#10 少女VSモンスターペアレント2
 なんだかB級映画のしかも二番煎じのようなタイトルになってしまったが、かくして安西先生の命運を決める戦いが始まった。ジャッジはまさかの俺。
 法律の知識どころか、一般的なモラルすらも怪しい、しかも身内が判定するなんてのはその時点で不正なのでは無いかとも思うが、如月ははじめから自分の言葉だけで、 あの騒々しい女と俺を納得させるつもりのようだ。願わくはそのすべてが行き当たりばったりではないことを祈るだけだ。
「まずは水無月さんの言い分をお聞かせいただきたいのですが」
 何の情報もない如月が水無月母の話を聞かないことには反論、弁護の余地はないとして、誰の許可も取らずに先手を打つ。いや、相手側に打たせたというべきか。完全な手探りの一手。それもどのような戦略を立てて攻めてくるかもわからないまま相手がどのような主張をしてくるかを試す一手だ。
 水無月母は待ってましたと言わんばかりに両手を机につき、安西先生を威嚇しながら言った。意外にもノリノリなのが逆に怖い。
「以前から何度も繰り返していたことだけど、何も知らない弁護士さんのために改めて言うわ。私の麗音覇瑠斗三世ちゃんはね。そこの担任がしっかりしてない せいで馬鹿なクラスメートから陰湿な嫌がらせを受けているの! 持物を隠されたり、陰口を言われたり、暴力だって日常茶飯事! 麗音覇瑠斗三世ちゃんの頭が他より飛びぬけて良いからって妬んでるのよ。今日なんて殺されそうになったのよ!? 一体、どういう教育をしているの? 完全に担任の監督不行き届きだわ! 今すぐにでもそこの無能な教師を首にして、うちの子を飛び級させてちょうだい! それから性悪な生徒から受けた嫌がらせの慰謝料とわざわざ仕事を休んでまで来ている私の日給を請求するわ。もうすぐ大事な仕事の納期なのよ? それがこの出来の悪い担任とその生徒のせいで仕事に手がつかないじゃない! どう? 私にどこか落ち度ある!?」
 早口でまくしたてられ、安西先生は今にも泣きだしそうだ。しかし、それでも如月は動じない。それどころか細部まで聞き逃さないように最後まで落ち着いて耳を傾けて居るようだった。一言で言えば無茶苦茶だと言えるだろう。よくもここまで自分勝手な主張をできるのか、親の顔が見たい。誰がどう見ても生徒間の問題なのに、このモンスターが出現したことで話をややこしくしている。
 そもそも、あの少年の名は水無月麗音覇瑠斗三世というのか。あれほどの早口で噛まないで言えるのも凄いが、それ以前に彼は何処の貴族なんだ?
 ……理解に苦しむことが多すぎる。トロそうな安西先生には荷が重いのも頷ける。ある意味如月を呼んだのは正解だったのかもしれない。
 言いたいことを全部吐きだした水無月母が一息付いたのを見計らい、絶妙なタイミングで話を切り出す如月。しかし、それは水無月母に対する反論ではなく、自らが弁護すべき安西先生に向けたものだった。
「安西先生。検事の言っていることに間違いは有りませんか?」
 突然話を振られ、困惑する先生だったが、びくびくしながらもぽつりぽつりと話し始める。
「あの、私がいるところでは……そういうことはなかったです」
「はあ!? 自分が何言ってんのかわかってんの!?」
 今にも頭突きでもかまさんばかりに前のめりになる水無月母を見て、小さく悲鳴を上げた安西先生を如月がかばう。
「水無月君のお母様。今は安西先生が発言しています。発言は控えていただきたい」
「くっ……」
 殺す。小さな声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。如月は聞いていたのかいないのか、安西先生に真偽の確認をしてから、話の続きをするように促す。この場の主導権を握ってるのは間違いなく如月だった。安西先生は水無月母の顔色をうかがいながら恐る恐る話し始める。
「その、私は今年初めて担任を任されて……2−Aの特進コースの担当になったんですけど、水無月君とは……今まで一度も話したことがないんです」
「ほら、あんたがそんなだから!」
「ひっ……」
「話を最後まで聞いてください。人の話を聞けと小さい頃に教わりませんでしたか?」
 極めて丁寧な口調ではあるが、如月の表情は真剣そのものだ。その有無を言わせぬ迫力に気圧されたのか、水無月母が押し黙る。如月は目に涙をいっぱいにたたえ、今すぐにでも辞表を出しかねない安西先生を勇気づける。本当にどっちが教師なのか分からなくなってきた。
