「…本当に悪いことをしたと思ってます。その、つい、出来心だったんですよ。ユアあんま り怒らないもんだから、調子乗ってました…」
土下座して、ぎこちない敬語を使ってごめんと言ってるのは、シュウさん。そしてわたしは、シュウさんの頭のてっぺんを眺めている。どうも落ち着かない。今 までなら逆の立場だったから。
「もう、絶対やめてくださいね。わたしだけじゃなくてグミさんにもですよ。それと、落ち着かないんで頭上げてください…」
そう言ってすぐにシュウさんのことを許す。もともとわたしは自分にされたことに対しては、さほど怒ってないから。わたしが怒ってるのは、いまだ表情が晴れ ないグミさんのことだ。
シュウさんは、頭を下げたまま隣にいる店長をつつく。そしてとっても小さな声で囁いた。
(元はといえばあんたが悪いんだろ。謝らないと大変なことになるかもしれないぞ)
多分こんな内容だったと思う。これくらいの距離ならささやきだって聞こえるんだ。
それを聞いた店長も、土下座までは行かないけどすまなそうに頭を下げる。
「悪かったよ…。次から気をつけるようにする。そしてグミちゃんもごめんな…」
どんどん湿っぽい空気になっていく。このままじゃいけないと思う。
「もう、二人とも頭を上げてください! 何もなかったことにしますから。ほらグミさんも、もういいですよね?」
「うん…私もごめんなさい」
グミさんまで頭を下げてしまう。もうどうしたらいいのか全然わからないよ。わたしはただ防具が欲しいだけなのに…。
そんな中、わたしのこころに何かが直接働きかけてくる。
(姉さん、何困ってるのさ?)
ここ最近ご無沙汰だったおおかみの声がする。ついこの間までは、毎日話していたのに、他に話をしてくれる人がいると出番があんまりないみたい。
わたしはもうひとつの自分に相談する。
(どうしてこうなったのかは見てたと思うんだけど、みんなしょんぼりしちゃったんだ。どうしたらみんな元気になるかな。)
(姉さんが曖昧な態度ばっかり取るからだよ。それになんか言ってることが余計怖いよ…。)
(だってどうしたらいいのかわからないから…)
そもそも人と喋ることにあんまり慣れていないのに……。そこでおおかみは驚くべき提案をしてきた。
(じゃ、あたいが出て話したげる。どっかに血ない?)
(こんなところで狼になったりしたら、店長さん驚くよ! それに血なんて…)
(もちろん心だけだよ。それにほら…あそこにおなかふくらました蚊が飛んでるじゃないさ。)
う〜ん…それでいいのかな。おおかみなら何とかやってくれそうな気がするけど。
とりあえず、目の前を通った”血”を殺さないように捕まえる。わたしが羽をつかむと、一瞬でおとなしくなった。
(じゃあ、お願い。わたしの姿のままなんだから、変なこと言ったりしないでね。)
(まかしといてよ!)
妙に嬉しそうなのが心配だけど、自分の力じゃどうしようもない。おおかみに頼らないといけないのは情けないけど…。
わたしは意を決して、上手に蚊を潰し…何者のかわからない血を一滴、舌の上に落とす。
じわりと鉄の味が口の中に広がり、わたしとおおかみが入れ替わる。
「ゲホゲホ! 何だこれひどい味…」
突然喋り方というか、中身が変わってしまったわたしを皆が見る。見かけはないも変わってないはずだけど…。
「あーお前ら。姉さんを困らせるんじゃないよ。いつまでもしょぼくれてない!!」
目を吊り上げて、店全体が震えるほど怒鳴る。多分外まで聞こえちゃったと思う。
そんなのにシュウさんたちが気づかないわけはなく、珍しいものでも見るような目つきで私を見ている。
(ちょっと、話が…。)
(いーの。いーの。)
よくないよ…。わたしのイメージが…。
「姉さんはあんまりはっきりとしたこといわないから、あたいが代わりに言っておく。お前らが暗いオーラ出してるとこっちまで暗くなるから! ほら、グミさ んも!」
そういっておおかみは、グミさんの手を握る。
「もしかして…おおかみさん?」
手を握っただけでわかったみたい。今度は店長がびっくりして声を上げる。
「おい、あの人二重人格か!? いきなり性格変わったぞ?」
今度はシュウさん。
「まぁそんなもんだ。そしておおかみの言うとおり…。しょぼくれてないで、さっさと装備決めようぜ!」
「そそ! ぱっぱと決めて、飯にしようじゃないか! わかったらさっさと次の持ってくる!!」
「わ、わかりました!」
なんと…おおかみはあっという間に場の雰囲気を変えてしまった。ちょっとわたしには真似できない。
同じわたしなのに…。少しおおかみを羨ましく思った。
店長さんが、次の防具を出そうとするが、なぜかシュウさんに止められる。
「これは…ダメだろ! 見たいけど…いや。大体戦士装備じゃないし、そもそも何でそんなもの持ってんだよ」
「そ、そうだな。シルバーメイルであれだ…これはまずすぎるな。本当に殺されるかもしれない」
なんかこそこそ相談してるけど……。おおかみはそんなこと気にすることなく、二人の元に近づいてこう言った。
「あーもう、何でもいいから出しなよ。これなんて装備?」
おおかみの目から通して見たものは、さっきのシルバーメイルと比べても引けをとらないような大胆な服だった。名前は知らないけど。
店長が、びくびくしながら説明する。
「えっとそれは…女盗賊用の装備でして…フルツって言うんですけど。けっして装備しろなんていいませんから…」
うん…確かにこれはダメだと思う。こんな過激なの好き好んで着る人なんていないと思うんだけど…。
「これは…ダメ。こんな薄布じゃ寒いし、弱そうだし」
ほっ…もしかして着るとか言い出すのかと思ったけど、その辺りはちゃんとわかっててくれたみたい。
心の中でおおかみに礼を言う。
(ありがと…。)
(姉さんならこれでも似合うと思うけど…恥ずかしいでしょ?)
