草木も眠る深夜。本来数少ない明かりとして機能する月も、スモッグにさえぎられて見え ない。
というよりも、明るいくらい関係なく俺の目はほとんど機能しなかった。これも全て、あいつの放った爆弾のせいだ。土煙だかなんだか知らないが、何にも見え やしない。
それはあいつにとっても同じはずだが。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる…っていうからな。
パン、パン。爆竹でも投げたかのような銃声が俺の鼓膜をたたき、頭で考える前に勘だけで身をかわす。二発の銃弾は、ついさっきまで俺がいたところを通り過 ぎていった。
……もしかして、あいつ…見えてんのか? それとも俺と同じく勘だけで狙ってるとか。
下手な鉄砲って言うのは訂正したほうがよさそうだ。もしあいつが拳銃なんて騒がしい武器を使っていなければ、死んでたかもしれない。こっちは殺意なんてま るでないのにな…。
俺もなんとなく影が見えたほうに手裏剣を投擲する。もちろん急所ははずして…だ。
どうせ弾かれるだろうが、攻撃しないとグラサンに睨み殺されるかもしれないからな…当たっても死んだりしないだろうから、あとで謝れば許してくれるだろ う。
そのときだった。
異様な気配がした…。目を凝らしてみると、煙幕の奥で何かがぼんやりと青く輝いている。
よくわからないがシュウのスキルだろうか。今までの銃撃とはまた違った、なんというか…たとえは悪いが俺が悪者で、シュウが正義の味方で、今まさに必殺技 で止めを刺そうとしているような気配がした。別に俺が悪者で弱ってるわけじゃないんだけどな…とにかくやばい気配がした。
俺はとっておきの…巷では雷とか呼ばれている手裏剣を取り出す。もともとはジパングの忍がナイフのように使用したりしていたらしいが、今はそんなこと説明 してる場合じゃないな。シュウがやろうとしてることを何とか阻止しないと…。
俺は手にした手裏剣に精神を集中させ、神経を研ぎ澄ます。すると見る見るうちに白かった刃が黒く染まっていった。
シュウのと違って俺のスキルは光り輝いたりしない。いや、厳密に言うと黒く輝いているのだが…黒は闇の色なので光っているようには見えないんだ。それに そっちのほうが有利なことが多い。
大体シュウは青い光を出すことで、自分の場所を明らかにしてしまってるし、うらあとかおりゃあとか叫びながら攻撃するから攻撃してくるってバレバレなんだ よ。
でも俺の黒なら、見えないだろ? 夜限定で、昼は余計目立つけどな。
そんなこんなで、俺の手裏剣は完全に闇と同化する。そしてシュウの青い光も先ほど見えたぼんやりしたものではなく、はっきりと肉眼で確認できるようなもの になっていた。間違いなく…来る。
一瞬の静寂…。刹那に静寂は破られた。
「彗星!!!」
まばゆい青が、闇と同化しているはずの俺に向かって真っ直ぐ飛んでくる。今までの牽制とは違う…必殺の一撃だった。彗星と呼ばれた弾丸は青い尾をひきなが ら、圧倒的なスピードで俺との距離を縮めていく。ドカンと音がしたとほぼ同時だから…メチャメチャ早いのは間違いない。
俺は目で追うことを早々にあきらめ、真っ直ぐ飛ぶという弾丸の軌道上に精神力で黒く染め上げた手裏剣を滑り込ませた。
輝く青に俺の手から射られた黒い矢が深々と突き刺さった。そして、そのまま何もなかったかのように、空中で静止している。シュウが放った弾丸は着弾の ショックで爆発する榴弾だったが、爆発することもなく…ただ、重力を無視して宙に浮いていた。
(時喰い)
俺は口に出すことなく、自分が出したスキルの名を呼んだ。俺のスキルは…文字通り、モノの時を喰って動きを止めてしまうという効果だった。しばらく彗星は 動きを止めたまま、あそこで輝き続けることだろう。動き出そうという意思が無いもの…たとえば手裏剣とか、刀とかそういう武器の類は、数十秒もの間、動き を止め続けることができる。
