「えいっ!」
私はジャンプして、頭に張り付いた葉っぱめがけて思い切り殴る。体重を乗せた鉄球の一撃は狸の脳天をかち割り、存在ごと消し去る。一方ユアさんは無駄のな
い動きで舞うように手にした青い槍でモンスターの傷口を凍らせながら、確実にしとめていった。私も戦士になっていたらあんな風になれたのかな…? でもユ
アさんは軽々と振り回してるけど、あの槍だって私の手じゃ持ち上がらないほど重いはずだし、その上鎧を着るなんてことになったら…動くことも出来ないで疲
れちゃうだろうな…。
私はレフェルに張り付いた葉っぱや毛皮を振り払い、次の一撃に備える。
私は目の前でモンスターの命が途絶えたことよりも、まったく無防備なまま立ち尽くしている灰色の魔法使いのほうが気にかかっていた。
「……」
相変わらず魔法使いさんは戦う様子も逃げる様子もなく、無言のままたたずんでいる。さっき一瞬口が動いたような気がしたけど、なんて言ったかまでは聞き取
れなかった。
私とユアさんの猛攻に十数匹いたモンスターも、じりじりと後退していく。
ユアさんが槍に突き刺したままの狐を、槍ごとモンスターたちの前に突き出して凄んでみせる。
「もういいでしょう…どいてください。わたしたちはその人に用があるだけなんです」
モンスターにその言葉の意味が伝わったかどうかはわからなかったけど、ユアさんから発せられてる気迫は私でも怖かった。でもモンスターたちは尻尾をまいて
逃げ出すべきか、それでも戦うべきか考えあぐねているようだった。
その刹那、モンスターたちの前で吊るし上げられていた狐が一瞬にして氷塊と化して、四散した。
飛び散った氷の欠片と冷えて黒くなった血飛沫がかかって、モンスターは初めて自分たちが相手にしようとしていた人の強さがわかったらしく、一目散に逃げ出
した。
モンスターたちには悪いけど、逃げ出してくれて私は正直ほっとしていた。だっていつも笑顔のユアさんが、触れると切れてしまいそうな冷たいまなざしでモン
スターを睨み付けてたんだもん。もし、さっきのでモンスターたちが襲い掛かってきたりしていたら……考えるだけで足がすくんでしまいそうだった。
そんな中、さっきまで微動だにしなかった灰色の魔法使いが、背を向けていたモンスターに対して右手をかざして言った。
「スロー」
その瞬間、全速力で駆け出したはずのモンスターたちの動きが……ものすごくゆっくりになってる。それも重力を無視して流れる汗や涙までもがゆっくりだっ
た。これが…スローの呪文なんだ。
私が不思議な光景に見とれていると、灰色の魔法使いが杖のようなものを取り出して、魔力を高め始めた。多分それはモンスターに向けて放たれていたのだろう
けど、全身のうぶ毛が逆立つような嫌な感じがしていた。魔法使いの体を中心に青白い円のようなものが現れる。
魔法使いは妙に甲高い声で叫んだ
「逃がすつもりなどない。裁きの雷…サンダーボルト!!」
動きがゆっくりになっていたモンスターの上に青白い球体が瞬時に移動し、空気を切り裂くような音とともに凄まじい稲妻を落とした。スローで動きがゆっくり
になっていたモンスターたちは全て、叫び声を上げる暇もなく霧になって消えてしまった。私はとっさにユアさんの腕にしがみついていたけど、声も上げず消え
ていくモンスターたちの姿がはっきりと目に焼きついていた。
あちこちに散らばった戦利品には目もくれず、灰色魔法使いはじりじりとこちらに近づいてきた。
さすがのユアさんも警戒して、私をかばうように一歩あとずさる。
張りつめた糸のような緊張感の中…最初に動きを見せたのは灰色の魔法使いのほうだった。
さっきのモンスターたちを一瞬にして葬った装飾付きの杖を下ろし、口を開く。
