「何か面白そうな話してるな。ワシも混ぜてくれんか?」
俺はまず自分の耳を疑った。出血のせいで意識が朦朧としてる…だから、幻覚だと思ったんだ。
だってこれが現実だとしたら、笑えないだろ?
毒が効かない人間がいるなんてさ…
俺が手裏剣を間違ったはずはない。誤って自分を傷つけないように、ちゃんと鞘にも入れておいた。
シュウの攻撃も確かにヤツの頚動脈を傷つけた。首もとの傷が何よりもそれを如実に語っている。
でも、立って動いてるってのはどういうことなんだ? 
即効性の毒だ…今頃は全身に回って、指一本動かせないはずなのに。
「兄ちゃん、痛いやろ。今、楽にしてやるからな」
「…!」
拳銃を持ったヤクザが、一歩ずつ俺に向かって歩いてきている。
俺は逃げようとするが、体に力が入らない…血が出過ぎている。銃弾は貫通をしてるみたいだが、痛くてしょうがない。あまりの激痛に何度も思考が中断され る。
動けない俺にヤクザの魔手が迫る。助かる見込みはないに等しかったが、まだ死にたくはなかった。
俺は心の中で叫ぶ。
(シュウ…!)
今この状況で俺を助けられるかもしれない唯一の名だった。そして無二の友人の名でもあった。
「しまいや」
いよいよヤクザの武器は俺に向けられた。大口径の拳銃はいとも容易く俺の頭を潰すだろう。
ヤクザの人差し指が動き、もう終わりだと思った刹那……ぼんやりと青い閃光が見えた。
「彗星!」
青く輝く銃弾は尾を引き、瞬く間の間にヤクザの得物をはじいた。バンという音と同時に、俺の左後ろの石畳が弾け飛ぶ。まさに間一髪だったが、何とか即死だ けは免れた。
「チッ」
ヤクザが舌打ちし、もう一度俺に銃口を向ける。どうやら先ほどの彗星を受けても、武器を弾き飛ばされることなく持っていたらしい…。常人の握力じゃないと いうことか。
「彗星!! 彗星!!」
シュウは必死に距離を詰めながら、再度同じスキルを使う。今度は手と頭を狙ったのだろうか…二発の銃弾が放たれた。…本来なら今逃げるべきなのだが、逃げ ようにもこの足じゃ逃げられるはずなかった。時喰いでも使って援護しようにも、激痛が邪魔しをする。
何もできない自分がもどかしかった。とにかく俺の意識が飛ばないうちに話を戻そう…。
亜音速で疾る彗星だが、信じられないことに両方とも弾かれた。それもハエでも叩くようにだ。
「くそっ…体が痺れて上手く動けん」
ヤクザが銃弾を払いのけながら呟いた言葉だ。いや、十分動けてるし…それ以前に毒効いてて動けてるとは…こいつら人間じゃない。人の皮をかぶった…
「毒か……体が上手く動かんな」
拳銃のヤツとは少し違うドスの利いた声が聞こえた。最悪なことに、もう一人の悪魔にも痺れ毒は効かなかったみたいだ。万事休す…。
手負いの拳銃に苦戦しながらも、どうにか持ちこたえていたシュウも、日本刀が目を覚ましたことに気づいたようだった。拳銃のヤツと違って、日本刀のヤツの 足取りはおぼつかないが、それでも俺が戦えないせいでシュウVSヤクザで一対二という状況…いくら毒盛ったとはいえ、これはまずい。
どうせ勝ち目のない戦いなら……
俺は、覚悟を決めて言った。
「シュウ…俺はもうだめっぽい。…逃げろ」
シュウは、悲壮感すら漂わせながら、俺に言った。
「バカヤロウ…お前を見殺しにできるわけねえだろ!」
内心無理だと分かってるだけに、余計につらい。
もうちょっと強かったら…状況判断力があればと悔やむ他なかった。
シュウが何とか時間を稼いでる間にも、俺の体からはどんどん熱が奪われていく。意識も手足の感覚も…遠く、遠く……。
「…オ! …ぬな」
景色がぼやけてくる。多分シュウが何か言ってるがよく聞き取れない。
辛うじて目に映ってるのは、高速で動く青とそれに応戦してる何か。そしてその背後から迫る銀だった。ゆっくりと、だが着実に死の影は迫ってきていた。
「シュ…後ろ……」
「ぐがっ!」
シュウは途切れ途切れの俺の言葉を拾ってる間に、腹に一発もらったらしい。
