「え? 一緒に行けないってどういうこと?」
寝ぼけまなこのままグミが聞いてくる。立場がないから、そんな目でみつめないでくれ…。
時刻はもう昼過ぎを回っている。最初に目覚めたのは俺だったが、ナオ、ユア、レフェルの順に目を覚まし、グミもついさっき「おなかすいたー」と目を覚まし てきたのだった。
そこで、意識がはっきりする前に例の話…しばらく修行することをグミに告げたわけだが…
この通り、かなりの難色を示している。まぁ確かに、一時的にとはいえ俺はボディーガードとしての役割を果たせないわけだし、俺が抜けると戦力ダウンになる のは明らかだからな。
さて、どうしようか。ここはナオにも助けを求めてみよう。
「ナオ、お前からも説明してやってくれ」
ナオははにかんだように笑って言った。
「グミさん、今朝は俺のためにありがとう。普通の女の子かと思ってたからすごくびっくりしたよ」
ええええ…そうじゃないだろ! もっとほら、いつもみたいに冷静なあしらい方とか、気の利いたことでも言うとか、もっと空気読んでくれよ!
「今にも死にそうですごく心配したんだけど……元気になってよかった」
グミはナオの顔を見て、少し頬を赤らめる。見つめ合う二人。おい、ちょっと待て…話がずれすぎてる。
「ユア、グミを説得するの手伝ってくれ。頼む、ナオは役にたたなそうなんだ」
俺は和やかなムードの二人から、無理やり目をそらし頭を下げる。するとユアは、
「シュウさんがもっと強くなりたいって言うんなら……いいんじゃないですか? シュウさんがいなくても、私とグミさんで何とかなると思いますし」
ユア、適切な助言ありがとう。でも少し…いや、かなり傷ついたよ。そんなナイーブな俺にレフェルが更なる追い討ちをかける。
「別にどこかに行くわけでもないしな。我らはゆっくり骨休めするか、情報でも集めてるからな。なんなら一ヶ月くらい修行したらどうだ?」
おいおい、俺ってこんなにも必要とされてなかったのか…いくらなんでもあんまりだ。
俺が悲嘆にくれていると、ぼけっとしていたグミがようやく口を開く。
「よくわかんないけど……朝ごはん食べに行かない?」
もう昼だよ、グミ。
*
とりあえず、俺たちはナオの部屋をあとにして、グミには黙ってPT屋へ向かうことにした。どうせ話したところで、やることは同じだが。
「シュウ、まだ着かないの?」
眠い目をこすりながら、グミが問いかける。そういえば、昨日夜中に無理やり起こして、疲れ果てるまでヒールしたんだから、眠いだろうな。
俺はグミに悟られないように、曖昧に返事をする。
「ン、もうすぐつくよ。何なら、おぶっていこうか」
「また変なこと考えてんでしょ…ふぁ〜あ。なに食べよっかなー」
ふう…何とかごまかせたみたいだ。もうすぐ、PT屋も見えてくることだろう。
そういえば、ナオからは何も聞いてないが、あいつは修行するってことでよかったんだろうか?
