ぴぴぴっ。
賑やかだった二人の会話に呼び出し音が混じり、会話が一瞬途切れる。
音はグミのカバンの中から。グミは手にしたソース味のするなにかをベンチに置き、音の主であるカード状のものを取り出す。見ると、シュウから何か連絡が あったようだ。
「ねぇねぇ、これ見て!」
グミが目を大きく開いて、カードを我とユアに突きつける。近過ぎて見えやしない。
「グミ、見えないからもうちょっと後ろに…」
「レフェルは見なくていいよ」
酷い、あまりに酷だ…。なんだか、だんだんと我の扱いがぞんざいになってる気がする。
グミが我に酷いのを見かねて、ユアがとりなしてくれた。ユアがゆっくりとカードに浮かび上がる文章を読み上げる。
「えぇと…ちくしょう、おれもいきたかったな。それよりきいてくれ。しゅぎょうしてたら、こうがいたぞ…何ですか? そのコウって…」
そういえば、コウと別れた後にユアと会ったんだった。一度見たとか言ってた気もしないではないが、説明したほうが早いだろう。
「コウっていうのは、」
「コウさんはね。ペリオンのPT屋さんで紹介された戦士のことで、シュウとケンカしたりしてたけどいい人だよ」
何なんだこの仕打ちは。まぁ、いい…全てグミが説明してくれたから、手間が省けた。
ユアは、「ああ!」と声に出して言い、広げた手のひらにぽんとコブシを落として、思い出したように言う。
「あの戦士転職所で会った人ですね。確かあの人にもラーメンかけちゃった気が…まだ怒ってるかな」
ユアは目の前に本人がいるわけでもないのに、すまなそうに言う。
コウに限ってそんなことをいつまでも根に持ってることはないと思うが、もし会うことがあれば、後でもう一度謝っておいたほうがよさそうだな。それでユアの 気分も晴れるだろう。
グミは明るく、
「そんなことないよ」
と言い、シュウにメッセージを返そうとマイクに顔を近づけるが、とあることのせいでメッセージを中断せざるをえなかった。何が起こったかというと…全ては 問題の彼が発した一言でわかることだろう。彼は汗だくで顔を引きつらせながら言った。
「け、拳銃を持ったヤクザと血だらけのヤクザがこっちに来るYO! みんな、お店をたたんですぐに逃げるんDA」
なぜところどころで無駄に韻を踏むのか理解できないが、話の内容によるとどうやら危険な人間がこちらに迫ってきているようだった。汗だくの男をよく見ると 腰に挿した刀と伝統的なジパングの服装からして、巨大な鳥から降りて最初に会った武士のようだ。今じゃ、最初に見た落ち着きやその他風格といったものは消 し飛んでしまっているが。
しかし、話に出てきた拳銃と血…聞く限り最悪の組み合わせ…まっさきに連想されるものは回避不可能な死だ。これは相当やばいかもしれない。
最初は半信半疑で馬鹿にしていた出店の人間たちも、一歩一歩迫る圧倒的な存在感の前に商品をほっぽり出して、各々四方に逃げ出した。中にはあまりの恐怖に 足が動かず、営業スマイルのまま立ち尽くしているものや、体を丸めて震えているものまでいた。
ここからでは相手の姿はよく見えないが、ひしひしとした威圧感が空気を震わせていた。
我は、初めてのことにどうしていいかわからない様子グミと、知らずに表情を硬くして槍を握り締めているユアに指示を出す。
「危ない予感がする。今すぐここから逃げろ!」
「う、うん…」
グミは軽く頷き、残った焼きそばを掻き込む。こんな状況でも食うのか……。
「ユアも早く…」
ユアは我の忠告を聞いていないのか、槍を構えたまま動く気配すらない。ユアは遠くを見据えながら、ぼそりと言った。
「ひどい出血……返り血なんかじゃない」
「もぐ…え?」
逃げる用意をしていたグミが振り返る。その間にも鬼気迫る気配は近づいてきていた。
顔まではわからないが、なんとなく男だということはわかった。
ユアは状況を飲み込めずにいるグミに説明する間を惜しんで、グミの袖を引いた。それに乗じて我も宙に浮く。
「グミさん、急がないと大変なことになります。さぁ早く!」
ユアには見えているのだろうが、我とグミにはその男が大変そうには見えない。どちらかというと、逃げないでいる我らのほうが大変なのではないだろうかと思 うくらいだ。
ユアは言い終えると、グミの返事も聞かずに強烈な威圧感の中に飛び込んでいった。
引っ張られたままグミが言う。
「ゆ、ユアさん…こっちなんか怖い…」
