今朝は本当にびっくりした。気持ちよく寝てたら、いきなり大きな音がしてシュウに無理や り起こされたんだもん。しかも、戻ってきたのはシュウだけじゃなくて、えっと…名前忘れちゃったけど、血まみれのPT屋さんとこれまた血まみれの黒い服を 着た男の人も一緒だった。
一瞬にして部屋が血の臭いでいっぱいになったから、相当血が出てたんだと思う。
黒い服の人なんて、暗くてよく見えないって言うのに青ざめた顔が見えたくらいだから…。
私があまりのことに呆然としていると、シュウが私の肩をつかんで、
「ナオが大変なんだ! 頼む、今すぐヒールしてやってくれ!!」
って言ったんだ。あ、そう…怪我してたのはナオさん。私はその一言でようやく目を覚まして、すぐに起き上がって……頭痛でよろけた。絶対シュウに飲まされ たアレのせいだった。私はいつか仕返ししてやらないとと胸に誓う。
その時、ぱっと明かりが灯った。PT屋さんが点けてくれたらしい。
部屋の中が明るくなったおかげで、酷い怪我を負ったナオさんの姿が浮かび上がってくる。いつか、シュウがモンスターにやられた時と同じくらい酷い傷だっ た。しかも目をつぶってぐったりしてる。
素人の私が見ても、死にかけているのはすぐに分かった。
私がとろいのを見かねて、シュウが強引に私を引っ張り、PT屋さんもナオさんのことを抱きかかえてこっちに来る。
「グミちゃん、こいつやばいから…手早く頼むよ」
「俺の友達なんだ!」
二人から必死に助けたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。私は頭痛を無視して、両手を死ぬほど痛そうな傷口にかざして、一番得意な呪文を詠唱する。
「ヒール!!」
緑色の淡い光が、傷口に収束し…傷を癒していく。集中できてないせいか、いつもよりもずっと光が弱い。私はありったけの精神力を手のひらに集中してヒール をかけ続ける。
「うぁ…」
ナオさんが、体を震わせてうめく。出血は止まったみたいだけど…アレだけ酷い傷だもん、痛いに決まっていた。
そういえばシュウは何も言わなかったけど、グリフィンのときだって、蛇の時だって大怪我してた……ずっと我慢してたんだね。
私は限界までヒールにちからを注いだ。淡い光がほんの少し輝きを増す。
「……」
さっきまで時々あげていた悲鳴が止まる。苦痛が薄れたのか…浅く、少なかった呼吸もだんだんと落ち着いてきた気がした。
少しずつだけど、着実に傷もふさがっていた。例の二人も、じっと祈るようにナオさんと私の手を見つめていた。
「う…」
頭痛と魔法の出し続けが祟って、少しふらっとする。
「グミ、大丈夫か?」
後ろから、シュウの声。私は何とか持ち直して、ヒールをかけ続けた。もう少しで…完治する。
体から力が抜けていくような感覚が、段々と酷くなる。それに比例して、淡い光も弱まっていった。
「もうちょっと…」
自分で自分に渇を入れる。そうでもしないとすぐにでも倒れちゃいそうだった。
頭が酷く重い…。でも、もう少し…もう少し、も少し………治った!!
「あ…」
私は怪我が治ったのを見て、安心した途端にふらっときてしまう。このままだとばたっと仰向けに倒れてしまうところだったけど、シュウが抱きかかえてくれ た。
少し抵抗があったけど、全身にのしかかる疲労感で身動きできなかったから、そのままシュウの腕に収まることにした。シュウはやさしく私をシュラフの元に運 んでくれた。
「ナオのこと、助けてくれてありがとな…この借りは必ず返すから」
と、シュウが耳元で囁いた。これ以外にもいっぱい借りがあるのに、どうやって返してくれるんだろう。
私は何かを期待しつつ、重くなったまぶたを閉じた。
*
「…グミちゃんはすごいな…。あんなに重傷だったのに…完治だ」
サイン兄は、すっかり具合のよくなったナオを、ゆっくりとベットに寝かせながら言った。
ヒールを見るのが初めてだったのかは知らないが、グミの魔力がすごいのは確かだった。
「いつもだったらもっと早いんだけど、寝起きだし具合も悪かったみたいだ……あとで何かしてやらないと…」
俺はベッドの縁に腰掛け、ナオの家から勝手に拝借した包帯を取り出す。怪我は治ったと思うが、無理されても困るからな。包帯の巻き方知らないけど。
サイン兄は、これまたナオの家から拝借した布で、自分にべったりと付着した血を拭き取っている。
もともと白かった布は、元の色が分からないほど赤くなる……全部ヤクザの幹部の血だった。
俺はナオの腕を包帯でぐるぐる巻きにしながら、サイン兄に問いかけた。
「……どうしてあのとき、俺らを助けに来てくれたんだ?」
俺たちは、誰にもこのことを相談しなかったし、やることになったのもうるさいからとかそういった理由だ。サイン兄の家はここからそんなに近くないし、ヤ クザが騒いでるのだっていつものことだったに違いない。まぁ…来てくれたから、俺たちは死なないで済んだんだけどさ。
サイン兄は、当然と言わんばかりに答える。
「そりゃお前、後輩が襲われてるのに、黙ってみてるやつがあるかよ。俺は漢だぞ?」
