四日目
朝(四日目)
「今朝はマリアさんとマイさんの二人が犠牲になりました。人狼はまだ潜んでいます。見つけ出して殺してください」
 白々しくスピーカーの文句が流れる。誰のせいでそうなったというんだ。言われなくてもそうしてやる。
 人狼は少なくて一匹、最悪二匹いる。残る村人は全部で五人。ここで人狼を吊る事が出来なければ、俺たちが駆逐される。

昼(四日目)
 マリアが死んで進行役がいなくなったが、俺がマリアの意思を継いで進行する。死人が二人出たことで会議は今までに無く議論が飛び交った。始まりは寡黙なゼフのブロック宣言だった。
「アリスに襲われたのを魔道具で弾いた。アリスは間違いなく狼だ」
 しかし、アリスも負けてはいない。
「何言ってんのよ。逆よ、私がゼフに襲われたのを魔道具でガードしたわ」
 僅か一言で絶対的優位に思えたゼフのブロック宣言を無効にし、カウンターで容疑までかけた。これではどちらが本当のことを言っているのかわかったものではない。
 続いて、マイと同室だったシゲが慌てて弁解する。
「じ、自殺だ。間違いない。一緒にいて、急に死んだんだよ。わけわかんねえ」
 相当慌てているようで、頭を抱えている。完全に取り乱しているようだった。
 次に口を開いたのは俺と同室だったユーゴ。
「マリアさんが自殺するとは思えない。もしかして、ポーラなのか?」
「マリアが亡くなったのは事実だが、僕はやってない。ユーゴは二日連続死者が出てるじゃないか。怪しむとしたらそちらだろう」
 全員が容疑者となった今、誰の意見も真偽はわからない。しかし、カタールの言ったことを鑑みて考えれば、犯人は導き出せるはずだ。
 俺が確実にわかっているのは、俺が狼ではないこと。そして、狂人はひとりしかいないこと。狼は二日以上人を殺さないと死ぬこと。意図的に同じ部屋になることで、一日分の誤差を誤魔化せるトリックが存在することの四つだ。
 全員が容疑者になり、それぞれの意見も食い違う中、標的にされたのはシゲだった。シゲもユーゴと同じく二日連続死者が出ており、二人部屋で事件がおきたことから、限りなく黒に近い存在だと思われているので、その嫌疑は当然だと言えるだろう。
 シゲも一生懸命弁解しようとするが、上手く言葉が出ない。シゲも狼の可能性は十分にある。だが、俺が狼として吊るし上げたいのはユーゴだった。たとえシゲが狼だったとしても、それは後でも構わない。
 そこで、ふとカタールの言葉が甦る。危なかった。感情的になりすぎて、ただ無根拠にユーゴを殺そうとしていた。逆だ。こんなときだからこそ冷静に、私怨ではなく客観的に考えることが必要だった。ありとあらゆる可能性を考慮して、本物の狼を必ず吊り上げなければならないのだ。
「みんな、聞いてくれ! スピーカーの男が言っていた法則から見て、最初の二日で何の事件も起きなかった俺とゼフはほぼ確定白だ。狼じゃあない。そして、マリアも白だった。初日処刑したカタールも白だった可能性がある。もし、黒だったとしたら、二人のうち一人の狼がいなくなったことになるが、俺の予想では狼はまだ二匹とも生き残っている。今日、無関係な人間を吊ってしまったとしたら、この村は全滅するだろう。冷静に推理するんだ。今、限りなく黒に近いのはシゲ、ユーゴの二人。この中に狼は間違いなく潜んでいる!」
 シゲが泣きそうになりながら弁解する。
「俺じゃない、俺じゃないんだ」
 それを見たユーゴは大きな声で笑った。
「ポーラ君、君は頭がキレるようでいて、まるでなっちゃいない。そういうなら君もグレーだろう? ポーラ君。君はゼフと同室のトリックを使った。君がマリアさんを殺し、アリスを陥れるために狂言を吐いた。最も、シゲとゼフのラインも考えられる。二日連続で事件が起こらなかったことが無罪となるのならアリスのほうがよほど白い。君は嘘をついているか、騙されているんだよ」
 ユーゴが言っているラインというのは恐らく二匹の狼が同室のトリックを使った場合、一度同じ部屋になった人間が誰も怪しいというわけだろう。最後の最後で俺がグレーにされたことで、話がややこしくなった。今日のブロック宣言がなければ、アリスも確定白だったはずなのだ。
 ここで簡単に狼ラインをまとめてみる。俺が白だということはわかっているが、他の誰かにとって俺はグレーでしかないため、それも明記する。

1.ポーラ―ゼフ(初日両者パス、二日目同室、三日目両者殺害、ゼフはブロック)
2.シゲ―ゼフ(初日同室、二日目シゲ殺害、ゼフパス、三日目シゲ殺害、ゼフはブロック)
3.ユーゴ―アリス(初日同室、二日目アリスパス、ユーゴ殺害、三日目ユーゴ殺害、アリスはブロック)
4.ユーゴ―シゲ(初日両者パス、二日目両者殺害、三日目両者殺害)

