「はい、三時間経過〜。集合ー解散ー」
「解散は早いだろ!」
俺は突然現れ、いきなり解散を言い渡したサイン兄に的確な突込みを入れる。
俺たちがコウモリに体中噛み付かれながら修行してたっつうのに、なんなんだこいつは…。
こんなふざけたやつだが、一応兄貴分&今の師匠みたいなものなので俺たちはしぶしぶ集合する。
サイン兄は血を求めて飛んできたコウモリを一閃し、話し出す。
「まぁ、解散は冗談だがな。ここはうっとおしいから早めに話するからな…とりあえず、ほら拾得品出せ」
俺を含む三人はそれぞれ思い思いのモノに入れた拾得品を差し出す。自分のは数えてないからどのくらい集まったかはわからないが、ナオよりは多い…気がす
る。
サイン兄は俺たちから受け取ったアイテムを素早く区分けして、目にも留まらぬ速さで数え上げていった。一瞬にして、紫の山と緑の山が出来上がる。
「ふぅーむ…成績順に言うと、ナオ、コウ、シュウの順だな。異論は受け付けない」
「な…」
俺は途中まで言いかけた言葉を飲み込む。どういうアレなんだ…いじめか?
サイン兄がおほんとわざとらしく咳払いして、解説し始める。一言しゃべるごとに両足元に落ちる、モンスターの残骸が印象的だった。
「えーナオはすごいな。蛇皮ばっかりだ。コウは数は少ないが、戦士にしてはきちんと狙って蛇だけを狩っていたのがよくわかる。シュウは……数こそ多いが、
俺の話聞いてなかったのか? コウモリも蛇もほとんど同じ数で、プラスマイナスゼロだ」
……。
たしかにコウモリもいっぱい狩っちまったのは確かだが、これには原因がある。銃弾はまっすぐにしか飛ばないから、蛇よりも絶対数の多いコウモリはいやでも
弾の軌道上にあたっちまう。
まぁ、その点は馬鹿でかい剣を振り回してるコウのやつも同じなんだろうが、銃弾は一度俺の手を離れちまったら止まらないんだ。剣なら力の入れ具合で多少の
コントロールは効くからな。
ナオの手裏剣はカーブを描いて飛んでいきやがる…ようするに全部サイン兄の考えたルールが悪いんだ!
サイン兄は俺たちの集めた戦利品を箱に詰めながら喋る。
「でもまぁ、実際こんな風に単体だけ狙って狩をする必要なんてない。こういう技術が必要になるのは、ずばり対人戦…そのなかでも2VS2以上のバトルだ
な」
「対人戦…」
コウが思いつめたように呟く。何を考えてるんだろうか…無感情な瞳からは何も読み取れない。
サイン兄はコウの言葉を聞き、答える。
「そう、対人戦。コウは知らないだろうが、シュウとナオはヤクザ幹部二人に喧嘩挑んで負けた。同士討ちはないみたいだったが、まぁ相手が悪かったな…」
「……」
ナオは無言のまま、俺は舌打ちしてつばを吐く。
相手が悪い。
そう言ったのは相手が俺たちの手に負える強さじゃない、つまり俺らが弱いという意味だったからだ。
俺とナオはそれが悔しかったから、今こうやって修行してる。
それなりに腕に自信があっただけに、余計に悔しい。少しでもいい師匠から教えてもらいたい。
サイン兄は口がちょっと悪いが、俺たちを助けてくれたくらいの実力者だから、それをお願いした。
だが…言いつけられた修行は効果があるのかよくわからない修行ばかりだ。
俺たちは本当に強くなっているのか?
「お前らはそんなに弱くない…だが圧倒的に経験が足りない。モンスター相手だったら何度か修羅場をくぐったこともあるんだろうが、相手はモンスターじゃな
い。俺たちと同じ人間なんだよ。そこでだ…」
サイン兄は途中で言葉を切り、ダンボール箱のふたをしっかりとしめて持ち上げる。
「明日はこの四人で2VS2の実戦練習をする」
「…実戦訓練はまだ早いんじゃないか?」
ナオが異論を唱える。何言ってんだ…これこそ待ち望んだ修行じゃないか。
「チームは遠近各一人ずつ。シュウとコウ、俺とナオのペアだ」
なんだって!?
