後に、いやな予感が胸をよぎる。
 そうだ、新しい職の名前が見当たらない。前はどうやってわかったんだっけ。確かハンコを押した後に、光る文字が本に刻まれて……でも、どこに!?
「あれ……あれ……」
 私は青ざめながら頭の中を整理するものの、どんどんパニックになっていくばかりで全然なにも考えられていなかった。もしかして…いやだ、そんなの。私は 転職して……。不安でつらい思いばかりが勝手にあふれ出してくる。ページをめくる手もおぼつかなくなってきて、最後には涙で文字が見えなくなってきた。
「グミ、落ち着け」
 泣きそうになってた私の頭に温かい手が乗せられる。振り返ると、そこには寝癖もそのままにここに駆けつけてきたシュウの姿があった。私はそれでも止まら ない涙を両手でごしごしと拭き、しかられた子のようにシュウの前にうつむく。
「シュウ、私……転職……」
「なぁに、不安に押しつぶされそうな顔してんだよ。結果見てから泣けよ」
 シュウは私の髪をくしゃくしゃと撫でたと思うと、私の手を取って一度本を閉じさせる。今まで見えなかった本の表紙があらわになった。
「失敗であんな光出るわきゃねえだろ? 涙拭いてしっかり見ろよ」
 シュウがどこからか差し出したタオルで顔をぬぐい、澄んだ目で本の表紙を眺める。以前、クレリックと書いてあった場所に金の文字で新しい言葉が書き記さ れているのを見て、今度は嬉しさで涙がこみ上げてくる。
「最初から大成功だってわかってたよ。グミのこと信じてたからな」
 シュウが私の顔を見て、照れたように赤くなる。転職成功したことも、シュウが私のことをみて照れてくれたことも嬉しくて、無意識のうちにシュウの胸を借 りて泣き出す。はじめのうちはシュウも驚いてたみたいだけど、やさしく背中へと手を回してくれた。
 思えば、シュウがいない間ずっと不安で押しつぶされそうだったんだ。久しぶりに会ったと思ったら、いきなり裸で女湯をのぞきにくるし、夜になったら私に お酒飲ませるしで全然話したりできなかったけど……シュウの腕の中なら、今までのこと全部帳消しにしてもいいくらい。
 私は身体をシュウに押し当てて、体全体で嬉しさを表現する。シュウもそれに応えて、さっきよりも強く私のことを抱きしめてくれる。思わず本心が口からこ ぼれそうになるけど、それだけはなんとか我慢した。
 喜びのあまり周りの見えなくなっていた私に、控えめな声がかかる。
「あの……グミさん、転職おめでとうございます」
「あ、あぁ。おめでとう、見事だったな……」
 二人の声を背中で聞いて、ようやく我に返る。はっとして、シュウの顔を見るとさっきみたいなやさしい顔じゃなくて、目はおかしいし、鼻の下は伸びてるし で……どう見ても変態な顔になっていた。ふと気づくと、さっきまで背中辺りにあったシュウの手がゆっくり腰のほうに移動してきている。
 身の危険を感じた私は、シュウのことを思いっきり両手で突き飛ばして、たぶん誤解してしまった二人のほうへ振り返る。
「こ、これはその……違うの。転職できてたのが嬉しくて、そこにいたのがたまたまシュウだったから……」
 私の必死の弁解もあんまり効果はないみたいで、アッシュさんは熱い物でも見るように目を背け、ユアさんは頬を赤くして私とシュウのことを凝視して言っ た。
「転職して、あんな風にしてもらえて……ちょっぴりグミさんが羨ましいです」
 かあと顔が熱くなる。やっぱり、最初から最後まで見られてたんだ。でも、ユアさん羨ましいって……。
 私がどう言い訳しようか迷ってるさなかに、突き飛ばしたシュウが何事もなかったかのように、私に近寄ってくる。
「うむ、よきかな。よきかな。この感触がなんとも……それじゃ続きを」
「最低!」
 伸びてくるシュウの腕、反射的に地面に置いておいたレフェルをシュウの顔面にお見舞いする。後ろででやったから、どうなったかはわからないけど、シュウ の手が止まったっていうことは気絶するかあきらめたかしたんだと思う。シュウめ……あとで酷い目に遭わせないと。
 はぁはぁと息を切らしてる私を見て、アッシュさんがおほんと一息つく。
「うむ、とにかく転職おめでとう。私は二次転職官だから専門外ではあるが、もしや」
 そうだ、クレリックから転職したことはわかったけれど、新しい職業が何か確認してない。左手に持ったままの本を両手で持ち直し、ゆっくりと表紙に書き換 えられた文字を読み上げる。
美しく装飾された文字はこう書いてあった。
『プリースト』
続く
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