血の臭いがするのに、付けた血はそのまま。明らかな矛盾に答えはある。
血を吸う鎧なら、血の臭いがしてもおかしくない。だが、この鎧に血を付けてみても消える気配がない。
考えられことはふたつ。
 ひとつは、この鎧が血を吸うまでに時間がかかるってこと。
もうひとつは、この鎧は吸血の鎧なんかじゃなくて、ただの血にまみれた鎧だと言うこと。
最初のほうのだとしたら、しばらくして血が消えているだろうから、その時点で武器屋に返せばいい。
後者だとしたら……何の問題もない。それどころか、もしかして鎧を舐めるだけで白狼の姿になれるかもしれない。
いいことずくめじゃないか。
(ねぇ、おおかみ聞いてるの?)
(あ、少し考え事してた。)
姉さんはいつもどおり心配そうに言う。
(この鎧やっぱり…やめたほうがいいよね。)
(いや、この鎧は大丈夫。)
(え、どうして?)
うーん……全部説明するのは面倒だなぁ。
(あたいがいうんだから大丈夫だって! それにもしだめだったら、ここの肩の血が消えるからすぐわかるよ。)
(う〜ん……まぁいいわ。じゃあ、とりあえず預かりましょう。)
(やっぱり姉さんは、はなしがわかるねぇ…)
うん。もし私の宿主が、あのとんがり頭だったら今頃どうなってたか…。本当によかった。
とりあえず、店主に話しつけとこう。
「じゃ、そういうことでこれは預かるね」
「ほ、本当に持ってくのか? 俺は知らないからな…」
と店主は冷や汗だらだらで答える。本当にさっきの話にびびってるんだなー。
あたいは鎧の肩に付けた血が残っているのを確認し、去り際に言い捨てた。
「悪いようにはしないからさ」
*
「あー怖かった…。もう、シュウがあんなモノ見つけるからいけないのよ!」
私は後から逃げてきたシュウに向かって、口を尖らせる。
ほんとにシュウはいつも余計なことばかりするんだから…。
「いや、まさかあんなものが出てくるとは予想外でな…。それよりも、あの店長…あんな服やこんな服まで持ってたぞ……」
シュウはまったく反省してないみたい。それにあんな服やこんな服ってなんだろう。聞かないけど。
シュウはドアに寄りかかり、カチャカチャと銃をいじっている。きっと、ユアさんが出てくるまで、その作業に没頭してるんだろうな…。
「ねぇ、レフェル。あれどう思う?」
…。
少し間をおいて、レフェルが反応する。
「見た感じ普通の鎧だが……噂なるものは聞いたことがないな。それより…なぜ我に聞く。そこにシュウがいるだろう」
たださっきのことがあって、気まずかっただけだけど、どうしてそんなこと聞くのよ…。
「レフェルも怪しい武器だから、そういうのわかると思ったから聞いたのよ。シュウは頼りにならないから」
強がって心にもないことを言う。私の声が聞こえたシュウは、銃をいじる手はそのままで、すまなそうに言った。
「頼りにならなくて悪かったな…。まぁ、さっきの転職で強くなったから…あ、そういえばまだ本見てないじゃん!」
シュウはごそごそと、コートの中からスキルブックを取り出す。ここからじゃよく見えないけど、トラッパーではなくなっていることはわかった。
私は、一緒にシュウの本を眺めるために、シュウの隣に座る。それを知ってか知らずか、シュウは素早く…破れるんじゃないかと心配になるくらい速く、本の ページをめくる。
「ボムが20レベル…彗星も20、ソウルブレットも20…そういやいままでの俺のスキルってこれだけだったんだな」
そういえば、シュウは今言ったスキル3つだけしか覚えていない。毎回違う技を使ってるように見えるけど、それらはすべてこの三つを組み合わせた応用技だっ たんだ。
シュウは少ししみじみしてから、次のページへと手を伸ばす。ここからは今までより強力な技が載っているに違いない。
「さぁ、緊張の一瞬…ぱら」
シュウはいらない実況をしながらページをめくる。初めてのときはボムだけだったけど…
「おお、あるある。『ボムマスタリー』常用スキル。ボムの爆発力、爆発時間をコントロールできる。何だ、攻撃技じゃないのか。次」
え、結構使えそうだと思ったけど…反応薄! きっと、こういうので損してるに違いない。
「えーっと、次のページ。『クレセント レベル1』MP消費中。銃から鋭い鉤付きのワイヤーを発射する。これは使えそうだな…。よし、早速一発やってみる か!」
シュウはページを読み終えた直後、いじっていた銃を握りなおし、前方の壁に狙いを定める。まさかこんな町の中でぶっぱなすつもりなの!? 止めなきゃ!
