…ざわ…ざわざわ…
ガタン! どこかでなにかが落ちる音。
「コラァ! 詰められてぇのかぁ!!」
「ヒィィィィ! すいやせんー」
私はあんまり大きな声に驚いて、体をびくっとしてしまう。
声のした方を見ると、ボーズの男がサングラスの人に怒鳴られていた。怒られてる人も怒ってる人も傷だらけですっごく怖い顔をしている…。
…怖い…怖すぎる。ここ、なんなのよ…。
「ボソボソ…」
「ガヤガヤ…」
お屋敷の中にいる男の人たちは、私たちを見てなにか言い合ってるけど、竜さんとユアさんは気にせずに堂々と歩いていった。私はユアさんの後ろを怖々と付い
て行っているだけだった。
どうしてこんな視線の中で胸を張って歩けるんだろう…。
長い廊下をカッカッという靴音が響いていた。
「もう少しだ」
竜さんが歩きながら言う。もう少しって…さっきからしばらく廊下を歩いてる気がするんだけど、気のせいだよね。ユアさんが私のほうに振り返って言った。
「グミさん、奥からいい匂いがしますね」
「え?」
全然匂いなんてしないと思うんだけど…。
私はよくわからないまま、しばらく竜さんたちに続いて歩いた。
しばらくずっと同じ廊下で、まるで進んでないみたいだったけどようやく奥のお部屋が見えてきた。
「わぁ…」
私はあまりの情景に感嘆の声を漏らしてしまう。広くて、豪華で、何よりも目を引いたのは赤いソファーの前に並んだおいしそうな料理だったけど…とにかくす
ごくてお城みたいだった。
私が目を丸くして、辺りを眺めてるうちに、ユアさんが背負っていた人をそっと別のソファーに降ろした。
竜さんはユアさんに礼をして、
「適当に腰掛けてくれ」
と言った。ユアさんは竜さんの隣に腰掛けて、私もその隣に腰掛ける。
目の前に大量ついさっき食べたばっかりなのに、ぐぅとおなかがなった。食べたことはないけど、匂いだけで十分おいしいってわかるくらい。
「グミさん、よだれが…」
知らない間によだれ出てた…あわてて飲み込む。竜さんは、ちょっとだけ笑って言った。
「食べていいぞ」
「いただきまーす」
私は竜さんの声が聞こえたと同時にフォークとナイフを取った。ユアさんもスプーンでスープをすくう。
料理を口に入れた瞬間、おいしさのあまり叫んでいた。
「おいしいー!」
「こ、こんなの食べたことないです…」
竜さんはサングラス越しに笑って言った。
「それはよかった。こんなもんじゃ足りないかもしれないが、あいつのことは本当に感謝してる。ありがとう」
私は口がいっぱいで答えられなかったので、ユアさんが答える。
「いえいえ…それよりもいくつか質問したいことがあるんですけど、いいですか?」
なんだろ…質問したいことって。
「答えられることなら何でも答えよう」
ユアさんは、もう一つのソファーのほうを見て、言った。
「あなたもそうですけど…あの人はどうしてあんな怪我を?」
そういえばそうだ。竜さんも足を引きずっているし、あっちの人…名前忘れたけど、あの人なんて、今にも死にそうだった。
竜さんは、嫌なことを思い出したようで「ちっ」と舌打ちする。
「カニングでケンカしてたら訳のわからない二人が現れてな…まず、そいつらに毒を盛られた」
毒のせいで足取りがおぼつかなかったんだ…。毒を使うなんてずるいやつ!
竜さんは、話を続ける。
「まぁ、それは相手が雑魚だったから、特に問題なかったんだが……その後に現れた賊が、虎次を人質にとりやがった」
今度は人質!? 卑劣だわ…。さっきから正々堂々戦わないでずるいことばっかり
「それってどんな人たちだったんですか?」
とユアさんが聞く。竜さんは、
「三人いたんだが、二人は黒ずくめでよくわかんなかった。でも一人だけはいろんな意味でよく覚えてるぞ。青い髪で角みたいにとがってた」
「うっ…げほげほ」
私は驚いてむせてしまう。そんな髪がたしたやつ一人しか知らないもの。
「大丈夫か……。まぁとにかく、そういうわけだ。俺があいつらのことを追わないという条件を飲んだんだが、黒いやつは虎を放すときに首を掻き切りやがっ
た」
「酷い人もいるんですねぇ…」
ユアさんは、スープを飲みながら平然と答える。演技力がすごいんだろうか…それとも天然でああ答えたのかな…。
竜さんは、大きな肉をほおばりながら答える。
「まったくだ。だが、あいつらかなり腕が立ったな…子分たちじゃ太刀打ちできなかった」
さすがシュウ…とナオさんかな。でも、竜さんはあの二人よりもずっと強いんだ……。もしかして、ナオさんが死にそうだったのも、どっちかがやったのか
な…。
私がいろいろと考えてるうちに、ユアさんが質問する。
「えっともうひとつ質問なんですけど、あなたたちはどういう人なんですか?」
そういえば、私たち竜さんのこと何も知らないで着いてきちゃったんだ。もしも、竜さんたちが悪い人だったら…いや、見た目は十分怖いんだけど…とにかく、
悪い人そうじゃなくてよかった…。
竜さんは今思い出したようなそぶりで、答えてくれる。
「言い遅れたな…俺らはここいら一体を仕切ってる竜虎組のもんだ。ここは俺らのアジトで、ショーワの中心に位置する場所で…金融、映画、パチンコ、温泉な
んかもここの組織の一部だ」
「え、温泉も!?」
「そうだ…今食ってるこれも旅館の板前に用意させた」
すごすぎる…なにからなにまで、竜さんたちの組が仕切ってるんだ。
ユアさんもびっくりしたようで、口に手をやっている。
「わたしたち、もともと温泉に行く予定だったんです…そこにあなたたちが現れて…」
「おぉ、そりゃ悪いことをしたな…どこの温泉なんだ?」
「これなんですけど」
私はかばんの中から、二枚の無料券を取り出して見せる。竜さんはそれを見るとすぐに言った。
「俺らの経営してるところだな、連絡しておくから何日でも泊まってってくれ」
「えっ、いいんですか!?」
「当然だ」
ユアさんは、またびっくりしてたみたいだけど、私はやったー! と心の中で叫んでいた。だって、好きなだけってことはタダってことだよね。
竜さんは喜ぶ私を見てから、聞いてきた。
「喜んでくれて結構なんだが…その子とあんたはどういう関係なんだ? 姉妹にも冒険者にも見えないんだが……」
竜さんとフォークを手にしたままの私の目が合う。その子って…やっぱり私のことだよね?
ユアさんが私に代わって答える。
「グミさんはですね、わたしたちのPTの大切な仲間です。くれりっくって職業で、どんな傷も治せるんですよ」
さすがユアさん。私のことをよくわかってくれてる。シュウだったら戦力外とか彼女とかわけわかんないこというに違いない。
竜さんは相当驚いた様子で答えた。
「あぁ、そうか…虎を治してくれたのは君だったのか。見た目で判断して悪かったな」
私はまだ口がいっぱいだったので、笑顔で答えた。
そのとき……穏やかだったユアさんの顔が急変した。白い手は反射的に槍を握っている。
なにがあったんだろう…よくわからないながらも私もフォークをテーブルに置いた。
ユアさんは竜さんに言った。
「何が来るんですか……答えてください」
竜さんは落ち着き払って言った。
「俺らのボスだ」
続く