俺はサインの提示した最悪なチーム構成に文句をつける。
「サイン兄、何だよそのチーム構成は!」
「サインさん、なんで僕がコイツと…」
俺とコウが叫んだのはほぼ同時。どうやらまったく同じことを考えてたようだ。
このチーム構成はありえない。
サイン兄は平然と言った。
「俺ならちゃんと手加減するから安心しろ。本気出せばお前らなんて素手で十分だ」
「そうじゃなくて、なんで俺とコウが同じチームかって聞いてんだよ!」
サイン兄は俺の話なんて最初から聞く気などなかったかのように言った。
「俺の決定は絶対だ。今日はもう解散だが、明日はさっきのチーム構成で闘いあう。暗いから、気をつけて帰れよ…またアサシンどもに襲われたら撃退してや
れ。じゃあ俺は俺の用事を済ませてくる。じゃあな」
サイン兄はただ言いたいことだけを全て吐き出して、次の瞬間にはダンボール箱と一緒に消えていた。
残された俺は、怒りをぶつける対象を失くし、瓦礫を思い切り蹴り飛ばした。
ナオが誰に言うでもなく、ぼそりとこぼす。
「戦うからには…勝つ。相手が誰でも…どんな手段を使ってもだ」
俺は、明日にはライバルになる俺たちへ言ったであろうナオの言葉に、漠然とした不安を感じた。
*
暗い森の中をアッシュさんが先頭、次に私、最後のユアさんと続いて歩く。
一歩進むごとに霧が濃くなる。息苦しいまでの重い空気。
アッシュさんが言うには、この先に温泉が出なくなった原因があるらしい…。
何かが待ち受けてるのは間違いない…そしてこれは、私の転職試験でもあるのだ。
アッシュさんが歩きながら口を開いた。
「この先は今までとはまったく違う。年中光の指さない悪魔の森だ。そしてこの森には…」
アッシュさんが最後まで言い終わらないうちに、最後尾にいたユアさんが両手で槍を抱え込んで、先頭に踊り出て、言った。
「なにか…来ます!」
なにか…私の位置からじゃ何も見えないし、わからない。でもユアさんが言ってるのだから、間違いではないのだろう。私はレフェルを両手で強く握り締め、こ
れから襲い来る”なにか”に備える。
アッシュさんは、目を閉じて精神を集中し、小さな声でなにかの呪文(? を詠唱していた。
直後鋭く目を開いたアッシュさんは、杖を振りかざして呪文を唱えた。
「木々の加護を…メディテーション!!」
アッシュさんを中心に木々が新たに芽吹くような、生き生きとした波動のようなものが広がる。
それはまるで静かな森の中で森林浴してるような心地よさで、それと同時に精神力が研ぎ澄まされていくような感覚をおぼえた。
「短時間だが、魔力を強化するスキルだ…ユア氏には効果がないが悪く思わんでくれ。正面、後ろ、左右からも一気に…来るぞ!」
その瞬間、今まで似感じられなかったほどの殺意が私たちを囲んでいることがはっきりとわかった。アッシュさんのスキルの効果かもしれないけど…怖い。そし
てこれは殺意というよりも…
「コォォォーン!!」
正面にあった木の陰から、猛スピードで黄色いモンスター…さっきの森にいたキツネ? いやしっぽの色が違う…そして、なによりも見開かれた瞳からは恐怖な
んてものはまったく感じられなかった。
私の前に立ちはだかったアッシュさんが、攻撃呪文を詠唱する。
「凍りつけ…コールドビーム!!」
持ち上げられたアッシュさんの腕がキツネに向かって振り下ろされ、杖の動きと同じように巨大な氷の塊がキツネのからだに叩き落された。鋭い氷柱は容赦なく
キツネの体を地面に縫いつける…だが、キツネは息絶えるどころか、それでも私たちを襲おうともがいていた。
なんなの…このモンスターどうしてそこまで…。
私の動揺をよそに、ざわと茂みが鳴って後方からさっきのと同じ…紫のしっぽを持つキツネたちが飛び出してきた。
「マジックガード!!」
アッシュさんのスキルによって強化されている私の盾は強度を増し、なんなくキツネたちを跳ね返す。
普段のような体がふらついたりという症状は起こらない。三匹も相手にしてるのに、まるで私じゃないみたいだ。
攻撃を防いだことを確認した私はマジックシールドを解き、目の前のキツネ目掛けてレフェルを振り下ろす。
既に開放されていたレフェルの鉄球は、遠心力で更なる力を加えられてキツネの脳天へと食らいつく。