「違うんです。私も何度もコミュニケーションを取ろうと思って話しかけたんですけど、何を聞いても答えてくれないんです。授業中に当てても無視されてるみたいで……どうしたらいいか、わからなくて」
 水無月母が息子のことを見やる。そんな話は聞いてないといった様子だったが、レオは何も見ていない、聞いていないという状態で、安西先生の主張の信用性が増す結果になった。
「安西先生、クラスメートはどのように水無月君に接しているか聞かせてもらえますか?」
 如月はハンカチで安西先生の涙をぬぐいながら、次なる一手を打ち出す。今の時点で二人の主張は矛盾していたが、そのわずかなズレをさらに突き崩すつもりのようだ。
「水無月君はクラスメートにも同じです。話しかけることもしなければ、話しかけられても何も答えてくれないんです。だから、私も気になって前任の先生とそのクラスの子たちに聞いてみたんです」
 水無月母は今にも噛みつきそうな目で安西先生をにらんでいる。レオは縮こまったまま、ただ時が過ぎ去るのを待っているようだった。
「水無月君が、何て?」
「はい。何でも一年生の時にクラスメート全員を見下すような発言をして、言い争いになったらしいです。それでクラスの学級委員の子が発言を撤回するように言ったらしいんですけど、水無月君が何か言って、それが引き金になって、手が出ちゃったらしいんです。聞いた話で信じてもらえないかもしれませんが、クラスの子たちもまったく同じようなことを言ってました」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ! うちの麗音覇瑠斗三世ちゃんがそんなこと言うわけないでしょ!? それに例え言ったとしても、うちの麗音覇瑠斗三世ちゃんの頭がいいのは事実じゃない!! だからあんな担任辞めさせてやったのよ。当り前でしょ?」
 もはやなにも言うまい。水無月母が熱くなり、自滅した。自分から如月のチェックメイトがかかるように打った。燃えるように熱く、それでいて全く理にかなってない一手を如月は鮮やかに無視した
 如月は最後の一手を水無月母のキングである水無月麗音覇瑠斗三世に向けて指す。
「水無月。今の話は本当か? 答えろ。無言は肯定とみなす」
「う、うちの子は関係ないでしょ!?」
 かばうようにして息子の前に立ちはだかる母親。美しき家族愛のつもりかもしれないが、俺には見苦しい溺愛にしか見えない。
「関係大アリだろ。黙れ、検事」
 あまりにも目に余る発言と行動に思わず口が開く。如月は驚いたようだったが、嬉しい誤算というやつだろう。如月はナイスフォローとは言わずに、流れに乗った。
「私は水無月麗音覇瑠斗三世と話をしているんだ。もう一度だけ言う。答えろ」
 私のチェックをかわしてみろと言わんばかりに発言する如月。黙って震えていたレオも、たまらず声を上げる。そこからは如月の独壇場だと思われたが、それまで黙秘を貫いていたレオが始めて口を利いた。
「なんだよ。僕がどうしようが勝手だろ。頭が悪いやつらを見下して何が悪いんだよ。機嫌を取って、周りと同じようにくだらない協調性を大事にしなきゃいけないのかよ? そんなの無駄だ。僕は一人が好きなんだ。だから、ほっといてよ!」
「麗音覇瑠斗三世ちゃん……」
 急に大声を出した息子を見た母親は心配そうに息子に手を差し伸べるが、レオはそれをうっとおしそうに片手で払う。
「母さんも同じだ! 僕のことはほっといてよ! 大体、その名で呼ぶな。何だよ……麗音覇瑠斗三世って、どういう精神してたらこんなセンスのかけらもない名前付けられるんだよ! そのせいで僕が今までどんな目に遭ってきたか分かるか? 僕だって最初はなじめるように頑張ったさ。その結果が小中学校の間続いたイジメだよ。名前が変だからって言うだけで、笑われる。からかわれる。ネタにされる。子供は自分で自分の名前を選べないのに!」
 そこまで吐き出すように言ったレオは、ほんの少しだけうつむいた後、声を殺して泣いていた。感情をせき止めていたダムが如月の一言で決壊した。自分の息子に向けられた明確な敵意にショックを受け、言葉を失う母親の姿からは、さっきまでの威勢の良さは全くと言っていいほど感じられない。
 息子の苦悩を今の今まで感じ取ることが出来なかった自分の過ちを今まさに悔いて居るのだろう。それは遅すぎたかもしれない。息子のことを思っての行動が全て仇となっていたと知れば、今までの自分の人生は意味がなかったのと同じではないだろうか。自分の傲慢が、勘違いが自分だけではなく子供の未来までも滅茶苦茶にしてしまった。後悔なんてしてもし足りないだろう。