「腕が立つようだが…君たちは誰だ? 私の邪魔をするようなら、帰ってもらう」
頭まで覆った灰色のローブの奥から、魔力が高まるのを肌で感じた。完全に敵だと思われてるみたい。レフェルの言うこともあながち間違えじゃなかったみたい
だ。
私は大丈夫だと自分に言い聞かせ、もつれる舌で話した。
「あ、あの…私たちは…邪魔しに来たのではなくて…その…」
あーどうしよう。魔法使いさんの刺し貫くような眼光の前にパニックになりそうだ。こんなときしっかりしてないといけないのに…。
「わたしたちは旅館の温泉のことを女将さんから聞いて、原因を調査しに行ったあなたを助けるために来た者です。わたしたちに敵意はありません」
堂々としていて、それでいてかっこよく私たちの目的を告げてくれたのは、私がしがみついてる銀髪の戦乙女ユアさんだった。
灰色の魔法使いはユアさんの堂々とした態度を見て、フード越しに答えた。
「私一人でも十分なのだが…まぁいい。人数は多いほうがいいからな…名は?」
名は? って…私たちの名前を聞いてるのか。普通は自分から名乗るのが礼儀だと思うけど…。
私の先にユアさんが答える。
「わたしの名前はユアです。こちらの方は…」
こちらの方っていうのはレフェルと私しかいないからまず私だろう。私は大きな声ではっきりと言った。
「私はグミです。あなたのお名前は?」
灰色の魔法使いさんは、私たち二人を見据えながら低い声で言った。
「二人ともやけに短い名前だが…呼びやすくて良いな。私は自分の名が好きではないから…そうだな、アッシュとでも呼んでくれ」
自分の名前が好きじゃないってどういうことなんだろう。私も短くてかっこ悪いなぁって思ったこともあったけど、人に言うのが嫌なほど嫌いだ何て思ったこと
は
ない。とっさにつけたみたいな名前もローブの灰色からとったのだろう。
私は頭を下げて、挨拶する。
「アッシュさん、これからしばらくよろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
ユアさんも並んで挨拶する。
アッシュさんは、深く被ったフード越しに言った。
「どのくらいかかるかわからないがよろしく」
アッシュさんはすぐに続けて言った。
「出会ったばかりで悪いが、私には余り時間がない。自己紹介や積もる話は歩きながらでも出来るだろう? すぐに出発しよう」
確かにその通りだ。私たちだって何日かしたらシュウと合流しなきゃいけないんだし、なにより早く温泉に入りたい!
立ち止まって話してる時間なんてないよね。ユアさんが私に言った。
「じゃあ、行きますか」
私は、
「うん! 行こう」
と答える。アッシュさんは私たちの息の合った呼吸を見て言った。
「そういえばグミと言ったかな。君はまだ幼い少女のように見えるが、ユア氏の娘か、それとも妹かなにかかね?」
アッシュさんの勘違いにユアさんが驚いて言った。
「わたしがグミさんのお姉さん!?」
わたしは勘違いされないうちに慌てて訂正する。
「お姉さんだったら嬉しいけど、同じPTの仲間です。それとこれでも私、16才です…」
確かに背は低いし、体もユアさんと比べたら全然女らしくないけど…幼女扱いまでされるとは…私のささやかな抗議にアッシュさんは言った。
「道理で全然似てない訳だ」
この人…シュウより鈍感かもしれない
*
二人がアッシュと出会った頃、シュウたちはというと…
「いってえ! このクソ蛇…うわっ、コウモリまで飛んできやがった。こいつらキリがねえ!」
「シュウ、うるさいぞ。攻撃が当たらなくてイライラしてるのはこっちも同じなんだ!」
「俺は攻撃が当たらないなんて言ってねえよ」
「なんだと!?」
「いいから二人とも静かに修行してくれ…」
ケンカしていた。
続く