#11 少女VS父
 暗く冷たい檻の中。人が生存するために最低限必要なもの以外は何一つ自由のない金属の箱。こうしているとサーカスで見世物にされる猛獣になったような気分になる。危険なものを閉じ込めておくという意味合いでは、ほとんど同じようなものだろう。
 ここに入るのは初めてではない。前は当然のごとく事件を起こして警察に捕まり、ここに放り込まれた。だが、今回は違う。前回や前々回のように反省のため にこの拘置所に入れられたのとは違い、俺の心は非常に落ち着いている。理由は簡単だ。俺が無実の罪で捕えられているから。それに尽きる。
 家に警察が踏み込んで来たあと、俺は何の抵抗もなくお縄になった。警察手帳と逮捕状。よく知らない法律に、手錠の感触。サイレンの音。パトカーの中で警察は俺が何を聞いても答えなかった。唯一感じたのは社会に適合できなかった人間への蔑みの眼差しだけ。なんともやるせないものだと思った。
 誤解はすぐに解けるだろう。そんな風に楽観的に考えていたが、二度目の飯を出されても警察はおろか、両親さえも来ない。さすがにこれはおかしいと考え始め、鉄格子を激しく蹴って看守を呼んだ。
「あ、すいません。いつまで待てば誰かが来るんですか? 説明も何もなしにここに入れられて半日以上も経つんですが」
 至極真っ当な言い分だと思ったが、看守は首を横に振って答えた。
「あっしは何も聞かされてないんでさあ。ただ、逃げないように見張ってろと言われただけでね」
 なんだそりゃ……無実の罪を反省しろとでもいうのだろうか。それとも未来永劫ここに居ろとでもいうのだろうか。今までも警察のお世話になることは少なくなかったが、ここまでずさんな対応をされたのは初めてだと思う。俺は仕方なく看守に今の時間だけを聞く。時刻はすでに昼過ぎだということが今わかった。
「逃げときゃよかったな」
 誰に言うでも無く呟き、薄い毛布に寝転がる。あの時、逃げようと思えば逃げられないこともなかった。ことがここまで長引くと分かれば、後先考えず逃げ出していれば良かったと心底悔やむ。
 今頃あいつは何をしているのだろうか。ポケットに入れていた携帯は取り上げられてしまったから、メールの確認もすることができない。今の状況も如月絡み のトラブルだろうと思っていたが、もしかすると無意識のうちにテロリストに手を貸していたのかもしれないなと思いなおす。あのテロリストたちが警察に有力な証言をし、その結果俺に火の粉がかかったと考えられないことも無くはない。だとしたらなんて傍迷惑な話だろうか。
「兄ちゃん、お待ちかねの面会だよ」
 看守の言葉を聞いて、すぐさま上半身のバネだけで飛び起きる。靴底が断続的にコンクリートを叩く音が聞こえてきていた。
「如月か?」
 思わず口から出た言葉。目の前に経って居たのは黒いスーツに泣く子も黙るような厳格な顔つきをした壮齢の男だった。刑事ドラマにでも出てきそうなその男に、もちろん面識なんてない。しかし、その男は俺の問いかけに対してこう答えた。
「いかにも私が如月の父だ。さて、私と御同行願おう」
 それが如月の父親との邂逅。思いつく限り最悪のシチュエーションでの出会いだった。
*
 一生閉じ込められるのかと思った牢獄の鍵は、如月父の一声でいとも簡単に開けられる。手錠をはめようとしたお付きの警察にも、必要ないの一言で振り切り、外に停めてあった私用の車に乗るように言われた。
 俺は助手席に座り、シートベルトを締める。如月の父親はちゃんと座ったのを確認すると取り上げられていた携帯を渡してくれた。ついさっきまでも十分すぎ るほどに意味不明な状況だったが、今はさらに理解できない状態だ。懲役囚から、VIP待遇のディナーに案内されるような気分だ。
