「……ん」
 ここはどこだろう。なんだか暖かくて、少し変な感じがする。
私がいる場所はうすぼんやりとしていて、何が起こっているのかよくわからない。
見えるのは暗闇のところどころにぼんやりとした光だけ。この感じ、前にもどこかで……。
「…ッ」
頭がズキズキと痛む。そうだ、MPを使い尽くしたときの感覚。スマッシュを発動して気を失った後はいつも体に力が入らなくて、息をするのも苦しい。それに 似てる。
「グミ…?」
近くで私の名前を呼ぶ声がする。私が何も答えられずにいると、見えないなにかが私の頭を撫でていった。指のようなものが髪をすいていくごとに、くすぐった い感じがして……ほんの少し痛みが和らいだ気がした。
 それにしても、どうしてこんなに暗いんだろう。私は確か、みんなと宴会をしていたはずなのに。
見たこともない豪華な料理や飲み物。それをユアさんやアッシュさんと、ついでにシュウと一緒に食べるはずだったのに。
 誰かの手が私の背中にまわる。さすってくれてるのかな……まるでネコになった気分。
ずっとこうしていたい。つらいこともかなしいこともなくて、ただ毎日がゆっくり過ぎていくネコみたいな生活。私はネコじゃないから、そんな生活にあこがれ るのかもしれないけど。
「………」
誰かが何かを言ってるのが聞こえる。内容は聞き取れない。私はネコになっちゃったのだろうか。
でも、それにしてはなんだか気持ち悪い……。
私は胸のあたりがもやもやして、少しむせる。だんだんと意識がはっきりとしてきた。
確か……ご飯を食べてるときに、おかずがのどに詰まって……。
『大丈夫か? はい、水』
よく覚えてないけど、隣にいた人がお水をくれて……あっ!
思い出した、あのとき急に頭がくらくらして……そうだ、周りが暗いのはまぶたが閉じてるからなんだ。
「ん…」
私は重いまぶたを何とかこじ開ける。しばらく目をつぶってたらしくて、ものすごくまぶしい。
目を開けて最初に目に入ったものはというと、ところどころ擦り切れたコートとズボン。
せっかく旅館だっていうのに、どうしてこんなにだらしないんだろう。それになんだか……変わったにおいがする。雨が降ったみたいなにおいだけど、そのとこ ろどころに金属みたいなにおいが……。
「ようやくおきたか」
聞こえてきたのは私より少し上。顔をほんの少しずらして上を見ると、そこにはシュウの顔があった。
なんだシュウか………え、ええ!?
落ち着こう、どうして私の真上にシュウがいるの? その前に私が今まくらにしてるのは……?
「きゃああ!」
突然悲鳴をあげた私にびっくりしたシュウは、驚いて私を取り落とす。理由はわからないけど、心臓が壊れたみたいにドキドキと動いていた。転がったときに、 畳に落ちた頭はズキズキと痛み出すし、目の前はグルグル回ってなにがなんだかわからない。
とにかく私が思ったことは、ひとつだけ。
ど、どうして私がシュウにひざまくらしてもらってるの?
