私とユアさんは、まだ朝なのにオレンジ色の空が綺麗な路地に立って話を聞いていた。
「灰色のローブを着たヤツ…ですかい?」
髪の毛を変な形に剃りあげた男の人が逆に質問してくる。見た目はとても怖くて、声もドスが利いていたけれどきちんと私の質問に耳を傾けてくれた。
きっとこの人も竜さんや親分さんの知り合いで、私たちのことは耳に入ってるんだろう。
私ははぁはぁと肩で呼吸をしながら、
「うん。その人のことを追いかけたいんだけど、どっちへ行ったか知りませんか?」
と質問の続きをする。子分さんは苦虫を噛み潰したように、急に不機嫌になって言った。
「はい、しかとこの目でここを通っていくのを見ましたよ。ここを通るにはうちの組の許可が必要だと、あっしたちが注意したら、無視して怪しげな呪文を唱え やがったんです」
私たちは許可出てるんだよね…ほんとラッキーだったなぁ。そういえば呪文を唱えたってことは、その灰色のローブの人って魔法使いだったんだ。エリニアの何 とかって言ってたけど、そういえばエリニアって魔法使いと妖精の町だもんね……私は行ったことないけど。
もうひとりの子分さん…今度は実験失敗したみたいな頭をした子分さんが、話の続きをしてくれる。
「それでちょっとここのルールってやつをわからせてやろうと思って、5〜6人で取り囲んだんです。え…いや、乱暴しようとかそういうんじゃないですよ!」
「ふ〜ん…ユアさん、どう思う?」
私は子分さんを目を細くしてみてから、ユアさんの意見も聞く。ユアさんはほんの少しだけ子分さんを見て、言った。
「う〜ん…見た感じはすごく悪い人みたいですけど、竜さんの子分さんですもの…だから信用します。でも、ちっちゃい子や女の子に乱暴するようでしたら…怒 りますよ」
最後の一言だけ凍えるほど冷たくて、子分さんは背筋を凍らせながら答える。
「そんなことしたら虎幹部にどんな目に遭わされるか…想像するだけで恐ろしい! 絶対そんなことはしません」
子分さんはユアさんの釣りあがった目と竜さんの影に相当怯えているみたいだった。これなら大丈夫そうね…。ユアさんの顔もいつもの微笑に戻る。
子分さんはほっと胸をなでおろして言った。
「ほっ…話を戻しますけど、その灰色の魔法使いが呪文を唱えた瞬間、急に体が亀みたいにのろくなって…その間にシュンシュンとその、なんて説明したらいい のかわからないんですが…出たり現れたりしながら、どこかへ行ってしまったんです」
体が亀みたいに遅くなったり、消えたり現れたり……魔法使いってそんなことも出来るの!?
私なんてヒールとマジックシールドくらいしかまともに使えないのに…。シュウみたいに転職したら、私にも出来るようになるのかな。
考え事をしてる私に対して、私にだけ聞こえるくらいの小さな声でレフェルが囁く。
「そんなことより早く追わないと、見つけられなくなるぞ」
そうだ、人を探してるんだった!
