朝の三時。まだ朝日も昇っていない闇の中…俺たちは大路地に立っていた。
眠い…これも全部サイン兄のせいだ。寝る場所がないからって八つ当たりは良くないな…。
大体俺たち、さっき闇討ちされたばっかりだろうが。それにこんなに暗くっちゃ何も見えない。
なに考えてんだ…。
「お前たちのことを第一に考えて、少しでも早く修行を終わらせてやろうと思ってるんだよ」
サイン兄がボソっとこぼす。な、何で俺の考え読まれてんの!? それともこれがシックスセンスの極意ってやつなのか…!
コウがバカにしたような口調で言った。
「シュウ、最後のは口に出てたぞ。自分のこともわからないのか?」
確かに本当のことだが、そこまで言う必要ないだろう。俺はコウを無視して、サイン兄が何か言い出すのを待つ。ナオは目をつむったまま、無駄な体力は使わな いつもりのようだ。
ごほんとサイン兄が大げさに咳払いし、どこからかでかいダンボール箱を取り出す。
「あー昨日も言ったから、まだ覚えてると思うが…えーなんだっけ」
っておいおい大丈夫かよ! ものすごい心配になってきた……。
「コウ…ほら、なんだっけ。あれだよ…シックスセンスと………」
コウは眠そうな顔ながらも、すぐに返事する。
「集中力と気合です。どれも戦闘とはあまり関係のないような気もしてきましたが……」
あぁ、その話か。正直忘れてたが、なんとかなるだろう。
サイン兄は、ぽんと手を叩いて言う。
「そう、それだよ。集中力を鍛える修行な…別に俺の寝る場所がないからこんな時間に起こしたわけじゃないぞ。まず、これを見ろ」
そう言い終えると、ダンボールに手を突っ込んで何かを取り出す…と思ったら、別に何も出していなかった。まさか持ってくるもの忘れたんじゃないだろう な…。
「おい、シュウ! ちゃんと見ろって言ってるだろ!」
よそ見をしてた俺にサイン兄が怒声を浴びせる。いや、だって何も持ってないだろ。
俺がそう言おうと思った瞬間、振り向きざまに何か飛んでくる。飛んできた何かは俺の顔を掠めてどこかへ飛んでいった。
サイン兄はもう一度ダンボールに手を入れながら言う。
「油断大敵…シュウ減点五万点な。もう一度だけ言ってやる、これを良く見ろ」
どうせ最初から得点とかないだろ……。俺はしょうがなく、サイン兄の指をじっと見る。よく見ると、小さな黒い何か……手裏剣!!?
サイン兄は俺の目つきが変わったのを見て、言った。
「良くこの暗闇で見えたな…さすがガンナーなだけあるといったことろか」
サイン兄はうんうんと出来のいい生徒に感心しているが、俺はめらめらと湧き上がるものを感じた。俺が避けたからよかったものの、いくら不死身の俺でも手裏 剣が眉間に当たってたら死ぬだろ。あ、それじゃ不死身じゃないか。
眠気でイライラしてるな…俺は何とか怒りを抑えてサイン兄の話に集中する。
サイン兄は、
「よし、お前ら武器を出せ。まず昨日のシックスセンスの練習の成果を確認するために、俺が手裏剣を投げる。それを全部叩き落せ。当たったらかなり痛いから そのつもりでやれよ」
と言って、片手に五枚…計十枚を両手に持ち、スタートともなんとも言わずに指先を弾いた。
俺の前に計三つ…保護色でかなり見えづらいが、顔、首筋、腹の手裏剣が飛んできているのが見えた。いつもなら体をそらして避けるが、叩き落せって言ったも んな…叩いてないが、要は打ち落とせばいいんだろう。
俺は一番近くまで飛んできていた頭狙いの手裏剣を銃弾で相殺させ、次に早かった腹部を狙った攻撃をピンポイントで狙い撃つ。もう一発はリボルバーが回転す るまでは間に合わないと判断して、文字通り銃身で叩き落とす。腹に来ていた銃弾の狙いは若干それたが、なんとか弾き落とすことには成功した。
キンキンと鳴り響く金属音から、二人とも何とか弾き落としたのだろう。サイン兄はがんがん投げてくるが、次第に目が慣れてきた。俺はくるくると回転しなが ら飛んでくる手裏剣の場所を正確につかみ、危なげなく撃ち落す。
夜の静寂の中、金属の悲鳴と拳銃の咆哮だけが絶えずに鳴り響いていた。
俺は最後の一発を景気よく彗星で弾き返す。青い閃光が手裏剣を貫き、鉄のかけらが飛び散った。
俺はほぼ無意識で出していたソウルブレッドを途中でやめ、光の弾丸を地面に放った。
静寂が戻ったのとほぼ同時に、闇の中からサイン兄がメガネを直しながら現れる。
「はいはい、終わり終わり。物騒なもんはしまってくれ。結果発表に移る」
武器出せって言ったのはあんただろ…。
ナオは手裏剣、コウは大剣、俺は拳銃とそれぞれ武器をしまい、結果を待つ。
サイン兄は、落ちている手裏剣を数えながら、ボソボソと結果発表し始める。
「え〜…全員に30枚ずつ投げたから……ナオ、24枚。コウ、15枚。え〜シュウが…30枚だな。全員上出来。上出来」
俺は百発百中か。さすが俺…って何でノーコメントなんだよ!
