ピストルの代わりに煙幕を使い、命がけの障害物走がスタートした。俺はコウに一歩遅れ てスタートするが、あっという間に追いつく。アイツも鎧を着込んでるにしては猛スピードで走ってはいるが、それでも遅い遅い。元々スピードに重点を置いて いる俺にはかなうはずないんだけどな。
「な、なんだッ!?」
深く剃りこみを入れた手下はなにが起こったのかもわからないまま振り返る。ただでさえ速い俺たちなのに、煙の中から突然現れたのだから、風にしか見えな かっただろう。
 俺は石畳を砕く勢いで全身を前へ前へと加速させていく。視界に入るのは三人の手下共。どうやら異変には気づいたようだが、具体的な内容はよくわかってい ないようだ。さて、どうやってここを突破するかが問題だが…。
 俺は一瞬だけコウの方向を見る。その目はヤクザを人間としてではなく、障害物のひとつとしか見てないように見えた。武器の使用許可があれば、容赦なく切 り捨てるような気がする。ま、俺もバズーカが使えるのなら、やっぱり容赦なくなぎ倒すだろうけどな。
 で、どうするかな。拳銃は威嚇としても使えるが、多分武器使用禁止ってことはそういう使い方もだめなんだろう。ならば、避けて通るかショルダータックル で吹っ飛ばすしかないが、どっちがいいかな。あれ、もしかしてタックルとかパンチとか禁止なのか? ……ちゃんと話を聞いとくべきだった。とりあえず、目の前に敵がいる。早急に判断しなきゃいけない。万が一に備えて暴力は禁止するとして、どうにかして避 ける!
「どけどけぇ!!」
 俺の声に反応したヤクザたちは、今までの習慣だったのか脊髄反射だけでメンチを切り、戦闘体制にはいる。上体を低くしてカウンターを繰り出すべく、それ ぞれの得物……バットとかレンガ(?)などを構える。普通ならこっちも応戦するところだが、丸腰の俺があの攻撃を全部食らったら、さすがに痛いし当たり所 が悪かったら死ぬかもしれない。
 最初から当たる気も、戦う気もないけどな! 俺は一瞬だけ脚を止めて、筋肉のバネを限界まで縮める。そして、すぐにバネに溜まった力を解放する。
「お前らなんて最初から眼中にないんだよ!!」
敵の攻撃はすべて空を切り、そのときすでに俺は敵の頭上を通り過ぎていた。あいつらも俺にバカにされたことを背中で聞いたに違いない。振り返るつもりはな いから、ヤクザどもの間の抜けた顔は見れないが、これからもこの調子でやり過ごしていかなければならないと思うとそんな暇はない。
大体、こんなとこで時間を無駄遣いしてる場合じゃないんだ。こんよ……のぞ………温泉が待ってる!
「うおおおおおおお!!!」
俺は空に向かって叫び、わき目も振らずに走り出す………つもりだった。後ろから叫び声が聞こえてきたら、振り返らないわけにはいかないだろ? 俺は今まで走ることだけに費やしていた脚力をすべてブレーキに使って、靴底をすり減らしながら止まる。
「コウ!?」
俺は競争相手の名を呼び、無事を確認する。だが返事はない。
そりゃそうだ、倒れていたのはヤクザたちだったのだからな。コウのやつは俺を無視して横を通り過ぎていった。
どうやらコウのやつはヤクザたちの隙間を通り過ぎようとしたらしいのだが、それに立ちはだかったやつがいたらしく……無常にも吹っ飛ばされたらしい。これ は攻撃なのか偶然なのかはちょっと判断しづらいが、サイン兄が出てこないところを見るとおそらく「事故」として扱ったらしい。危ねー…ショルダータックル とかしなくてよかったと胸をなでおろした直後、俺の首の皮一枚のところを銃弾が通った。現実味がない出血と少し遅れてやってくる痛みが、ようやくピンチで あることを俺に理解させる。
立ち止まってる場合じゃない。ここは誰の目から見ても文句なしの危険地帯なんだ。
俺は血を出した代わりに脳内で分泌されたアドレナリンによって、全身の力をギリギリまで引き上げ……そのすべてを速さだけに使い切る!
ダッシュをしたと同時に止まっていた時間が動き出したような気がした。
普段気づかなかった空気の抵抗と、動くはずのない風景が後ろへ後ろへと流されていく様子が面白くて少し笑った。今はまだコウの背を追う形だが、すぐに追い 抜いてやる。
「ぐはっ!」
目の前でヤクザの一人がコウに弾き飛ばされる。俺はコウが作った隙間を縫うように走り抜けていく。なんかコバンザメみたいで不本意だが、まぁ楽だしこのま ま行こう。逆転のチャンスは最後にやってくるはずだ!
