降り注ぐ無数の鉄。その一つ一つが牙をむいて、俺たち三人めがけて飛来する。
敵の姿は爆発の光で浮かび上がった一瞬だけ見えたが、ナオいわく黒装束に身を包んだ殺しの専門家…アサシンだという。
こてと手裏剣を使用する賊のことを総称してアサシンと呼ぶこともあるが、それとはまったく別物らしい。詳しいことは後で聞こう…飛んでくる手裏剣をどうに
かすることが先決だ。
一つ一つ銃弾で打ち落とす…だめだ、数が多すぎる。避けきれる数でもないとすれば、こいつの出番だ。
「おらぁ!」
俺は避けられそうもない手裏剣だけをバズーカで弾き、それ以外の手裏剣は体をずらして避ける。
だがアサシンどもは次々と手裏剣を投げてくるため、キリがない。
俺は手裏剣の雨をかいくぐりながら、横目で二人を見る。やられていることはないだろうが、コウは軽い鎧で身を守っているものの、ナオは私服だ。当たったら
痛いじゃすまない傷を負うだろう。
「エアスラッシュ!」
なに!? コウは掛け声とともに鋭く斬り払い、空を斬る。空振ったかと思った剣撃は、迫る手裏剣の雨を薙ぎ払った。コウの剣から伸びたように、縦一線の手
裏剣の残骸が落ちた。中にはビル壁まで弾き飛ばされたものもある。
「もっと修行しないと……シュウ、何やってるんだ! 僕のことを見てる場合じゃないだろう!!」
わかってるよ…俺は手裏剣を叩き落し、隙を見てもう一発ボムを投擲する。弧を描いて飛んでいくボムを見た暗殺者たちは、爆発に巻き込まれない程度に身を引
いた。くっ…高いところからの攻撃はあまりにもこちらに不利すぎる。爆風がコンクリートを砕く音がこだまし、俺を含む全員の耳を使用不可能にさせた。痛い
まではいかなくても、防御不可能な音の攻撃に一瞬だけ動きが止まる。
俺とコウは鼓膜の痺れが収まって、次なる攻撃に備えようとするが……絶えず降り注いでいた手裏剣の豪雨はきれいさっぱり晴れていた。逃げたのか…それとも
まさか全員今の攻撃で死んだのか?
爆発の光で一瞬だけ影が見えたが、逃げたようには見えなかったが…
「シュウ、ナオ君はどこに行ったんだ?」
「は?」
俺はコウだけしか見てなかったが…確かにナオがいない! だけど、戦闘の合間にどこに行ったんだ?
俺たちはしばらく探していたが、全然見つからなかった。また面倒だとか言って帰ったのだろうか。
「おーい! シュウ、コウ、こっち手伝ってくれ」
抑揚のない声がビルの上から聞こえ、そちらを見るといつの間にかナオが立っていた。
さっき襲われた瞬間、たしかに一緒にいたはずだが…いつ移動したんだろ。あの猛攻をかいくぐってビルに侵入したのだろうか?
考えても仕方ない、とりあえずナオの待つ場所に移動しよう。
「ビルの中に入るぞ」
俺はコウに伝えて、手裏剣やらナイフやらの散らばった大通りをいろんなものを踏みつけながら、まっすぐ進む。激戦でボロボロになったビル…まぁ、ほとんど
俺のせいだが、大きな外開きの扉が開けっぱなしになっていた。しばらく真っ暗な階段を手探りで上る。何度か躓きそうになったが、何とか耐えた。
階段を上って少しした頃だろうか。湿った空気とさっきまで隠れていた月明かりで、屋上が近いことがわかる。
ついに屋上まで着いた。
三日月をシルエットにナオがたたずんでいた。足元には三人の黒装束が仰向けに倒れている。
俺はナオも見るなり、一番聞きたかったことを真っ先に聞いた。
「ナオ、いつの間にビルに入ったんだよ。それとこいつら…死んでるのか?」
ナオは手にした手裏剣をしまい、口を開く。
「最初に手裏剣投げたくらいに潜入した。方法は企業秘密だ。こいつらは…毒でしびれてもらった。話くらいはできる」
俺は倒れているやつの首筋に指を当て、生きていることを確かめる。コウは汚れた物でも見るように、敵を見下していた。ナオは…ただ人事のように眺めてい
た。夜闇の静寂の中、ナオが最初に口火を切る。
「こいつらをこのまま逃がしたら、また俺たちを狙ってくる」
ナオは口にこそ出さないが、後のことを考えるとこいつらを”始末”しといたほうが得策だと言ってるんだ。そんなことは俺だってわかってる。だけど……グミ
の顔が脳裏に浮かぶ。
「話が聞けるなら、いろいろ聞いておいてもいいだろ」
ナオはどっちでもいいといった感じに承諾し、忘れないように
「こいつらだってこの道のプロだ。口は割らないと思うぞ」