 重苦しい沈黙が流れる。話し合いをするような空気ではすでに亡くなっていた。いくら如月でもこれ以上死者に鞭打つことまではすまい。
「お前の言い分はそれで終わりか。それで納得したのか? お前はそれで満足なんだな。それでは裁判を閉廷する。聖、結果を」
 急に委ねられる裁判の決着。時を待たずして、俺の口が動く。
「無効だ」
「え?」
 被害者と被告が二人揃って俺を見る。納得がいった結果を聞ける。悪かったのは双方の内の一方、つまり水無月親子で終了すると誰もが思っていた。それですべてが完結し、この場から逃げ去ることができる。どうしようもないほどに妥協した結果で、全員が納得したと他ならぬ俺までもが考えていた。
 だが、俺が口にしたのは自分が想像していたのと全く逆の言葉だった。
「聖、続けろ」
「今回のことは誰にも非が無い。と同時に全員が心に引っかかるものがある。よって無効。この法廷自体が無意味なことだったと言っている。もし、誰かに罪があるとするならば、それは当事者全員にある。安西先生もその前任の教師も如月も水無月親子も全員が闘おうとしなかった。敵前逃亡罪だ」
 ずっと胸に引っ掛かっていたことを全部言った。完全に詭弁だと自分でも分かっている。しかし、こんな話し合いの決着はさらさらごめんだった。全員の視線が俺に集まる。緊張しているわけではないが、らしくない自分の行動に自分自身が戸惑っていた。今この場にいる全員をそれぞれ指差し、一人一人に俺自身の基 準で気に喰わない点を言っていく。
「安西先生。あんたはそもそも闘おうとすらしていない。ただ自分の無力を嘆いて如月に助けを求めただけだ。完全に戦犯だろう。水無月母、あんたは息子のためだと勝手に決めつけて行動し、自分から息子と向き合おうとして居なかった。如月は理詰めで今の安西先生の窮地を脱しようとしただけで、根本的な解決を怠った。レオ、お前は最低だ。自分が逃げ出した理由を正当化するために言い訳しただけだ。戦ってすらもいない。自分が他とは違うから、生まれた境遇がどうだとか、母親の付けた名前のせいだとか……寝言は寝て言ってくれ。事実は一つ、お前は逃げ出した。対決しようとしなかった。言い訳する暇があったら、戦え。どんな目にあっても屈するな。親からもらった名前を馬鹿にするなと誇り高く戦うべきだった。お前はレオでも何でもない、ただの負け犬だ」
 すっかり意気消沈した母親に代わって、散々に言われたレオが反論する。
「お前に、俺の気持ちが……わかるかッ!!」
と同時に俺の胸倉をつかみ、殴りかかってきていた。見え見えのテレフォンパンチだったが、あえて受ける。
「いい度胸じゃないか。負け犬になっても牙はまだ抜けてなかったか」
「このっ、まだ言うか!」
 座ったままの俺目がけて二発目のパンチ。俺は難なく左手で受け、頭突きで返す。まともに食らったレオは応接間を転がり、床に突っ伏す。流石に暴力の応酬とあって、如月と水無月母の両方がそれぞれ俺と息子に駆け寄るが、手負いの二人はお互いに制止の手を払う。
 今の一撃でダウンしたかと思われたレオも、額から血を流しながら立ち上がる。
「邪魔するなッ!」
 レオの激昂。完全に頭に血が昇ってしまっている。だが、俺もいい加減長かったこの罵り合いにも嫌気がさしていたところだ。レオの怒りに応えるようにして俺も椅子から立ち上がり、言った。
「如月、今レオが負け犬からライオンに。いじめられっ子から漢になるところなんだぜ。この裁判のハンマーはそこのちゃちな湯飲みなんかじゃない。黙って見てろ」
 フラフラなはずのレオが猛然と俺へと駆け出す。もはやレオは負け犬ではない。正真正銘のライオンだ。
 俺とレオの拳が交差する。またもやまともに食らい昏倒するレオ。安西先生が呼んだ救急車のサイレンでこの下らない疑似裁判は幕を下ろした。
*
 いきなり他校で暴力事件を起こした俺は警察の厄介になると思っていたが、何故かお咎めなしだった。それどころか、俺と如月に対して感謝状付きの菓子折り がそれぞれの自宅に向けて送られてきたので驚いた。届主は水無月騒子&水無月麗音覇瑠斗三世と書かれている。感謝されるどころかさまざまな暴言と暴力で屈服させた二人だ。
 受け取りのサインをし、居間にて中の手紙に目を通す。大変整った字で親子それぞれ一枚ずつ、俺宛にいろいろ書いてあった。内容は主に感謝とこれからへの展望、そして最後にメールアドレスが書いてあった。役に立つとも思えないが、一応今回のことへのお礼というか謝罪というか……とにかくメールを返しておく のが礼儀のように思われた。
