どさっ、色とりどりの服がカウンターを埋め尽くす。どれもこれもわたしが着ている服よりも立派で、高級そう だった。それはわたしの服が、服と呼んでいいかどうかわからないほどぼろぼろだったからだけれど。
「とりあえず、見た目でこんだけ持ってきたが、よく考えたらお前さんたちのレベルと装備を見定めてからでないと、物が売れない決まりになってるんだった。 少し寸法を測らせてくれ」
無精ひげの店長が言う。そう、わたしはここで新しい服というよりも、新しい防具を買うのだ。
もちろん、そんなのは初めてのことで、寸法を測るというのもよくわからなかった。いったい何をされるのだろう、少し怖かった。店長がおもむろに、薄っぺら い板状の紐を取り出す。
「すぐ終わるからじっとしといてくれ。ついでにシュウとそこの子も測っとくから」
店長は言い終えると、目にも留まらぬ手さばきで、上から順にわたしのサイズを測り始めた。そして物の十秒でそれを終え、シュウさんやグミさんへと手際よく 作業していった。
シュウさんは慣れている感じだったけれども、グミさんは少し緊張して表情が硬くなっていた。
「ふむ、シュウはどうでもいいとしてだな。そこに長髪の女はもうなんていうか非の付け所がないな.。長身、しかもスリムで、なおかつ出るところはしっかり 出てる。何を着ても着こなせるだろう。だがそこの子は……なんていうか、小柄であんまり凹凸がないな」
これは褒められてるのかな? グミさんはなんかすごく衝撃を受けたみたいだけれど…。
店長はさらに続ける。
「ついでに言うなら装備も見た。シュウはどうでもいい…」
またも、ないがしろにされるシュウくん。さすがに店長に食って掛かる。
「っておい! なんで俺のこと省いてんだよ!」
店長は、憤るシュウを見て、やれやれといった感じで首を振り、
「男に付き合ってる時間はねえっつうんだよ! それにお前はアレだ。ガンナーなら攻撃くらい全部避けろ。武器は使い慣れたそれでいいだろうしな。お前なら それぐらい、言わなくてもわかると思ったが…」
と言った。最初の発言がどう見ても省いてると思うんですが…。シュウさんは一度ぎくっとした後、落ち着いて返答する。
「いや、俺ほどの男ならそれくらいのこと…当然わかってたぜ。いいか、俺はお前の力量を試そうとテストを…」
「はい次」
「おいいいいいいい!!!」
やっぱりシュウ君はわかってなかったみたいだったので、店長はあっさりと流す…というよりもほぼ無視した。店長の視線はグミさんに注がれる。
「さっきはいろいろと酷なことを言ったが、装備は一級品だ。特にその防具……最上級に生地だけでなく、魔法まで織り込まれている。悪いがそれを超える装備 は、ここにはない。色も俺的に好みだ」
「これはおばさんにもらったんだから、当然よ! 他の装備に変える気もないわ」
グミさんが機嫌よく返事する。それをくれたおばさんのことも誇りに思ってるのだろう。語尾にも気合が入っている。
「で、武器だが…なんだそれは。見たこともない形をしてるが、なんというか不気味だな。女の子が持つような武器じゃないと思うぞ」
一瞬だけど、レフェルさんが動いたように見えた。武器といわれて気分がいいわけないだろうな…。確かにその…喋るし、少し不気味だけれど。
グミさんは慌ててレフェルを引っ込め、話題をそらす。これ以上何か言うと、レフェルさんが反論してしまうと思ったのだろう。
「あ、こ、これは師匠から譲り受けたものだから、女の子用じゃないんです。ね、それよりユアさんの方に移ろうよ」
店長の目線は左にスライドし、わたしの視線とぶつかった。何かを見定めるようにわたしを見ている。
「もちろんそのつもりだ。それで、ユアと言ったっけか…職業は?」
見ただけじゃわからなかったのだろう。だって30レベルの戦士ともあれば、ぴかぴかの鎧に重そうな剣を持っていてもおかしくないから。
それに比べてわたしが着ているのは、服と呼べるかも微妙な代物で、銀の胸当てでなんとか防御力を高めているだけだった。持っている武器も、見た目にはただ の槍にしか見えない。
