#28 ワイヤレスガール
 テレビとかで見たことのある試作型ロボット。彼らは丸っこい胴体に、変に太くて不格好な手足が無理やりくっつけられていて、自らの手で悪くしたバランスを最先端のテクノロジーで何とか支えている。
 初めての月面着陸のようによちよちと歩き、あらかじめプログラムされたダンスを無表情で踊るロボット。あんなものは金持ちの余興でしかない。どこかの民主主義を騙った社会主義国家のように、つっかえ棒でもしておけ……と今の今まではそう思っていた。
 だが、現時点でのロボットへの評価は敵対しない方がいいレベルにまで、格段に評価を上げている。はじめは目標をターゲットに入れてスイッチできる程度のものかと思っていたが、あの牛女の繰り出してきたマシーンは前衛的なデザインの注射器とはまるで次元の違う存在だと、ごく短期間で思い知らされた。
 封鎖されていた門からの奇襲を辛くも回避し、体勢を立て直した俺はナイフだけを残して、邪魔な鞄を盾代わりにあの”銀”と呼ばれた機械へ放り投げる。センサーアイの視覚を一瞬でも遮り、あわよくば針の射出口も塞げればと思っての行動だったのだが、”銀”は躊躇うことなく白銀のボディを驚異的な速さで横滑りさせて、難なく俺の初撃をかわした。
 更に移動しながらであるのも関係なく、中空で射出口を俺に向け、先ほどの針を連射してくる機械の門番。何本かの針が上着を掠め、ポケットの縫い目の部分を貫通出来ず、一本の針が残るのが見えた。
 俺は鋭利な先端部で指を傷つけないようにそれを引っこ抜き、無尽蔵に撃ち続ける敵から、一旦、距離をとる。門の外に生えている大木の後ろ。ここなら、針で射抜かれる心配はないだろう。
 ここまでの戦闘で幾つか分かったことがある。目の前でターゲットを蜂の巣にするべく探し回っているロボットの名は”銀”。電話口の女が言っていた。
 全長は1メートルより少し大きいくらい。大型犬並みの大きさで機械の身体なのだから、重さはゆうに100キロは超えているだろう。
 外装は白銀の金属。銀、鋼、アルミ、ジェラルミンなどいくつかの金属が一瞬にして思い浮かぶが、頭を振って思考から削除する。材質が分かったところで、生身の俺がどうこう出来る問題ではない。
 移動方法はキャタピラ状のタイヤが複数。バッグでの奇襲でスプリングかジェット噴射のようなものでの急激な横滑り移動を確認。丸っこいその外見と安定した重心から、転倒したりすることはまずないと思われる。
 装備は今のところ分かってる限り、針を打ち出す銃のようなものが一つ。射出口は固定式で前方にしか打ち出せない。センサーアイは大きくて、分かりやすいものが一つ。それ一つで複眼のような役割を果たすのか、それとも外からは見えない部分に他の視覚装置があるのかは不明。針の形状は縫い針やなんかと特別違うところはなく、注射器の針のように中が空洞になっているのかと思ったが、違うようだ。
「ただの針で大の大人が倒れるもんか……?」
 最初に敵が使ってきた手を思い出しながら、針先に触れないように人差し指と親指で表面をぬぐう。鼻に近づけてみても臭いはしない。だが、そのことで逆に俺はこの針の正体に確証を持てた。無味無臭の睡眠薬ないし痺れ薬の類だろう。弥生の言っていた「生け捕り」とも符合する。
「当たったら、終わりだな」
 一本でどれほどの効果があるかは分からないが、わずかでもスピードが落ちれば後は滅多刺しだ。掠る程度すらも危ういかもしれない。
 木の陰から門番の様子をそっと覗き見る。目視した直後に射出口が光ったのが見え、反射的に身を隠す。麻酔針は前髪を数本散らし、背後数メートル先まで飛んでいった。
「参ったな」
 相手が飛び道具持ちだと言うのに、距離をとったのは明らかに失策だった。針の命中精度もかなり高いようだし、相手に向かっていくと言うことは相手にとっての的を大きくすることでもある。何か全身を覆えるだけの盾や鎧のようなものがあれば話は別だが、バッグも投げつけてしまったし、普段とほとんど変わらない軽装ではどうしようもない。
「このまま、何度か攻撃をやり過ごして、弾切れを待つか」
 いや、駄目だ。相手は機械で正確な射撃が出来ることに加え、時間を稼がれて困るのは俺自身だ。俺が今こうしている間にもあすかが酷い目に遭わされていると思うと、頭がどうにかなりそうになる。
「畜生ッ!」
 小さく悪態を吐きながらも、頭を動かすことは止めない。クールになれ、考えるのを止めたらそこで終わる。今は闇雲に飛び出すときじゃない。少しでも情報を集めて、一瞬でも早くあの機械を倒す策を見つけ出すんだ。
「……ん?」
 今になってあることに気付いた。どうしてあの機械は門の内側から出てこないんだ?  もしかすると、何らかの理由、たとえば動力源の関係や操作の関係である一定の範囲内から移動できないのか?