 走り出した車は法定速度を一キロもオーバーしない、完璧すぎるほどの安全運転だ。しかし、無言の警視総監と二人きりという気まずさは運転の技術とは対照的にドライブを台無しにしている。並の犯罪者なら、一瞬で口を割りそうな威圧感を全身から放っているのだから、無理もない。如月父は気にしていないのか、 意図的にそうしているのか分からないことがさらに俺に追い打ちをかける。
 ここまで来れば、最悪の手段ではあるが、俺から話を切り出すしかないだろう。元々、聞きたいことが山程あっただけに、俺は良い機会だと思って、出来るだけ失礼のないように話を聞かせてもらうことにした。
「あの、拘置所から出してくれてありがとうございます。御存知かもしれませんが、霜月聖といいます」
「……ああ」
 一言で重くなる空気。数瞬の無言の後、重く硬そうな口がゆっくりと動き始めた。
「如月厳一郎だ。君のことは娘からよく聞いている。迷惑をかけているだろう」
 ああ、やっぱりこの人が如月の父親なのか。あまりにも似ていないから半信半疑だったが、今の一言と垣間見えた父親らしさとで確信する。
「迷惑なんかじゃ……ないです。もう、慣れましたし。如月はどうしていますか?」
 連絡が取れなくなったとは言わない。多くを含んだ質問に如月父はどのようにとらえたのか。その表情に動きはなく、ほんのわずかな感情すらも窺えない。
「娘は家で療養中だ。ああ見えて身体が弱くてな」
「そう、ですか」
 とても病気になんかになるようには思えなかったが、嘘をついてる様子もなかった。気丈に振舞っていはいたものの、本当は相当な無理をしていたのだろうか。
 俺の心配をよそに車は右折し、俺も知ってる通りに入る。俺の家とは真逆の方向。確か、楽弥調べで聞いた如月の家に向かう道だ。
「あの、俺はどこに連れて行かれるんでしょうか?」
「私の自宅だ。君に話しておきたいことがある」
 警視総監から直々に話をされるような覚えは言うまでもなく、ない。心当たりがあるとすれば如月のこと。もしくはテロリスト関連のことくらいだ。だとすれ ば、俺が何らかの事件に巻き込まれたか、万が一の話ではあるが如月父が警視総監としてではなく、一人の父親として何か話があるのかもしれない。後者であれば、いきなり逮捕されたりしないだろうから、前者の方だとは思うが。
「着いたぞ」
 全く危なげなくガレージに駐車した如月父は一言だけそういうと、手振りで降りるように俺に指示した。車三台はゆうに収まりそうな広いガレージから出ると、俺の家の二倍はある豪邸がそびえたっていた。一国一城の主と言うが、これは文字通り城と呼ぶにふさわしい。和風の屋敷と洋風の城から良いところだけを 抜き出して混ぜ合わせたような建物は、生まれも育ちも違う二つの様式を兼ね備えていながら、全く違和感なく、大きな木の表札に刻まれた如月という文字が威厳とを揺るぎないものにしていた。
 同じ人間が住んで居る場所とは思えないほどの家に驚きを隠せない俺をつれて、そそくさと玄関に上がる如月父。俺はつれられるがまま屋敷内に通され、無駄に長い廊下を歩いて行く。俺が通されたのはいかにも秘密の話をするためにあるような鍵付きの書斎だった。如月父は奥の椅子に腰掛け、俺は指示された来客用の椅子に掛ける。まるで、圧迫面接のような環境で先に口を開いたのは如月の父親の方だった。
「結論から言おう。わざわざ君をこんなところまで連れ出したのは、公の場では話せないことだからだ。お前の身柄を警察で預かることになった。これからは警察の監視下で生活してもらう」
「え、どういうことですか?」
 俺の口から出た言葉はまるで冗談に対して言っているようだったが、如月父はくすりとも笑わない。本気のようだ。如月父は俺の意思などまるでお構いなしに警察での決定事項だけを上げ連ねていく。
「お前が件のテロリストと関係があることが警察の調べで分かった。公けにはなってないが、娘の誘拐事件の時にお前の目撃情報があり、昨日の家宅捜索で犯人のものと思われる拳銃を発見し、押収した。指紋鑑定の結果、お前と犯人のものと思われる指紋が検出されている」