*
 と、そのままコウがヤクザを蹴散らしながら走ること数分……。弱い手下どもは数限りなく、まさに飛んで火にいる夏の虫状態でことごとく吹っ飛ばされてい た。背後からの射撃は俺がバズーカで弾き飛ばし当たらず、正面の銃撃は剣の一閃で弾道を変えるか、叩き落とすかして無効化していた。
いつの間にか出来ていた無敵の陣形だが、俺たちは協力しないといいつつも、無意識に協力していたらしい。サイン兄はこれを狙ったのだろうか…。武器が使え たなら片っ端から片付けていっていただろうからな。多分、いや間違いなく偶然だと思うが。
 そんなこんなで長かったようですんなりと通れた夕焼け通りの出口が見えてきた。商店街の賑わいや、少し異国風な町並み。少なくとも怖いお兄さんや銃弾が が飛び交ってない世界。そしてなにより、温泉がある…じゃなかった、グミたちが首を長くして待ってるはずだ。ここまでの強行軍でばてたコウを、今まで風圧 シールド走行で体力を温存した俺が抜けないはずがない。今まではいろいろ利用させてもらったが………ここで抜かせてもらうぜ。
「おい、今まで弾除けになってくれてありがとな。それじゃ俺は先に………ブッ」
急加速でコウを一瞬で抜き去ろうとした瞬間、コウがブレーキをかけたせいで俺は顔面からコウの背中にぶち当たる。普通にぶつかるだけでも痛いのに、こいつ 鎧なんか着て走ってやがるから……鼻の骨は何とか大丈夫そうだし、鼻血もでなかっただけましか。でも、この痛みと俺をハメたコウの態度には腹が立った。
「なんでいきなり止まってんだよ!」
コウの背中に向かって怒鳴ると、コウは後ろを振り向くこともなくただ前を凝視していた。俺が脇から除き見ると、そこには見たことのある二人の男がいた。
「…………なんだ貴様」
多分、コウに向かって言ってるのだろう。俺に気づいてるなら「貴様ら」っていうはずだ。俺はすかさずコウの背後に隠れる。
はっきり言ってあの凄まじい殺気を理不尽に浴びせてくるお二方とはこれ以上知り合いたくない。ただでさえ一度ひどい目に遭わされたのに。
コウも相手の強さを理解したようで、俺を無視することをやめて小声でこういった。
「この人たちは武器なしじゃ絶対に突破できない…」
「ああ、こいつらは化け物だ…逃げに徹しても逃げ切れるかどうか」
いや、99%出来ない。実力差がありすぎる。この前はサイン兄が加勢してくれたからどうにかなったが、今回はマジでやばい。しかも何故か重傷を負った方の 首には傷跡ひとつなかった。
一瞬のこう着状態の中、ヤクザの幹部……グラサンに拳銃の方が先に口を開く。
「いつぞやの青髪。コソコソやっとらんで出て来い」
……バレた!? コウの髪は青くないし、でも俺はしっかり見えないようにコウの後ろで縮こまってるし、気配も殺してるはずだが…どうして?
「ツノがはみ出してるぞ」
「マジで!?」
あ、思わず喋っちまった。くそ、結構この髪型気に入ってたのに、今だけはホント忌々しいぜ。
もう、どうしようもなくなった俺は観念してやつらの前に出る。刺すような威圧感で肌がヒリヒリする気がした。俺は半ばヤケになって、二人に懇願する。
「俺たちはここを通り抜けたいだけなんだ。本当になにもしない。頼む、通してくれ!」
「………」
俺の声は確かに聞こえたはずだが、二人ともまったく無言で俺たちをにらんでいる。半殺しにされた上に屈辱までかかされたのだから、当然といえば当然だ。あ あ、なんで俺はあんな軽率な行動をとったんだろう……そんな後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。今更遅いとわかっていても、悔やまれる………温泉…。
またも重い沈黙があった後に、意を決したと思ったコウがなぜか俺に賛同して懇願し始めた。
「このバカが言うとおり、僕たちはここを通りたいだけなんです。なんならこいつをここに置いていきますので…」
「っておい!」
またも思わず突っ込んでしまう。俺はボケとツッコミどっちも担当できる万能キャラだったんだな……などと、場違いにも思ったりした。こんなくだらないこと を考えてる合間にも、温泉でグミたちがきゃぴきゃぴ言ってるのかと思うと悲しくなってくる。もしかしたら、もう入り終わってるということもありえる。
そんな中、刀を持ったほうの手がゆっくりと刀の握りへと移動し、なぜかそれを拳銃の方がいさめる。
「虎。こらえろ…。こちらからもそっちに話がある。一度しか言わないからよく聞けよ」
俺はコウとほぼ同時にゴクリとつばを飲み込む。今からぶっ殺すか、それとも有り金全部と身包み全部で見逃してくれるとかだろうか……どっちもいやだが、 どっちかっていうと後者のほうがいいな。金とかぜんぜんないし。
俺がいろいろと自暴自棄になった頃、ヤクザの口からでた言葉はものすごく意外なものだった。
「『俺らはお前らを見逃す。』わかったらさっさと行け。姐さんたちに感謝するんだな」
やつらは確かに言った。「見逃す」だって。でも誰だよ姐さんって。
「ありがとう。それでは僕はこれで……」
コウが勝手に去ろうとするところを俺が掴んで止める。知る必要のないことかもしれないが、ものすごく気になった。
「待てよ。姐さんっていったい誰のことだ? 俺に兄弟はいないぞ…?」
拳銃の方がずれたグラサンを直しながら、言う。
「ユアさんとグミさんのことだ。いろいろ調べさせてもらった結果、お前らが仲間だということがわかった。俺たちはあの二人に命を救われた。だから、その誠 意には我らが仁義を持って尽くすのは当然のことだ。なんでお前のようなクズがあの二人と仲間なのかは理解できんが……とにかくさっさといけ。イライラす る」
なるほど……俺たち、いや俺単体の印象は最悪だが、ユアとグミがなんか上手くやってくれたおかげでプラマイゼロになったってことか。もう何から何まで感謝 しないといけないな…。
「わかった。ありがとよ……またな!」
俺はそう言葉を残して、いつの間にか先に行ったコウを追いかけて走り出す。なんか二度とくるなとかなんとか聞こえた気もしたが、振り返るつもりはない。
残る距離はほんの数十メートル。コウとの差は見る見る縮まり……俺とコウはまったく同時にヤクザ通りを抜けることに成功した。
続く
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