まったく……初めてのくせに無理するからだ。未成年に酒を出す店主と、それを普通だと おもっているシュウもよくないが。
「おい、グミ。大丈夫か? もしかして酒飲めなかったとか?」
シュウは、顔を赤くして目をつぶっているグミの前で、手のひらを上下させる。
もちろん、グミは反応するはずもなく、椅子の上で船をこいでいた。
シュウにとっては、酒など飲めることが当たり前なのだろうが、グミにとっては二口で昏倒してしまう恐怖の飲み物なのだった。…少し弱すぎる気もするが、 酔っ払って大変なことになるよりは、このまますやすやと眠っているほうが幾分かましだった。
「あう…」
グミは気の抜けた声を出して、体制を崩し、シュウの方へと寄りかかった。その拍子に、グミのひざの上にいた我が、床へと落下する。痛みはないが、あまりき れいとは言いがたい床だったので不快だった。
「シュウ、我を拾って、椅子の上に戻してくれ」
シュウにも聞こえるように、割と大きな声で言う。周りには普通の客もいるが、全員酔っているようなので、別段気にすることでもないだろう。
それよりも、聞こえていないのか…シュウはいつまでたっても、我を拾おうとしない。もう一度名前を呼ぶ。
「シュウ!」
一向に返事はない。あきらめてユアを呼んだほうが早そうだ。
「ユア……シュウはだめみたいだから、頼む」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
まったく…どうなってるんだ。この位置からじゃ椅子が邪魔でよく見えない。
そうこうしているうちに、ユアの足音が近づき、我を拾い上げてくれた。普段から背の低いグミに持たれてる事もあって、ユアの手から見る景色はかなり違っ た。ちょうどグミの視線くらいだろう…そういえば我が持ち主であるグミはどうなっただろう。
「グミ、こんなところでまずいって…」
シュウの困惑した……いや、訂正しよう。興奮した声がした。
無理もない……グミがシュウの左腕をに寄りかかって、すやすやと寝息を立てていたのだ。シュウのやつが、反応しなかった理由は間違いなくこれだ。
殴られることは数あれど、こういった状況はほとんどない。いつも冗談ばかり言っているシュウも、何も言えなくなっていた。
ユアはシュウを挟んでグミと反対側の席に着き、シュウにそっと耳打ちした。
「わたしがちゃんと見てますからね。変なこと考えたら承知しませんよ」
我が言わなくても、きちんと二人の面倒を見てくれているユアの存在は、グミたちにとって間違いなくプラスだった。我の出番も減るものだ……嬉しいような悲 しいようなだが。
周りの客も、ふたりのことを眺めているようだが、別段変わることなく騒いだり、飲んだりしていた。
なぜだか冷やかすようなものはいなかった。
シュウが、どうしたらいいのかわからないといった様子で言った。
「な、なぁ…俺はどうしたらいいんだ?」
「起こしたら怒るだろうから、しばらくそのままでいろ。こっちは積もる話でもしてるから、気にしなくていい」
あえて意地悪く返す。そしてユアがさらににらみを利かせた。
「…く、天国で拷問されてる気分だ…」
シュウはいいほうにも悪いほうにも取れる言葉を発し、空いているほうの手でグラスを傾ける。
地獄で拷問よりはましだろう…。そう思いつつも言葉にすることはしなかった。
ユアがグラスを空にし、店主はゆっくりと中身を注ぎ足す。
うるさい静寂の中、まったく酔うことなくグラスを傾けるユアだけが際立って美しかった。
「レフェルさん」
うっかり見入ってしまっていた我は、多少反応が遅れるものの、落ち着いてユアの呼びかけに答える。
「なんだ?」
できるだけ平静を装うが、ばれていないだろうか。我の不安をよそに、ユアが話を続ける。
「わたしがこのPTに入る前にどんなことがあったのか、聞いておきたいんです」
ユアはそう言い終えると、我を隣の空席に、一人の人のように立てかけ、本体ではない柄の部分へと酒を注ぎ込んだ。酔うことはないと思うが、拒否する間もな いほど、流れるような動きだった。
