「お前は今よりももっと強くなりたいというのだな。ならば、この試験を見事成し遂げてみ よ。さすれば新たな力をやろう」

スバッ…。僕が放った斬撃は、いとも容易くワイルドボアを両断する。真っ二つになったワイルボアは痛みに顔をしかめる間もなく、霞となって消える。
わらわらと襲い来るボアの群れは、振り切った両手剣の切り返しで斬り飛ばされた。出血からして、死に至るのもそう遠くはない。だが、一撃でしとめられな かったのは、複数できたせいではなく、単なる力不足だった。
僕がここに来た時から、ずっと背後で機会をうかがっていた猿が、混乱に乗じて襲い掛かってくる。
最初から警戒していた僕は、その気配を読み取って、背後を取られないようにした。
「キキキッ!」
不意打ちがばれた猿は、なぜか逆上してバナナの皮を投げてくる。見た目はただのバナナの皮だが、皮の中に込められた石が当たっては、痛いでは済まされない だろう。
僕は姿勢を低くして猿の投擲を避け、すぐさま反撃に移る。目標の猿は、ペリオンの深い谷にいるやつよりも動きがひどく悪かった。僕は両手に力をため、渾身 の一撃を叩き込む。
「パワーストライク……」
僕が猿を切り殺そうとした瞬間、猿がバナナを投げる動作をした。頭では分かっていても、体が反射的に猿の攻撃から逃げようとしていた。
その結果、パワーストライクは本来の力の十分の一も発揮しないで、猿の胴体に食い込んでしまう。
「キギャアアアアアア!」
一撃で死ぬことができなかった猿は、激痛のあまりすさまじい絶叫を上げる。その断末魔は、僕の鼓膜をしたたか痛みつけたが、破れるまでには至らなかった。
僕は、力任せに剣に食い込んだままの猿ごと刀身を振るい、後方で隙をうかがっていた手負いのワイルボアに叩き付ける。猿もワイルボアも鋭利な切り口を見せ て霞になった。
力任せの技…こんなもの、アレには通用しない。
「くっ…こんなんじゃだめだ! 雑魚モンスターども、まとめてかかって来い」
僕はそう言うと、挑発的に手のひらをこちらに二回泳がせる。逆上したモンスターたちは一斉に襲い掛かってきた。
むき出しになった怒りの感情、殺意…どのモンスターも醜かった。この数で行けば負けることはないと驕っているのだろう。その安易な判断が命取りだったこと は、最期までわからずに。
「スラッシュ……」
しっかりと握り締めた両手剣に、ありったけの精神力を込める。何の変哲もない鉄の塊は、熱されたかのようにみるみる刀身を赤く染めていく。
「ブラスト!」
僕は掛け声とほぼ同時に横一線の一撃を放った。怒りの形相にゆがんだ猿の顔、よだれをまきちらしていたワイルドボア、真新しい傷を負ったまま突っ込んでき たボア…その三体が、身長を半分にされ息絶えた。そして切先から放たれた衝撃波は、ダメージが伝染するように、次々とモンスターを薙ぎ払っていく。
何とか一命を取り留めたモンスターも、傷つきまともに立つことすらできなかった。
「……」
死に欠けたモンスターの顔を見る。どいつもこいつも憎しみに顔をゆがませていた。
今、僕が手をかければなすすべもなく死ぬだろう。
だけど、僕はそうせずに、考えていた。どう見ても似つかない、自分と魔物…だけど、本質は何も変わらなかった。
驕っていた。だから負けた。
死にはしなかった。だがそれは本来敵であるやつに情けをかけられたからだ。
今までは負けたくない、認められたいという一心で人の何倍も剣を振っていたから、訓練でも狩勝負でも負けたことはなかった。
師匠と打ち合いをして何度も倒されたけど、それは負けるのは違うと思っていた。
心から負けたと思ったのはあの時が初めてだった。
忘れもしない…青くて変な髪形をした男。考えも短絡的で、血の気の多いやつだったが、俺の前で壊すことなど不可能な壁に頭からぶつかっていった。
僕はただ見ていた。試してみる前から諦めていた。口では偉そうなことを言っても、壁にかすり傷を付けるのが精一杯だった。そして…勝負に負けた。
今考えれば、そうなるべくしてなったのかもしれない。
「シュウ…」
俺は勝手にライバル…越えるべき壁の名前を吐く。
気づけば今にも死にそうなモンスターが、列を成して飛び掛ってきていた。
「僕は…」
無意識に、右腕を持ち上げて…貫く。串に刺さる団子のようになって、モンスターは事切れた。
僕はそのまま、一匹ずつ死にに来るモンスターに剣を突き立てていった。
「あいつより…」
一匹、また一匹…殺しても、殺してもモンスターは湧いてきた。もはや生きているのか死んでいるかの区別もせずに、闇雲にただ突き刺していく。剣に込める力 も少しずつ増していった。
ひとまわり大きな猿…ボス格だろうか。ボス猿が僕の行動を見て、恐怖と怒りが複雑に入り混じったような顔で襲い掛かってきた。逃げたいけど…敵に背を向け るのはいやだ。
まるで…僕みたいだった。
「スティンガー」
僕は全力で僕の幻影を打ち砕く。ボス猿は突き刺さった刀からほとばしる衝撃で、塵と化した。
僕は何事もなかったかのように、次の"敵"を探すが、なかなかモンスターは見つからなかった。
が、その直後、背後に気配を感じた。僕は背後に感じた気配に、剣を刺す。しかし、剣の先はまるで岩にでも食い込ませてしまったかのように動かなかった。
後ろから声がする。
「モンスターは全滅した。これで試験を終了する」
ふわっという感覚と共に、僕の体は一瞬にどこかへ移動していた。
*
「驚いた…君は本当に30レベルなのかい? 試験用のモンスターだから、多少強さを調節してあるが雑魚ではない。ナイフひとつで試験を合格した女戦士もい たが、君の狩り方には言いようのない感覚……恐怖みたいなものを感じたよ」
気づいた時には、もといた試験官の位置に立っていた。試験官は興奮気味で僕のすごさを語るが、どれもいまいちぴんとこなかった。
「スキルブックを出してくれ。新しい力を得るために二次職になることを許可しよう」
僕は言われるままに、本を差し出す。試験官は…どこからか大きなハンコを取り出し、指定されたスペースへと印を押した。キラキラと本が輝きだす。
あのときの…僕が戦士になったときと同じ光だった。戦士と書かれた文字が消え、新たに文字が書き加えられていく。
「君の新しい職業の名前は……。驚いた…聞いたこともない、【ホーリーナイト】聖騎士だ」
「それってもしかすると…」
僕の問いに、試験官はまたもや興奮気味で答える。
「特異職のひとつだと思う。特異職にはもともとそうなのと、既存のものから変異するものの二つがあるからな。早速本を開いて、確認してみるといい」
そう言って本を渡された。戦士とは違う、聖騎士…そう記されたこの本は以前よりもずっと重く感じられた。
続く
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