長いことカニングに住んで何とかしのぎを削ってきたが…こんなところがあったとは知らな
かった。
臭い下水が何であんなふうにふたもしないで放置されてたのはこんな秘密があったんだな。
下水道の奥を少し歩くと、サイン兄の言ったとおり広大な沼地が広がっていた。
沼の上には曲がりくねった太いツルのような木が張り巡らされていて、巨大なジャングルジムのようだった。
「どうだ! ワニさんのユートピアだって言っただろ?」
サイン兄が後ろから声をかける。信じてなかったけど、本当だったんだな。
ナオとコウも信じてなかったようで、かなり驚いているようだ。
サイン兄は得意そうに言う。
「よ〜し、ここ…ワニさんの楽園に来た理由はただひとつ。ワニを狩って強くなる…それだけだ!」
うわ、修行って言うからにはもっと制限付きの戦いとか、特殊な技術の訓練かと思ったが…ただの狩りか。少し拍子抜けだな。
さっきから辺りを見回していたコウがサイン兄に質問する。
「さっきから小さな蛇とスライムはいっぱいいるんですが…そのワニっていうのはどういったモンスターですか?」
コウはワニを知らないらしい。まぁペリオンにワニはいないだろうから、知ってても意味がないんだろう。
俺もあんま覚えてないが、ガッコでやった授業によると「沼地に住む、大型のは虫類。性格は凶暴で強力な顎を持ち、肉食で人間も食す」みたいな感じだったと
思う。
実物は見たことないけどな。そして、今も探しているが……コウが聞いたとおり、ワニらしきモンスターはぜんぜん見当たらなかった。目に入るのはどこぞで大
量虐殺した緑のモンスターばっかりだった。
ナオも、サイン兄に言う。
「ワニってアリゲイターのことだよな。スクールでワニの授業があった日に一度ここに来たんだけど……そのときもいなかったぞ」
俺には知らせずにこっそり行ったのか……その日に耳にたこができるほど先公が下水道には近づくなって言ってた気がしたな。…バイトでそれどころじゃなかっ
たけど。
サイン兄は二人の質問に同時に答える。
「ワニっていうのはナオの言うとおりアリゲイターというモンスターだ。でかくて、力が強いから力比べにももってこいだし、スピードも見かけによらず速いん
だ」
全然答えになってない。その凶暴なアリゲイターはどこにいるんだ?
サイン兄は一呼吸置いてから言う。
「ワニさんがいないのはお昼寝の時間かなんかなんだろう。ふぁ〜あ…俺らも、ちょっと休むか」
サイン兄は大きなあくびをして、適度な木に横になって寝だした。周りにはスライムやら蛇やらもいるってのに、まったく無防備な姿をさらしている。なに考え
てるんだ……
「お前らも適当に休んでていいぞー」
サイン兄がまた大きなあくびをする。その瞬間…ザバッという大きな音がしてサイン兄の背後で水しぶきが上がった。
「サイン!!」
いち早く察知したナオが警告を発する。だがときすでに遅く…頭に巨大なトカゲが食らいついていた。
鋭い牙の間から、赤い血がどくどくとあふれだしている。このままじゃまず助からない……俺は素早く拳銃を抜き、感情のないワニの目玉をポイントする。しか
し、サイン兄の頭が入ってる頭を撃ったら…。
俺がコンマ数秒戸惑ってる間にコウが剣をワニの背中に突き立て、ナオが真っ黒に染まった手裏剣を投擲していた。俺も遅れて二つの目玉に銃弾をぶち込む。
「グゥオ!」
ワニはサイン兄の頭を加えたまま鋭い断末魔を放ち、絶命した。
ワニが霞となって消える中、血だらけになったサイン兄の頭が覗く。サイン兄はぐったりと横になったまま動かなかった。
「大丈夫か!?」
俺を含む3人がサイン兄のもとに駆け寄り、横になったままだったサイン兄の様子を見る。
俺たちが傷の具合を確認しようと仰向けにしようとすると…
「もまいら、おしぇえぞ!! ひぬかとほもっは!!」
なんと、サイン兄は口に大型のサバイバルナイフ、右手にいつものナイフを持って怒鳴っていた。
頭を噛まれてたんじゃなくて、ちゃんと守ってたのか…撃たなくてよかった。
サイン兄は口にくわえたナイフをさやに戻し、言った。
「まぁ、こんな風にワニはちゃんといるから。かなり凶暴だが、そんなに強くないから…そうだな、一人あたり百匹狩って、この」
サイン兄はいつの間にか落ちていたギザギザした緑色の物を拾って見せる。
「昆布みたいなワニ皮を百枚集めてくれ。俺はここで待ってるから、奥行って狩って来い。足滑らして沼に落ちたら即死だから、気をつけろよ〜」
サイン兄はにこやかに手を振っている…。即死っておい、本当に危険じゃねえか!
俺がいつ迫るかわからない危険に備えて、ソウルブレッドで銃弾を装填している間にコウが嬉しそうにつぶやく。
「これは修行になりそうだ…」
ナオもほぼ同時につぶやく。
「やっぱり帰ればよかった…」
どちらも性格がよく出てる。言ってることは対称的だがやってることは同じだった。
武器の準備…全員戦闘態勢になる。
よし、ここは俺も一発…
「お前らには絶対負けないからな! 誰が一番最初に戻ってくるか…勝負だ!!」
……。
俺の啖呵は沼地にむなしく響いただけで、既にコウの姿もナオの姿も見えなかった…
続く