「ほ…本当になんともないのか? ほら、急に胸が痛くなったりとしないのか?」
「いや、なんともないよ。どっちかっていうといい感じだよ」
わたしに代わっておおかみが答える。
この輝く鎧を装備してからは、具合が悪くなるどころかむしろ体が軽く、すごく強くなったような気がする。ただ、最初に感じた痛みのようなもののことは何も 言わなかった。
店長は少し安心したようで、
「そうか。ならいいんだが……とりあえずそれ、返してくれ」
「いや、だからこれ買うってば」
おおかみは、装備を返せという店長に対して、絶対渡さないぞというような素振りをする。
わたしもこれに関してはおおかみと同じ意見だった。この装備は手放したくない…。
店長は困った風につぶやく。
「これはダメなんだ。もしこれで死なれたりしたら困る」
店長は恐ろしいものでも見るように、わたしが今着ている鎧を見ている。どうやら本当にいわくつきのものらしい…。
しばらく様子を見ていたシュウさんが、口を挟む。
「なぁ、その鎧を着たやつってどういう風に見つかったんだよ」
店長は思い出したくないことを思い出したみたいで、顔を青くする。が、喋らなければいけないと思ったみたいで、しぶしぶ話し始めた。
「…これ聞いたら絶対に買いたくなくなると思うが…。まず、犠牲者は三人いる」
ごくっ、とつばを飲み込む音が聞こえる。いや、これはわたしの体が立てた音だ。おおかみも多少は緊張してるみたい。
「まず、一人目だが……装備してたのはこれまた美しく、それは強い戦士だったらしい。で、その女戦士は数人のPTで旅をしていたらしいんだが、ある月が美 しい夜にふらりといなくなったんだ。長年付き添った仲間に何も告げずにだ」
「それで?」
店長は、一瞬目を伏せたが、続けて語りだした。
「その戦士は…次の日の朝に見つかった。しかしその姿は……何者の手によってかわからないが、首が鋭利な刃物で斬られていた。そばにはその女剣士の刀が落 ちていて、それにはべったり血が付着してたんだが…」
この時点ですでに、かなり残酷だと思うんだけど…。シュウさんは興味深々に耳を傾け、グミさんは耳を両手でふさいで、目まで閉じている。
店長はその様子を知りながらも、重い口を開いた。
「その鎧には、一滴の血もついてなかったんだよ。まるでその鎧に吸われたみたいにさ」
なんとなく予想はしてたけど…。
「寝ている間に斬られたっていうやつもいるが、仲間だったやつらは『寝首をかかれるようなやつじゃない』と否定してる。真相は結局わからずじまいで、その 鎧はあの悲劇を繰り返さないように、仲間によって厳重に封印されたそうだ。まぁ一人目はそんなところだ」
そう、まだ一人目の話だった。更に店長の話は続く。
「二人目の話。今度のは美人だったかは知らないが、とにかく強い女戦士だったらしい。どういう経緯でその鎧が流れたのかは知らないが…そいつもかなり気に 入ったらしく、肌身離さず身につけてたらしい」
「それで、今度はどうなったんだよ…」
さっきの話で、多少気分が悪くなったシュウさんが、店長を急かす。
「…いいから聞け。その女戦士はギルドにもPTにも加わらなかったらしいが、かなり強かったらしいから別にそれでもかまわなかったらしい。それで、ほぼ常 に一人だったから最後を見たやつはいないんだが……」
ずっと耳をふさいでたグミさんが、ついに耐えかねて立ち上がる。
「ちょっと…気持ち悪くなっちゃったから、外で待ってるね……」
どうやら、全部聞こえてたみたいだった。おおかみは、
「うん。話し終わったら呼ぶから、夜風に当たっておいで」
と、フォローする。シュウさんも付き添うといったが、グミさんは来ないでと言った。
グミさんが出て行ってから、店長が続ける。
「その戦士は宿屋で倒れていたらしい。だが、外傷はなく、ただ激しく血を吐いたような跡が残っていた。原因は不明…もしかしたら病気かもしれないが、宿屋 の主人は『来た時はぴんぴんしてた』と言ってたらしい」
いよいよ、シュウさんも結構参ってきたらしい。顔色が悪くなっている。
「それで、その血は鎧に吸われたっていうんだろ……」
「その通り…。シーツは真っ赤に染まっていたが、鎧は真っ白なままだったそうだ」
シュウさんは、口に手を当て、吐く素振りを見せる。
「うへぇ…俺ももういいわ…。グミと待ってるよ」
シュウさんはそう言って、出て行ってしまった。店の中はわたしと店長の二人っきりになる。
店長はごほんと咳払いして、こう切り出した。
「次は最後の犠牲者の話だが……二人出ていっちゃったし、俺も気持ち悪いんだよ…。そろそろその鎧諦めたくなったろ?」
う〜ん…今見につけている鎧がそんなに恐ろしいものだなんて…。でも、どうしよう…。
(姉さん、この鎧諦めたりしないよね?)