 ぐらりと視界が揺らぐ。突きつけられた証拠に心当たりがありすぎる。しかし、動揺しているのは自分が犯罪に加担したからではなく、テロリストの手助けなんてしていないにも関わらず逃れられない濡れ衣を着せられるということを察したからだ。
「それは……俺が如月を助けたときに」
「黙れ。お前が現われていなければ、事態は速やかに解決するはずだった。正義の味方きどりが。身の程を知れ」
 口をついた保身のための言い訳は如月父に冷たく切って捨てられる。この男が何を考えてそんなことを言っているのか、真意を読むことができない。ただ、感じるのは大人の事情という名の理不尽。正当化された自分勝手さだけだ。
「俺はテロリストなんかじゃない」
「たとえそうだとしても、それを証明するものはあるのか? お前が派手にやったせいで、テロ組織の幹部を捕らえそこない、いつでも切れる尻尾だけが残されていた。大方、少年法で守られているお前が雇われたんだろ う。この囮捜査にどれだけの人員と時間をかけたと思ってる?」
 証拠を出せ。責任問題だ。一介の学生にかけられる言葉ではない。そして、正論だけを振りかざし、俺たちの意見には歯牙もかけない。ただ年齢的に未熟だとされているから。子供だからという理由だけで。
 腐っている。この国の中枢は・・・・・・いや、その末端の隅々まで、すべてが取り返しのつかないほどに腐敗しきっている。これからも俺は無駄だと知りつつも、抗議するつもりではあるが結果は見えている。
「証拠ならある。あんたの娘を呼んでくれ」
 誘拐された本人なら、捕まっている間も意識を保っていたようだし、十分に証言できるだろう。そう思って言ったのだが、父親にとってはそれは腹にすえかねることのようだった。
「断る。私の娘を手懐けようとしてくれたようだが、汚らわしいテロリストと会わせるつもりはない!」
 証人を呼べと言っているだけなのに、それを断るというのは最早ただの我侭でしかない。警察の権威と父親の権威を完全に混合してしまっている。手に負えない卑怯さだ。
 俺は無言で椅子から立ち上がり、力いっぱい両の拳を机へと叩きつける。
「ふざけるな!! 自分が何を言っているのか分かってるのか!? 俺は如月を呼んで、証言してくれと言っているだけだろうが! テロリストだと疑われてる俺には人権も何もないって言うのかよ。そんなのはでっちあげだ! ただの決め付けだろうが!」
 激昂した俺を見た如月父は、座ったまま俺のことを凝視している。頭ごなしに否定し、軽蔑する眼だ。
「犯罪者に人権などない。法律で定められていることなど、国や一部の富裕層を肥やすためのものであり、人権など馬鹿どもを納得させるための名目に過ぎん。そもそも、お前の息のかかった娘の証言などは信じるに値しない」
「なん……だと? あいつが俺をかばうために嘘を吐くとでも言ってるのか。自分の娘の言うことが信じられないって言うのか。だとしたら、あんた最低の父親だな。大体警察無線 の時からおかしいと思ってたんだよ。娘が人質になってるのに突入するってのはどういう意味なんだ? それとさっきあんた言ったよな。囮捜査だって。あいつがどんな気持ちでそんな危険なことに関わっていたのか分かるか? 」
 如月の父親、いやこのわからずやで凝り固まったダメな大人の象徴は、やれやれと肩をすくめ、改めて俺のことを見据える。言ってみろと挑んでくるような視線に俺は声を荒上げる。
「あんたに認めてもらいたかったんだよ。あれもこれも全部あんたのためだ。ただ、父親に認めてほしかったんだよ。信頼しきってんだよ。なんでそこまで必死になれんだよ。それなのに、なんであんたは自分の娘の正義を信じられないんだよ!!」