いくら考えても全然思い出せない。これはもうシュウ本人から説明してもらうしかない。そう考えた私は、上半身を起こしてシュウに向かって(ただしくはシュ ウがいると思った方向に向かって)言った。
「にゃんでわたひがしゅうに!」
「お、お前……いろんな意味で大丈夫か!?」
すっとんきょうな声をあげるシュウ。あんたのほうが大丈夫と言おうとするものの、舌が回らない。
「にゃによー」
あぁ、やっぱり私……ネコになったのかもしれない。シュウがものすごく大きく見えるし、人の言葉はわからないし、みんなぐるぐる回ってるし。最後のは違う か。
半ネコ化した私を見て、シュウが何かを言う。
「うん、グミには酒だな」
おさけ……さっきの水はもしかして、シュウ……絶対ゆるさない。
シュウから逃れようとなんとか起き上がったものの、それがいけなかったみたいで、すぐに体の軸が傾き始める。体を支えられなくなって、立てた鉛筆のように 真横に倒れてしまう。
「あっ」
私に言えたのはそこまでで、まっすぐ……シュウのひざへと落下した。その衝撃で、もともとふわふわしてた世界が盛大に崩壊する。なにもかも混ざり合った世 界の中で、私の頭だけは定位置に収まった。
*
朝の六時。
朝っぱらからやけに騒がしい小鳥たちが耳障りで、腹が立つ。
まだ眠いにもかかわらず、無意味にまぶしい太陽がうざったい。
そして、こんな時間に闇討ちを食らわせてきたグミがたまらなく……いや、これは自業自得か。
人が畳の上で熟睡しているところに、手加減も何もない蹴りが飛んできた。それも後頭部、下手すればもう一度寝られるコースだったが、襲ってきた痛みにそれ どころじゃなかった。このときだけは丈夫な頭に舌を打つ。
「シュウのバカー!」
なんでバカなのかわからないが、目が覚めて一番最初に言われた言葉。なんというか、一方的だ。
グミは俺をバカ扱いしたかと思うと、昨日着替えた浴衣のまま走り去ってしまった。どこにいったのかはわからないが、ほかの連中もすでにいないところから見 て、部屋にでも戻ったのだろう。それにしても早起きなやつらだ……こんな時間に自然と目が覚めるようになるのは、俺の髪が真っ白に染まってからでいい。
「ってて……」
頭をさすりながら、体を起こす。昨日の酒がまだ残ってるらしく、猛烈に頭が痛い。
まぁ、これも仕方ない。あの状態で俺が理性を保ってられたのも、ある意味酒のおかげだ。
グミが、俺のひざで、ネコのように丸まってるだなんて……。本当に無防備で気持ちよさそうだった。
頭を撫でても、子ども扱いしないでなんて怒らないし、背中をさすってもくすぐったそうに体を丸めるだけ。こんな幸せ長続きしないとわかってても、精一杯可 愛がってやりたくなった。
……その報復がさっきのキックだけで済んだのはある意味楽だったのかもしれないな。あれならレフェル系統の攻撃のほうがまだ痛かった。
「よっと」
体のバネを使って、寝ている状態からすぐに起き上がる。ポケットの中で喚いてるカードを見ると、外に集合とグミの名前入りで書いてあった。
こんな朝から何事だと思いつつも、俺一人だけ置いてきぼりを食らうのもいやだ。
俺は変な形で固まってしまった髪を手櫛で少しでも直しながら、散らかった部屋を出る。多分、この後始末は旅館の人がやってくれるのだろう。金を払ってる身 ではあるが、頭が下がる。
出口は階段を下りてすぐだったか……早起きなフロントの姉さんに愛想を振りまきつつ、着実と旅館の外に出る。あれ、これってチェックアウトとかいるのか な。確か今日で退出することになってるはずだが。
「シュウー! 早く!! 走って!!」
情け容赦ないグミの呼びかけに、抵抗することなく走り出す。ああやって怒った振りこそしているが、きっと俺のことを待ってたに違いない。うん、きっとそう さ。素直じゃないんだから。
俺は寝起きにもかかわらず、気持ちもあいまってかかなりの速度でみんなのもとへと走る。
朝の新鮮な空気と、草木に乗った露の綺麗さに、なんだかんだ朝もいいなと思ってしまう。
ようやく俺がグミのもとにたどり着いたときには、グミは息を荒くする俺には全く関心を示さずに一冊の本を見ていた。童話や小説などではない、グミ自身のス キルブックだった。
なにをやっているのか全くわからない俺をさておき、アッシュが真剣なまなざしでグミの肩に手を置いていた。昨日の酒を飲みながら愚痴ってたのとはえらく感 じが違う。
アッシュはグミの目をしっかりと見据えて、言った。
「グミさん、おめでとう。これから貴女の職を昇級する……上手くいくことを祈る」
いつの間にかアッシュが懐から取り出した大きな認定印が、グミの本へと垂直に降りていった。
続く
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