(うん。)
「次」
おおかみが不機嫌そうに言う。だけど店長は首を振って、
「実はこれくらいしか30レベル付近の装備はないんだ。悪いが……」
「おーい! これなんていいんじゃねーの?」
店の奥、さっき店長さんがごそごそあさってた辺りから声がする。どうやらシュウさんが勝手に装備を探してるみたいだった。それを見た店長はものすごい慌て 振りで叫ぶ。
「お、おい! そこには俺の貴重なお宝が! 汚い手で触るな!!」
一体何があるんだろう…。ここからじゃよく見えない。
「別にこのお宝にには興味ねえよ。それじゃなくてこの鎧だよ」
シュウさんはそう言って、白くて立派な鎧を持ち上げて見せた。ところどころに美しい金の紋様が入っていた。
しかしそれを見た瞬間、店長の顔が蒼白になる。
「…おい、それは!」
シュウさんは店長の静止も聞かずに、軽いフットワークでわたしの元に飛んできた。近くで見ると、更に鎧の美しさがわかった。着てみたい…そんな欲求にから れる鎧だった。
おおかみもそれは同じだったらしく、大きく息を飲んだ。
「これ…着てみる。シュウありがとね」
「おう」
おおかみは一言だけシュウさんにお礼を言うと、すぐにそれを持ってカーテンの中に入った。
おおかみは聞こえるはずないのに、カーテンを閉め切ったのを確認してからわたしに告げる。
(これ、すごいよ。きっとこれなら姉さんも気に入ると思う。)
(装備してみて。)
(うん。)
そう言うと、おおかみはわたしが着たままだった、シャークを脱ぎ捨て、白く輝く鎧に身を包んだ。
おおかみを通して、光に包まれるような不思議な感覚に襲われる。
(これ…すごく軽い。何も着てないみたいだ。)
おおかみがぴょんぴょんとジャンプする。
(硬さはどうなの?)
わたしがそう聞くと、手に持っていた槍でまっすぐ自分の胸に突き刺そうとした。この槍の力を持ってすれば、普通の鎧なら簡単に貫いてしまうだろう。だけど も、わたしの意思に反して、槍はわたしの胸に吸い込まれていく…!
「ガキン!!」
強力な戦士同士の剣合のような、鋭い金属の悲鳴。槍も鎧も傷一つしていなかった。
(ね。)
(すごい……。これなら…)
おおかみはわたしが最後まで言い終える前に、カーテンを開けてみんなの前に躍り出た。
グミさんたち、3人…いや4人の視線がわたしに釘付けになる。
「すげえ……」
「きれい…」
「……!」
シュウさんとグミさんは感嘆し、見とれている。店長は怖いものでも見るかのようにがくがくと震えている。
おおかみは、店長に近寄り、
「なぁあんた。これ気に入ったんだけど、何て名前? できたら欲しいんだけど」
店長は、震える声で言う。
「なんであんたそれを装備して無事なんだ!!? そのプラチナトランドットは…」
「プラチナトランドットっていうんだ。ああ、あと装備してもなんともないよ。むしろいい感じだよ」
おおかみがそう言うと、店長は信じられないような顔で言った。
「それは……それを装備した人間が必ず異常な死を遂げることから、『吸血のトランドット』って呼ばれてる」
それを聞いた瞬間、胸に何かが突き刺さったような気がした。
続く
第10章4 ぐみ5に戻る