と付け加える。
「最悪の仕事だ…」
コウはそう呟いて、黒装束の顔面すれすれに剣を付きたてた。アサシンは眉一つ動かさす、虚空を眺めている。
俺は大きく息を吐き出して、思いついた疑問を順序良く質問にしていった。
「誰に依頼されたんだ?」
「………」
アサシンは聞こえているのかいないのか、何の反応も示さない。
「なぜ俺たちを狙う?」
「………」
アサシンは黙ったまま何も答えない。
コウはコンクリートに突き立てた剣を抜き、代わりにアサシンの顔面に向ける。
「質問に答えろ。僕たちはお前たち全員を殺すことだってできるんだぞ」
アサシンは激昂したコウを見ても顔色一つ変えずに、ようやく口を開く。
「…俺たちはプロだ。死ぬ覚悟ならとうにできている」
コウは絶句して、剣を引く。アサシンの濁った瞳には何の感情もこもっていなかった。
俺はさっき思いついたのとは別の質問を投げかける。
「どうしてアサシンなんてやってるんだ?」
「人それぞれだ。俺の場合は金。誰が死のうが関係ない」
「………」
暗くて顔色まではわからないが、コウは明らかに怒っているようだった。ナオは相変わらず興味なさそうにこちらを伺ってるだけだったが。
俺はというと……考えていた。アサシンは金のために人を殺す。俺は復讐のためにある人間を殺すつもりだ。だが、結果的にどちらも人を殺すことに違いはな
い。なんだかんだ言っても、俺はいつかこいつらと同類になるんだ。
一人苦悩する俺を知ってか知らずか、ナオが俺の肩を叩いてあることを提案した。
「とりあえず…ここにいてもいいことはない。始末しないなら、こいつらの仲間が来る前に行こう」
俺はアサシンはこいつらだけではなく複数の暗殺者で構成されているということを思い出す。
「そうだな…どこかに身を隠したほうがいいかもしれないな。自宅は知られてるだろうし…どうする?」
ナオもそこまでは考えてなかったようで、う〜んとうなる。だが、そこでコウが言った。
「僕の居場所はやつらに知られてないと思う」
あ、確かにそうだ。というか俺もコウがどこに寝泊りしてるか知らない。
「どこだ?」
俺の素早い切り替えしににコウはいやそうな顔をするがしぶしぶ言った。
「サインさんの店…PT屋だ」
*
……普段より早く目が覚めた。昨日眠りすぎたからだろうが、たまには早起きも悪くない。
我は大体、シュウの抜き撃ちの音か、グミの暴挙…もしくはそれよりも嫌なことで目覚めさせられる。
まぁ、そんなことはどうでもいい。昨日のことで疲れてしまっていたのか、グミもユアもまだまだ目覚める気配はなかった。
「朝食の用意をさせていただきます」
がらがらとふすまが開き、給仕係がせっせと二人分の朝食を用意し始めた。
その音に気づいて、ユアが先に目を開ける。まだ眠そうで、長い髪の毛のあちこちがはねていたが本人はまったく気づいてないらしく、ばっと飛び起きて言っ
た。
「あっ…寝坊しました! お食事の支度ならわたしがやりますので!」
突然のことに驚いた給仕は、慌てて朝飯を死守する。
「お、お客様! これは私の仕事ですので…まだお休みになっておられても…」
「あ…すいません、くせで」
どうやら寝ぼけてたらしく、ユアは何度も何度も頭を下げた。給仕係もいきなり仕事を奪われて、ああ謝られたら、たまったものじゃないだろう。いそいそと
逃げるように帰っていった。
ふすまが閉まるのを確認してから、ユアが我に言う。
「レフェルさん、今の見てましたよね…」
我が起きているのは気づいていたようだ…正直に答えるしかないだろう。
「あ、あぁ」
ユアは頬をほんのり染めて言う。
「今の、みんなには内緒にしてくださいね…約束です」
もとより言いふらすつもりなどなかったが、約束した。
ユアは我が言わないと約束したのを聞くと、安心したように大きく息を吐いて、グミが眠る布団のもとへと歩いてグミにささやいた。
「グミさん、朝ですよー」
「う〜ん……」
グミは寝返りを打っただけで、そのまま寝てる。いつもシュウに起こしてもらってたから、ユアの起こし方じゃ起きられないのだろう。
ユアは何かを少し考えていたが、何かひらめいたようにグミにささやく。
「おいしい朝ごはんが用意されてますよー」
「朝ごはん!」
グミは文字通り飛び起きた。まったく…いつになったら自分から起きられるようになるのだろうか…
続く