呆けたようにある一点だけを見ていた。
漆黒の闇の中、そこだけ密度を増したような更に強烈な黒。
近くで手を伸ばせば触れるだろう。それほどに不気味な存在感があった。
はじめぼんやりとしていた黒いケムリのようなものは、段々と人間のような形をかたどっていく。
脚から順に上へ…胴体や腕、最後に頭が構成される。のっぺりとした黒人形。
まさに影ということばがふさわしかった。
闇から生まれた影は、雲間から再度顔を出した月に照らされ、闇に溶ける。
「…ぁ」
誰かの口から、間の抜けた音がする。誰かといっても、しゃべることができる人間は俺以外にはみあたらないのだから、俺が出したんだろう。
そして、それは恐らく目の前で起こっている事態から開放されたことによる安堵だった。
何も終わっていないどころか、相手の姿が見えなくなっただけ、更に危険になったというのに。
なら、どうして安堵したのだろうか。
最近自問自答が多いな…。俺は怖かったんだ。あの影がとある人を形作るのではないかって。
いまだに疑念を捨てきれない自分に苦笑する。気のせいだと自分に言い聞かせる。
あいつは……敵だ。血も涙もない殺し屋で、俺の事を狙っている。そんなやつは…。
「ぶっ殺してやる」
俺はやつの殺害予告を誰に言うでもなく、冷静に言い放ち、ついさっきまで影のいた場所に向けてバズーカを向ける。金属の冷たさが肩の傷をえぐり、直後起こった発射の衝撃で肉がえぐれ、血が噴出す。
だが、俺の痛みなどバズーカはまるで気にすることなく、俺が作り出した榴弾を吐き出した。
炎のように赤いボムが、闇を切り裂いて暗闇を照らす。その軌道がまるで黒い獣を切り裂いているようにも見えた。
闇を血に染めたボムは、俺の意思で何かに激突する前に破裂する。圧縮されていた力が、空気を震わせ、ほんの一瞬だけ闇夜を照らす。
影が……見えた!
俺は一瞬だけ見えた影の居場所めがけて、最速の銃弾をぶち込む。さっきの赤に対して、対照的に目の覚めるような青が音を忘れたまま、影を貫く。
「やった!」
思わず小さなガッツポーズを作る。ほとんど勘だけで撃ち込んだ彗星は、見事な角度でヤツの脚を貫通した。まるで巫女の放つ破魔矢のように、脚が弾け浄化されるかのように見えた。
俺は影が這いつくばって呻いているであろう場所へと歩を進める。
俺は歩きながら、あることを喜んでいた。
あいつがこんなやられ方するはずがない。あれは、やっぱり気のせいだ。ほら、きっとデジャヴだよ…前世の記憶が何とかってやつ。全部俺の思い過ごしだったんだ。
と、こんな感じに。ともかく、俺の心のわだかまりもきれいさっぱり消えた。
俺はさっきより歩みを速めて、影の居場所へと近づく。急所に当たらなかったのは不幸中の幸いだ……なぜ俺を襲ったのか、それを聞き出してやる。
「おい、影野郎。かくれんぼは終わりだ。よくもこの俺様を襲ってくれたな」
返事はない。やはり、そこは弱いなりもプロとしての誇りがあるんだろうか。
だが、無視された俺としては決していい気はしない。
「おい! 次は脳天に風穴開けて欲しいの…か」
途中で言葉に詰まる。俺はある異変に気づいた。
近づいても近づいても、影なんてものは見えなかった。俺の注意力が足りないのか?
それとも……影なんて最初から…いや、俺は確かに見たんだ。影みたいなヤツが…。
「…!」
俺は背後に異様な気配を感じて、思わず息を殺す。
なんだこれは…。いきなり体が石になったかのように、地面から脚が離れなくなった。一応、上半身や腕は動くものの、ほとんど身動きが取れない。もしや、さっきの影野郎が俺の体を封じているのか? そんな技、聞いたこともないぞ。
そ、そうだ、背中。後ろに何かがいる気配がしたんだ。
俺は上半身をひねって、背後を見る。そこにあったのは、路上に突き刺さった一本の手裏剣だった。
それも、見覚えのある白銀に赤い布がくっついている……。こんな高価な品を持っているやつは……。
「チェックメイト」
その瞬間、身動きの取れない俺に手裏剣の雨が降った。
続く
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