「先日はいろいろ失礼しました。ですが、悪気があってやったことではないのでご理解していただき、ありがとうございます」
 自分でもよくわからないメールではあるが、とりあえず送信する。返事はすぐにきた。
「目が覚めたよ。次は僕が君をぶん殴る」
「返り討ちにしてあげますよ」
と返信し、携帯を閉じる。その後、救急車が来た後のことを思い出して何もない天井を見上げた。
 あれだけ勝手なことをしたのだ。如月が怒るのも無理はないと思った。だが、如月が怒っていたのは俺に対してではなく、自分自身に対して怒っていた。
「今日は私の負けだ。だが、次は私が勝つ」
 如月は将来、検事になりたくて勉強していたらしい。今回は逆の弁護士という立場だったが、将来の夢もあってあのような状況にしたのだろう。実際、聞いてみたところ如月ははじめから安西先生のことを弁護するつもりはなかったらしく、今回は偶然相手側があまりにもわかりやすく黒だったから倒しただけのことだけらしい。つまりは完全に行き当たりばったりだったということで、上手くまとまったのは俺の天才的な機転のおかげだ。
 如月は俺の方が物事の本質を見抜いていたことを悔しがっていたが、それでも素直に負けを認めた。あんな解決方法があるとは思わなかったとも言っていた。もちろん、暴力を振るったことに対しては怒っていたが、正しいことに対する暴力は必要なことだと肯定もしていた。
 異変があったのはその後、最寄り駅に着いてからのことだった。
「聖、今日はありがとな……。今度、よかったら二人でどこか……」
 突然鳴り出す着信音。俺の携帯のものではない。如月がポケットに手をやり、画面を開く。短い着信音だったのでメールだろう。メールの文面に目を通した後、さっきまでのどことなく浮かれたような様子とはうってかわって、うつむく如月。
「……すぐに帰らなきゃいけなくなった。今日はありがとう。またな」
「おい、何のメールが来たんだよ」
 しかし、如月は答えずそのメールが何よりも大切と言わんばかりに、あっという間に姿を消していた。取り残された俺はどうしていいかわからず、その場に立ち尽くす。時刻はまだ昼間だったが、今から学校に行く気にはなれなかった。
 そしてその日から、如月と全く連絡が取れなくなった。一応、メール自体は届いているようだったが、返信はない。二日経ち、三日経ち、不安が募り始める。
 何かまた厄介事に巻き込まれたのではないか。楽弥の情報網で少し探してもらったが、ここ数日はいつもの巡回も休んでるらしい。学校には来ているらしいが、そのことも情報だけで確認は取れていない。
 別に俺にとっては関係のないことだったが、なんだか居てもたってもいられなくなり、如月の家を訪れる決心をする。家の場所はこの辺では有名な豪邸らしく、すぐにわかった。   
 明日、楽弥と共に家まで行こうと決めていた夜、こんな時間にも関わらず呼び出し鈴が鳴った。玄関先に立っていたのはいつか見た制服の男。楽弥を殴ったあの警察がそこに立っていた。
「あの、こんな夜分に警察さんが何用でしょうか」
 うろたえながらも必死に対応する母の声。聞こえてくる悲鳴に無理やり家に入ってくる数人の足音。土足で家に上がるんじゃないと注意したくとも、できない。聞こえてきた声で分かった。探しているのは俺だ。
「あなたの息子さん、霜月聖がテロリストと関係してることが分かった。逮捕状は出ている。隠したりすればあなたがたも公務執行妨害で連れて行くことになる」
 父は今出張中だ。あいつは捕まるような人間だと思うが、俺がテロリスト呼ばわりされてるのは解せない。テロリストは倒したが、全くの無実だ。
「探せ。二階の自室にいるそうだ」
 ああ、確かにそこに俺はいる。鍵は開けておいた。無実で捕まっても痛くもかゆくもない。それどころか警察のお世話になるということは、そのときの俺にとっては如月と会えるとほとんど同義であった。
 乱暴に開くドア。何の抵抗もせずに立ち尽くす俺。数人の警官に押さえつけられ、ベッドにつき伏せられた後、後ろ手で手錠をかけられる。警察が犯罪者にそうするように形式的な文章を詠いあげる。
「霜月聖、お前をテロ対策特別措置法に基づき逮捕、拘留する」

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