あの日…私が何も知らずに眠っている間に、全て手遅れになっていた。
私が起きていても、たいした変化はなかっただろう。だって私はまだ小さな子供で、みんなを助けるどころかすぐに殺されていたと思う。でも、もしも私に力が あったら…今頃は、まだ両親と同じ村に住んでいたに違いない。そんな仮定は何の意味もないんだけど…

突然の銃声で目が覚める。回避不可能な死…気づいたときには手遅れ。
そして、以前より強くなったはずの私でも何も変わらなかった。
…私一人だったら。
「ったく…もうちょっと空気読めよ! 起こさないようにやるの大変だったんだぞ!!」
私のすぐ近くで、シュウが小声で怒ってる。もう起きてるんだけどね…。
それよりも、どうしてこんなところで寝てたんだろう…嫌な夢まで見ちゃったし。
まだうつろな意識のままで、シュウと誰かの交わす言葉が右の耳から入って左の耳から抜ける。
何て言ってるのかはいまいち分からないけど…うっ…頭が痛い。
「まだ寝てるな…」
またシュウの声だ。でも、何でこんな大きな声で喋るんだろう。
「シュウ、お前に寄りかかって寝てる子…誰だ?」
シュウに寄りかかって寝てる子って…誰よ。その前に、シュウに話しかけてるのは誰なんだろう。
男の人の声だけど、レフェルじゃないし…じゃあ、コウさん? じゃないよね。
「あんまり大きな声出すなって。この状態で目を覚ましたら、危険なんだ。噛み付くかもしれない」
シュウもずいぶん大変な人に、なつかれちゃったんだね…ご愁傷様。
その間も頭ががんがんする。
「そんなに危なそうには見えないんだけどな。どういう関係だよ?」
「だから声でかいって! こいつはまぁ、簡単に言うと仲間で、名前はグミっていう」
シュウのほうが声大きいよ…頭に響く。あれ、今話してるのってシュウに寄りかかってるこの名前だよね? そしてその子の名前は…
「え!?」
一気に我に返る。そして、今まで枕にしていたものを見る。見覚えのある薄汚れたコート…少し火薬臭い。
そんな服を平気で着ている知り合いは、一人しかいなかった。怒りとか恥ずかしさとか…他にも色々な感情が入り混じって、顔があっつくなる。
私、シュウの腕枕で眠ってたみたい!
私はすぐに体を起こして、シュウを問い詰める。
「シュ…シュウ! ちょっとこれどうなってるのか説明してよ!!」
「これはその、かくかくしかじかで…何か気づいてたらグミが俺にだな…」
うそ…私から!? そんなわけない…と思う。だって、シュウだし…
「な、何で私がシュウなんかに…。あ! あの飲み物になんか混ぜたんでしょ! もう絶対許さな…」
そこまで言って、強烈な頭痛が来る。もう、この肝心なときに…。私は椅子に腰を落とし、頭に手を当てヒールをする。
「ヒールっ!」
手のひらから淡い光が現れ、私の頭痛なんて一瞬で…あれ? 光がいつもより弱い?
もちろん痛みも全然取れない。
「ヒール! ヒール! ヒール!!」
私は何度も、自分にヒールをするけれども、全然痛みは取れないどころか、精神力を消費した分痛みは余計悪化した。あまりの痛みに私は頭を抱え込む。
「おい、大丈夫か? その子、頭抱えて苦しんでるぞ」
見知らぬ誰かが心配してる。こっちは頭痛でそれどころじゃないんだけど…
「飲んで数分で二日酔いなんて聞いたことないぞ…特異体質か? と、とにかく病院だ!」
「その前に二日酔いなのか…」
「びょ、病院ってどこですか!?」
みんなの動揺した声が聞こえる。うぅ…一言一言が頭に響く…。でも自分じゃどうすることもできないし…どうしよ。
「おいで病院の藪医者に見せたら、余計悪化しかねないんじゃないか? 何なら俺の家に頭痛薬があるんだが……」
「それだ! よし、ナオの家に行くぞ。それじゃ…ちょっと揺れるけど我慢しろよ」
シュウは私の同意も抜きに、私を両手で持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだった……頭のことでそれどころじゃないし、抵抗もできない私は、そのまま降ろし てもらえるまで待つしかなかった。
*
 まったく、せっかくのいいムードが台無しに…まぁ、しょうがないよな。9割方俺のせい でグミがあんなになっちゃったんだし。それにしてもこの世界にあそこまで酒に弱い人間がいるとは知らなかった。
そのグミも、今はぐっすり眠ってる。顔はまだ怒ってるが…明日の朝には忘れてるだろう。忘れてると思う。忘れててくれ…。
奥のドアが耳障りな音を立てて開く。ユアとレフェルはロッキングチェアでうたた寝してるから、間違いなくナオだ。
「シュウ」
ナオは普段からそんなに笑ったりしないが、いつにもまして真剣な表情をしている。
「何だ…」
俺も適当に返す。
ナオがこうやって改まって話すときは、あんまりいい話じゃない。重苦しい話か、悲しい話だ。
「まず、その…さっきは悪かった。そこの子がいるのが見えなかったんだよ。マジごめん」
なんだそんなことか…
「過ぎたことはいいさ。それに手裏剣の一発や二発で死ぬやつじゃないし」
ナオはかなりびっくりしていたが、俺はどうでもいいとして、グミはそう簡単に死なないと思うって言うのは本心だった。あれくらいで死ぬのなら、警備員にや られた傷で死んでるだろうからさ。
ナオが話を続ける。
「気にしてないならよかった。じゃ、二、三質問していいかな? お前いない間に何あったのか興味あるし」
俺は、「ああ」と頷き、ナオの顔を見る。どこか前のナオとは違う気がした。
「お前、今何レベルになった? さっき銃使ったところ見ると、ガンナー系列なんだろ?」
「今30レベで、エントラップメントって職業に今日なった。なんか特異職ってやつらしくて、罠を使えるんだ。…お前は?」
ナオは俺の言ったことを聞いて少し考える。俺の職のことについて考えてるのか、それとも自分はときかれ考えてるのかは分からないが…会話中だろうが何だろ うが、考え込むのはこいつの癖だからな。
「俺は今30レベルだが、ただの盗賊だ。この先どうするかを考えている。次の質問いいか?」
「ああ」
「あの子、お前の彼女?」
あれ…こいつってこんなやつだっけ。結構硬派なやつだと思ってたんだけどな。
「グミは…いいなと思ってるけど、彼女じゃないよ」
ナオは俺がまじめに答えてやったというのに、首を振ってグミとはまったく違うほうを指差す。それはゆらゆらとゆりかごのように揺れている、ユアとレフェル だった。
「いや、あの銀髪の美女だよ。俺は年上が好みなんだ。幼女には興味ねえ」
そんなこといってるのが聞かれてたら…いくらこいつといえども、脳漿ぶちまけて死んでるかもしれないぞ…。まぁユアに手を出すのよりはましだと思うけど。
俺は精一杯の情を込めて、忠告する。
「ユアには手を出さないほうがいい。本気で…だ。命が惜しくないならいいが…」
「…なんでお前にはこんな凶暴なやつらが寄り付くんだよ…」
知るか。それにグミもユアもそっけないけど、本当はそんなに悪いやつじゃないさ。
「とりあえず、俺の仲間に何かあったらナオ…お前だって容赦しないからな」
「ああ。別にそんな気ないし…な。それよりもシュウ」
「ん?」
「お前まさか、俺の家に泊まろうって言うんじゃないよな?」
え、泊めてくれるんじゃなかったのか…
続く