「はう…うわ、お前ら…何人で上がりこんでるんだよ! ここに四人も寝れるわけないだ
ろ」
「こっちはついさっき命狙われたばっかりなんだよ! サイン兄は襲われないように見張っててくれよ!」
「命狙われたってお前ら…なんかやったのか?」
「やってないって! いいからとりあえず、かくまってくれ」
「サインさん、どうやら誰かに雇われたアサシンみたいなんです。この二人の家も危ないかもしれないってことなんで今日だけは…」
「ちっくしょ、アサシン風情が俺の安眠を妨げる気かー!! お前ら、寝ながら戦えよ!」
「……兄貴、そりゃ無理だ」
「うわ、シュウ…それは俺の寝床だ! すでに寝てやがる…どちくしょーーー」
こうして男だけの夜は暮れる…
*
旅館で初めての食事。どれもこれも見たことがない食材ばかりだったけど、おいしくてびっくりした。
あ、そういえば親分さんのアジトでの料理も、ここの旅館の人が作ったんだっけ…おいしいわけだ。
「ごちそうさまでしたー」
私とユアさんはほとんど同時に箸を置いて、顔をあわせる。ユアさんがいてくれるから、シュウがいないことなんて全然気にならない。ユアさんは二人分のお膳
を下げて、私に言った。
「昨日は疲れて眠っちゃいましたけど、今日はちゃんと楽しみましょうね」
言い終えるとユアさんはやさしく笑いかけてくれた。私は昨日眠っちゃったことを思い出して、お礼を言った。
「ユアさん、昨日は毛布かけてくれてありがと。今日はいろんなところに行こうね」
私もユアさんみたいに笑おうとするけど、なんだか上手に笑えなかった。どうしてこんな顔ができるんだろう…私も見習わなきゃ。ユアさんは困った風に返して
きた。
「わたし、この町のことよく知らないんですけど…どうしましょう?」
そういえば私もこの町のこと知らないんだ…シュウだったら、そんなの行ったらわかるって行っちゃうだろうけど、迷子になったら嫌だしなぁ…。あ、そうだ!
旅館といえばあれしかない!
「まず、せっかくだから温泉行こうよ! 昨日は入れなかったし、朝なら貸切かも」
ユアさんは少し考えてから、
「そうですね、名案です」
と言ってくれた。
私は我ながら名案だなと思いながら、今まで見たことのないような大きいお風呂を想像する。旅に出てからゆっくりお風呂に入ることもなくて、シャワーできる
こともあんまりなかったから、たちこめる湯けむりとシャンプーの匂いが懐かしかった。
私は自分のかばんからお風呂セットを探しながら言った。
「すぐ支度するね。タオルはあると思うから、余分なお金だけカウンターに預けるから持っていこ」
しばらく使ってなかったから、なかなか見つからない…確かこの奥に入れたはずなんだけどなぁ。
ユアさんはその間にルームキーを取って、扉のそばに立つ。
「それじゃあ、わたしは鍵閉めますね。楽しみだなぁ」
ユアさんが待ってるから早く見つけなきゃ。
私は私服類を取り出して、さらに奥を探す。よく見ると奥のほうに見慣れたポーチがあった。
すぐさまお風呂セットを取り出して、ユアさんのそばまで行った。
ユアさんは私が出るのを確かめて、部屋の鍵を閉めた。広い廊下を見てユアさんが言う。
「カウンターはあっちですね。行きましょう」
部屋に入ってからすぐ寝ちゃったから、よく覚えてないないけど、あっちから来た気がする。
ま、とりあえず旅館だから迷っても心配ないよね。
私は長い廊下をユアさんと並んで歩いた。しばらくすると最初に入ってきたときの階段が見えてきた。
私は足を踏み外さないように気をつけて、階段を下りていった。
二人でカウンターの前まで歩いていき、女将さんらしき人に話しかけた。
「『かえで』に泊まってるグミというんですが、お金を預かって欲しいんですけど…」
「かえでのグミ様ですね…承りました。こちらにて責任を持ってお預かりします」
あ、私は聞き忘れてた温泉への行き方を付け加える。
「あの、温泉に入りたいんですけど、どっちにあるんですかー?」
私が言った温泉というフレーズに、女将さんの表情が曇る。あれ、温泉が自慢の旅館だったと思ったけど…。
女将さんは本当に申し訳なさそうに言った。
「申し訳ございません。実は朝方から温泉が出なくなってしまい…現在原因の解明を急いでいます…本当に申し訳ありません」
「え〜!?」
私は周りにほかのお客さんがいることも忘れて、大きな声で叫んでしまう。
私はたくさんの視線を感じて小さくお辞儀をし、声を潜めていった。
「あの、温泉が出ないってことは温泉に入れないってことですか? 今日の夜までに直ります?」
女将さんは残念そうに、何度も謝りながら言った。
「そういうことになります。一応偶然ショーワにいらっしゃったエリニア調査隊の方に調査を依頼したのですが、何しろ原因がわかってませんので…いつにな
るかはちょっと」
「ウソ…」
私は足元がガラガラと崩れ落ちた様な感覚に襲われ、絶句する。温泉旅館で温泉に入れないなんて…。
それに私が寝ていなければ、昨日は入れたかもしれないのに…。
私ががっくりと肩を落としてる中、ユアさんが女将さんに質問する。
「その調査隊の人は今どこにいるんですか?」
ユアさんの質問に、女将さんがすぐ答える。
「ついさっきお願いしたばかりなので、まだそう遠くへは行ってらっしゃらないと思いますが…」
ユアさんが今度は私の肩を叩いて、耳打ちした。
「グミさん、わたしたちも協力したら今日の夜には入れるかも知れませんよ」
そ、そうだ。要するに温泉が出なくなった原因を突き止めて、何とかすればいいわけだもんね。
私は気を取り直して言った。
「そうだね…いなくならないうちに追おう」
「はい!」
私とユアさんが行くことを決心して行こうとすると、女将さんが慌てて呼び止める。
「その人の特徴は灰色でゆったりしたローブを着ていました。こちらも全力で原因解明に努めますので…何卒よろしくお願いします」
灰色のローブ…ね。よし、いなくなる前に急ごう。
私は元気よく返事をした。
「はい、それじゃ行ってきます!」
私は回れ右して旅館の出入り口に向かう。たくさんの女将さんに見送られていく中、出口目前で大切なことに気づく。
「ユアさん…」
「どうかしました?」
「私たち、荷物も武器も持ってないよ…」
続く