モンスターや人間は動こうという意志が強いから、そう上手くはいかないけどな。
ともかく…もしも当たらなかったら、恐らく大変なことになってただろうな。目の前で輝き続ける彗星を眺め、しみじみと思う。
また命拾いした、死ななくてよかったと。…今死んでしまったら、遠いところにいる妹に会えなくなる。それだけは絶対に嫌だった。そんなことになったら死ん でも死にきれない。
俺が感傷に浸っている数秒の間、青い光が俺のことを照らし続けていた。俺の黒とは違い、力強く光り続ける。
まるでシュウお得意の根拠の無い自信みたいだ。それに比べて俺は不可能と判断したものを無かったことにする闇…その差は天と地ほど差があるように感じられ た。
シュウは……そこまで考えかけて、俺の思考は無残にも吹き飛ばされる。
突然の爆風と共に、俺の体が中に投げ出されたからだ。
なにがなんだかわからない。最後に俺の目に映ったのは、まだ数十秒止まったままなはずの彗星が突然選考を放った様子だった。
ありえない…時間の喰われたものを動かすことは、たとえ魔法の力で動くゴーレムの力を持っても不可能なはずだからだ。もちろん、銃で止まった榴弾を撃った からといって、爆発することはできない。弾かれるだけだ。
ではなぜ……
「おりゃああああああ!」
「!!」
俺は声にならない悲鳴を上げる。目の前にシュウのバズーカがうなりをあげて飛び込んできていたからだ。直撃すれば、骨の二三本は覚悟しなきゃならないだろ う。俺はギリギリで雷の手裏剣を2本抜き出し、両手でガードを試みる。
「ぐっ…」
吹き飛ばされながらという無理な体勢では、スピードの上乗せされたシュウの一撃の重さは厳しすぎた。俺は両足に限界まで力をいれ、ズサと道路を削るが…そ れでも勢いはなかなか収まらなかった。
ふいに俺の視界がぶれる…と同時に、錆びた鉄の味がした。
見ると、がら空きだったわき腹に、シュウのサンダルが食い込んでいた。強烈な痛みが、意識とは数秒遅れて襲ってくる。
倒れこそしなかったものの、めちゃめちゃ痛い。少しは手加減しろよ…。
そんなことを思いながらも、間髪いれずにシュウの打撃が俺に降り注ぐ。俺は痺れたままの手を無理やり動かし、どれも紙一重で受け流すが、手負いの俺とシュ ウではシュウのほうが早いに決まっている。まったく同じ条件でも負けることもあるっていうのに…フェアじゃない。殺し合いにフェアも何もないんだが…とに かくこのままじゃヤバイ。
シュウには悪いが…時を盗ませてもらう。
(時喰い!)
俺の手裏剣にバズーカが噛み付いた瞬間、バズーカは見えない壁にぶつかったかのように静止する。
「な…」
さすがのシュウも、これには戸惑ったようだ。今まで手足のように動かしていたバズーカが固まっちまったんだから当然だが、原因はそれよりも腕自体がバズー カに固定してたってのが問題だったらしい。
要するに、頭は働くけど、体はほとんど動けなくなったというわけだ。
「なんだこれ!?」
シュウは何とか腕からバズーカをはずそうとして、躍起になっている。旗から見るとかなり間抜けだったが、チャンスは今しかなかった。
(時喰い!)
本日三度目の時喰いを、手裏剣に乗せて飛ばす。シュウは何とか身をかわそうとするが、動けない体制で完全によけ切ることはできずに、右腕に赤い線が引かれ た。あんなに暴れていたシュウが、一瞬にしておとなしくなる。
俺は一時的だが完全に固まったシュウの後ろに回り、むき出しの首筋に手裏剣をあてた。
一秒後、シュウの体が再び暴れだし始めるが、首に当てられた冷たい感触にすぐに動きを止めた。俺は、勝ち誇った様子も無く…そっけなく言った。
「チェックメイトだ」
続く
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