闇夜に光る三日月の下、極限まで神経を張り詰めて指先を引き金にかける。
月明かりがゆがんだ缶詰の缶を照らし出し、俺は慣れた手つきでそれを銃越しに見据える。
慣れた動作…いつもと一ミリも違わない、まったく同じ動作で引き金を引く。
カチリという小さな音、そしてそれをかき消すほどの爆音が俺の鼓膜をしびれさせる。
跳ね上がった両手とまっすぐ飛び出した弾丸。灼熱の鉄が鈍く光る缶詰をいとも簡単に貫通する。
火薬の匂い……そして何より、手に残る痺れが俺の潜在意識を呼び起こす。

壊したい。アレもこれも自分さえも。

俺は自分の心を抑える為に、まだ4発残っている弾丸を転がった空き缶に叩き込んだ。弾が当たるたびに空き缶は盛大な音を立てながら路地を転げまわる。俺の 目に映っていたその光景は、泣き叫びながら命乞いする人間にも見えた。
一瞬だけ暗闇と静寂が世界を支配する。
残っているのは原形をとどめていない空き缶と、痺れた指の感触だけだった。
「ふう…」
俺は弾丸をすべて吐き出した銃の代わりにため息を吐く。
懐かしかった。俺がバイトして稼いだ金は、いつもこうやって消えていったんだな。
他にも食い物やら服やらいろいろ買ったはずだが、俺が覚えているのは銃マニアから買っていた弾薬だけだ。
ただこうやって、ターゲットを撃ちまくる。弾が無くなるまで撃って撃って撃ちまくった。
親父のおかげで、飯に困っても銃に対して困ったことはなかった。ただ、山ほど残されていた銃弾も練習……というより、俺自身を抑える為にすぐに使い果たし てしまった。血が出て痛みを我慢できなくなるまで撃っても足りなかったんだからな。
ほとんど一種の中毒だった。俺にとって拳銃は酒よりもタバコよりも魅力的なものだったんだ。
おそらく今でもそれは変わらないに違いない。
もちろんそれは毎年金欠の俺には死活問題だったはずだが、今の俺には無限の弾薬がある。
「ソウルブレット」
俺は一言だけつぶやき、それと同時に右手のひらを開く。指と指の間に光の弾丸が生み出され、俺は指をすぼめて、それを弾倉に滑り込ませる。
本物の弾丸とは違い、俺の精神力から生み出された弾丸……しかし、普通に使う分では特に大差はない。違うところは、その数に限りがあるかないかだけだ。
まぁ、俺の精神力にも限りはあると思うんだが、たいした問題はないだろう。
俺は拳銃を撃てる状態に戻し、何もない闇に向かって銃を構える。慣れた感触のすぐあとに、光の弾丸が一本の道を作る。そしてその先にいた一匹のスティジが 金切り声を上げて砕け散った。
どこから迷い込んだのかは知らないが、十中八九地下鉄からだろう。今日はことごとく俺の邪魔ばかりしてくれたからな…こいつらのせいで俺の評価も最悪だっ たし。
俺は悪態をつきながらスティジが落とした小銭と戦利品を拾うために、裏路地に入っていく。
セコイ? うるさいな…俺は借金もちなんだから、少しでも集めないといけないんだよ!
俺はメル硬貨、ちぎれた羽の順に拾い、ポケットに押し込む。そのとき、俺のポケットに入っていた何か四角いものに指が当たった。
何の気なしに、ポケットの先客を取り出す。それは一冊の本だった。
「あ…」
誰もいないのに思わず声を出す。そういえば、俺……二次転職したのに新しいスキル試してない。
そもそもどんなスキルがあったのかすら覚えてないじゃないか。
俺はおもむろにページを開き、今までなかったページ…いや、あったのだろうが白紙だったページを探す。ボム、彗星、ソウルブレット……おなじみのスキルを 眺めて、ようやく新しいスキルを見つけた。
ボムマスタリー…あー、なんかボムが強くなったと思った。まだ使ってないけどな。
俺は特に興味を示さず、次のページをめくる。俺が求めていたものはそこにあった。
「これだ…」
俺は一人でつぶやいて、目でページをなぞる。
「クレセント(銃から鋭い鉤付きのワイヤーを発射する)か」
書いていたのはたった一行だったが、俺の興味をそそるには十分だった。
銃弾は普通、放たれたら最後…戻ってくることはない。だがワイヤーがついているなら……はっ、まさか! 最高のリサイクルか!?