おおかみが心の中で話しかけてくる。
(そんなに危険なものなら諦めたほうがいいかも…)
(いや、あれはきっと売りたくないから、嘘でたらめを言ってるのかもしれないよ。だって、この鎧…最高じゃない。この質感といい、重さといい……)
(でも、店長さんが嘘ついているようにはみえないよ。これはやっぱりやめといて、さっきの無難なやつにしとかない?)
(嫌。)
おおかみはどうしてもこの鎧がいいらしい。でも、店長さんが言ってたようなことになるのはもっと嫌だった。
わたしがおおかみとしゃべってることなんて知る由もない店主は、
「まだ悩んでいるようだな…。それじゃあ三人目の話をしよう。きっとそれで諦めてくれると思う」
「手早くお願いね」
おおかみはもはや話の内容なんてどうでもいいみたいだった。
店長は、一度大きなため息をついてから語りだす。
「最後の話はほとんど情報がないんだが、装備してたのは女戦士だったらしい。死因は不明…見つけた人…それがここに持ってきた人だが、そいつの弁による と…」
「うん」
おおかみが適当に相槌をつき、店長は一息で最後まで説明した。
「『カニングに来る道の途中で、その鎧が血だまりに落ちていた。』そうだ。血以外は何もなかったらしい…。それで、まぁ例の如く鎧には一滴も血はついてな かったらしくて、それでさっき言った話を思い出したらしい。それで、まぁ俺のところに持ってきたわけだな」
話はこれで全部らしい。おおかみはあからさまに疑っている。
(これ、明らかに嘘っぽいよ。店長が言ってることは本当でも、持って来たやつが大うそつきかも…)
言われてみると、なんか作り話に思えてくる。特に最後のやつがいんちきな匂いがぷんぷんした。
(そうだね…持ってきた人のことを聞いてみたらどう?)
(そうする。)
おおかみはストレートに質問する。
「この鎧を持ってきた人ってどんな人? すっごく嘘っぽいんだけど……全部その人に聞いたんだよね?」
店長はう〜んと一度うなってから、思い出したことを並べていく。
「確か黒いマントで、顔に仮面をつけてたな。名前も何も言わなかったからどこの誰かもわかんねえが、背が異常に高くて、声が機械みたいだった。さっきの話 は全部こいつから聞いたもんだ」
話に聞くだけで怪しい人なんているんだ……。
おおかみは、今の怪しい人間の話で、完全に心を決めたらしい。
「あ、そう。それじゃこの鎧いくらで売ってくれるの?」
それを聞いた瞬間、店長が信じられないといった顔をする。
「いや、だからそれは……売れない。明日神社で封印してもらうんだ」
それを聞いたおおかみがついにキレる。
ばんと両手でカウンターをたたいて、店長を怯ませる。
「だからそれは全部嘘でたらめだって!! いいから早く売りな!」
あぁ…わたしのイメージがどんどん壊されていく。店長は面くらって、一歩下がるものの食い下がる。
「いいのか…? 死ぬかもしれないんだぞ? この吸血のトランドットに吸われて……。それでもいいならこの鎧を貸そうじゃないか」
おおかみはわたしが何か言う前に答えてしまう。
「交渉成立! この鎧を着て死んでも、あんたのせいじゃないから安心して」
勝手に決めちゃった!? 店長と同じくらい驚きながら、おおかみに言う。
(ちょっと…! 勝手に話進めないでよ。この鎧わたしも着るんだから。)
(もし何かあったらすぐ返すから…大丈夫。あたいと姉さんなら呪われてたって死なないよ。グミちゃんだっているしね。)
おおかみはまったく心配していないようだった。わたしは不安でいっぱいだというのに。
(ねぇ、どうしてさっきから、嘘だって言い切れるのよ。もしものことは考えないの?)
(それはね……この鎧、血の匂いがぷんぷんするんだよ。それでさっき、蚊から取った血を塗ったんだ。でもね、血はまだついたままなんだ。どういう意味かわ かるよね?)
もしかして……
続く
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