「ほら、あの人の後ろの人!」
ユアが指差した方向には、サングラスをかけたガラの悪い男が歩いてきている。左手には拳銃、右手は背中に回していた。何かを背負ってるのだろうか。
「女、どけ。どかないと殺すぞ」
ガラの悪い男は手にした拳銃をこちらへと向ける。その銃がどれほどの威力を持つのかわからないが、この至近距離ではかわせそうもない。グミも拳銃を見て戦 闘体制に入ってはいるが、どう見ても怯えているようだった。
ユアは凛とした顔つきで言う。
「どきません。それに…わたしたちが逃げたら、死ぬのはあなたの背負ってる人です」
男の背に隠れてよく見えないが、誰かを背負ってるらしい。
「お前らには関係ない。後三秒待ってもどかなかったら、脳漿ぶちまけてでも行く。3…」
男は拳銃の引き金に手をかける。
ユアは男の言葉を聞いても、臆せず進んでいった。さすがにグミは足がすくんで動けずにいるようだ。
「2…」
ユアの足は止まらない。
「1…」
男の人差し指に力がこもる。銃口が狙っているのは真っ直ぐユアの顔だった。
「0…!」
ズドンという破裂音とともに吐き出された弾丸。しかし、その弾が向かった先は何もない空だった。
「な…」
サングラス越しに覗く何が起こったかわからないといった様子の目。ガラの悪い男はわざとはずして撃ったわけじゃないようだった。しかも、さっきまでそこに たユアの姿が消えていた。
「あなたも具合が悪いみたいですね…遅すぎます」
気がつくとなぜか足を高く上げたユアが、男の前に立っていた。数秒のうちに間合いを詰め、引き金を引く瞬間に拳銃を持った手を蹴り上げたのか!?
「くっ…」
男は拳銃を握りなおそうとするが、手首に強烈な痛みを感じたのか拳銃を取り落とした。
ユアはいつかのぼろぼろの果物ナイフを男に突きつけて言った。
「誰も傷つけたくないんです。背中の人の傷を見せてください」
ガラの悪い男は、壊れ物を扱うように背負った人間をそっと地面に寝かせた。地面に横たわる人は、血だらけで血の気がなかった。もう、死んでしまっているの ではないだろうか……。
「グミさん、傷の手当てを!」
グミは一瞬何が起こったのかわからずに呆然としていたが、酷い怪我をを見てあわてて走り出す。
グミは我を首の傷口にかざし、精神を集中する。
「お願い、間に合って…ヒール!」
見慣れた淡い光もナオのときとは違い、まばゆい輝きを放っていた。回復は瞬時に行われ、失われた血は戻らないものの、どうやら一命は取り留めたようだっ た。
初めてみた魔法に、ガラの悪い男は目を見開いて驚く。
「おい、傷が…治ったのか? こいつは死ななくて済むのか?」
「もう怪我は大丈夫だから、安静にしてたら元気になると思うよ。おじさん、よかったね」
「……」
おじさんと呼ばれた男は黙り込む。サングラスの奥で何かが光ったのが見えた。
「助かってよかった…それじゃわたしたちはこれで」
ユアは傷ついた男が助かったのを見て、帰ろうとする。だが、それまで黙っていたガラの悪い男が、口を開いた。
「待ってくれ…こいつを助けてくれたこと有難う。名は?」
「わたしはユア。傷を癒してくれたのは…」
「グミです」
ガラの悪い男は、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら言った。
「竜を助けてくれて、どう感謝したらいいのかわかんねえ。お前らがよかったらだが、俺らのアジトに招待されないか」
竜というのは、怪我人の名前だろうか。どうやら、我らは招待されたらしい。我は人数に数えられてはいないだろうが。
ユアはグミに耳打ちする。
「どうしましょう…」
「怖いことされないかな…」
「それはないと思いますけど…」
「う〜ん……」
全然話は決まらないようだった。男は残念そうに呟く。
「こいつの命の恩人だ。すごいご馳走を用意させて歓迎するつもりだったが…」
さっきまで悩んでたグミの目つきが変わる。
「行きます」
なにい!?
*
その頃シュウたちはというと…
「……おい、まさかこの中で修行すんのか」
「ん、そうだけど?」
「ここ下水だろ…?」
「何言ってんだよ」
「サインさん、ここはどうみても下水では…」
「コウくんまで俺を疑うのか…いいか、この奥はな」
「ワニさんのユートピアだ」
続く
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