#49 オルタナティブ
 第四章にて少し語ったオルタナティブを持つ人間をこの章では新人類として取り上げようかと思う。なお、一般的な人類の説明は省略する。今この本を手に取っているあなたも例にもれず、一般的な人類に他ならないからである。当の本人が属する種別分けなど必要ないどころか、蛇足でしかない
 新人類は一般的な人類とは異なる能力を有する。全ての人類の能力を足し合わせて総人口で割ったものを人類の平均と呼ぶのなら、新人類はその平均値を異常なまでに上回り、なおかつどのような人類も有することのできない能力を有する存在である。
 とはいっても、具体的にどこが優れているのかは非常に答えに困る部分でもある。なにせ、優秀であるということを説明するにあたっても、優秀であるという基準そのものが曖昧で数値化することが困難だからである。ある一定の集団の中でトップに立つ人間がいたとしても、他の集団の中では最下位を経験することもあるのだから。
 また、優劣を競う部分も一言で片づけるには多すぎる。身体能力、思考力、想像力と言った点でも個体値、努力値で多少の増減はしてしまうのだ。世界的な競技で最優秀選手として表彰された、世界新記録を取ったなんていうのも当てにはならない。それはあくまで参加した選手の中での優劣でしかないわけで、それがいくら各国の代表選手であったとしても、真に表彰されるべき人物は他にいるのかもしれない。
 話を元に戻そう。言うまでも無く一般的な人類には限界があり、どれだけの才能を持ち、体格に恵まれ、素晴らしい人格を有していたとしても、それは人類を数ある種の中の一つと数えれば、どれもそう変わらない。多少足が速かろうとも、多少頭が良かろうとも、それは種族間の平均基準に当てはめた場合のことでしかない。
 しかし、新人類は一般的な人類とは見た目こそほとんど変わらないものの、種族の時点で異なった存在である。彼らの最も優れた部分をあげるとするならば、人間の限界を超えているという部分だろう。その優秀さは一般的な人類からしてみれば異常としか映らないほどに超越している。かといって、SF小説や我が国のアニメーションなどで良く目にする超能力や怪力の類とは違う。なぜならそれは人間の限界を超えたというよりは、人間が単純に計算能力や力で機械に敵わないのと似ている。私から言わせてもらえば彼らはもはや人類では無いのだ。新人類といえども、機械と腕相撲をして勝てるわけではない。
 ならば、どこが優れているのか。これも一言では説明できない。彼らは生まれつき異常を抱えているため、一般的な人類からは劣っていると見られることの方が多いからだ。けれども、彼らにとってのそれは異常や障害ではなく、むしろ本来あるべきはずの失われた機能すらも人を超えるためのきっかけに過ぎない。欠損を補うためのオルタナティブは副作用でありながら、誰にも真似することのできない長所になりうるのだから。
 例えば、生まれつき耳の聞こえない人間がいたとする。彼、もしくは彼女は生涯通して私たちが耳に出来る全ての音を感じることは出来ない。と、同時に人が発する声を聞くことが出来ないため、自分も喋ることが出来ない。しかし、耳に頼れないことから危機察知能力、目や皮膚などの感覚機能が向上する。それによって、日常生活に多少困ることはあっても、生活できないほどではない。
 そこまでは普通の人類と変わらない。しかし、生まれつきの欠損に加え、脳の研究に携わる私の発見した”月”と呼ばれる部分に幼少期から干渉することによって、その機能は著しく向上する。耳の例から言えば、口の動きだけで何を言っているのか理解する口唇術だけでなく、皮膚の動きや汗、微妙な動作だけで相手が何を思っているか手に取るように理解するのも容易である。また、迫りくる脅威をいち早く見つけ出し、それに対処するといった耳に頼る人間には不可能な事象をも第六感でとらえることもできるだろう。
 これが新人類であり、俗に言う超能力にも似たことが出来る。その数は人の数だけあるとも言え、同じ欠損であっても人によって向上する部位は異なる。まだ研究段階とはいえ、今後、人類を駆逐する未来も遠くはないだろう。それはまさしく革命であり、その勢いを止めることのできる人類など新人類を除いて存在しない。

作者不詳 「第五の季節」 第五章"革命的新人類"

