ワニを狩り始めてから何分経っただろうか。
俺は太いツタの上でワニの格好の的になってからというもの、常に神経を張り詰めているが、これが結構疲れる。だが、油断してると…バクリだ。
ピチャ…わずかな水の飛沫すらも俺の五感を刺激する。
どうやら、さっきから俺を狙ってるやつらがいるみたいなんだが…警戒してるらしくなかなか襲ってこない。バレバレなところがまた疲れる。
いい加減痺れを切らした俺は濁った水面を睨み、おもむろにソウルブレッドで銃弾を作り出し、リロードする。そして水面に向けて、二発撃ちこんだ。
ギャアアアという金切り声とともに、血を流した一匹のワニが正面から食いついてきた。
怒りと痛みに見境のないワニは恐るるに足らず、俺は冷静にワニの無防備な目玉をポイントし、引き金に手をかける…が、四方からの気配を感じて、とっさに跳 躍する。
その瞬間バズーカに弾かれたように、四匹のワニが食いついてきていた。
だがターゲットである俺は既に宙を舞い、ワニの攻撃は空を切るどころか…互いに噛み合って身動きが取れなくなってしまった。俺は右腕に力を集中してボムを 作り出し、投擲する。
「これでジャスト百匹だ!」
動けない間抜けなワニたちの上に、赤光がまっすぐ伸びて爆発する。
五つのワニ皮が回転して、ツタの上に落ち、俺も一回転してツタの上に着地……うわっ、誰だよこんなところにコケ生やしたヤツ! 派手にコケてしまった。
俺がしたたか打った腰をさすっていると、どこからともなくサイン兄が現れ、
「しまらないヤツだな」
と嫌味を言った。俺は好きでやってるわけじゃないと反論しようかと思ったが、自分が余計惨めになるような気がしてやめておいた。
サイン兄は、落ちていたワニ皮を拾い集め、整理して大きなカゴに入れた。
「シュウ、今まで集めたのも全部入れてくれ」
俺はコートに突っ込んでいたワニ皮を全部投げ込んだ。サイン兄は投げたワニ皮を全部数えていたらしく、最後の百枚目が投げ込まれたときに言った。
「意外にも一番乗りはシュウか…おつかれ」
「一番乗り!? っしゃああああ!」 
まぁ、最初からわかってたけどな。いきなり出遅れたあたりは勝ち目無いかと思ったが…。
「サインさーん」「兄貴ー終わったぞー」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。白い鎧と黒尽くめの影が駆けてくる様子が見えた。
「コウ、ナオ遅いぞー。集めた皮回収だよ、回収」
ナオは手裏剣のようにワニ皮を投擲し、コウはバインダー状のものにきちんと折りたたんで入れていた。
俺はなぜか一緒にやってきた二人に聞く。
「なんでお前ら仲良さげなんだよ?」
「いや、ちょっと危ないところを助けたり、助けられたりで意気投合しちゃってさ。なぁ、コウ」
「ああ。ナオ君には助けられたよ」
「……そうか」
俺は省かれた感に若干の孤独を覚えるが、まぁ別にどうでもいいよな。
サイン兄はそれぞれを一枚一枚数え、俺を含む三人に向かっていった。
「うむ、正直誰か死ぬかもしれないと思ってびくびくしてたんだけど、みんな五体満足でよかった!」
「って、そんなこと考えてたのかよ!」
サイン兄は俺の絶妙な突込みを無視し、さらに続ける。
「まぁ、とにかく見てた感じ、ひやひやさせられる事もあったが、優秀な弟子でよかったと思うよ。シュウはすさまじい成長振りだし、ナオは元よりスバ抜けた 勘のよさ。コウ君も標準以上のシックスセンスで、なおかつ腕が立つ。おまけに皮も集めてくれちゃって…いや、本当に助かったよ」
サイン兄は一人でうんうんと頷いて、ワニ皮の詰まったカゴを眺めてる。何か裏がありそうだが…まぁいいか。サイン兄はカゴを持ち上げて言った。
「じゃあ、皮も集まったし、そろそろ暗いし今日の修行は終わり! 俺はまだ用事があるから、お前ら勝手に解散しろ。明日の朝八時くらいにPT屋集合な」
ワニに集中してて気づかなかったが、確かに辺りは薄暗くなっていた。解散か…あっという間に一日が終わった気がする。
