動きが止まった、いや違う。俺が最初に感じたのはぽっかりと開いた穴のような、空白。
ひとつなぎの鎖がそこだけ途切れてしまったかのような違和感。
そして、一瞬遅れてやってくる激痛。
燃えるように熱い傷は、右肩から背中にかけて鋭利な刃物でつけられたようだ。
俺は体の機能は一瞬にして狂い、頭はぐらぐら、からっぽの胃の中からありもしない吐瀉物を吐き出そうとする。酸味のある胃酸だけが口の中に残った。
「くそっ…」
俺は痛みにもだえながらも、無意識に一点だけを凝視していた。血溜りに横たわる黒装束、それに折り重なって白目をむいている黒。
そして、その場でただ立ち尽くしていた黒いマスクで顔を覆った人間。
保護色でほとんど見えなかったはずのそいつは、俺の目に、耳に、鼻に、体全身に、鮮明に覚えさせられていた。
いや、おそらく元々知っていたんだ。不気味な攻撃も、記憶にない傷跡も、相手の性格すらも……。
俺は額から再度流れ出した血を舐め、戦闘本能を蘇らせる。何度も何度も味わった、塩辛い鉄の味。
俺は胃酸と血の混ざり合ったそれを路上に吐き捨て、路上を砕いたバズーカを持ち直す。大きく切り裂かれた傷から、大量の血が抜け出すのが自分でもわかった。俺は痛みに顔をゆがめる暇もなく、左肩めがけて飛んできた手裏剣を左手の拳銃で裏拳のように弾き返す。
背後にいるのはなんとなくわかっていた。
もちろん、相手がミスをしたわけでもなんでもない。むしろ、相手は完全に気配を殺し、殺気すらもまったく感じられなかった。そう、ただの作業…与えられた命令を言われたとおりにこなすだけといった感じだ。
それなのに、なぜわかったのか。
勘…それとは違う気がする。
過去に同じことがあった? 
いや、恨まれたり追いかけられたことはあっても、アサシンに命を狙われるなんて事はなかったはずだ。それならば…。
「………おい、まさか」
思わず口に出して確認してしまう。ありえない、信じたくないひとつの可能性が脳裏によぎった。
頭ではそんなことありえないと即座に否定するものの、一度浮かんだ疑念は捨てきれずに頭の中でくすぶっていた。
まさか、そんなバカな、ありえない。今すぐその考えをやめろ。お前は人間として最低だ。
そんな言葉ばかりが、しわの少ない脳の内で渦を巻いている。そして少しずつ、少しずつだが核心に近づいて……答えの糸口が見つかった瞬間、俺は考えることをやめた。
ついさっき起こった怪現象がとあるひとつのことを”認める”だけで、簡単に理由が説明できてしまうのが怖かった。
「……」
俺は何もない闇の中、無造作にバズーカを二度振る。キンキンと金属がして、けん制で飛んできた手裏剣と俺の首筋に向かって放たれた手裏剣が落ちる。フェイント、けん制、トラップ。
どれも、慎重なあいつに似ていた。
「……」
俺は大きく首を振って、嫌でも湧きあがってくる悪感情を振り捨てる。
ここに鏡はないが、今の俺は相当ひどい顔をしてるに違いない。
俺は疲れを押し殺し、全身を眼にして倒すべき敵の姿を探す。
雲が金色の三日月を隠す。もともと見えるはずがない、敵の姿が更に見えなく……ん、いや。
見えなくなるどころか、瞬時にしてヤツの尻尾をつかむことができた。
なぜって? 簡単なことだ。
そいつがいる場所だけ、周りの闇よりも更に黒く塗りつぶされていたんだ。
続く
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