しかも、ヤクザの一撃によって体制を崩したシュウに、更なる追い討ちが後ろから迫っていた。
俺は何とかそのことをシュウに伝えようとするが、俺の体はもう限界だったようだ。舌すらもまともに動かない…。
シュっという風斬り音がして、シュウの首へと銀が振り下ろされた……がなぜか途中で止まった。
「……………」
日本刀を持ったヤクザの後ろに何かがいた。その何かはくぐもった声で何を言ってるのかが分からなかったが、赤が散ったのだけは見えた。
俺が見たのはそこまでで、意識を失った。
*
目を覚ますと、家のベッドで寝ていた。すでに朝日とは呼べないほどの日光が、さほど大き くない窓から差し込んでいる。太陽なんざくたばればいいものを…忌々しい。
時計を見ると時刻はすでに昼過ぎを回っていたが、とても体を動かす気にはならないほどだるかった。ふと自分の額に触れると、そこには額当てがあった。
戦闘服のまま寝ていたのか…我ながらだらしないな。普段なら私服に着替えることぐらいはするんだが……ん? 何かおかしい。なんだか思い出せないけど…何 かがおかしい。
俺は動きたくないとベットにしがみつく体に鞭打ち、上半身だけを起こす。肩が…いや右腕全体が動かなかった。なぜ…そんな疑問は、自分の右腕の惨状を見れ ばすぐにわかった。
信じられないほど雑に、しかもしつこく包帯が巻いてあったのだ。これじゃあギブスを通り越して、ただのイジメにしか見えない。それに……なぜ俺の腕に包帯 が巻いてあるんだ?
わからない…心当たりは特になかった。
というよりもいったいどうして俺はここで寝てるのかすら覚えてない。
「痛ッ…」
軽い頭痛を感じ、顔をしかめる。まだ起きないほうがよさそうだ…俺は頭を枕の上に戻す。
よく見ると、枕元に汚い紙切れが落ちていた。所々に血まで付着している。
俺は横になったまま、その紙切れを眺めてみる。紙の裏側には、乱雑な字で何か記されていた。
「これを読んでるってことは、死ななかったってことだな。俺とグミとサインにいに感謝しろよ。細かいことは寝てから言うわ シュウ」
書いてある内容はこれだけだった……全然意味が分からないが、シュウが俺のことを助けてくれたらしい。 いったい何からだ? う〜む……
いくら考えても頭痛がするだけで、何も思い出せなかった。
そういえばシュウ……? 
シュウが来てるのか?
一体どこに?
いつ来たんだ?
そこまで考えて、ついに記憶が鮮明に蘇った。
シュウがカニングに戻ってきて、家に泊まることになって、成り行きでヤクザと戦って……ミスって被弾して死に欠けた。
俺は、被弾したはずの肩を見る。ガチガチに固定されているものの痛みはなかった。死んでてもおかしくないくらいの傷だったはずなのに…。誰かが治療してく れたんだろうか。
俺は身に着けたままだった手裏剣を一枚とって、包帯を切る。破れた服の隙間から、生々しい傷跡…ではなく周りとは明らかに違う、新しい肉と皮膚が薄く盛り 上がっていた。
自分はこんなに人間離れした生命力はないから、誰かが治療してくれたのは間違いなかった。
一体誰が…? 全く心当たりはない。
「わからないことを考えても仕方ないか…」
俺は一人ぼやき、もう少し眠ろうと目を閉じた。
………。
「ぐー」
…………。
「すー」
「くかー」
…うるさい。誰だ…いびきかいて寝てるのは?
俺は薄目を開けて、狭い部屋内を見渡す。
最初に目に入ったのは、人形のような女がメイスを抱いて揺れている様子だった。
だが、さっきのいびきは明らかに一人のものじゃなかったよな。
俺は少しだけ身を起こして、部屋の隅々まで見回す。すると床に毛布を敷いてざこ寝しているシュウと黒髪の少女が目に入った。
「くー」
「ぐがー」
幸せそうな顔で寝息を立てている。少女のほうはシュウのせいで少し苦しそうだが…でも嫌そうな顔はしてなかった。俺はフッと吹き出し、もう一度目を閉じ た。
続く