「一応その、見えないと思いますが戦士です」
わたしがそう言うと、店長は深くため息をつく。
「戦士か…。まず武器から言おうか。どこで手に入れたのか知らないが、その槍には超強力な魔力が封じられている。使い用によっては恐れるものなどないだろ う」
「え!?」
これはわたしではなく、グミさんとシュウさんの声。わたしはこの槍を預かっているだけだけで、入手経路は知らない。でも、二人の様子を見ると……なんとな く拾ったかもらったりしたんじゃないかと思う。
「これがそんなにすごい物だなんて知りませんでした」
正直に答える。店長もうんうんと何度も首を縦に振ってから言った。
「俺も初めてみたよ。よほどのことがない限り、その槍を手放すな」
「はい!」
グミさんに預かってるものだもの。命に変えても守るつもりだ。あ、でもそれじゃダメかも…。
「続いて防具だが…」
店長が話を切り出したので、そちらに意識を集中する。何を言われるかは想像が付くけど…。
「正直、どうして君ほどの人がそんな装備をしてるのかが解せないな。一瞬初心者かと思った」
店長の容赦ない言葉が胸に突き刺さる……ことは、慣れていることもあってなかったけれど、初心者と同等の装備だとは知らなかった。改めて、あの主人は酷 かったということを痛感する。
「これには訳があって…」
グミさんがとっさに弁護してくれるが、わたしはそれを遮って言った。
「これはその、お金がなかったんでずっとそのままの装備にしてたんです。気にしないで下さい」
主人のせいだとは言わない方がいいと思った。もともとわたしの責任でもあるんだし…。
店長はわたしが少し強い口調で言ったからか、それ以上は追求せずにくれた。
「そうか。まぁ今日は安くしとくから、何か買っていくといいさ。それで、レベルいくつなんだ?」
「30です」
店長は、わたしの言葉を聞くや否や、すぐに持ってきた大きな木箱をあさり始める。そして、これも驚くほど素早く、鎧のようなものを取り出した。
「これなんかどうだ? 『シャーク』っていう、25レベくらいの戦士が着る鎧だ。色もいくつかある」
店主は、シャークと呼ばれた鎧を、わたしに手渡す。手に持ってみるとずっしりと重量があった。近くで見ると、いろんな部位に鉄が使われていて、かなり丈夫 そうだった。
「とりあえず、試着してみたらどうだ? 試着室はないが、そこのカーテンがあるだろ。そこで着替えてくれ」
店長の指差した先には、ただカーテンがあるだけ? の試着室があった。あそこで着替えるのはどうかと思うんだけど、ここで着替えるのもまずいと思うので、 空色をしたそれを持って、カーテンの中に入る。
「覗いたりしようとしたら、私がただじゃ置かないからね」
カーテン越しに、グミさんがシュウ君を戒める声が聞こえてくる。それでも食い入るような視線は消えなかったけど。
わたしは、着ていたボロを脱ぎ、渡された鎧を試着してみる。着心地はそんなに悪くなかったけれど、やはり少し重いような気がした。
わたしはカーテンを開け、
「こんな風になりましたけど」
「おおおおお!!!!」
グミさんを除く2人(3人?)の歓声が起こる。そんなに似合ってたのかな…。気のせいか、店長とシュウの目が泳いでるんだけど…。
「それだよ。もうこれで決定じゃないか。初めて見たときからすげえと思ってたが、やっぱ俺の目は確かだったわ」
「素晴らしい被写体だな。ここまで綺麗に整った姿はそうはないぞ」
二人同時に喋ってたので、何言ってるかわからなかったけど、わたしの姿を見て喜んでくれているようだった。
二人はひたすら、じーっとみている。これ以上黙ってると話しそびれそうなので、今のうちに言っとこう。
「あの、これすごく丈夫そうで、気に入ってくれたのは嬉しいんですけど……ちょっと重いです」
「な、なんだってー!!」
例の二人は、ほぼ同時に叫ぶ。そんなに驚くようなこと言ったかしら……。
店長とシュウは、心底残念そうな表情をしてから、言った。
