「魔法使い二次転職官」
アッシュさんはそう言った。二次転職官っていうのは、今までの職業の力をさらに引き出すために試験を担当してくれる人のこと…だったと思う。シュウがカニ
ングに行きたがってたのも、それが目的だったから、間違いないはずだ。
二次転職すれば、今までよりずっと強くなれる。きっと足手まといにもならない…ハズ。
そしてさっき30レベルになった私には、試験を受ける資格があるのだった。
アッシュさんは言った。
「既に二次職の君が私の試験を受けたところで強くなるかどうかはわからない。でも、受けてみても損はないんじゃないか?」
…強くなりたい。シュウやユアさんの足を引っ張らないためにも、憎い…あの龍を倒すためにも。
となると答えは一つだった。
「アッシュさん、私…強くなりたいです。ユアさんやアッシュさんみたいに」
私が付け加えた言葉に、アッシュさんは苦笑いし、ユアさんはきょとんとした。
今の私じゃこの二人に傷一つ負わせることが出来ないくらいわかってるつもりだ。もちろん、そんなことしたくなんてないけど……もし、アッシュさんと戦うこ
とが試験だったらどうしよう。
アッシュさんは言った。
「ふむ…わかった。それでは形式的に試験の機略を説明しなくてはならないな…」
どきどきと鼓動が高鳴る。そういえば試験前はいつもそうだったなぁ…。
一生懸命勉強したところも緊張感に飲まれて忘れちゃったり、どうでもいいところでミスしたり。
運動関係はそうでもなかったんだけどね…。
そういえば、一次試験のときもそうだった。あのときはシュウが助けてくれたから、一応無事だったけど…もし一人で試験に臨んでいたりしたらと思うと…考え
るだけで怖くなった。
アッシュさんは私の緊張をよそに、話の続きを始めた。
「二次試験は魔法使いにとって、非常に大きな分岐点といえる。魔法使いの二次職には三つ合って、氷と雷を使う魔法使い、炎と毒を使う魔法使い、そしてグミ
氏のクレリックの三つだ。今まで何人もの魔法使いが私の前で強くなっていった」
アッシュさんは続ける。
「だが、君は一次職を飛ばしてクレリックになってしまっている。正直どうなるかはわからんが、別に試験方法に変わるところはない。ところで、ユア氏…
ちょっといいかな?」
「は、はい!?」
突然振られたユアさんはびっくりしながらも返事する。
「戦士の二次試験はどうだっただろうか?」
ユアさんはいつものように少し考えてから答える。
「えっと…確か、突然変なところに飛ばされて、いっぱいモンスターを倒して黒いボールを集めました」
アッシュさんは目をつぶってうんうんと頷く。
「やはりどこも同じなのだな。しかし、この方法はグミ氏一人を別次元に隔離して行うために時間がかかる…そこで、我が家の伝統法に従って温泉が出なくなっ
た原因を解明しつつ、試験をしたいと思う」
「え…?」
私は思わず口をあけてぽかんとしてしまう。二次試験ってそんな適当でいいの!?