まぁ、別に旅してるわけじゃないし、ギルドに所属してるわけでもなかったはずだけど…
ん、ギルドにはいってないか…。ナオなら結構強いし、あとで誘ってみてもいいかな。
唐突にナオが口を開く。
「そういや、俺ってどうやって助かったんだ? ヤクザから血が出て…そこから覚えてない。お前のメモにはあとで説明するって書いてたけど」
そういえば説明してなかったな。これから、助けてくれた張本人に会うわけだしかいつまんで話しておくか。
「えっと、実は…サイン兄がどこからともなく現れて、刀ヤクザの首を掻き切った。死にはしなかったけど、まったく容赦なかったよ。まぁ、それを見て、拳銃 ヤクザのほうもキレた訳だけど、サイン兄のが息も絶え絶えな刀ヤクザの心臓にナイフを当てて、『一歩でも動いたらグサリだから。まぁ、動いたら動いたで削 り殺すけど』って言ったら黙って、拳銃を捨てた。『このままだと死んじまう。危害は加えないから、応急処置させてくれ』ってさ」
ナオは普段通り振舞うが、興味深そうに聞いているのはすぐに分かった。
「それで、サイン兄貴は何て言ったんだ?」
「『うちの前で騒がないことと、俺に復讐しないことを誓ったらいいよ。別にこいつらには復讐してもいいからさ。ヤクザなんだから約束は守れよな』って。そ う言ったら、わかったって、俺のすぐ隣を通って帰ってったよ」
ナオは、かすかに笑って
「ふぅん…兄貴らしいな」
と呟いた。PT屋の小さな窓から、テレビの音が漏れているのが聞こえた。よく聞こえないが、なんかのニュース番組みたいだ。俺はおなかをすかせて動きがト ロい、グミを引っ張ってPT屋のドアを蹴り開ける。カランカランと、ドアにつけられたのベルの音がした。
「いらっしゃ〜い……ってお前ら、遅いよ!! 朝に来いって言ったろ!!!」
さっき俺がナオに話して聞かせた”理想のサイン”とはかけ離れた、ずれたメガネにくしゃくしゃの頭、ついさっきまで寝ながらテレビを見てたってのがバレバ レのサイン兄が怒鳴った。そういや朝とかそんなこといってたけど…あんな時間に寝て、起きれるわけねーだろ…とは言わずに、軽く謝っておく。
「いや、グミがなかなか起きなくて……それで、どうすんの? ナオもつれてきたけど…」
サイン兄は、とりあえず入ってと椅子を勧め、ずれたメガネのままこれからのことを説明し始めた。
「えー聞いたとは思うけど、シュウとナオはこれから一週間ほど修行のために、とある場所に連れてきます。しかもそこはすっごい危険だから、俺の許可がない とは入れません。だから、しばらくシュウ君はギルド【vendetta】の活動はできなくなります」
「えええ〜!!? 何それ、どういうこと!? ご飯はー?」
グミが、サイン兄の言葉に噛み付く。どういうことってさっき説明したじゃないか。
サイン兄が目を細めて俺をにらむ。俺は目だけでちゃんと伝えたってことをアピールするが、信じてもらえそうもなかった。
「シュウ、お前ってヤツは往生際の悪い……今朝だって泣いて強くなりたいって言ってたのに…」
「ええ…そうなの?」
グミが俺のことに対して、すぐさま反応する。そのせいでナオやユアまで反応する始末だ。俺は必要最低限のことだけを否定する。
「いや、話勝手に作るなよ! 泣いてないし」
疑いのまなざしが俺に降り注ぐ。最近俺に対するイジメが流行ってるのか…
サインが、話を続ける。
「泣いてたと思うけどなぁ……。とりあえず、あれだ。シュウがいない間、グミちゃんたちはどうすんの? それとも、この甲斐性なしがいなくなると嫌?」
どこまで確信犯なんだこの人。嫌がらせも度を過ぎると笑えないぞ……。
グミは、少し考えてから…小さな声で聞いた。
「…シュウと一緒に修行するのはダメなの?」
「ダメ。普通に危なくて、死んだりしても責任取れないからな。人数が増えると守りにくくなるし……」
グミの申し出をサイン兄が即座に否定する。
「それじゃ、一日にどれくらい会えるの…?」
「修行に集中してもらうから、一週間は会えない。グミちゃんはいつもシュウと一緒じゃなきゃダメなのかい?」
一週間も会えないのか……修行のためとはいえ結構長い。あのグミのことだ…俺のことを忘れやしないだろうか。それにしても、サイン兄は人の痛いところをい とも容易くえぐってくる。
グミは少し目を吊り上げて言った。
「べ、別にそんなことないもん。ただ、ちょっと寂しい…じゃなくて、シュウってバカだから私たちのこと忘れちゃわないかって思ったから」
くしくも同じことを考えていたようだ。バカは余計だけどな。
サイン兄は、ゴソゴソとカウンターの引き出しをあさって何かを取り出した。