「シュウ、こんなところで撃たないでよ! もし人に当たったりしたら危ないし…」
「いや、別にこの町じゃ銃声くらい日常茶飯事だし、俺はミスっても人になんか当てないから大丈夫……うわっ!」
「わっ!」
私とシュウが寄りかかっていたドアが突然開いて、狙いを定めることに集中していたシュウは派手に転げ、私も背中を押されてしりもちをつく。
いたた…私はおしりをさすりながら、ドアを開けた人を見る。透き通るような白い肌に、銀色の長い髪…白い鎧が似合う。
「あ、ユアさんおかえりなさ……ってそれ!」
吸血のなんとか着てるー!!? びっくりしすぎて開いた口がふさがらない。
ユアさんは、転げた私たちを見て謝る。
「あ、ごめんね。気づかなかったから……。それで、それって何のことさ?」
やや雑な話し方や、しぐさからしてまだおおかみさんのようだけど、何でそれ着てるの!!?
思いっきりこけたシュウは、顔を押さえながら起き上がる。そして私と同じように驚いた。
「いってー思いっきり顔から入った…。って、ユアお前何着てんの!? 危ないから脱げって!!」
ユアさんは、笑いながら言った。
「あはは。別に大丈夫だって! これは吸血のトランドットでもなんでもない。ただのいい具合な鎧だよ。それにね…」
そんなこといわれても、さっきの話が耳から離れないよ…首がない女戦士……。嫌でもユアさんと重なる。
「それになんだよ…」
「あたいと姉さんが、こんな鎧ごときに殺されたりしないよっ!」
おおかみさんが、わっはっはと豪快に笑う。
だけどもユアさんの姿のままだから、いつもの物静かなイメージと全然違ってまるで別の人みたいだ。
それになぜだかやけにテンションが高い。本当に大丈夫なのかどうかも、ユアさん本人に聞いて見ないと何とも言えないし。う〜ん…。
おおかみさんが、私の肩をぽんと叩く。
「グミさん、そんな難しい顔してないでさ。おなか減ったから、ご飯にしようよ。シュウがいいとこ知ってんだろ?」
ぐぅ…と私のおなかが小さく鳴る。確かにおなか減ったかも…。どうやらシュウも同じだったようで、すぐに立ち上がって言った。
「まぁ、大丈夫って言うんなら大丈夫だろ!! 飯行こう!」
「そうこなくっちゃ!」
おおかみさんは、シュウと腕を組む。シュウよりユアさんのほうが背が高いから、アンバランスだったけど、デートみたいに見えた。ほんの少し…本当にちょっ とだけ羨ましかった。
私も置いていかれないように、おおかみさんの手を取る。おおかみさんは、手を握り返してくれた。
「やっぱり一人よりも、皆でいたほうがいいねぇ」
しみじみと言う。この間はものすごく冷たかった手も、少し暖かくなった気がした。
結局、鎧の噂のこともはぐらかされてしまったけど…どう大丈夫なんだろう。
そして、いつになったら元のユアさんに戻れるのかな…?
続く