#07.3 少女VSメシ
 二人で過ごすことになってしまった夜、何事もなく夜が明けたといったが、別段話に関係がないと思って言わなかっただけで、むしろ俺にとってはかなり面倒なことがいくつかあった。この少女は突発的に妙な行動や反応をするのでほとんど眠れなかったくらいだ。
 会話をしていて急に怒り出すこともよくあった。両親にバレないように意識して俺が小さい声で話しているというのに、如月のヤツは起こると声のボリューム を抑えることができなくなるらしく、俺の親が帰ってきたあとは大いに怪しまれた。やれ、言葉を慎めだとか、デリカシーがないだとか、人の家に押しかけておいて何様のつもりなのだ。
 その中でも如月を知るために特筆すべき点はいくつかある。主なキーワードはメシ、トイレ、父だ。前者二つは拾ってきた猫でも苦労する点だと思うが、俺が物を言う人間だというだけでここまで性質の悪いものになるとは予想外だった。
 順を追って話していこう。まずはメシだ。いつだったか一度揉めたコンビニまで俺が買いに行こうと思っていたが、最悪のタイミングで親が帰宅し、すぐに夕飯にするというのでそうもいかなくなった、第一、俺の部屋は外から鍵はできない仕様になっているので、外出そのものが危険極まりない。
 そこで俺が取った行動といえば、もともと折り合いの悪い両親に難癖をつけ、自分の分の夕食だけを部屋に持ってくるという方法だった。配膳用のお盆に載った夕食を見たときのあいつの反応ときたら、それまた面倒なものだった。
「タイミングが悪くて買いにいけなくなった、俺のでいいなら食え」
 それとなく譲ってやる。メニューは和洋折衷、メインディッシュに鮭のホイル包み焼き、ほうれん草のソテーが副菜でわかめに豆腐のオーソドックスな味噌汁 に白飯、如月用に冷たい茶の入ったポットも持ってきた。あとで色々言われないようにコップはちゃんと二つ、俺にしては気持ちが悪いくらい気が利いている。
 母親もあんな性格ではあるが、料理の腕はよいほうだ、しかし、如月の反応は予想外のものだった。
「それは、私には食べられない」
「なんでだよ」
 好き嫌いでもあるのか。そう思って聞いてみたが、どうやら違うようだ。
「ドア越しにお前の母上の声が聞こえた。それはお前のために作ったものだ。私のためじゃない」
 どうやらかたくなに拒否するつもりらしい。なら俺が食っちまうぞというとタイミングを見計らったように、如月の腹が鳴る。あの事件のあった後から如月が何も食べていないのはさっきの話から知っていた。かくいう俺も朝から何も食べてないが。
「分かった。半分分けだ。俺も食う、お前も食う。きっちり半分ずつでどうだ?」
「いいのか? 私はこの通り押しかけてる身だし、お前も半分じゃ足りないのではないか?」
 疑問文の多いやつだ。俺は分けられるものを全部はしで真っ二つにし、お盆ごと如月の方に渡す。相当腹が減っていたらしく、すぐに手を合わせていただきますと言った。一口食べるごとにグルメ番組顔負けの感想を漏らす如月は普段からまともに飯を食えているのか心配になるほどよく食べた。
「自分で作ることもあるが、こんな風に美味しくは作れない。お前の母上は料理上手だな。それと、さっきの母上に対する口の聞き方といい、態度といい、悪すぎるぞ。もっと両親を敬ったらどうだ?」
「余計なお世話だ。それとちゃんと飲み込んでから話せよ」
 如月はもぐもぐとよく味わってから、飲み込み、お茶を飲んでからようやくごちそうさまと両手を合わせる。
「美味しかった。こんなにも美味しい夕食を毎日作ってくれる母上に感謝しろ」
 何故、お前に俺の家庭事情を命令口調で言われなきゃならないんだ。俺はきっちり半分残ったお盆を奪い、何も言わずに箸を取る。
「あ、ちょっと待て。一つ質問がある」
「今度はなんだ?」
「お前の箸はどこにあるんだ?」
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