「はぁ…」
俺なりにいいボケだと思ったが、よく考えたら突っ込むやつがいないじゃないか。まぁ、ナオだったらくだらないと一言で片付けるだろうな。グミなら容赦なく 突っ 込むだろうな。
「はぁ……」
俺はもう一度大きなため息をつく。まぁ、無理なことを悔やんでも仕方ない。今は新しいスキルを試すべきだ。
俺はソウルブレットが消えてないかどうか確認し、回転部を戻してから銃口を壁に向ける。
壁に二三発銃弾が食い込んだところで誰も文句は言わないだろ。
そう判断した俺は、彗星を放つときと同じようにクレセントを出すぞと念じながら、引き金に手をかける。
「クレセント!!」
イメージするのが面倒になった俺はそう叫びながら引き金を絞る。
普通の銃弾や彗星を放つ時の全身を突き抜けるような感じはなく、ごく弱い衝撃が手に残る。
そして何より驚いたのは銃弾の代わりに飛び出したものは冷たく光る逆三日月のようなものだった。
三日月は銀の尾を引きながら、銃弾に負けるとも劣らないスピードで壁にざっくりと突き刺さった。
「………」
ワイヤーつきの鉤爪はどこだよ……鉤爪はこの月だとしても、ワイヤーなんて全然ないじゃないか。
俺は想像してたスキルとのギャップにしばし沈黙しながらも、壁に刺さったまま光っている三日月に手を伸ばしてみた。だが、途中まで手を伸ばしたところで鋭 い痛みを感じ、手を引っ込める。
「痛ッ…」
手袋をはいていた指ではなく、手首が細い線上に切れていた。太い血管までは切れなかったようだが、結構痛い。何で切れたんだ……そう思った俺は、俺の手を 切りつけた凶器を探すが、ナイフや刀といったものは全然見当たらなかった。カマイタチかなんかか、それとも見えない暗殺者の仕業だろうか。だが、気配は まったく感じられない。これほどに気配を消せるほどの手練なのか…。
俺は少なからず警戒しながら、辺りを見渡す。人影どころか鳥一匹いないな。やはり気のせいだろうか。
俺は自分を傷つけた犯人を捜すことをあきらめ、銀の三日月に視線を戻す。すると、空中……銃口と三日月の間に赤く塗れた線が文字通り…浮いていた。
物理的に俺の血が宙に浮いてるはずがない。俺は空いた左手で、浮遊した血をなぞる。
そこにはほとんど目に見えないほど細い、極細ワイヤーが確かにあった。爪先で弾いてみるとキンと鳴った。
「これはすごいな…どれ」
俺は一度クレセントを外そうと、ワイヤーに手をかけないように気をつけながら、月に手をかけ……指先の力だけで引き抜く。が、全力でやっているが壁に突き 刺さった月はまったく抜ける気配がなかった。
月を抜くことは早々にあきらめ、月につながってるワイヤーを引っ張ることにした。
もちろん手でやった場合血だらけじゃすまないと思うので、拳銃ごと引っ張る。だが、月は抜けることなく血のついたワイヤーだけが上下した。どうやら切れる どころか、ワイヤーは伸びる一方らしい。こんなのぶら下げたまま戦うわけにいかないし、第一このままワイヤーがずっと伸びてるようなら俺の家に着くまでに いろんなものがズタズタになるだろうが…。
俺はその場に座り込んで、考える。どうすれば問題なくこのワイヤーを外せるのか。そもそもどういう原理で俺の銃からこんなモノが出てるんだよ。
ワイヤーは俺が銃を引っ張るとその分だけ伸び、近づけると近づけた分だけ縮んで、ちょうどピンと伸びた形になっていた。いったいなんなんだよこれは…!
その後も俺はいろいろと試行錯誤したが、ワイヤーは伸びたり縮んだりするだけで消えたりはしなかった。さすが俺から生み出されたものだけあってしぶとい が、こればかりは困った…。
「あーもう、面倒だ」
俺はおそらく無駄な努力だったことをやめて、ワイヤーが飛び出したままの拳銃をまっすぐ構える。ワイヤーが取れないなら、銃弾ごと吹っ飛ばせばいい。何で 今まで気づかなかったのか疑問だが、もう迷うことなどないな。
吹っ飛べ。そう念じながら、引き金を素早く引く。完全に慣れきった感覚があって、音もなくワイヤーは消滅し、月があった場所には二つの傷と弾痕が残ってる だけだった。
「なんなんだよ、これは」
俺はやっと消えた悪夢のように使えない自分のスキルに悪態をつく。強くなったどころか自分のスキルに振り回されてるようじゃ……明日の勝負に勝てるはずも ないな。自分でもわからない技を実戦で使うなんて死にたいとしか思えない。
この技はちゃんと使い方を理解できるまで封印するしかない……彗星みたいな直接攻撃技ならよかったのにな。ガンナーだったらさらに強力な技を覚えられたん だろうが、まったく……神様を恨むぜ。
俺は心身ともに疲れ果てて、座り込んだまま忌々しい月を見上げる。
表情なんてない三日月も、今だけは俺のことをあざ笑ってるように見えた。
待ってろよ…いつか俺の思い通り動かしてみせる。傷だらけになろうが、血ヘド吐こうがな。
両腕を枕代わりにして路上に寝そべる。金の月は変わらずそこにあって……
「月が…」
一瞬にして赤く染まった。
続く
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