「飲ませても酔ったりはしない。……それで、具体的に何が聞きたいんだ?」
ユアは水のように酒を含み、小さく微笑む。
「グミさんとシュウくんはどういう関係なんですか?」
……。見た目はなんともないが、実は酔ってるんじゃないだろうか。
我は差し障りのないよう、言葉を選んで慎重に答える。
「そうだな。チンピラに絡まれていたグミを、シュウが助け、空腹で倒れたシュウをグミが助けた。そしてシュウはリスで飯を食わせてもらったのだが、持ち合 わせがなくて、グミに借金をすることになった。それでどうやって払うか、グミに聞かれたときにシュウはこう答えたんだ。
『メルが貯まるまで、ボディーガードでもなんでもやる。』
とな。だから、要するに……ボディーガードと雇い主という関係だ」
思えばおかしな巡り合わせだなと思いつつも、ここまで縁が続くということは、偶然というよりも運命のような気もしてきた。ユアは、意外そうに聞き返す。
「仲がいいもんだから、兄妹かと思ってました。レフェルさんのいうことだと、シュウくんとグミさんは元々関係ない人だったんですね」
関係ない人…だった。だが、今は…。ふと、二人の様子を見ると、グミが何か寝言を言っているようだった。
「しゅう……むにゃむにゃ…ばかー」
夢の中でもシュウは馬鹿にされているのか。そして、グミにとってシュウは、夢の中に出ることが許されているほどの存在なのだった。
その様子は我だけでなく、ユアも見ていたようだった。
「うらやましいですね…。わたしにもあんな人がいるといいんですけど…。レフェルさん、わたしなんてどうですか?」
「な…ユア、酔ってるのか?」
酔ってなければ…錯乱しているのかもしれない。
「冗談ですよ。ただ、グミさんとシュウくんがすごく幸せそうに見えたから、言ってみただけです。それにこんなお酒じゃ、溺れでもしないかぎり酔いません よ」
冗談か。嬉しい反面、多少残念でもある。我も普通の人として生きていたのだったら、元の姿がどんなだったのか知りたかった。
背筋…じゃなくて、柄に冷たいものが走ったのは、まさにそのときだった。
幸福などという文字には一切関係を持つことがないだろう、二枚の黒い刃……暗殺者が好んで使う手裏剣と呼ばれる武器が、シュウとグミが並んで座るカウ ンターへと鋭く回転しながら迫っていた。
「あぶな…」
間に合わない。ユアも脊髄反射だけで、椅子に立てかけてあった槍を使って、手裏剣を受け止めようとするが…コンマ数秒遅かったようだ。
我がもう少し早く危険を察知していれば…幸福に浸ったりしていなければ…そして何より、自由に動ける体だったならば。自分にかせられた運命をのろうしかな いのか。無情にも手裏剣は留まることなく、無防備の二人に牙を向いた。
誰もがあきらめかけた…その瞬間。
からんからんと、見えない何かにぶつかって、力を失った手裏剣が先ほど我が転がっていた位置へと落下する。
何が起こったのか……それはシュウの両脇から覗く、黒鉄から立ち上る煙を見れば明らかだった。
シュウは後ろを向いたまま、手裏剣の存在を察知し、それを正確に打ち落としたのだ。一歩遅ければ、自分だけでなくグミまでも死ぬ…その思いが奇跡を起こし たのだろう。
「シュウ、また腕が上がったな」
襲撃者が、昔を懐かしむように呟く。シュウの暗殺を謀っといてどういう風の吹き回しか。
「ったく…もうちょっと空気読めよ! 起こさないようにやるの大変だったんだぞ!!」
シュウは眠ったままのグミを気遣いながら、小声で怒鳴る。襲撃者はすまなそうに、謝った。
「いやぁ、悪い。悪い。サインさんにシュウが戻ってきてるって聞いたから、懐かしくってさ。ついいつもの挨拶を…」
襲撃者は頭をかきながら、言い訳をする。命を狙うのが挨拶なのか……いったいどういう関係なのだろう。
「シュウ、あの怪しげなやつは誰だ…」
シュウは、我の質問に即答する。
「俺の親友、盗賊のナオだ」
続く
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