…何だこれ。バズ−カが動かなくなったと思ったら、気づけば背後を取られてる。
ありえない。だがしかし首筋につけられた冷たい感触、「チェックメイトだ」と言ったナオの声は紛れもない本物だった。
何かがおかしい…ついさっきまで俺が絶対的に有利だったはずだ。
だが今は事実上の負けで、ナオがほんの少し指を滑らすだけで、俺の首からは血が噴出す。
まったく訳が分からない。バズーカはまだ固まったままだし…そういえばさっきの彗星も固まってたな。一体全体どういうマジックを使ったんだ。
そのとき、俺の命を握ってる人間…ナオが耳元で囁いた。
(シュウ、あいつらに気づかれると困るから動かないでそのまま聞いてくれ。)
ナオの声に愉悦や殺意は感じられず、どちらかというと切羽詰ってたような感じがした。
俺はおとなしく、ナオの話に耳を傾けることにする。
(お前が突っ込んでくるから、戦うことになっちまったが…俺はお前を殺す気はない。もうすぐ俺のスキルも切れるから、それまでちょっと我慢してくれ)
なるほど…バズーカが固まったままなのは、ヤツのスキルの効果なのか。そういやあいつのナイフを受けたときおかしくなったが……このカラクリはまた後で聞 こう。
(この間に作戦を説明するよ…本当は事前に話してた通りにすれば楽勝で勝てると思ってたんだが、思ったよりあいつら強い。ちょっと見てみ)
ナオはそう言うと、目線だけを俺から見て右のほうに流した。俺も感づかれないように右のほうを見る。
「どああああああああああああ!!!!!!」
「おんどりゃああああああああ!!!!」
何で今まで気づかなかったのは目先の攻防に夢中になっていたからだと思う。
ボス二人の周りでは、俺がボムで作った煙幕もまったく意味を成さず、二人の周りのもやはすっかり晴れていた。キンキンという金属同士がぶつかり合う音がし て、ときどき火花が散る。
とにかくものすごい激闘が繰り広げられていた。ものすごいと言うより、もうめちゃくちゃだ。
拳銃のほうは、撃たないで拳銃で殴りかかってるし、日本刀のほうは剣圧だけで銃弾を叩き落したり、そのまま戦ったりしている。日本刀はともかく、拳銃のほ うは暴発とかしたらヤバイだろ…。
だがしかし、それでも二人は戦い続けている。
一発一発が必殺技で、どちらも本気で殺すつもりなのだろう…なのに一行に勝負はつかない。
まったく能力は互角なんだろう。二人とも傷ひとつない。
(まったく…最初からタイマンでも張ってればいいのによ…。とにかくあいつらはヤバイ。だけど、結構バカみたいだからそこに漬け込もうと思ってるんだが)
不意にバズーカが重たくなる。どうやら、ナオのスキルの呪縛が解けたみたいだ。
(作戦を説明するから、バズーカはそのままにしてくれ。まずこれを受け取れ。手に刺さったりきれたりしないように慎重に受け取れよ。受け取ったらすぐに隠 せ)
俺の空いている手に、ずっしりと重みのある何かが置かれる。どうやらさっきナオが戦うのに使っていたナイフかな。俺はナオの忠告どおり、気をつけて受け 取ったそれをコートに忍ばせる。
(これは見た感じそは普通の手裏剣だが、実は刃に痺れ毒が塗ってある。少しでも体内に入れば2〜3日は体が痺れて動けなくなる。これを使って、お互いに一 人ずつ…抑える)
神経毒つきかよ…まさか俺に対しても使ってたんじゃないだろうな。それにしてもバズーカを持つ腕がだるい。状況は分かるが、いい加減開放されたいもんだ。
(とりあえず作戦はそれだけだ。俺たちは一撃あいつらに食らわせれば、勝ちだから余裕だろ? ミスったら死ぬかもしれないけどな。まぁとりあえず作戦はこ の通りだ。わかったら…そうだな、奥歯を一回鳴らしてくれ)
ようするに、この毒刃であいつらをおとなしくすればいいんだな。俺は奥歯に力を入れて勢いよくたたきつける。
「カチっ」
