こんなはずじゃなかったのに。そう思うことが多々ある。
その結果はある程度予想できたはずなのに、あのときは全く思いつかなかった。ほかの事に気をとられていたと言えばそれまでだけど、それにしても本当になん というか……ふがいない。
「……悪かった。ホントごめん」
 俺は畳に額をつけ、とにかく謝り続ける。
 何で17歳にもなって、土下座で謝らなきゃならないんだ。逆に言えば歳を取ったからこそ、こういったことに責任を取らなきゃいけないのかもしれないが、 それでも納得いかない。俺にだってプライドくらいあるさ。
「もう二度としないって約束して」
 口調も表情も間違いなく怒ってる。ついさっきまで湯につかっていただけあって上気した肌が余計に怒ってるように見える。謝ろう、謝るしかない。二度とし ない……なんてことはまずないんだろうが、まぁプライドなんてクソの役にもたちゃしないよな。今だけでも約束しよう。
「わかった。ゆびきりしよう」
 俺は握りこぶしに小指だけを立てて、グミの前におく。ゆびきりするも拒否するのも全てグミに任せた形になる。グミはほんの少しためらったものの、俺より もひとまわり小さな手を小指にからませる。
「ゆびきりげんまん、うそついたらレフェル100回のーます」
 おい待て。レフェルはそんなにいっぱいいるのか? まぁ、グミなりに考えた末に用意した罰なんだろうけど、飲まされるレフェルも飲む俺もたまったもの じゃない。
グミは俺の思惑など気にすることもなく、最後に思い切り指をきる。
「ゆびきった!」
 指が離れたと同時に、グミはようやく笑ってくれた。今回のことはどうやら許してもらえたらしいことがわかる。あれほど険悪だった雰囲気も、グミの微笑み ひとつだけで日に照らされた氷のように溶けてしまう。
 もちろん俺以外の二名はとっくに折れていた。それぞれコウはユア、サイン兄はアッシュとかいうこれまた美女だが、ものすごくきっつい女に絞められた。サ イン兄は若干喜んでいた気がしたけど、俺が深いとこまで追求するところじゃないんだろう。ユアは全然怒ってなかったようにも見えたが気にしない。そんなこ とでいちいち落ち込んでたら気を病んじまう。
 ほっとしている中、グミがはにかみながら口を開く。
「シュウ……今日までおつかれさま」
思いがけないねぎらいの言葉に思わず頬が緩む。なんだかんだいって俺のこと心配してくれてたんだな。
「ありがとう……」
俺に言えたのはそれだけだった。ずっと会いたかったという言葉は何故か飲み込んでしまう。一種の後ろめたさがあるのだった。何かの拍子に口を滑らせてしま うのが怖かった。
『人殺し』
いつかグミがいったことを思い出す。もちろん俺に対していったわけじゃない……どんな事情があるにせよ、自分以外の人を殺すことができる人間のことをそう 呼んだんだ。そして、こうも言った。
人殺しとは仲間になれるか。
答えはきっぱりとした否定だった。自我を崩壊させてしまうほどの心の傷を持つグミにとっては拒絶ともとれるほどの強い否定。
 当前のことといえば、当然だ。そんな人間と一緒にいては、いつか自分も魔の手にかかってしまうのではないか、それ以前にそんな人間がまともな精神構造を してるはずがないと思うのが道理なんだから。そりゃそうだ、俺だってそう思う。けれど俺は……紛れもない『人殺し』だった。
 前回の『事故』、そしてナオのこと。俺の両手は更に色濃く血に塗れた。洗っても洗っても手に残る感触……思い出そうとするたびに吐き気がする。そしてな によりも……ある一人の少女にそれを知られることが怖かった。
「おい」
「……!?」
 突然かけられた声に稲妻を受けたかのように驚く。少しでも心のうちを読まれたのではないか、もしかしたら罪悪感ゆえに無意識のうちに喋りだしていたかも しれない。