 考えられるだけ可能性を並べてみたが、結局のところ確かな答えはわからない。俺が白だということは俺自身が一番わかっている。だが、それを証明する手段が不足している。そして、ゼフ―シゲのラインも色濃く存在している。アリスやユーゴからしてみれば、誰もが怪しく映るだろう。
 ヤバイ、二日目のカタールの死が今になって重みを増している。そして、激情に任せなければマリアさんとマイの自殺の可能性も拭いきれない。
 シゲとゼフが狼なのか? ついさっきまでユーゴ一択だと思っていたのが、その決意がどんどん揺らいでいく。ユーゴ以上にシゲが黒くも感じてくる。自分が犯人じゃない以上、ユーゴが犯人である可能性は極めて高いはずなのに。
 だが、もしも自分の言う通り狼が二人いるとしたら、次の投票で全てが決まる。ミスは許されない。押しつぶされそうな重圧の中、無情にも時間だけが過ぎていく。
 様々な口論にシゲの泣き言。混乱し続ける会議の中、一人だけ嵐の中倒れない巨木のように凛と立ったゼフが、俺に向かって一言、こう宣言した。
「ポーラ。俺はお前を信じる。最初の投票でユーゴに投票したお前を」
 ゼフの一言で酷いノイズに掻き乱されていた心に一縷の希望が宿る。投票結果、初日襲われそうになったとアリスに言われたカタールに投票したのは誰だ? 確かマリアが熱心に記録を取っていたはずだ。
「おい、どこに行くんだ!」
止めようとしたユーゴを振り切り、マリアの遺体に駆け寄る。血に濡れた服から少しのふくらみを発見し、そこから小さな手帳を取り出した。幸いにも血は染み込んでいない。
 慌てて手帳を開くとわかりやすいように一日おきにマリアは付箋を挟んでいた。一日目の投票結果だけでなく、自分が死ぬ前までの部屋割りやそれぞれが引いた番号、その晩の行動までが詳細に書かれているではないか。
 丸く、読みやすい文字で書かれた投票結果を見ると、カタールに投票していたのはユーゴ、アリス、マイ、シゲの四人。マリアは自分が吊られる可能性もあるというのに、自己票だった。自分が犠牲になってでも誰も殺したくないという表れだろう。そんな心の清い人間が、自ら命を経つだろうか。マリアは死ぬ間際まで、亡くなった人のために祈っていた。
 ユーゴの言葉のトリックでうやむやにされかけていたマリアの死因が確実なものとなる。三日目の夜。俺、ユーゴ、マリアの三人部屋でマリアが自殺する可能性はほぼ考えられない。
「ユーゴだ。ユーゴが人狼だ。お前は二日目にビスマルクが自殺したと言ったな。アナウンスの男が言った事を忘れたのか? 気が触れたのは一人。お前の推理は矛盾している!」
 刺し違えるつもりで放った一言だった。一歩間違えば、自分の身まで危うくなる一撃。しかし、ユーゴはそれでも降参することなく、隙を見せた俺へ反撃の刃を放つ。
「馬鹿な。だとしたら、シゲが言う自殺説も矛盾しているじゃないか。恐らく、二日目の自殺説は勘違いだ。シゲがビスマルクを殺害したのだろう。私はたまたまその場に居合わせただけだ。そもそも、一番あの状況に絶望していたのはマリアさんだと思ったが?」
 自殺説の矛盾を突いたつもりが、別の自殺説の矛盾を打ち出してくることで巧みにかわされた。まずい、反論できない。あと少しなのに。
 重苦しい空気に全員が押し黙り、夜の帳が落ちるのも時間の問題だった。話をまとめなければならないのに、誰もが口を開けずにいる。全員が疑うことに疲れてしまったのだろう。膠着状態では人狼の思う壷だ。どうにかしなければならない。夜更けまでのほんの僅かな間に、ユーゴが口を開く。
「時間になる前に、みんなの意志を固めよう。私は魔法使いの彼に……」
「ちょっと待ってくれ!」
 突然、大きな声を上げたのは処刑される寸前の当人。シゲだった。彼は、さっきの泣き言とは違い、何か別のことを思って涙を流していた。彼は涸れた声で、ゆっくりと話し始める。
「昨夜、マイがさ……泣いてたんだ。俺がカタールは狼だ。あと一人で終わるって言ったんだ。そしたら、突然ナイフを首に当てて、目を瞑った。そして彼女は死に際に涙を流したんだ。惜しむわけでも、悲しいわけでもなく、何かを思って泣いたんだ。俺はビスマルクのおっちゃんもマリアさんも自殺したなんて思わねえ。きっとアイツは、マイは誰かをかばうために犠牲になったんだ」
 それだけ言い切ると、泣き崩れるシゲ。マイは一言も発することのない死体になった。シゲが言ったことの裏を取る術はない。
 マイは、そこまでして何かを守りたかったというのだろうか。シゲの涙はとても演技には見えない。嘘偽りのない真実の涙がそこにあった。