アッシュさんは少しだけ眼を細めて言った。
「そんなついでみたいなものでいいのかと思っただろう。安心しろ…この先、カラスなんかよりはずっと強いモンスターがいっぱい出る。そいつらと互角に渡り
合えるかどうか、それを審査する。楽そうに聞こえるが、私の審査はそう甘くはないぞ」
アッシュさんの最後の一言は凄みが効いていて、迫力があった。
私は気圧されないように、一歩踏み出して言った。
「絶対合格できるように頑張ります!」
アッシュさんは厳しい表情のまま言った。
「…よし、ならば今から審査を開始する。一瞬たりとも油断するな…ここから先は厳しくなるような気がする」
どうやら、完全に試験のスイッチが入ったらしい。でも、さっきから気がするとかなんとかしつつとか適当なこと言ってるように感じるんだけど…どういうこと
なんだろう。
ずっと話を聞いていたユアさんは、
「確かに、この奥の方からモンスターの気配がします…それになんだか、ものすごく邪悪な気配です」
と心配そうな表情で言った。私もユアさんが見据えていた方向を見るけども、その先には光のささない暗い森が見えた。邪悪な気配とかそういうのはわからない
けど、なんとなく怖いような気がした。
アッシュさんも同じ方向を見て言った。
「この腐ったような魔力…魔法使いにしかわからないと思ったが、ユア氏はわかるのか…」
ユアさんはにこりと笑って答える。
「きっと女の勘ってやつですよ」
私はどんなに目を凝らしても、耳を済ませても何も感じない。
確かにユアさんの勘はずば抜けてるけど…私は魔法使いにはわかることもわからないのってちょっと鈍感すぎじゃないだろうか…。これもきっと二次転職したら
解決するはず…私は自分にそう言い聞かせる。
アッシュさんは、ところどころ破れたローブを気にしながら言った。
「それじゃ、行くぞ。自分の身は自分で守れ…特にグミ氏」
うっ…別に付け加えてくれなくても自覚してるよ…。
私は小さく頷いて、二人に置いて行かれない様に駆け出した。
誰にも聞こえないほど小さな声で、レフェルが言った。
「…クレリックの真価、ここで」
*
狭い地下にやかましい銃声と両手剣が荒々しくコンクリートを砕く音がこだましている。
そしてそれに混じって、甲高い断末魔…場所から鑑みて蝙蝠か蛇で間違いないだろう。
一秒に一匹のペースで屠られている様子が、暗闇の中で思い描かれる。
ほんとあいつら強いなぁ…うかうかしてると俺がやばいぞ。
俺は暗闇の中、しっかりと足場を確保しながら例の三人に近づいていく。
パンと空気を震わせる銃声。それに気づいた瞬間、目の前の蝙蝠が破裂して、俺に銃弾が迫ってきていた。俺は右手のナイフで受け流すことによって、弾道をわ
ずかにずらして避ける。最初の試験のときといい…あの野郎は明らかに俺を狙ってやってるな。これはきついお灸が必要かも知れん。
俺は大きく息を吸い込んで…かなりの大声を出した。
「おい! 三人とも聞こえてるか!?」
もともと狭いところなもんだから、俺の声は大きく反響して化け物みたいな声になって聞こえた。
しばらくしてから、
「ハイ」
という素晴らしい返事と
「聞こえてる」
という無愛想な返事が聞こえてくる。
その後一発銃弾が飛んできたが、それはあえてカウントしなかった。
聞こえてることを確認した俺は、もういちど精一杯大きな声で叫ぶ。
「お前らー、コウモリは殺すな! 蛇だけを狙うんだぞー!!」
「はぁ? なんでだよ?」
後ろから、今頃になって生意気な返事が聞こえる。
俺は振り向かずに言った。
「今から戦利品は全部拾え! 蛇は一点、コウモリはマイナス一点だー!」
俺が無視してる事に気づかないシュウは、もう一度俺に話しかけてくる。
「だから、なんでコウモリは殺しちゃダメなんだよ」
「ふぅ…」
俺はため息を吐いて、ようやく後ろを振り返る。答えるまで聞き続けるだろうからな…。
俺の意図に気づかないとは、まったくやれやれ…
「いいか、縦横無尽に飛び回るコウモリを無視して蛇だけを狩るのにはすごい集中力が必要なんだ。コウモリの方が蛇よりも数が多いし、弱い…だが、蛇を攻撃
しているときに偶然コウモリがいたらどうなる?」
シュウは数十秒考えてからやっと答えを出した。
「それはやっぱり、どっちも死ぬな。それがなんなんだよ」
……一を聞いて十を知るまでは期待してなかったが、こいつには応用力って言うかそういうものはないのか…。
「確かにその通りだが、俺が言いたいことは違う。さっき俺がコウモリは殺すなといったのは、コウモリが好きだからじゃない。お前らが、いかにコウモリをよ
けて蛇だけを狙うことができるか…それをやって欲しいんだよ」
「そうか、コウモリをあえて殺さないで蛇だけを殺すことによって集中力を鍛えるわけだな」
ようやく理解したか…。戦闘に関しちゃ天才的なんだが、この頭の悪さはどうにかならないかね…。
それと言い忘れたが、蛇は見た目よりずっと動きが早い。遠距離はもちろん、重い剣を使った攻撃じゃ間違いなく苦戦するだろう。だがそれが訓練になる。
俺は最後に大声で言った。
「そういうことだ。今から三時間ほどぶっ続けで頑張れ」
「うぇ…」
続く