くそ…何が起きた。視界が赤く染まってよく見えない。
傷自体は浅く、痛みもたいしたことはないが、普通の人間ならまず間違いなく死んでいたな。
練習を終えた俺は、寝そべって月を見ていた。光る汗、灼熱の太陽の代わりに銀の月、そして俺…もう、青春真っ盛りってタイトルがよく似合うと思うんだ。
それでなんでこんな血生臭いんだよ。
俺は目に入った血をコートの袖でぬぐい、とっさに物陰に隠れる。
やつらが投げてきた凶器は、黒く塗りつぶした投げる刃……多分、アサシンが使うらしい手裏剣だろう。その手裏剣は俺の頭にめがけて真っ直ぐ飛来し、無防備 の俺の頭にぶつかった。
あ……お前ら、ぶつかったって表現はおかしい。こいつバカだなとか思っただろ。
普通は刺さるからな。切れ味抜群な手裏剣が、やわらかい肌に当たれば切れるに決まってる。
だが、俺は血は出たものの死んでない……それはなぜか。
答えは簡単。頭じゃなくて髪に当たったんだ。急角度で真上から飛んできた手裏剣は、俺の頭の皮を少し切って、チャーミングな髪に弾かれた。文字通り間一髪 だったが、とにかくかすり傷ですんだのは僥倖としかいえない。
一瞬ぐらぐらした頭も今では完全に回復して、普段のスピードの五倍くらいで激しく回転してる。
考えてるのは主に今の状況の把握、そして打開策だ。
今は夜、月は出てるものの視界はよくない。アサシンにとっては最高の状況だ。
敵の数はまだわからない…だが、スナイパーでもないようだし一人ではないだろう。
かくいうこっちはナオ、コウ、サイン兄全員がばらばらで帰ったという協調性のなさでたった一人だ。
戦力差は……そうだな。並みのアサシンなら俺の敵じゃないだろうが、数でこられると俺もやられるかもしれない。せめて、ナオがいてくれたら百人力というか 鬼に金棒だったんだがな。
まぁ、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。つまりは絶対的に不利だ。これを踏まえて、打開策を練る。
まず最初に思いついたのは、不本意ながら逃走することだ。闘争と読みは同じでも意味はまったく違う。だが……これはどう考えても逃げたほうが得策。むしろ 逃げないほうがバカだ。
次に思いついたのは、戦うこと。というか、この二択しかないな。
勝ち目はまぁ、ある。今の一発でしとめられなかったことからして、相手は雑魚ではないだろうか。
そもそも、ナオがやったように毒手裏剣をつかえば、このかすり傷でも俺は死んでいたかもしれないんだからな。
だが、相手が俺をなめていたか、複数であることからの油断である可能性も高い。勝ったら勝ったで気分はいいし、修行の成果とでもいえるんだろうが、負けた らイコール死ではリスクが大きすぎる。
………さて、どうするか。こうやって思索にふける合間も、俺の身は危険にさらされている。こういうときはすぐに決定しないと…。
「…っ!」
こめかみに冷や汗が伝う。一瞬だが、敵の一人と目が合った。
敵の数は今見えただけで三人。他に隠れてるやつもいるのかもしれないが、普通アサシンが固まって歩くものなのだろうか。バラバラに四方八方から攻めたほう が間違いなく有利……ん、待て。もしかすると罠なのか?
あいつら三人はおとりで、俺がやつらに気を取られているうちに背後から俺をざっくりやるつもりじゃ…。
俺が思考をめぐらせているうちにも、三人組はこちらへと近寄ってきている。
俺がここにいるのをわかって移動しているのだろうか。それともわからずにただ闇雲に探しているだけなのだろうか。
ザッ、ザッと砂が鳴る音が聞こえる。仮にもアサシンなら足音くらい無くせよ!
足音はどんどん近づいてくる。もう、相手のことにいちいち突っ込んでる暇もなくなってきた。
俺はさっき撃ちきった練習用の銃ではなく、いつもの使い慣れた実戦用の銃を袖から取り出す。
弾はすでに込めてある。俺の精神力で作った弾ではなく全部実弾である。当たればもちろん痛いし、当たり所が悪ければ死ぬ。というより、二三発打ち込めば出 血多量で死ぬ。
もちろん、相手も殺すつもりで来てるのだから、こっちも殺さなきゃダメなのはわかってるが……。
大粒の汗が地面に落ちる。時間がない……決めろ、殺るんだ。
(うおおおおおお!!)