納得いかない俺はサイン兄に詰め寄る。
「サイン兄ー、俺がコウにダブルスコアつけてんのにノーコメントってどういうことだよ」
サイン兄は落ち着いた様子で言った。
「これはシックスセンスのテストなんだよ。この真っ暗闇で見えないものを勘だけで撃ち落すから意味があんのに、お前なんで見えてんだよ。お前の目は赤外線 センサー内臓か!」
なんなんだ…別に見えるなら見えるで損はないじゃないか。サイン兄は何かをぶつぶつ言いながら、
話を続ける。
「とにかく、勘だけでそんだけできれば合格だ。シュウも面倒だから合格にする。それじゃ…」
そろそろ空も白んできたし、腹も減ってきたから…普通に考えて帰還だよな。うっ…眠気が来た。
俺は大きなあくびをして、目をこする。
「今日の修行は集中力。よし、お前ら地下鉄行くぞ」
「…寝させろよ」
一番先にナオがぼやく。コウは否定こそしなかったが、明らかに休みたそうな雰囲気だった。
サイン兄は、
「若いんだからちっとくらい寝なくたって平気だよ。ほら、これでも食って元気出せ」
と言って、ポケットから何か取り出した。うわ…あの形もしかして…
「若者の中でひそかなブーム……白い丸薬です! ほら、お前ら拍手」
「…………」
どんだけ一部の若者にブームなんだ……
*
「ユアさん、早く早く!」
「は、はいー」
我は今荒々しくグミの手に握られてる。どたばたはいつものことだが、風呂に行くんじゃなかったのか?
なぜ風呂にメイスや槍がいるんだ。
ユアはふすまを傷つけないように、槍を短く持って部屋を飛び出す。立てかけていた壁にはうっすらと霜が残っているが、手のほうは大丈夫なのだろうか。ユア は我の心配など気にもせず、部屋の鍵を閉めて走り出す。すぐさまグミと合流して階段を駆け下りた。
他の客たちは廊下を全力疾走している女二人を見て、目を見開いて驚いていたが、二人は見向きもせずにロビーまで駆け、そのまま出口まで飛び出した。
開け放たれた大きな扉からさわやかな朝の空気が広がり、まばゆい朝日が目を刺す。
「どっちだろう…そんなには遠くに行ってないって聞いたんだけど…」
「灰色のローブですよね?」
二人は息を弾ませながら、相談する。我もさっきから辺りを見回してはいるが、そんな目立つ格好をしった人間はいないようだ。
グミは小さな背を背伸びでごまかしながら探すが、きょろきょろと辺りを見回すだけで見つかってはいないようだ。
「ユアさん、この辺にはもういないみたいだね…ちょっと聞いてみようか」
グミの問いかけにユアは首肯し、グミは手始めに近くでコーヒーを飲んでいた紳士に話しかける。
「あの、この辺りに灰色のローブを着た方が通りませんでしたか? 今急いで追いかけたいんですけど…」
「ヤクザ通りのほうに行ったぞ」
ヤクザ通り…恐らく通称だろうが、一般人にとっては超危険地帯なのだろう。幸運なことにユアとグミの顔はヤクザたちに知れ渡ってるようだから、そいつらに 聞けばらくらく見つけられるだろう。
だが、温泉の水が出なくなった原因はヤクザたちにあるのだろうか。
グミはぺこりとお辞儀してお礼を言う。
「ありがとうございます! あの…どっちでしたっけ?」
つい昨日のことだったのに、もう忘れたのか……。車に乗っていたと言うのもあるが、こんなにも土地勘がないと、シュウがいなかったら大変なことになってい ただろうな。
紳士はコーヒーを味わいながら、ゆっくりと車で通ってきた大通りを指差す。どうやらここをまっすぐ行けばいいようだ。
「助かりました。それでは急ぐのでまた! ユアさん、行こう」
「はい」
二人はお互いに確認しあって、また走り出した。取り残された紳士には悪いが、急いでいるからしょうがない。本当なら我からも一言お礼を言いたいが、コー ヒーを吹き出させるのは気が重かった。
グミたちはわき目も振らず、ただ走る。目指すは温泉!
続く
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