 怒りに任せていいたいことを全部言った。如月のように感情を露わにして、等身大の自分で如月の父親にぶつかった。対等な関係のはずだ。
 だが、如月の父親は俺の顔を見て、全力の俺の言葉を受けてなお……嘲笑った。
「テロリストの口から正義を語られるとはな。笑わせてくれる。誰が何の責任も持たず、成人もしていない小娘の意見など真に受ける? 感情論で全てが通ると思うな、青二才が。女の言葉など秋の空、山の天気のような者だ。他に興味が移ればそちらの味方をするに決まっている。お前の処分が正式に決まったら、そのことだけは伝えてやろう。テロリストのことなど、すぐに忘れるだろうがな」
 如月の父は最後に声を出して笑った。これは俺に対しての侮辱なんかじゃない。如月に対しての侮辱だ。そう思った瞬間に相手は警察でしかも如月の父親だと思って、必死に抑え込んでいた怒りの蓋が理性共に吹き飛んだ。
 全力で目の前の机を蹴る。足の裏に感じた確かな手応え。いかにも重そうな作業用の机が宙に浮き、如月父へと倒れかかった。それと同時に机の上にあった書類や本の類が如月の父親目がけて降りかかる。無意識のうちに頭を両腕でかばう如月父。
 俺はその隙を見逃さず、即座に倒れた机を踏み台にして跳躍。突然のことに対処しきれなかった無様な男の頭のすぐ隣に着地。迷いなく軸足を回転させて、右足を男の首の上に乗せた。スリッパはジャンプと同時に脱ぎ捨てており、かかとの部分が人体の急所を的確に捉えていた。
「撤回しろ」
「ぐ、お、お前何をしているのか……わかっているのか?」
 かかとにさらに負荷をかける。喉仏が押され、呼吸が困難になり始める。そのまま踏み抜けば、首の骨が折れるだろう。男の両腕は降参したかのように無様に上げられ、下半身は重い机の下敷きになっているから、銃は使えない。いや、使えたとしてもそれよりも先に踏みぬける自信があった。
「もう一度言う。撤回しろ。俺のことじゃなく、如月を侮辱したことを撤回しろ」
「ぐ、ぐ、ぐ……」
 ああ、そうか。この状態じゃ喋ることもままならないか。だが、先ほどの会話から、この大人は死んでも前言を撤回するような人種ではないという確信がある。あんまり、このままでいて警察が来ると厄介だし、踏み抜いてしまおうか。警視総監を暗殺したとして逃走すれば、テロリストからスカウトされるかも知れないな。如月にはもう会えなくなるが、それ以上にこの男は許し難い。生かしておくべきではないとそう思った。
「もう、いいや。あの世で娘に土下座して詫びろ」
 体重移動し、かかとに力を込めようとしたその直前のことだった。鍵のかかっていなかった扉が、何者かの手によって開かれる。姿が見えるよりも先に言葉が飛び込んできた。
「聖、やめろっ!」
 すんでのところで足を止めて、まじまじとその言葉の主を見やる。パジャマ姿に涙で目を腫らした少女が、ヨロヨロと殺気をまき散らしているであろう俺に向かって歩いて来る。
「如月」
 いかにも寝起きの如月は俺の呼び掛けに応じるよりも早く、俺の軸足にすがるようにしてもたれかかった。
「聖、お願いだ。やめてくれ……たった一人のお父さんなんだ」
 如月の父親の首の上に動けない程度に足を乗せたまま、追いすがる如月を見据える。女の力でどうこうできる力ではない。俺は如月の父の生死握ったまま、如月に問いかけた。
「如月、いつから聞いていた?」
「最初から……聖の声が聞こえたから、こっそりベッドを抜け出して聞き耳を立ててたんだ」
「そうか。それでも、父親の味方をするのか」
 如月が大きく何度も首を縦に振る。それを見た俺は無言で足を引き、身を引いた。如月の父親が大げさに咳をし、喉を押さえる。如月が心配そうに父親に駆け寄るのを見て、倒れかかっていた机を持ち上げてやった。
「如月厳一郎さん。それでもあんたは娘を信じられないって言うのか?」
「霜月の……家め」
 そう言い残して、如月の父親は気絶した。俺は大事を取って救急車を要請し、出て行き際に深々と礼をする。