「そうか……ん!? そうか! これは神の思し召しだったのか!!」
店長は叫ぶのと同時に、またもがさごそと木箱をあさり始める。代わりのもの出してくれるつもりだろう。店長が取り出したのは、銀と黒でコーディネートされ た鎧だった。
「『シルバーメイル』。本当は35レベル用の装備なんだが、あんた強そうだから大丈夫だろう。それに何より……げふん。着てみてくれ」
わたしは渡されたシルバーメイルを受け取る。渡した店長は、何かをシュウに耳打ちしていた。
まぁ、なんだかよくわからないけど着てみよう。わたしは突き刺さるような視線を無視し、さっきと同じように、カーテンに入り、シャークの代わりにシルバー メイルを着た。
今度はさっきのに比べて、ずいぶんと軽く、コンコンと叩いてみるとさっきのシャークよりも丈夫みたいだった。
よし、これにしよう。そう決めて、わたしがカーテンを出ようとすると、そこにはグミさんが立っていた。
グミさんは、私のことをじっと見て、だんだんと顔を高潮させていく。
「グミさん、どうかしました?」
わたしが聞くと、いつものどこか笑っているような雰囲気とは違って、すごく怒っている様子だった。
「ユアさん、さっきの方がまだましだから、ちょっと着替えておいて。すぐ戻るから」
「あ、はい…」
カーテンを閉めて、シャークを着なおす。どうしてグミさんは怒っていたんだろう。
「うわああああああ!!」
「ちょっと落ち着くんだ少女ぉぉぉぉぉ!!!」
例の二人の悲鳴と破砕音が聞こえる。多分グミさんがやったのだろう。
「こんなんで落ち着いてられるわけないでしょう! 何なのあの服は……あんな服着てたら、道行く男どもの注目の的よ!!」
グミさんは本気で怒っているらしく、最後の方は全然話と関係ないことまで言っていた。
確かにこの服は少し露出が多すぎると思うけど…。
「わかった! ごめん。ごめんって! 頼むからその物騒なものしまってくれ!」
シュウ君が半ば泣きそうになりながら、グミさんに頼み込んでいる。もう少しそのままにしておこうかとも思ったけど、本当に危なそうだったので早めに止める ことにした。
「グミさん、少し落ち着いて! わたしは気にしてませんから!」
「はぁはぁ……今こいつらやっつけるから。待っててね」
グミさんは怒りのあまり我をなくしてしまってるみたい! これは結構まずい気がする。
わたしは、言葉で抑えるのは無理だと悟り、代わりにグミさんを後ろから抱きしめた。
「ユア…さん?」
グミさんはびっくりして、わたしの方に振り返る。
「わたしはもう大丈夫だから、グミさんもシュウさんもいなくなって欲しくないんです。だからその……正気に戻ってください!」
「……ご、ごめんなさい。私…」
グミさんは、わたしの腕の中でうつむいてしまう。どうやらもう大丈夫のようだ。わたしは腕を緩める。
「ユア、助かったよ……」
「シュウさんも店長も少し黙っててください」
二人とも空気を読んで、押し黙る。黙らないようなら、黙らせるのだけれど。
「グミさん、わたしのことで怒ってくれたんでしょう? わたしが怒らないから…」
グミさんは、下を向いたまま小さく頷く。心なしか震えていた。
「ありがとう。わたしのこと思ってくれる人がいるんだって、すごく嬉しかった。でも、そんな優しいグミさんが、誰かを傷つけるところは見たくなかった の。……いつものように笑ってて欲しいの」
何も用意してたわけじゃない。言葉が自然とあふれてきた。小さい頃の曖昧な記憶……霧がかかったように、その先までは見ることができない。でも、暖かかっ た。
私の腕に暖かいものがひとしずく落ちる。グミさんは、両手で目をゴシゴシとこすってから、
「…うん。私、笑顔でいる」
と言って、太陽みたいに笑った。目のふちにたまった光の粒も、すぐに消えるだろう。
グミさんが元気になって本当によかった。
わたしの装備決めはまだかかりそうだけど……。
続く
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