サイン兄は、
「それじゃ俺はこれで消えるとするわ。いい歳して迷子になんなよ」
と言い残して、いつの間にか消えちまったし…帰るか。
「ナオ、コウ…帰ろうぜ」
「あぁ、帰るか」
「呼び捨てにするな」
ナオはどこか嬉しそうに、コウは冷たく返す。
まぁ、コウはどうでもいいとして、それぞれの家に帰ることにした。
男同士で並んで歩くのは気が進まないな…。誰も喋らないのも気まずい。
「なぁ、」
「……シュウ、感じないのか」
俺が話題を切り出そうとしたところに、ナオが割って入る。感じるってなにをだよと突っ込もうと思ったが、コウも剣を抜いているのを見て止めた。ワニのとき のように感覚を研ぎ澄ます。
刹那、食い入るような視線を感じた。俺もバズーカを取り出そうとするが、間に合わない。
保護色でよく見えない…真っ黒な手裏剣が俺めがけて飛んできていた。
俺の代わりにコウが、手裏剣を弾き返す。ナオは手裏剣が飛んできた方向に手裏剣を返し、俺は今やっとバズーカを腕に装着した。
「くそっ、なんなんだよこれは!?」
俺が叫び、遠距離攻撃を持たないコウが、
「いいから手足を狙って撃つんだ。あいつら、威嚇じゃなくて僕たちを殺すつもりで投げてる」
俺はボムをバズーカに突っ込み、力を込めて引き金を引く。
「彗星!!」
俺の放った青い光線は、敵の潜んでいたビルの一角を吹き飛ばす。
ナオは爆炎に照らされた敵の姿を見て、呟く。
「アサシンギルド…」
俺が聞き返す前に、ナオの呟きは手裏剣の雨にかき消された。
*
「ここが旅館だ。話はつけてある…ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございましたぁ」
わたしとグミさんはここまで送ってくれた親分さんと、黒塗りの不思議な乗り物を運転してしてた運転手さんに深くお辞儀する。親分さんは、「旅館に話をつけ てあるからな。なにかあったら遠慮なく呼んでくれ」と胸を叩いて、元のアジトへと帰っていった。
「わぁ…おっきな旅館…」
グミさんは目を輝かせて大きな旅館を見上げている。前のご主人様の屋敷くらい大きい。
わたしはグミさんと手をつないで言った。
「それじゃ、行きましょう」
グミさんはわたしの手を握り返して言った。
「うん。早く部屋に行こ」
わたしとグミさんは並んで旅館に入った。旅館の人全員が「いらっしゃいませー」とお辞儀してくれるけど、なんだか申し訳ない気持ちになったので、案内され た部屋にそそくさと移動した。
部屋に着くなり、わたしはほっと胸をなでおろす。窓の外はもう暗い。
わたしとグミさんの荷物は部屋の隅において、大きな座布団に腰掛けた。
わたしは疲れた様子のグミさんに話しかける。
「それじゃ、疲れたし、早速お風呂にいきましょ…」
「………」
グミさんは何も言わないで、こくんこくんと舟をこいでいた。いろいろあって相当疲れたみたい…。
「眠っちゃったんですね…」
わたしはグミさんに毛布をかけて寝かせてあげ、放ってあった槍をレフェルと槍を隣り合わせに壁に立てかけた。
「早く名前付けてあげないとね…あっ、レフェルさん」
レフェルさんは無愛想に言葉を返す。
「何だ」
「なんか、この槍シュウさんに似てません?」
「………いや」
「あら、そうですか」
ちょっと似てると思ったんだけどなぁ。武器同士わかるところがあるのかなと思って並べてみたんだけど、槍の方は何も喋らないし…。もしかしてわたしにしか 伝わらないのかな。
すーすーと寝息を立てるグミさんは寝言を言った。
「しゅう…」
「グミさん、やっぱりシュウさんのことが…。シュウさん、今頃怪我したりしてないといいけど…」
わたしは複雑な気持ちの中、お風呂に入るのは明日にして、いつかのときのように座布団の上に丸まって目を閉じた。
続く
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