私とユアさんはアッシュさんが進む方向へとつき進む。
あくびはもう出ない。さっきのそれで眠気は完全に吹き飛んでしまった。
そしてこうしてる今もいつモンスターが襲ってくるかわからないんだから、油断はできない。
アッシュさんは後ろを振り返らずに、私に言った。
どうやらさっき言ってた、目をつぶれば怖くない作戦の続きのようだ。
「戦士にとって戦いの最中目をつぶることは、直接死につながる。だが魔法使いは違う」
無愛想な喋り方は今までもだけど…心なしか普段よりも口調が固かった。
やっぱり、あのとき唖然としていたことを怒ってるのかもしれない…。
アッシュさんは歩幅を緩めずに話を続ける。
「魔法使いになるものは準じて精神が優れていて、感受性が強い。そしてレベルが上がるにつれその感覚の鋭さは盗賊と対を成すほどに強力になる。モンスター の気配を感じること造作も無い」
なるほど…でも、私だけがモンスターの襲来に気づかなかったのは何でなんだろう…。
アッシュさんは勘みたいなもので温泉が出なくなった原因を探してるし、ユアさんは何の気なしに槍を振って、カラスを一刀両断している。それも表情からして 多分、無意識で。
二人の感覚が鋭いのは確かだと思うけど、やっぱり私が鈍いんじゃないんだろうかって心配になる。
そのとき急にざっと土が鳴って、アッシュさんが立ち止まった。
「どうか…したの?」
私の質問にアッシュさんが答えることはなく、左手を宙にかざして言葉をこぼした。
「霧が…近いな」
私たちにはまったく何のことかわからなかったけど、アッシュさんは一人で納得したみたいで、また歩き出してしまった。いったい霧が何なんだろう…。
私は聞こうかとも思ったけど、早足で進むアッシュさんについて行くのに必死で忘れてしまった。
霧で少しずつ前が見えづらくなってきたから、アッシュさんの金髪だけを頼りに小走りで続かないとはぐれてしまいそうだった。
「さっきの話の続きだが…」
アッシュさんの声。私は話どころじゃなかったけど、アッシュさんはもとの歩幅のままで話し続けた。
「これは職業以前の問題だが、人には大きく分けて二種類いる。相手を傷つけることを楽しめる者と相手を傷つけること痛みを覚える者だ」
その言葉にびくりとユアさんが反応する。どっちの「者」かはわからないけど…。
「どうした、ユア氏」
すかさずアッシュさんが聞く。ユアさんは何度か言葉に詰まりながらも答える。
「えっと…アッシュさんが言ってる通りだと思うんですけど…その、おおかみがそういう人だからわかるんですけど…。おおかみが誰かを傷つけるときにものす ごく喜ぶんです…」
確かに言われてみれば、レッドドレイクのときそうだったような気もする…。そして、あの名前は知らないけど、ユアさんの主人だった人のときも声が楽しそう だった。
あんなこと私には絶対真似出来ないし、したくない。
「そうか。私には理解できないがそういうやつは確かにいる。ところでおおかみとはなんだ?」
「あ、それはこっちの話だから気にしないで!」
私が間に入ってさえぎる。こうでもしないとユアさんが言っちゃいそうだったからだけど、ユアさんはそれ以上話したい様子じゃないみたいだった。
その様子を察したアッシュさんはまた歩きだしながら言った。私たちも遅れないように歩きながら話を聞く。
「話がそれたが、ようするにグミ氏は後者…どちらかというと何かを傷つけることを嫌うタイプのようだ。まぁその割には容赦なく撲殺してるようにも見える が、魔法と物理攻撃は違うからな。相手が苦しみに悶え、死にゆく瞬間を見ないだけでも殺す側としては非常に楽なものだ。どうしても駄目なら目を背けろ。私 とユア氏が守るから後ろは気にしなくてもいい」
アッシュさんはそう言ってくれたけど、目はつぶらない、目は背けないほうがいいに決まっていた。
ユアさんも任せてくださいって言ってくれたけど、たとえ目をつぶってでもヒールをかけることができるかどうか自信が無かった。
しかも一回だけなら何とかできても、この先いっぱいあんなのがいると思うとどうしたらいいか…
「わあっ…!」
考えてる途中で足もとにあった大きな石かなにかに躓いて転ぶ。考え事しながらだったから足元見てなかったのがよくなかった。
私の悲鳴と転んだ音に気づいて二人が駆け寄ってくる。怪我はそんなでも無かったけど、二人とも転ばなかったのに私だけコケたってことはやっぱり鈍いん だ…。
「グミさん大丈夫です…!?」
「大丈夫…だけど」
だけど…。私よりユアさんの顔が大丈夫じゃないみたいだった。別に顔が変とかじゃなくて、なんていうか驚きすぎ…みたいな感じで。よっぽどこんな普通の道 で転ぶなんてと思われたのか、いろいろショックだった。
私は落ち葉で汚れた部分を払って、立ち上がる。私が何に転んだかを確かめるために足元を見る。
