薄暗い通りに、そびえ建ついくつかのビル。それぞれのビルにだって名前があり、役割があ るだろうけど、こう暗くっちゃあ何も見えない。
私なんて、ユアさんの手をつかむことで、何とか迷子にならずにすんでいる感じだった。
暗闇の中、はぐれないように手をつかむ。シュウもユアさんも、ちゃんと見えてるのかな?
「あーここ。このビルの中だよ」
シュウはそう言うと、今までとまったく同じようなビルの前で立ち止まった。
「本当にここであってるの? 私たち食べもの屋さんにいきたいんだけど……」
「入ればわかるよ」
シュウはドアノブに手をやって、ゆっくりと開く。からんからんとという音がして、そこから一斉に明るい光と、いい匂いが漂ってきた。シュウの言ったことは 正しかったみたい。
お店の中には、結構たくさんの人がいて、それぞれご飯を食べたり飲んだりしながら談笑している。でも私たちと同じくらいの年の人はいないみたいだった。
「いらっしゃい。おお、シュウじゃないか!」
店主らしきおじさんが、カウンター越しに挨拶する。シュウも「ひさしぶりー」と答える。どうやらシュウって、ここカニングシティじゃ結構有名らしい。シュ ウがカウンターの前に並んだ席に腰掛ける。私とユアさんも隣の席に座った。店主が洗い終わった皿を拭きながら、気さくに質問してくる。
「その後ろいる二人は、誰だ? 見ない顔だが……まさかお前の…」
「ああ、俺の男気に惚れてな」
シュウは毎度おなじみのウソをつく。嘘だってわかってるけど、やっぱり腹が立つので訂正しておこうっと。
「わかってると思いますが、絶対そんなのじゃありませんから。えっと私たちは……そう、仲間です、仲間」
店主は最初からわかっていたみたいで、口元だけで笑った。
「こいつにこんないい子たちが付くわけないよな。それで、飯か?」
「ああ、そうそう。いつもの3つ頼むよ」
店長は目でわかったといい、カウンターの奥に入っていった。
わいわいとにぎやかなお店の中、まず最初に私が口を開く。
「もう、どうしてシュウはいつもそうなのよ。あることないこと……。ねぇ、ユアさん…じゃなくておおかみさん?」
「ああ、うん。そうだね…」
なんだか反応が薄い。さっきまですごい元気で大変だったのに……どうかしたのかな?
もしかしてやっぱりその鎧が……!!?
「おおかみさん、大丈夫!?」
しばらく様子を見てたシュウも、ようやくその異変に気づく。
「ユ、ユアだいじょうぶか!?」
肩を揺り動かして、ユアさんの名前を呼ぶ。当のユアさんはというと…
「……いや、鎧のせいじゃなくて……そろそろ…血がきれるから…元に…戻るよ。また今度あお…」
そこまで言いかけて、ユアさんはカウンターに突っ伏した。どう見ても普通には見えない。
「ユアさん、ユアさん!」
私は何度も名前を呼ぶけれど、死んだように動かない……ん? 動いた!?
数秒前までは固まっていたユアさんが、ゆっくりと上半身を起こす。
「…あ。やっと元に戻れました。どうしたんですか、お化けでも見たような顔して…」
ユアさんは心底不思議そうに言う。そりゃ、人の人格が変わったらビックリすると思うんだけど…。
私の気持ちをシュウが代弁する。
「いやだって、さっきまですごかったからさ。その鎧のこともあるし……」
さっきとはうってかわって、大人しくなってしまったユアさんが、ちょこんと頭を下げて謝る。
「おおかみが迷惑かけちゃったかな…。ああいう性格だから…ごめんなさい」
「全然迷惑なんかしてないよ。ただちょっと驚いただけ…」
一人の体の中に二つの心があるってどういうことなんだろう。そして、狼に体が変わるなんて……まったく想像ができない。
「ほら、三人前あがり!」
どんっと、大きな皿に山盛りに盛られたトマトときのこのパスタが私たち三人の前に置かれる。 
うん、いい匂い! 知らないうちによだれがたれてくる。
「ついでにこれはサービスだ」
店主はさっきの料理に加え、透明な飲み物の入ったコップを三つ私たちの前に一つずつ置いた。
なにこれ……不思議な匂いがするけど、なんだろう。
「クハー! やっぱこれだよ! ほら、グミも飲めよ。食が進むぞ」
シュウはもう一気に飲んでるけど……。一口だけ口に含んでみる。なんだか頭が…熱い。
「あーこれおいしいですね。なんて飲み物ですか?」
ユアさんも飲んでるけど……。もう一口飲んでみる。飲んだことがない味……目の前が…ゆらゆらしてきた。
「飯も旨いなー。やっぱここきてよかったぜ」
「うん、今まで食べたものの中で一番美味しいです!」
私もパスタを食べようと、フォークを持って手を伸ばすけど、なんだか……どんどん遠くなっていく。
どんなに手を伸ばしても…届かない。シュウにとってもらおう。
「ゅぅ、わたっしにもとっれ」
あれ……なんらかちゃんろしゃべれなぃ…
「おい、グミどうした? なんかおかしいぞ?」
シュウはパスタをほおばりながら何か言ってる。
けど、なにいってるかわからない。私の世界がぐにゃぐにゃになって……
続く
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