ぐしゃという気持ちの悪い音ともに、キツネの頭部が変形し、首が曲がってはいけない方向をへと曲がってしまった。私は気持ち悪い方向から目を逸らし、ユア
さんの隣へと寄り添うように移動する。
「ごめん…なさい!」
ユアさんは小声で謝りながら、牙をむき出して飛び掛ってきたキツネの口に、まっすぐ槍を突き刺す。
串刺しにされたキツネは体の内部を凍らせられながらも、もがいていた。
アッシュさんが凍らせられながらもまだ生きていたキツネにもう一度氷柱を落として、倒す。
ぐしゃぐしゃに潰され、霧になる瞬間までもモンスターの顔は私たちに襲い掛かってきたときと変わらずに怒りの形相だった。
ユアさんは、槍に食らいついたままのキツネごと他のキツネをなぎ払う。でもキツネは切られてもきられても向かってくるのだった。
なんなのよ、このモンスター…戦うことに、死んじゃうことをまったく恐れてない。どうしてこんな…。
私があまりにも信じられない様子に声を失っていたときだった。
「グミさん、あぶない!」
「えっ…」
一瞬だけ反応が遅れる。さっき確実に叩き潰したモンスターは、まだ動いていた。体を歪に変形させながらも…突き出した骨を武器に私へと襲い掛かってきてい
たのだ。マジックシールドは間に合わない。
「く…」
私はとっさにレフェルを前に突き出すことで盾にしようと思ったけど、その必要はなかった。
ユアさんが、私とキツネ…だったものとの間に立ちはだかって盾になっていたのだった。
「グミさん…大丈夫でしたか!? 痛ッ…」
私を心配して声をかけてくれたユアさんが、小さく悲鳴を上げる。私が攻撃したキツネはユアさんの斬撃によって真っ二つに両断されていたけど、その勢いに追
いやられた、槍に刺さったままだったキツネ
の牙がユアさんの綺麗な白い手に噛み付いていた。白い肌に、鮮やかな赤が映える。
ユアさんは全力でキツネの頭を掴んで引き剥がそうとしたけども、キツネ凄まじい顎の力でユアさんを離そうとはしなかった。
「…この!」
ボタボタと血が土に染み込んでいく。
私をかばったから…今まで私の盾になったから傷ついた。私の代わりに…。
今までに経験したことがユアさんに重なる。お母さんは、私の身代わりに死んでしまった。
シュウグリフィンの攻撃で死ぬほど傷ついた。そして今はユアさんが…。
「グミ、なにやってるんだ。回復を!」
見かねたレフェルの怒声で目が覚める。ユアさんが私のせいで苦しんでるんだったら、私が癒してあげればいいんだ。
私はユアさんが力づくでキツネの牙を抜き出してできた大きな傷跡に、手をかざして精神力を集中した。
「ヒール!!」
緑の淡い光とともにユアさんの傷口がふさがっていく。自分にかけたときの経験から、このときにはもう痛みはなく、不思議な感じがするだけだった。
でもそのとき、ひとつだけ異変が起きた。ユアさんが何とか押しやった串刺しキツネが、いきなり怯えたような目つきをして逃げ出そうともがきだしたのだ。も
ちろん槍に刺さったままだから逃げ出すことなんてできないけど…。
その直後のことだった。キツネは緑色の光に包まれ、文字通り枯れてしまった。
体液を撒き散らしながら向かってきていたキツネは、嘘のように縮んで…粉々になってしまった。
「なによ、これ…」
私もユアさんも粉になってしまったキツネを見つめながら呆然としていた。ヒールは癒しの力…のはずでしょ…。
仲間が粉にされたのを見て、少しひるんでいたキツネたちが一斉に襲い掛かってくる。
私はなになんだかわからずに、自分の周囲にヒールをかけて、”癒す”。
普段なら喜ばれることしかないヒールなのに…モンスターたちは絶叫を上げて、風化した。
ぼとぼとと戦利品のお金やアイテムが地面に散らばる。
頭の中が真っ白になった私は散らばった戦利品の中にひざをつく。
ユアさんとアッシュさんがなにかいってるけど、わからない。聞こえない。
癒しの力だと思っていた私の力が、今間違いなくモンスターの命を奪った。
なぜ、どうして…疑問符ばかりが頭をめぐる。ショックとパニックで頭がどうかしてしまいそうだった。
「グミ」
レフェルの声が、ようやく私へと届く。でも、答えることが出来なかった。
「あいつらはアンデット…不死者だ」
続く