 安易な考えだが、そこまでかけ離れた考えではないように思えた。あの機械にはコードやケーブルの類はなかった。と言うことは恐らく内蔵式のバッテリーか、他の動力源を積んでいるのだろう。あの門の向こうからこちらへと打って出て来ない理由に動力が関係ないとするならば、残るは操作面の障害が考えうる。
「ならば……」
 とっさに浮かんだ策ではあったが、やってみる価値はある。
 ナイフを逆手に持ち、大きく一度だけ息を吸い込む。頭の中で思い描いたシミュレーション通り行い、成功するイメージを強く思い描く。そして、吸い込んだ息を吐き出し始めるとほぼ同時に木の後ろから敵の射程内へと飛び出した。
 出来るだけ身体の表面積を縮め、前傾姿勢で草や藪の多いところを中心に真っ直ぐ走る。俺の影に向けて打ち出される針の音。横目で射出口と一緒に”銀”の体躯が動くのを確認する。狙い通り、俺と”銀”の対角線上に、研究所にしては大仰過ぎる門の角が重なった。
 障害物に対応できず、発射された針が数本、金属の壁にはじかれて甲高い音を立てるのが聞こえた。それを合図に俺は足を無理やり”銀”へと方向転換し、全力で突進する。誤差を修正されるまでにどれだけ距離を詰められるかが問題だ。
 慣れない山の地面に足を取られながらも、土を踏みしめ全力で駆ける。まだヤツは壁に妨げられ、引っかかったまま動き出せていない。後、数メートル。ようやく手が届く……その刹那聞こえてきたのは金属が軋む音と何かが噴き出す音。はじめに見せた機械らしからぬ超反応。例のスライドだ。慣性に逆らわないように誤差を修正しながら”銀”の牙がきらめいた。
「ぐっ!?」
 眉間目がけて飛んできた針を間一髪、右手のナイフの腹で弾き飛ばす。正確さ故に狙いを早期に判断できたのが僥倖だった。
 更に運のいいことに”銀”が着地した位置が逆側の門の正面だったので、射出口が塞がってしまい、致命的な隙を晒していた。そんな”銀”を見て、チャンスとばかりに一歩、また一歩と”銀”への距離を縮めていく。門の前に落とした自分の携帯を飛び越え、ついにあれほど遠かった門の内側へ入ることに成功した。
「ちょっと銀! 何やってんの! 弾幕薄いわよ!!」
 繋ぎっ放しになっていた俺の電話から聞こえてきたのは弥生の怒声。無論、この電話で指示しているわけがないから、もしかすると初めから弥生がコントロールしていた訳ではなく、自動操縦だったのかもしれない。そう考えるとあの頭の悪い動作も頷ける。
 きゅるきゅるとキャタピラを器用に動かし、俺の方を向こうとする”銀”だったが、これだけの至近距離で俺が好機を逃すわけもない。一足飛びで距離をなくし、手始めに”銀”を門の方向へ真横から思いっきり蹴り押す。見た目が見た目だけに相当の衝撃を覚悟していたが、思いのほか衝撃は軽く、靴裏に確かな手ごたえが残っただけだ。
 一方、蹴り飛ばされた”銀”はというと、ボディに傷は無いものの、蹴られたことでバランスを崩し、今まで見えなかったキャタピラの部分を露わにしていた。俺はすかさずナイフで一閃。硬そうなエンジン部ではなく、キャタピラのベルト部分の弱いそうな部分を狙って斬った。ガチンという大きな音を立てて、切れたキャタピラは動こうとした車輪に巻き込まれ滅茶苦茶に引き裂かれる。”銀”は更にタイヤを回転させ、苦し紛れに針を打ち出していたが、タイヤは空回りし、針は空や壁に向かって飛んでいくだけだった。
 俺は針やタイヤに注意しながら、”銀”の背後に回り、門の外へと力尽くで押し出す。必死に抵抗する”銀”だったが一番大きなキャタピラをやられ、身体をダンスでも踊るように揺するだけだ。
「よいしょっと」
 俺は携帯と鞄を拾い上げ、目の前に何も無いのを確認すると、そのまま最後の一蹴りを”銀”に浴びせ、完全に場外へと追いやる。自分のテリトリーから追い出された”銀”は初めカシャカシャと音を立てていたが、そのうち殺虫剤をかけられた虫みたいにおとなしくなった。やはり、この機械は研究所の敷地内でしか動けないらしい。
「おい、お前の”銀”は完全に詰んだぞ」
 電話口に向かって無感情に告げる。確かに聞こえたはずだが、返事は無かった。泣いているのか……そう思ったのも束の間、大きな笑い声が俺の鼓膜を強か叩いた。 「あははははは! “銀”が駄目でも、”金”がいるのよ!」
 振り返った先、研究所の入り口から猛スピードで走ってくる一つの影。それは朝の日差しを受けて金色にきらめき、全身に複数備え付けられた刃を向けて、俺を切り刻もうとこちらへ向かってくる!

 
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