投票(四日目)
 投票は俺の指導でつつがなく行われた。結果は以下の通りだ。

 シゲ2(ユーゴ、アリス)
 ユーゴ3(ポーラ、ゼフ、シゲ)

 示し合わせたわけでもなく、この投票結果になった。決定打となったのは、マイの自殺だということは言うまでもない。
 ユーゴの遺言は短く、人狼だとは思えないほど穏やかなものだった。
「あの子が死んでいなければ我らが勝っていただろう。だが、今となってはそのことを責める気になれない。私は幸せだった」
 俺とゼフが止めに入るよりも早く、ユーゴは矢で自分の喉を抉っていた。最後の表情は何の後悔もない、綺麗な笑みだった。

夕方(四日目)
 あれだけいた村人も今では残り半分を切った。俺が引いた札は1。もう一匹の狼はユーゴが自ら出したラインによって導き出されている。しかし、今は魔道具を持つ者もいない。誰かが最後の犠牲にならなければならなかった。
「俺が指名するのは、アリス。あなただ」
「せっかく一番を引けたのに、馬鹿な子」
 後悔はしていなかった。満足感だけが胸に残っていた。俺はなすすべなく殺されるだろう。だが、その後で残った二人が確実にアリスを仕留めてくれる。村の生き残りが出れば十分だ。
 でも、一番の理由はといえば別にある。何より俺はこれ以上誰か身近な人間が亡くなるのを見たくなかった。ただそれだけの理由。それでも俺には十分過ぎる。

ポーラ(1)―アリス(2)
ゼフ(3)―シゲ(4)

夜(四日目)
 俺はアリスの家に招かれた。家といってもホテルの一室を借りた仮住まい。今はホテルの管理人でもあった村長はいないので誰でも住める空き家と化している。
 入るなり、俺は血のように赤いワインを勧められた。俺が飲まずに黙っていると、そのワインをアリスが取り上げ、一口で飲み干した。
「あたしはさ、ユーゴのことが好きだったんだよ。でもさ、村長のクソがやった新薬の注射だかワクチンだかが今になって発病して、狼になっちまった。後で聞いた話なんだけど、老若男女問わず村人全員中から二割が発症するようにランダムで注射したんだと。あたしはまだそんとき生まれて間もないガキだったから、すっかり忘れてたよ」
 酷い話だった。父の日記に書かれていた真実が今まさに目の前にいる。
 アリスは飲み干したグラスになみなみとワインを注ぎ、愛しそうに自分の顔を見る。
「でもさ、あたしが殺人病になっちまったときにユーゴも同時に発症したんだ。誰かの道楽か何かで意図的に発症させられたのかも知れんがね。そのときにスピーカーから聞こえてきた男から電報が来たのさ。最後まで生き残れば、殺人病の解毒剤をやるって。そんときゃあたしは決めたよ。どんなに手を汚してでも生き残って、ユーゴと一緒になるってね」
 酒が進むにつれ饒舌になるアリス。気のせいか手が震えていた。明日になれば訪れる、死を考えてだろうか。
「けどね、ユーゴはマイのヤツと出来てたんだよね。邪魔だなと思ってたし、心底憎らしかったよ。だけど、あたしが彼女の立場だったら、ユーゴを守るために自殺まで出来たかどうかと思うとさ、正直少し後悔してるんだよ。多分、無理だったろうなって」
 あっという間にグラスが空になる。アリスはまたも並々とワインを注ぎ、口を付けようとしたが、そのグラスを俺が取った。
「俺を殺さないのか?」
 チッと舌打ちするアリス。ワインを取られたことに対してか、俺の問いかけに対してかはわからない。アリスはおもむろに立ち上がると片手でワインのコルクを詰め、いそいそと自分の寝床へと行ってしまった。
「ワインはあんたにやるよ。そして、あたしはあんたのことを殺さない。私があんたを殺したとしても、どうせ明日の投票で死ぬんだ。それに、勝てるとしても私一人で生きていたって意味なんてないんだよ。こっちは一人も殺せなくて、もう限界なんだ。何を食っても満たされない飢餓感。本当は今すぐにでもあんたを殺しちまいたい。だから、あんたはここから出て行きな。自分の死に方くらい選ばせなよ」
 俺はワインを一気に飲み干し、グラスを逆さに立てる。そして、そのまま何も言わず、ホテルの一室を出て行く。背後で獣がうめくようなアリスの唸り声と、壁を殴るような音が聞こえて来る。そして、その合間すすり泣くような声が聞こえてきて、俺はその場から逃げるように立ち去った。



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