「もうみんな大部屋で待ってるぞ。夕食の支度が済んでる」
 俺は冷や汗に気づかれることがないように、そっとふき取りながら落ちていく思考をなんとか表に舞い戻す。
 気がつくと部屋には俺ともう一人、無愛想なコウが腕を組んでたたずんでいた。話に聞くと、どうやらグミたちは一度部屋に戻ってから行くと先に出て行った らしい。サイン兄はどこにいったのかわからないが、腹が減ったら現れるだろう。
「カギのことがあるから、シュウもぼーっとしてないでさっさと行けよ。お前は盗られるようなものなんて持ってないだろうけどな」
余計なお世話だ。俺はようやく重い腰を上げ、自分たちにあてがわれた部屋を出る。食事は人数が増えたために別の大部屋を借り切って用意してくれるらしい。
俺は念のためにコウに確かめてみる。
「なぁ、俺何か言ってなかったか?」
コウはいぶかしげな顔をしながらも、きちんとした返事を返してくれる。
「途中から随分深刻な顔で黙り込んでいたが、何も言ってはいなかった。具合悪いんじゃないかって心配してたぞ」
そうか、ならよかった。なにも言ってはいなかったんだな。心配してくれたのはグミか、それともユアか……まさかとは思うがサイン兄か。
「誰が心配してたって?」
コウはそう返してくるとは思っていなかったのか一瞬変な顔をするが、すぐに照れたような顔をする。
「僕を叱ってくれた銀髪ですごく綺麗な人だ」
いや、お前はほとんど叱られてなかったと思うぞ。でもまぁ、銀髪の美人といえば一人しかいない。
「ユアか。グミはどうしてた?」
「ユアさんというのか……。グミさんは拾い食いでもして罰が当たったんじゃないかと」
まぁ……グミらしいといえばらしいな。自分がどんな顔をしていたのかわからないが、胸のうちを悟られなかっただけでもラッキーだ。
俺はコウといろいろな情報を交換しながら、廊下を歩いていく。大部屋の名前は確か「かえで」だったはずだが……む、ここか。俺は障子に手をかけ、横に開 く。
「遅いっ!!」
部屋に入った瞬間に聞こえてきたグミの怒声。そして遅れて鼻孔をくすぐる旬の料理の数々。
どうやら俺たちが来なかったために、この豪華懐石料理を前にお預けを食らっていたらしい。
「いやぁ、わりいわりい」
なんか今日は謝ってばっかりだな。これ以上グミの感情を逆なでしないように、おとなしく空いている席に着く。上座にはサイン兄がどっしりと腰掛けていたた めに、偶然にもグミの隣だった。わざと空けておいたのかなとも思いつつ、その心遣いに感謝する。
「シュウ」
唐突にグミが俺の肩を叩く。
「ん?」
見るとグミは淡い配色の浴衣に着替えていた。グミだけじゃない、女性陣……あとなぜかサイン兄がちゃっかり浴衣に着替えている。準備って言うのはこれだっ たのか……ユアとアッシュはまさに和服美人といったところか。浴衣って妙に色っぽいよな。
グミはもじもじしながら、上目使いで俺を見る。
「私になにか、いうことない……?」
言われなくてもわかる。俺は一言、かわいいとかきれいだとか言ってあげればいいのだ。
実際にあまり長くない黒髪は薄い水色の浴衣に良く映え、本当に歳がひとつしか違わないのかと思うほどのあどけない顔が可愛くてしょうがない。
俺は笑いながらこう答えた。
「七五三みたいだな」
みるみるうちにグミの眉がつりあがり、鈍い衝撃が俺に目がくらむほどの星空を見せる。
褒め言葉なのにな……俺はふざけながらも、改めて心に刻み込む。何があってもこの娘を守り抜こう。
俺が必要とされなくなるまでは……と。
続く
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