「お邪魔しました。お二人ともお大事に」
 もう、二度とこの家の敷居をまたぐことは無いだろう。如月と会うのも流石にこれで最後だ。これだけの事件を起こしておいて、如月のその父親にも合わせる 顔がない。あれだけ迷惑がっていたのに、今は少し名残惜しい気持ちがするから不思議だなと思いつつも、一度も振り返ることもないまま、俺は如月の家を後に した。
*
 警視総監に未曽有の暴力事件。犯人はテロリストの少年……という見出しのニュースがワイドショーを賑わすどころか、昨晩のように警察が家宅捜索をしに来ることもなく、果てには電話すらかかってこなかった。安心したというよりも、拍子抜けしたというのが率直な感想だった。
 家に帰ってからと言うものの、母親は書置きを残してどこかに出かけてしまっており、ついさっきのことがまるで夢のように感じられるほどだった。ただ一つ夢ではないと言い切れることがあるとすれば、もう二度と如月から電話が来ることはないということだった。
 鳴らない電話を抱きつつ、ふかふかのベッドに横たわる。拘置所とは違う、ちゃんとしたベッドに横になった途端、今までの疲れがどっと出て、すぐに眠りに落ちた。



 翌朝。けたたましいチャイムの音で目が覚める。時計の針は既に八時を指しており、今すぐにでも家を出なければ学校に間に合わない時間だった。たっぷり寝 たおかげか疲労感はなく、代わりに空腹感が異常に自己主張していた。今日は朝食を食べてから、遅刻して高校に行けばいいやと思い、リビングに降りる。
 テーブルの上には母親の書置きがそのまま置いてある。昨晩は帰って来ていないようだった。俺は仕方なく、そのまま食べられそうな物を探しに冷蔵庫をあけ る。いつもはそのまま食べられそうな出来合いの食品や、残り物が必ずと言っていいほどあるのだが、今日に限って何一つない。俺は朝食を諦め、ミネラルウォーターを手に取る。
 チャイムはピンポンピンポンとまだ鳴り続けていた。最初はいたずらかと思ったが、ここまで来ると流石に気になる。何か一言言ってやろうと思い、玄関の戸に手をかけた。
「……」
 出迎えた人物を見て、あまりのことに驚き、手にしたペットボトルを取り落とす。
「おはよう、聖。学校に行くぞ」
 満面の笑みを浮かべて、如月がそこに立っていた。幻想か妄想だと思った俺は両眼をこすり、もう一度だけ如月らしい少女に目をやる。
「一体、何回チャイムを鳴らせば出てくるんだ。人として最低限のマナーだぞ」
 この上から目線。この言い草。間違いなく、如月本人だった。だが、一体何故?
「俺、朝食まだなんだけど……ていうか、何でお前ここにいんの?」
 上手い言葉が見当たらず、思いついたことを言う。如月は答える代わりに俺に何か手渡した。手作りのサンドイッチだった。
「お前の正式な措置が決まったんだ。警察からの監視の代わりに、私がお前を監視することになった。それに対して、お前は私のことを迫りくる危険から守ること。学校でもできるだけ一緒にいること。あと、私の作ったお弁当を残さず食べることが義務付けられる。わかったか?」
「わかったかって、お前そもそも学校が違うだろ」
 如月は自分の胸を指差し、見ろといった感じで胸を張った。起伏は驚くほどに少ない。そのままじーっと顔を近づけ、よく見ようとすると……真っ赤になった如月の平手が飛んできた。
「胸じゃなくて、制服を見ろってことだよ! わ、私もお前と同じ高校に転校したの!」
「なんだ、そういうことなら殴る前に言ってくれ」
 なるほど、確かにうちの高校の制服に変わってる。俺は如月に渡されたサンドイッチを頬張りながら、二人でいるところを楽弥に茶化されることを想像し、苦笑した。

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