「いや、そうじゃなくて…どうして俺らがいる場所が分かったのかって聞いてるんだけど」
サイン兄はそれを聞いて少しの間押し黙り、天井を見た。何か特別なことでもあったのか…。
サイン兄は、ふぅと大きく息を吐き出した後に語りだす。
「実は…なんか胸騒ぎがしたんだ。通りでナオに会って、お前らの話をしたのもあったし……」
ナオは死んでないけど、虫の知らせってヤツか…サイン兄は昔からそういうのが鋭かったからな。
だが、俺が納得したのもつかの間…サイン兄が、ぷっと堰を切ったように笑い出した。
「ハハハハ…冗談だよ。全然そんなの来なかったし、ナオにも会ってねえよ。実は渡し忘れたものがあって…―えっとこれだ。落とすなよ」
嘘かよ…そういえばこういう人でもあったな。よく騙された。
サイン兄は指を弾いて、カードのようなものを飛ばしてきた。俺は二本の指でそれをつかみとる。
近くで見ると、小さく【ギルド認定証】と書いてあった。【ヴェンデッタ】ギルドマスター…グミと。
俺がギルドマスターだと思ってたんだが…。
「後から気づいたんだけど、それ渡しそびれちゃってさ。時間も遅かったけど、お前ならまだ起きてると思って、わざわざ届けに行ってたんだ…したらいきなり コレだよ。もし俺が明日でいいやとか思ってたら、どうなってたかわかるか?」
俺は、聞かれる前から用意していた答えを言う。
「間違いなく俺もナオも死んでたよ。本当にありがとう」
サイン兄は、にやけた目を急に鋭くして言う。
「アレだったら俺が来てたって、ナオは死んでたかもしれない。お前らが調子に乗りすぎた結果がコレだ。俺が武器持ってきてないってことだって有り得た。俺 がヤクザに負けるってことも有り得た。実際手負いじゃなかったら危なかったしな」
サイン兄の言ってることは、まさにその通りとしか言えなかった。俺は悔しさで奥歯をかみ締めることしかできない。
「そこでだ。お前らはモンスター相手にはなかなか強いが、対人戦がなっちゃいない。だから、俺がバトルの何たるかってヤツを教えてやるよ」
「は?」
俺はサイン兄の突然の提案に、思わず聞き帰してしまう。
「だ〜か〜ら〜お前らが雑魚だから、修行してやるって言ってるんだよ! まぁ、お前らはついでなんだが…人数は多いほうがいいしな。明日の朝、二人でPT 屋に来い」
どうやら今度は冗談ではないらしい。俺は一応、俺が今置かれている過酷な(?)状況を説明することにするが、どうやっても分かってもらえそうもなかった。
「実は俺、そこで寝てる二人…じゃなくて、寝袋で寝てるほうのボディーガードってことになってるから……勘弁してくれない? もし、俺が逃げたりしたら殺 されるかもしれないからさ…頼むよ」
「ダメ。第一、お前…あのザマでこの子達を守れると思ってんのか? むしろ守られてんじゃないのか?」
「うっ…」
サイン兄は的確に痛いところをついてくる。特に後半のは半ば自覚してる事もあってダメージが大きかった。
サイン兄は更に追い討ちをかけてくる。
「図星だろ。大体お前、ビビりすぎなんだよ。もし、強いモンスターに襲われたり、狂ったやつに襲われてみろ。お前が立ち尽くしている間に全て失うぞ」
「……」
静かに寝息を立てている二人の顔を見る。てんで無防備で指先で触れただけで壊れてしまいそうな表情。
グミなんて、ついさっきまでがんばってたと思えないほど、何度も寝返りを打っている。
もし、もしもまたあいつらみたいな人間に襲われたら、俺はグミたちを守ることができるだろうか?
二人の間に入って、盾になれるだろうか?


無理だ。今までだって俺が守られてきたんだ。
ボディーガードっていう建前だけ立派で、実際は俺がグミやユアに生かされてたんだ。
グリフィンのときも、レッドドレイクのときも…俺が弱かったせいで。
本当なら今頃のたれ死んでてもおかしくなかったんだ。
俺がもう少し強ければ、頼りになれば、毎度毎度グミが気絶することもないのに…今もそうだ。
俺がもっと早くやってれば、ナオだって…。
今までだって、本当は気づいてたんだ。認めたくなかっただけで。
男の俺が守られてるんじゃないかって。
情けなさで涙が出そうだ。
強くなりたい。
後ろから、聞きなれた声がかかる。いつもみたいな人を馬鹿にした態度じゃない。
「大切なものを守りたいんだろう。お前ならもっと強くなれるさ。泣いてる場合じゃない」
「大切なものを守れるようになりたい。サイン兄…俺に色々教えてくれよ。それと俺は…まだ泣いてない」
サイン兄は、俺の肩に手を置いて言う。
「最初からそう言えよ。分かったら、明日に備えてさっさと寝るんだな…っと、俺も寝るから帰る。時間に煩そうだから、絶対遅れるな。以上」
サイン兄は、そこまで言うと気配ごとどこかへ消えてしまった。
誰もいなくなった部屋の中で自分に誓う。
強くなる。自分もグミもユアも守れるくらい強く…
続く
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