「僕は冒険者を引退してからというもの、もう20年もここに住んでいる。その間に旅立った16歳の子は10人ほどいるんだが。その中の半分以上は決意を揺 るがさないためにと誰にも別れを告げずに深夜や早朝に村を飛び出していったんだ。そして私たちは君もその例からもれることなく、私たちに何も告げずに出て 行くだろうとそうふんだんだよ」
そういえば昔はお兄ちゃんがいたっけ…何人かとはお別れパーティをしたコトは覚えてるけど…
「彼らは『この村はとても小さいから、もっと広い世界が見たい』と思ったのかもしれない。それに村の掟もあるしね…だが私たち引退者も、若い子たちがどん どん旅立っていくことを少なからず寂しく思っていた。あの日君が私のところにやってきたとき神様の心遣いに心から感謝した。あの日の早朝に愛する我が息子 が旅立って行ったからだ。その頃、引退した私の生きがいは、息子に自分の持ちうる全ての技術を教え、立派な弓使いになってもらうことだった。幸い息子には 才能が有り、今ではきっと立派にやっているだろうと思う。だがあの時息子が出て行ったことで私は完全に打ちのめされていた…生きるための目標を失ったも同 然だった。何をすればいいのか、これからどうすればいいのか…一人思い悩んでいた時に君はやってきた。血だらけで酷い格好だったが、私には白い羽を宿した 天使同然だった。たとえあの魔導師が君のことを放置していても、連れて行こうとしても私の元において欲しいと頼んだだろう…」
彼の独白は続く。
「そして君は僕と共に生活することを選んでくれた。その日から僕にとって君が…君を育てることが生きる目標になっていたんだ。毎日が幸福だった。この子の ためなら死んでもいいと思うことに時間はそうかからなかった…」
 ゼフおじさんは泣いていた。息子との別れを思い出しているのだろうか…それとも私のことを…ゼフおじさんは涙を拭き、顔つきを変えて言った。
「グミ、僕は誰も失いたくない。村の皆も同じ気持ちなんだ。君がうんと言ってくれれば、村の掟なんて関係ない。そんなものクソくらえだ! どうだ…村に残 る気はないかい?」
私は自分の感じていた以上に愛されていたようだった。確かに村は好きだし、誰とも別れたくはない。でもここにいたら一生先には進めない気がする…
優柔不断な自分の性格を呪う。銀の十字架が私の手に触れる…そうだ…私は復讐しなければならない。そうでもしないと私のために命を捨てた両親が死んでも死 にきれない…
「私…村の皆は大好き! この村も、ここから見える景色も…でも…でも…」
声が震える。胸の奥から突き上げてくる気持ちを抑えるだけで精一杯だった。でも言わなくてはいけない…
「私はパパやママを奪ったあいつを許すわけには行かない! 私は旅に出るわ…」ほとんど言葉にならなかったけどゼフおじさんには十分伝わったようだった。
「君ならそういうと思ってたよ。みんな隠れてないで出てきてくれ」
それぞれの家から村の人が出てくる。みんなとっくに起きていたようだ…私のためだけに…
「誕生祝も兼ねたお別れパーティーになったみたいだが、村の皆からプレゼントがある。まず僕からだ」
そういって、小さな箱とカードを私に渡す。箱の中身は小さな星型のイヤリングだった。このカードは何だろう? 見たことがなかった。
「それには特殊な魔法がかけてあって、持ち主の能力を高めるんだ。私が使っていたものだけど使ってくれ。カードは大陸にいるゴールドマンと言う人に見せる といい」
村の皆も次々に声を上げる。
「グミちゃんのために私が作った防具だよ。これを着てたら魔物の攻撃なんてヘッチャラだよ…」
防具屋のおばちゃん…顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったけど、言ったことは全部理解できた。というより手渡されたものに、私はびっくりしていた。それはい つも村の防具屋の前に並べていたもので、バトルドレスという戦闘用の服だった。色は黒、防御力に見合わないほどの軽さで、確か目玉が飛び出るほどの値段 だったと思う。
「この前偶然出来たんだが、エリクサーといってな。ものすごい回復力のある薬らしいぞ」
ちょっと変わった薬剤師さん。エリクサーといった、これも量産することの出来ない高級な薬だ…こんなものを偶然にでも作ってしまうなんて実はすごいんじゃ ないかなと思う。
「結局告白するタイミングを逃しちゃったな…はいこれ…」