俺は口には出さずに自分に気合を入れて、正面からやつら三人に飛び込む。
作戦も何もない。それくらい、俺は追い詰められていた。俺は狙いを正確には定めずに、両人差し指を弾く。引き金を引いたと同時に火薬が爆発して、鉄の弾は 並んで歩いていた左右二人に喰らいつく。
「……!」
追い詰められたねずみに咬まれたやつらは、至近距離から放たれた銃撃をかわすことなどできるはずもなく、右のやつは右足、左のやつは右腕から血を飛沫かせ た。
殺しのプロだからこそ、声を出したりはしなかったものの、激しい痛みにとっさの判断が狂わせたのか、数の利をいかした手裏剣の掃射ではなく単純なナイフの 攻撃を繰り出してきた。俺は髪の毛三本を犠牲にし、右の懐に潜り込んで顎に渾身のアッパーをえぐりこむ。骨の砕ける嫌な感触と、上下の歯が鳴らすガチリと いう音が耳に残る。
すでに緊張や焦りはすべてどこかへ吹き飛んでいた。俺は左にいたやつの殺気を背中に感じ、とっさに気絶したアサシンを力ずくで盾にする。
音もなく繰り出された殺すためだけの一撃は、まるでそこに壁などないかのように、仲間の体を貫通する。突き刺されたアサシンは血を口から吐いて、がっくり と倒れた。
悪い冗談のように左胸に突き立った黒塗りの刃。アサシンは味方の攻撃によって絶命していた。
いや、正しくは俺が盾にしたせいでこいつは死んだんだ。
動揺する俺に対してアサシンは眉一つ動かさずに新しいナイフを取り出し、俺に向かってくる。
俺は考えるよりも早く左手の銃でナイフを弾き、殴りかかってきたヤツの頭部に銃のグリップをたたきつけた。仲間を一瞬にして死に至らしめた冷血な暗殺者 は、あっけなく地に伏す。
折り重なるようにして倒れた二つの黒い人間、交差するそれを前に残ったアサシンはなにをするでもなく、ただ立ち尽くしていた。
瞬時にして形勢逆転だ……だが、スナイパーがいるという疑念もまだ捨てたわけじゃない。
しかし、今のちょっとした戦いの仲でも俺の隙は十分にあったはずだ。今ここに倒れているやつが平然とやったように、仲間ごと俺を撃ち殺せば仕事はすぐに片 付いたろうに。
やはり、こいつら三人だけだったのかもしれないな。それなら、もう逃亡の隙を図る必要はない……あと一人をぶっ飛ばせば終わりだ!
「うおおおおお!」
奇襲で派手にやりすぎた俺は、もはや奇襲をあきらめ、正面から高速で間合いを詰める。銃があるのに打たないのは……死を恐れないこいつらには威嚇にもなら ないと感じたからだ。それに俺は、俺の手でこれ以上誰かを葬るのは後一人だけにしたいと思ってる。復讐すべきヤツだけを。
体を風がすり抜ける音がして、闇に溶ける装束が俺の攻撃射程圏内に入る。
煙で巻いて、一発でしとめてやる。俺は勝手に意気込んで、ひそかに作り出しておいたボムを相手の背後に設置する。俺の猛攻に押された相手はそれを踏んで爆 というわけだ。
俺は拳銃をしまい、背中のバズーカを両手で持つ。ガードしきれない思い攻撃を相手に加えるんだ。
「くらえええっ!」
俺はスイカ割りの用量で、敵の体を真っ二つにするような軌道でバーズカを叩きつける。スピード、間合い、角度…どれも申し分のない一撃。だが、俺が攻撃し た場所にはすでに何も存在しなかった。
俺が叩き割ったのは……敵の本体ではなく…………。
「影だ」
「……っ!?」
どこかで聞いたような声が聞こえた瞬間、鋭い痛みと共に俺の中の時が止まった。
続く
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