「あの、その人は結局どっちに行ったんですか? 急がないと…」
私の質問に、子分さんは軽く謝ってから、すぐに行った先を教えてくれた。
「あ、あっちです。この通りをまっすぐ行った先…動物の森だと思います!」
動物の森…あのカラスとか狐とかがたくさん出るところね。来るときは何も考えないでやっつけちゃったけど…今考えたら少しかわいそうだったかも。でも、一 応モンスターだからね…なぎ倒してでも行かなきゃ。
私はユアさんの手に指を伸ばして、アイコンタクトで考えてることを伝える。
「グミさん、急いで行きましょう」
私が言おうと思ったこと、先越されちゃった。私は頷いて、子分さんに一言礼を言う。
「うん。子分さん、ありがとねー」
私の言葉に、子分さんは胸を叩いて、
「はい! 何か人手が必要なことがあったら、いくらでも言ってください。総出で助けに行きますから!」
と言ってくれた。総出って一体何人いるんだろう…とにかくもう行かなきゃ。
私はレフェルを両手でしっかり握って、走り出す。ユアさんは一足だけ遅れて、ぴったり付いて来てくれた。
私は走りながら、ユアさんに話しかける。
「さっきの…魔法の話だけど、ユアさん知ってる?」
私よりも楽そうなユアさんも走りながら答える。
「えっと…魔法使いの人が狩りをしてるのは結構見たことありますけど、そういう魔法はちょっと見たことないです。青いボールを飛ばしたり、魔法の爪で切り 裂くのは見たことあるんですけど……」
私は自分以外の魔法使いをあんまり見たことないんだけど、やっぱり普通の魔法使いじゃないんだ。ユアさんが言ってる魔法は、多分シゲじいが教えてくれよう としてた攻撃魔法だと思う。私がどう頑張っても使えなかったけど…魔法使いの基本のはずなのに、どうしてなんだろう。
攻撃魔法の使えない私なんて、このレフェルがいてくれなければ今頃モンスターに食べられちゃってることだろう。いつか襲われたメイプルキノコのことを思い 出して、ぞっとする。
さっき少しだけ感謝したレフェルが言う。
「グミ。さっきの話を聞く限り、灰色のそいつは恐らくウィザードだ」
「ウィザード?」
ユアさんの疑問に、レフェルは既に用意していた答えを返す。
「魔法使いの二次職で、クレリックとは違って攻撃呪文に特化した魔法使いのことだ」
そういえばクレリックって二次職なんだっけ…。
レフェルはさらに続ける。
「ウィザードには二種類いて、炎をあやつるものと氷をあやつるものがいる。一度、ポーラが炎のウィザードと戦ったが、炎の矢や毒、動きを緩慢にするスロー という呪文でかなりの苦戦を強いられた。…まぁ、ポーラがバカ力で相手の杖を叩き折ったから何とかなったがな」
ウィザードの情報と一緒に、また師匠の武勇伝が聞けた。それにしても炎の矢だなんてかっこいいなぁ。私の手からも、ずばっと魔法が出たらいいのに。
「それで…もしそのウィザードが味方ではなかったことも考えておけよ。ユア、足手まといになるかもしれないグミのことを頼むぞ」
「はい、全力で守ります」
レフェルの失礼な言葉に、ユアさんは凛々しく返事する。
確かにユアさんはとっても頼りになるけど、私が足手まといになるってのは納得いかなかった。
「なによ、私だって戦えるんだから! それに、女将さんのお願いを快く引き受けてくれたんだから、その人が悪い人なわけないでしょ」
私のもっともな意見に対して、
「それなりの代金を受け取ればどんなやつだってやるだろうよ。ウィザードは性格のひねくれたやつが多いんだ」
とレフェルは生意気に言う。ひねくれてるのはレフェルじゃない…会ってもいない人のことをあんな風に言うなんて!
私はレフェルを投げ出しそうになるのを、大事な”武器”だと無理やり自分に言い聞かせ、こらえる。
しばらく走って、オレンジの街路を抜けると、うっそうと茂る森が見えてきた。
「もう少しで森よ!」
私の声に、ユアさんが目つきを鋭くして答える。
「あそこに誰かいます…!」
ユアさんが見ている先には、人影らしいものは特に見えないけど…ユアさんには見えるんだろう。多分もうちょっと走ったら見えてくると思う。私は走り過ぎで 苦しいのを我慢して走る。すると…なんと人影の代わりにモンスターが見えてきた!
私はさっきのことはなかったことにして、戦うためにレフェルの封印を外す。かちゃかちゃと音を立てて鉄球が外れ、くっついた鎖もジャラジャラと地面にたれ る。
ユアさんも新しく貰ったばかりの槍を構えて、いつでも戦う準備が出来てるみたいだった。
私が鎖付きの鉄球を飛ばそうとした瞬間、狐さんや狸さんの間に灰色のローブがいるのが見えた。もしかして…囲まれて襲われてるの!?
何で逃げようとも戦おうともしないのかわかんないけど、早く助けなきゃ危ない!
「………」
ほんの少しの間があって、最初のモンスターが黙ったままの魔法使いに襲い掛かった。
だけれども、その爪と牙が魔法使いに食い込む前にレフェルの鉄球が狐の腹にヒットし、夜空…じゃなくて朝空(?)の星に変えてしまった。ユアさんも槍を一 払いするだけで、数匹のモンスターを霧に変えてしまった。
灰色の魔法使いは目の前の出来事など何もなかったように、こぼす。
「…偶然…じゃない」
続く
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