*
 俺の隣にいた楽弥が姿を消し、俺には絶望だけが残った。
「おい、霜月生徒」
「……月読」
「話を聞け。お前を含む全員に関係のある話だ」
 月読は俺が反応するまでに何度も呼びかけていたらしいが、そのどれ一つとして俺の耳には届いていなかった。楽弥との短くも楽しい日々だけを思い出し、とめどなく押し寄せる自殺衝動を押し止めることで精一杯だ。あすかのおかげで、俺はまだ何の行動も起こしてはいないが、あすかがいなければあらゆる手段で死のうとしていたに違いない。
「卯月生徒は私の部下が保護した。しかし、師走生徒の行方を追うことは出来なかった。手中の卯月生徒を解放したのは、奴らにとって所有する価値が無いからだろう。なぜなら彼らは一番欲しかったものを手に入れたからだ」
 月読が親友だと思っていた人の名を口にする。楽弥は自分のことを”鍵”だと言った。そのことが何を指すのか分からない。というよりもわからないことばかりだ。なぜ、自分たちがテロリストに狙われるのか。なぜ楽弥はいなくなったのか。世界が勝手に回り、自分だけが置いてけぼりを食らっているような気分になる。
 月読は携帯を手に取り、何かを一読した後、険しい表情で携帯を閉じる。
「襲撃は予測できていた。にもかかわらず、師走楽弥を奪われた。これは”月”の観測者たる私の落ち度だ。私はお前達に全てを語る責任がある。霜月、聞いているのか?」
「……興味無い」
 何もかもがどうでもよくなっていた。楽弥は初めから友達じゃなかった。俺はずっと一人だったのだ。例え、連れ戻したとしてもあの楽弥はもう戻らない。誰の責任だとか、これからどうするとかどうでもいい。ただ、一人になりたかった。
「聖、こっちを向け」
 あすかの声がした方を向くと、ぱしんと小さく俺の頬が鳴った。涙で目と鼻を赤くしたあすかが立っていた。少し遅れ、頬に手を当てると同時にあすかの口が開く。
「馬鹿者! お前が、お前が楽弥を信じてやれないで、誰が楽弥のことを信じていられるんだ! 楽弥は友達だろう!? お前まで楽弥を裏切るな!!」
 普段のあすかとは違う、頭ごなしの説教では無く、実の母にされるような説教。あすかの両目には大粒の涙が浮かび、まるで自分自身にも言い聞かせているようだ。
「ごめん」
 一言だけの謝罪。ささくれ立った心に刺さる一言でふっと視界が鮮明になる。思い出の中の楽弥はいつも笑っていたではないか。楽弥は裏切ってなどいないのかもしれない。いつも、どんな選択でも楽弥は間違えたことなど無かった。間違っているのはいつも俺。そして今も俺はとてつもなく重大なミスを犯すところだった。
「先生、話の続き、お願いします」
「ああ。弥生、いいな?」
 壁に寄り掛かって腕を組んでいた弥生は、小さく頷きそのまま目をつぶる。沈痛な表情で座っていたイルカ、レオもあすかの大声に何かを感じたのか少しだけ顔色が良くなっていた。
「まず、お前達がテロリストに狙われている理由。それは、元はと言えばお前達、陰暦の姓を持つ子どもたちはテロリストの所有物だったからだ。その苗字も彼らがわかりやすいように付けた名前。両親は元よりいない、もしくは既存の両親の姓を無理矢理変えた。その上でこの四季市に閉じ込めた。監視者のいるこの街に」
 驚愕の事実に弥生を除く全員が背筋を立てる。自分の両親が本当の両親では無いという事実。俺は既に知らされていたが、他の全員が知らされていなかったことだ。
 月読はそのことを考慮してか、先に誰の親が本物の親ではないか伝える。
「弥生、文月、水無月、卯月、師走は実子だ。如月、霜月は違う。監視者が両親の代わりをしている。実の親がいる五人。その五家族全員かどうかは分からないが、教育費として多額の資金を組織から受け取っている、ないしは子供の生命の危機を組織の力で救っている」
「そんなっ! 母さんはそんなんじゃない。女手一人で僕を……」
 レオが食いつき、それをいつの間にか動いていた弥生が片手で押さえる。そして、あすかを見るように目で指示した。
「気にしないで。ずっと、そんな気はしてたから」
 俺とあすかではその事実の重さが違う。両親との距離も、その信頼も、俺とは違い過ぎる。口では平気だと言い張るあすかであったが、心に穴があきそうなほど重い事実に立ち尽くしていた。
「なんで、テロリストたちはそんな面倒なことをしたんだ。無理矢理、拉致すればよかっただろう」
 話題を逸らそうと口を利く。ほんの気休めに過ぎなくとも、これ以上あすかがつらそうな顔をするのは見ていられなかった。
「組織の長、睦月の気まぐれだ。泳がせた方が良い子に育つとでも思ったんだろう。ルナチルドレンが普通の人間と相いれないことは自分が一番知っている癖に」
 神経質に眼鏡をいじり、良く知る人物の話でもするように嫌そうな顔をする月読。そのことが気になったが、今はそのことを突っ込んでいるほど余裕がなかった。楽弥をどうすれば連れ戻せるのか。そのことについて聞いていない。
「燦。私から提案がある」
「何だ?」
 突然口出ししてきた弥生は先生のことを下の名前で呼び捨てにし、俺たち全員の前に立って言った。
「おい、辛気臭い顔したゆとりども。この胡散臭い教師の話は長いし、要領を得ないし、つまらない。だから、弥生姉さんから簡単かつわかりやすく、君たちがどうしたらいいか教えてあげる。君たちはとてもすごい力を持っている。それを使ってテロリストをぶっ潰すのよ。そしたら、君たちは自由になれるし、こんなふうに哀しい目にも遭わなくて済む。お姉さんに任せなさい!」
 突然現れて、唐突なことを言う弥生。その勢いとは対照的に、俺たちは口を半開きにして「何言ってんのこの人」と思うことしかできなかった。その様子を間近で見ていた胡散臭い教師こと月読は弥生の頭を押しのけて俺たちの前に立った。
「私は胡散臭くなどない。しかし、話が無駄に長かったのは認めよう。今から鍵を取り戻す具体的な作戦を話す。簡単なものではないが、全員が一致団結すれば不可能ではない。泣いている暇なんてないぞ」
 その言葉を聞いて、あすかが両目を袖で拭う。そして、恥ずかしそうに俺の顔を見る。そういえば俺も泣いたんだっけと思いだし、顔を背けた。

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