「じゃ〜ん! そんなこともあろうかと…ギルド員同士だけに与えられるアイテムがあるんだ。ハイ、受け取って」
昨日渡された白いカードである。俺のとまったく同じに見えるが、グミとユアにそれぞれ一枚ずつ渡した。
「サインさん、これはなんなの?」
「ユアって書いてますけど…」
グミとユアが同時に反応する。俺も昨日渡されたカードを取り出してみた。
サイン兄がいきなり俺のカードを取り上げる。
「いいかい。このカードはギルド証といって、そのギルドに所属していることを証明するものだ。君たちは小さいギルドだが、大ギルドではこれを持ってないと 本当にギルド員かどうか区別できなくなってしまう時がある。だから、それを改善するために開発されたものだ」
グミもユアもへぇとは言ってるが何もわかってなさそうだ。分からないのは俺もだけどな…
サイン兄は、若干肩を落とすが説明を続けた。
「それでだな…さっき言った機能は、このカードがもつ基本的な機能でしかない。カードの裏側を見てくれ」
グミ、ユアは言われたとおりにカードを裏返して見る。俺はカードがないから、サイン兄の方を見た。
カードの裏側には、なんだかよく分からない記号が書いてある。
「まずこの○見たいなところがマイクで、この四角い枠がメッセージ欄だ。じゃあとりあえず、ギルド員全員を指定して…『今日はいい天気ですねー』」
サイン兄が突然カードに向かって喋りだした。どこかおかしくなったのかもしれない。
そう思うや否や、グミが嬌声を上げた。
「え、なにこれすごーい! なんかでてきたよ!」
俺はグミのギルド証を覗き込む。さっきまで何もなかった四角い枠に「今日はいい天気ですねー」と、角ばった字が現れていた。
「まぁ見て分かった通り、交信機能がある。これはどんなに離れてても、メッセージとなって届くから寂しくなったらこれで話せばいいさ。ちなみに、今はギル ド員全員にしたけど個人にも送れるよ。それと、ギルドマスターは各ギルド員に階級をつけることができる」
サイン兄が一息で説明した。カードを持ってないから実感がないが、なんとなく便利そうだ。
グミが、カードに向かってぼそぼそと何か言っているようだ。
「えっと、私はギルドマスターで、ユアさんは副ギルドマスター。シュウは、召使いね」
「ってちょいまて! 俺は召使いじゃないだろ!」
「あはは。もう決定しちゃったみたいだけど」
「シュウさん、ドンマイです」
俺が抵抗するも、ときすでに遅く…召使いってことになってしまった。
ユアもドンマイじゃなくて止めてくれよ…。可哀想な俺。
サイン兄は、俺の悲哀を無視して話を進めた。
「ま、そういうことでそのギルド証はお前らのだから、連絡とかに使ってくれていいから。あ、それとそこのオフタリサンはこれから何するか決まってんの?  俺ら、そろそろ行くけど」
俺とナオは、出発するために席を立つ。グミは、まだ考えあぐねているようだった。
「えっと…これからのことは、とりあえずご飯にしてから考えようと思うけど……」
サイン兄はそれを聞いて、ポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出した。
「まだご飯にしてないんだ。ちょうどいいから、これあげるよ。俺と誰か誘っていこうと思ってたんだけど、行けなくなっちゃったから」
グミは渡されたゴミみたいなものを受け取って、「これはなに?」と聞く。
「ジパングのキノコ神社の奥に行くと、ショーワって町があるんだが…そこの温泉旅館の券だよ」
グミはくしゃくしゃになった紙切れを広げてみる。そこには確かに「ショーワ温泉旅館ペア券 2泊3日 朝昼夕食つき」と書いてあった。ん、温泉だと!?
「なんか温泉、すげー気持ちいいらしいよ。楽しんできてね」
「うん。サインさん、ありがとう。ユアさんと一緒にお風呂入ってくるよ」
やっぱり温泉ってそれか!
「サイン兄、悪いけど俺も温泉に……」
「ダメ。死ね」
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!」
これほどまでに人のことを憎いと思ったのは初めてだ。
べ、別に下心なんて……あるけど。チクショウ…グミはともかく……ああああああ…もう、嫌。
今日は厄日に違いない。しまいには
「じゃあ、シュウ…また一週間後に会おうね。私たちは楽しんでくるからー」
「しっかり強くなって戻ってきてくださいねー」
何て言われる始末。残された男三人組のうち二人は、俺の肩をがっちりつかんで言った。
「お前だけにいい思いはさせない」と
続く
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