手作りと思われるクッキーだった。その後もプレゼントはどんどん増えていく…けれど、シゲじいと師匠の姿は見えなかった。寂しくて顔を合わせられないのか もしれない。私は精一杯、感謝の言葉を口にする。
「みんな…本当にありがとう…私いつか絶対ここに戻ってくる…! そのときまで…待っててね」
ほとんど声にはならなかったかもしれない…涙が止まらなかった。絶対泣かないって決めてたのに…「冒険がつらくて仕方なくなった時や、どうしようもなく なったとき…きっとここに戻っておいで。みんな待ってる」
誰もが涙を浮かべている中、ゼフおじさんが、力強い声でそう言ってくれた。私はバトルドレスに着替え、貰ったものを思い出と共に全てリュックの中に詰め込 んだ。
「それじゃあ…今までどうもありがとう! いつか…いつか帰ってくるときまで、私のコト覚えててよね!」
言ったと同時に村の出入り口まで走る。もう振り返らない! 全力疾走で村の出口まで駆ける。だけど村の出口には、2つの人影が立ちふさがるようにして立っ ていた。
「わしらには別れの言葉もなしか? 寂しいのぅ…」
「やはり出て行くのか。お前ならそう決断すると思っていた」
シゲじい、師匠……二人とも仲が悪いくせに私のことを待っててくれたんだ。またちょっと涙が出る。
「わしからのプレゼントじゃ。ほれ!」
まさか歌? と思って少し覚悟したのだが、渡されたのは小さな本だった。
「わしが出会った魔物のことをわしなりに分析して書き込んだ本じゃ。わしにはどうせもう必要のない本じゃし、わしのPTじゃった賊が絵が上手だったから、 イラストもついてて分かりやすいじゃろ」
パラパラとめくると知らない魔物がいっぱい載っている。メイプルキノコ…うわそっくり。何て実用的なものをくれるんだろ…
「誕生日に渡すといった相棒だ。名前はレフェルという。偉そうやつだが、仲良くやってくれ」
渡されたのは今まで見たことも無い形をした…というか、かなりまがまがしい形をしているメイスだった。黒く、龍の骨が巻きついている感じの柄、龍の口の上 には私の顔より少し小さい鉄球がのっている。とても重そうに見えるが練習用メイスよりも少し軽かった。
「それは基本的にはメイスと同じように使えばいい。だがこういう風に使うこともできる」
師匠はそれを私から取り上げると龍の口を下に向ける。
「ジャラジャラジャラ」
竜の口の中からあまり長くない鎖が、まるで舌のように伸びてくる。
「モーニングスターというものだ。こう…振り回したり、鉄球を叩きつけたりするんだが、メイスよりも遠く離れた敵にも攻撃することが出来る」
そういって師匠がメイスを一振りすると近くにあった岩が粉々に吹き飛んだ。すご…
「扱いに慣れるには時間がかかるかもしれないが、こいつの言うことをよく聞けば簡単だと思う」
ん? いまなにか変なこと言ってた気が…・こいつの言うこと?
「お前が新しい主人か? 我が名はレフェル、お前弱そうだな…」
落ち着いた声が聞こえる…ってメイスの中から!????
「こいつは俺が見つけたときから生きて喋っていた。理由はよく分からないがどうやら名のある魔法使いに閉じ込められたらしい」
…なんだって? 生きてるメイス? そんなもの渡すか普通…でもとりあえずお礼を言わなきゃ。
「シゲじい! 師匠! 今までどうもありがとうございました! 私グミはこれより大陸で冒険してきます!!」
「言って来い。俺を超えるまで帰ってこなくてもいいぞ」「グミちゃんが帰ってくるまでは死ねないのぅ」
…二人とも別れ際に何てことを言うんだ…
「必ず戻ってきます!シゲじい、ポーラ師匠! じゃあね」
二人に背を向けて私は走り出す。二人の姿がどんどん遠くなっていく。目指すは港町サウスペリ!
「グミのやつ…どこであれを聞いたんだ」
師匠はちらりとシゲじいを見る。
「ふぉっふぉっふぉ…誰じゃろうね?」
間違いなくこいつだと思ったが、今だけは喧嘩するのを止めておこう。弟子の門出の時ぐらいは。
*
「気持ち悪いから、ちゃんと柄掴んでくれ!」
メイスに痛いとかそういうのあるのか? などと思いつつ
「レフェル、私の相棒としてこれからよろしくねー」
「お前の言うことは絶対聞かないからな!」
かなり不機嫌そうに言う。生意気だけど悪いやつじゃなさそうだ。きっとこれからも頑張れる…潮の香りもしてきたし、港町はすぐそこだ!
続く 
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