(大丈夫みたいだな。じゃ、次にあの刀が叫んだらこの手を離す。お前はダッシュして背後を取れ)
俺はいつでも走り出せるように足にバネをためる。ナオは何かに集中しているようだった。
俺はナオを信じて、金属のぶつかり合う音に耳をすませる。
「オラアアアアアア!」
おっと危ない危ない…これは拳銃の声だよな。
「せいあああ!!!」
来た。ナオの腕が俺のダッシュと共に跳ね上がる。目標までの距離はほんの十数メートル…一瞬で背後を取れる距離だ。
俺は地面をすべるように疾走する。敵はまだ気づいちゃいない…俺たちと同じで、目先の戦いに釘付けのようだ。これなら楽に行ける。
(食らえ…)
俺は瞬時にボスの背後に回り、毒ナイフを振った。
スローモーションのような時の流れの中、攻撃が当たる寸前に、俺のターゲットだった拳銃野郎が俺の存在に気づく。だが、もう遅い。
闇の中にぱっと大量の赤が散った。
俺の凶刃は死ぬほどまではいかないが、首の皮一枚を切り裂いた。拳銃のほうのヤツは、拳銃の狙いを定めたままぶっ倒れる。

だけど、赤が噴出したのはこいつの首だけからじゃなかった。
ナオの右腕にも二つの赤い点が生まれていた。カランカランとナオの毒刃が地面に落ちる。
拳銃が俺の刃を避けられなかったのは…ナオを撃ったからだった。ナオはなすすべもなく吹き飛ばされ、崩れ落ちる。ありえないが、もし俺が日本刀を襲ってい れば……俺が撃たれていた。
二人が戦線離脱したことによって、俺と日本刀が向き合う形になる。
「…てめえら、よくもやりやがったな。相方は死んだようだが、お前は許さねえ。死に晒せ」
呆然としていた俺に鋭い日本刀が振り下ろされる。俺はバズーカを横にして何とかガードするが、がら空きだった腹にヤンキーキックがしっかりと入った。あま りの衝撃に目の前が真っ白になる。
ゆらゆらと揺れる景色の中、日本刀だけがまだ血を吸うことなく飢えた輝きを放っていた。
俺とアイツ…実力差は目に見えてる。次にあの剣が振り下ろされた時が…終わりだ。
俺は、最後の力を振り絞って銃を取り出す。銃弾はまだ何発か残っているはずだ。
拳銃をアイツに向ける。銃口は確かにヤクザの顔面に向けられてるが、臆せずにじり寄ってくる。
やつが一歩進むごとに、俺の鼓動が早くなる。蹴られた腹が疼き、指先が震えだす。
氷のように冷たい輝きを放つ刀。それ以上に冷えた眼光……
引き金にかけた人差し指に力が入らない。撃たないとやられるのに、早く、早く!
ゆっくりとヤクザの口元が歪む。
「死ね」
その一言で完全に凍りついた。もはやどうすればいいか考えることすらできなかった。
刀が振り下ろされ、絶命する様子がリアルに浮かび上がる。
俺が死んだら誰か悲しんでくれるだろうか…そうだ、グミはあの時みたいに泣いてくれるかな。
ナオは大丈夫かな…あれは致命傷にはならないと思うが、このままだと殺されちまうな。
これが走馬灯か…ちょっと違うような気もするけど。
ついにヤクザが、刀を大きく振りかぶり、俺を真っ二つに両断……
「グ…」
突然ヤクザが目を見開いて固まり、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
見るとその背中には、さっきのナイフが突き刺さっていた。
「…シュウ、情けないな…」
息も絶え絶えだったが確かにナオの声だった。それで俺は全てを悟る。
ナオが最後の力を振り絞って、手裏剣を投擲したのだった。
極度の緊張感から開放された俺は精一杯強がって言った。
「お前がいきなり撃たれるから、動揺したんだよ…ケガ大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ…お前の連れのヒールでもかけてくれないとヤバイ」
「そうか…まぁ今すぐ戻れば大丈夫だよな」
「ああ」
「何か面白そうな話してるな。ワシも混ぜてくれんか?」
続く
第10章14 ぐみ5に戻る