すると、足元にあったのは大きな石ではなく、すべすべとした白っぽいキノコのようなものだった。
私は興味本位でレフェルを使ってつついてみようとした。その瞬間にアッシュさんが血相変えて叫んだ。
「それに触れてはいけない!!」
「えっ?」
レフェルはアッシュさんが叫んだとほぼ同時に、白っぽいなにかに触れた。ぶよっとした感触の後、私はものすごい力で跳ね返されて大きなしりもちをついた。
「いたたたたた…」
痛みで目のふちから涙がこぼれる。ふんだりけったりとはまさにこのことだ。
私は自分を二回も転ばせた白いものをにらみつけ、体を起こす反動で起き上がる。すると、二人とも武器を出して臨戦態勢をとっていた。私が転んだくらいでな にを…そう言おうと思った刹那、白い物体は地面に埋もれていた体を音も無く抜いて、土ひとつついていない体を現した。
その体はさっきみたキノコみたいなものとは違って、黒いボールか何かに白いシーツをかぶせて、さらにその上に三角がついたハチマキか何かを巻いた感じだっ た。でも人形で言えば多分顔に当たる部分には何もない滑らかな黒があるだけだった。
「グミさん、逃げて!」
ユアさんが叫ぶ。私は一歩後ずさりをした瞬間、どこまでも深そうな闇のなかに丸くて小さな黄色い目が二つと気味の悪い舌が飛び出した。私がそれに驚いて間 合いをとった後すぐに、白いやつの上に鋭いツララとユアさん全力のパワーストライクが叩き込まれた。白いやつは一瞬にしてぼろ雑巾になる…はずだっけど、 氷によるダメージはほとんど無く、ユアさんの振り下ろした槍は風でも斬ったようにかわされていた。ふわふわとしたそいつは何食わぬ顔で重力を無視して宙に 浮いた。
「グミ氏、そいつはアンデットだ…目つぶりヒールを試してくれ!」
今までに感じたことも無いような魔力を溜めながらアッシュさんが叫ぶ。私は目をつぶってヒールを唱えようとする…が声を失ってしまったかのように声が出な かった。
まぶたの裏を見ていた私は頬を伝った気持ち悪い感触に身を震わせる。
とっさに目を開けると私の頬にべったりとそれの舌がくっついていた。
「んんん……!!?」
私は声にならない悲鳴をあげて、地面に手をつく。体が痺れたように動かなかった。
だけどそいつは動けない私を見て、目を見開いたままふわふわこちらへと近寄ってきた。私は逃げようとするけども、痺れた体を動かすには全然力が足りないよ うだった。
「こ、来ないで!」
なんとかそれだけ言う。それが通じたのかはわからなかったけど、なぜか白いやつの動きがそこで止まった。その瞬間まばゆい光がそいつの後ろで起こり、アッ シュさんが練りこんだ魔力を凄まじい勢いで放出していた。その直後に魔力で作られた電撃の槍は空気を感電させながら、アッシュさんの手に収まっていた。
「貫け…サンダースピア!!」
アッシュさんは槍投げの競技のように雷の槍を投擲し、投げられたそれは電気の尾を引きながら白いやつを完全に貫いて、瞬く間にこの世から消し去った。
アッシュさんは体力の消費しながらも、痺れたままの私に声をかける。
「…今のは夜行…ヤコウとかヤギョウとか呼ばれているモンスターだ。見た目と異なり、常識では考えられないような体力と動きを持っている。そして何より恐 ろしいのが…その舌に舐められた者の体を痺れさせて自由を奪い、闇に包んで自分と同じような姿に変えてしまうことだ」
私はそいつに舐められた頬を触り、冷や汗を流す。もし、アッシュさんが夜行を倒してくれなかったら今頃は……そんなこと考えたくない。
アッシュさんは続けて言った。
「ここから先はあんなやつらがたくさん出ると言っただろう。今もヒールを出せていれば多少は結果が変わっていたはずだ。死にたくなければヒールが出来るよ うになることだ」
倒れたままの私にユアさんが手を差し伸べる。私はそれにつかまってなんとか起き上がって、擦り剥いた足にヒールをかける。今度は問題なくできた。
アッシュさんは最後に言った。
「不思議だ。夜行に舐められた者は丸一日動けないこともあるくらいなのだが…まぁよい、ここから先は読み通り温泉の源泉があるようだ。そしてお湯が出なく なる原因もだ。心してかかれ」
「…うん」
私は震えながらもアッシュさんのほうを向いてうなづく。
それを見て何事もなかったかのように歩き出したアッシュさんをユアさんが引き止める。
「わかりました。でもその前にあのモンスターに槍が当たらなかったは私が未熟だからですか?」
「ユア氏のせいではない。やつらに物理攻撃はほとんど通用しないんだ。あいつらが出てくるとは…最悪の事態だよ」
続く
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